常連
「いらっしゃいませ」
カウンターに聡が腰掛けると、里奈の笑顔が毎度のように迎えてくれるようになった。
「いつもと同じで良かったです」
目の前に水とおしぼりを置きながら里奈が聞いてくる。
はいと答えながら、聡の目は、探し物をしながら忙しなく狭い店内を見渡していた。
クスクスと里奈が笑いを堪えながら、目の前でコーヒーを淹れている。
目的のモノが見つからず、香りに誘われ、里奈の手元を見ていると、
「今、夕菜ちゃん、御使いに行っているからすぐに戻ってきますよ」
そんな穏やかな声が耳に届いた。
目の前に淹れたてのコーヒーが置かれ、そっと手を伸ばした。
一口飲んで、美味しさを堪能していると、裏の方で、
「ただいま」
今一番会いたい人の声が聞こえてきた。その瞬間、里奈が、
「お帰り、夕菜ちゃん。彼がお待ちかねよ」
そんな事を目の前で言われると、聡の顔も何気に赤く染まってしまう。
夕菜は、カウンターに顔を出すと、
「いらっしゃいませ。叔母さんそんなこと言うと橘さんに失礼でしょう。ごめんなさい橘さん」
申し訳なさそうな表情をされると聡の方が申し訳なくなった。
でも里奈は負けていない。
聡に向かい小声で、
「早く告白しないと違う誰かに先を超されちゃいますよ」
そんな言葉を楽しげに投げかけてきた。
その瞬間、聡の心臓もドキドキした。
確かに今までは図書館でしか夕菜の姿を見ることは無かったが、今こうやって夕菜の姿を見ると、彼女、目当てでここに通ってきている常連客もいるはず・・・・焦った気持ちになった。
それを楽しげに見つめる里奈
「いらっしゃいませ」
若いサラリーマンが店の中に入ってきた。ドアが開いた瞬間、聡の目も向いてしまう。
夕菜がお盆に水とおしぼりを載せて、お客の元にゆっくり歩いていった。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。夕菜ちゃん、そんなに簡単じゃないから・・」
里奈の表情が寂しく見えた気が聡はした。
テーブルの方を見ると夕菜が注文を聞いている。
若いサラリーマンも常連なのか、今日は天気で助かったみたいな話を夕菜に振っていた。
それに笑顔で答える夕菜の姿に、聡は、思わず胸の中がイライラした。
あの笑顔を自分だけに向けて欲しいと思わず思ってしまう。
「どうしたんですか?橘さん」
いつの間にか戻ってきた夕菜の優しい声が耳に届いた。
「里奈さんアイスコーヒー一つお願いします」
お盆の上にストローをのせながら夕菜が叔母さんに注文を通す。
そんな姿を見つめているうちに、聡は自然と、
「夕菜ちゃんが休みの日、どっか遊びに行こうか?」
そんな事を口走っていた。
「でも私の休みの日は平日だけど、橘さん大丈夫なんですか?」
「それはもちろんだよ。休みぐらい夕菜ちゃんに合わせる」
「でもそんなの悪いです。私は橘さんがこうやって家の常連さんになってくれて顔を毎日見られることが嬉しいですよ」
そんな事を言ってもらえるなんて思っていなかった聡は、顔が笑顔になっていた。
いつも遅くてすいません。