第7項 誰でもできる雑用だと嘲笑うトップ候補。保健室に乗り込んできた理不尽な押し付け
第7項 誰でもできる雑用だと嘲笑うトップ候補。保健室に乗り込んできた理不尽な押し付け
コツ、コツ、コツ、と旧校舎には似つかわしくない、高いヒールの足音が廊下に響き渡る。
「ガラッ!」
乱暴に保健室のドアが開けられ、さっきまで満ちていたカモミールとミントの優しい香りを、キツい高級香水の匂いが上書きしていくように広がった。
「ちょっと、日向さん」
現れたのは、星華芸術学園のトップ女優候補である星野瑠璃の熱狂的な取り巻き、赤城と青山の二人だ。
俳優科の二年生である彼女たちは、常にプライドが高く、裏方専攻の生徒を徹底的に見下している典型的なキャラクターだった。
赤城は、ワーク・ウェア姿で掃除用具を持っている陽和を上から下まで舐め回すように見て、ふんと鼻で笑った。
「こんなカビ臭い保健室でサボってないで、さっさとあんたの『本業』やりなさいよ」
「ほんと、才能ない裏方専攻は気楽でいいわよねー。私たちみたいに表現のプレッシャーがないんだから、せめて手足くらい死ぬ気で動かしてほしいわ」
青山も、腕を組みながら嫌味ったらしく付け加える。
「……おはようございます、赤城さん、青山さん」
陽和は表情を変えることなく、淡々と頭を下げた。
「ドサッ!」
赤城が、腕に抱えていた重たい段ボール箱を、わざとらしい音を立てて陽和の足元に落とす。
「これ、今日の通し稽古で使う五十人分の衣装と小道具のリスト。……シワ一つないように全部アイロンかけて、立ち位置ごとに舞台袖に振り分けておいて。あと、休憩用のドリンク五十人分、自分で買って用意しておくのよ」
それは、五十人分の役柄に合わせて、一年生の裏方全員で手分けしてやるべき膨大な量の作業だ。
さらに「ドリンク五十人分の買い出しと氷の用意」に至っては、完全にただのパシリである。
赤城たちは、自分たちが優雅に発声練習をする時間を確保するために、面倒で泥臭い作業をすべて、立場の弱い裏方である陽和に押し付けているのだ。
「いい? 私たちは今から第一稽古場に行くから。あ、言っておくけど、裏方なんて、言われた通りに物を運んで並べるだけの『誰にでもできる雑用』なんだから、せめて私たちの邪魔にならないように、死ぬ気で働きなさいよ」
赤城は冷たく言い放ち、青山と顔を見合わせてクスリと笑うと、再び乱暴にドアを閉めて去っていった。
「バタンッ!」
ドアの閉まる音が響いた後、再び保健室には静けさが戻る。
しかし、その空気は先ほどまでの穏やかなものとは打って変わって、冷たくピリついたものになっていた。
「……チッ」
ベッドの奥から、大きな舌打ちが聞こえる。
シーツを跳ね除け、東雲が眉間に深い皺を寄せて起き上がってきた。
「ちょっと、陽和。あんな理不尽な命令、あんた一人で聞く必要ないよ。だいたい、あいつら何様のつもりだ。あんなの、ただのイジメじゃないか」
東雲は、ボサボサに乱れた髪を乱暴に掻きむしりながら、本気で怒りのこもった声を上げる。
「私が学年主任に言って、あの女たちの平常評価を底まで下げてやろうか。いくら才能があっても、あんな態度じゃ――」
大人の目から見ても明らかな悪意の構造。
東雲の義憤はもっともだった。
しかし。
「うーん……五十人分の衣装のアイロンがけかぁ。ちょっと時間がかかりそうですね」
陽和は、段ボール箱をよいしょと持ち上げながら、東雲の怒りなど全く聞こえていないかのように、ふにゃりと笑ったのだった。




