常連・6
中々喫茶店の中に入れなかった。
彼女の顔を真正面から見る自信がない。
深々と空気を吸い込み、思い切って店の中に入る。
「いらっしゃいませ」
彼女の声が聞こえても顔を見るのが辛かった。
顔を伏せてしまう意気地なしの自分を責めたくなる。
目の前で心配そうな顔で見つめる彼女と視線が重なり、慌てて逸らしてしまう。
話しを聞いた事を後悔しそうになったが、
「ご注文はいつもので良かったですか?」
柔らかい彼女の声が聞こえた時、いつものように幸せな気持ちになった。
俺はいったいなにを考えていたんだ?
これから俺が彼女を幸せにすると決めたじゃないか・・・
顔を上げ彼女の顔を見据え、
「いつものでお願いします」
微笑みかけた。その瞬間いつもの笑顔に戻る彼女の様子に安心する。
彼女の後ろに見えた、里奈さんの顔が笑顔になった。
やっぱりいつものように自然に振舞う事が一番の近道に見えてくる。
俺はいったいなにを焦っていたのか、失笑しそうになる。
目の端で彼女の姿を追いながらゆっくりした動作に心が高鳴る。
彼女との新婚生活を想像してしまう。
二人一緒なら静かな時を過ごせそうな気がする。
いつか子供が産まれたら、家の中は賑やかなものに変化していくだろう。
それも悪くない。
妄想が広がりすぎて、一人笑いが起きた。隠れて笑ったつもりだが、頭の上から聞こえてきた声、
「今日はなにか、楽しいことでもあったんですか?」
恥ずかしくなり顔が赤くなった。
カウンターに置かれたコーヒーカップから湯気が上がっていた。
気付かなかったがカウンターの中の里奈さんまで必死に笑いを堪えている。
俺はそんなに一人で笑っていたのか?
誤魔化すようにコーヒーカップを握り、口に運ぶ。
「熱い・・・」
「大丈夫ですか?」
慌てた夕菜ちゃんが、近づいてきた事で余計に顔が真っ赤になったのが自分でも解った。
「大丈夫。ごめん、驚いちゃったね」
必死に冷静を装うとするが、夕菜ちゃんが拭いてくれる姿に思わず見とれてしまう。
結婚したら毎日こうやって・・・
妄想が膨らみすぎて、
「夕菜ちゃん俺と結婚して欲しい」
俺は無意識に彼女にプロポーズしていた。
その途端彼女が手にしていたタオルが下に落ちた。
不味いと気付いた時には遅すぎた。
「ごめん突然こんなこと言うつもりじゃなかったんだが・・・」
必死に言い訳を繰り返したが、彼女の態度が変わったのを空気で感じた。
いつもいつも更新遅くてすいません。
それでも読んで下さるみんなにいつも感謝しています。