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第40項 サボり魔の医師が下した絶対的評価。いかなる悪意すらも究極のケアで無効化してしまう、この学園の『心臓』

第40項 サボり魔の医師が下した絶対的評価。いかなる悪意すらも究極のケアで無効化してしまう、この学園の『心臓』


嵐が去り、静けさを取り戻した保健室。

私がマグカップを洗っていると、奥のベッドを仕切るカーテンがシャワッと開いた。


「……やれやれ。朝から騒がしいことで」


寝癖をつけたまま、白衣を羽織った保健医の東雲しののめ先生がのそりと起き上がってきた。

ずっと寝たふりをして、一部始終を聞いていたらしい。

彼女はボサボサの頭をボリボリと掻きながら、呆れたように長いため息をついた。


「起こしてしまいましたか? すみません」

「いや、起きてたよ。……ちょっと陽和。あんた、さっきあいつらの症状に合わせて、胃腸薬と精神安定剤の代わりになるお茶を淹れ分けたね?」


東雲先生の鋭い指摘に、私はクスッと笑って首を横に振った。


「ただのハーブとかりんのシロップですよ。お薬じゃありませんから、お医者様の領域は侵していませんって」

「そういう問題じゃないんだよ……」


東雲先生は白衣のポケットから粒ガムを取り出すと、ポイッと口に放り込んで噛み始めた。

その目は、どこか信じられないものを見るように私を捉えている。


(……理不尽な悪意や言いがかりを真正面から向けられても、こいつは傷つくどころか、相手の肉体の不調を心配して『治療』してしまうんだから)


東雲先生は、口の中のガムをクチャッと軽く噛んだ。


(被害者意識なんてものが1ミリも存在しない。裏方に徹しすぎているせいで、自分への攻撃すら『相手のコンディション不良のサイン』としてしか処理しない。……善意というより、もはや狂気だ)


実力至上主義の星華芸術学園。

ここでは、常に誰かが誰かを蹴落とそうと虎視眈々と狙っている。

嫉妬、焦燥、重圧。

目に見えない毒素が、演者たちの神経を日々削り取っているのだ。


もし、陽和というこのクッションがいなければどうなっていたか。

演者たちはとっくにプレッシャーで潰れ、演劇部は内ゲバで崩壊しているはずだ。

東雲先生は、確信を持ってそう思っていた。


(上層部やあいつらは、あんたを『誰にでもできる雑用係』だと見下している。だが、違うんだよ)


東雲先生は、給湯室でマグカップを拭き上げる私の小さな背中をじっと見つめた。


(あんたが、絶妙な温度でこの学園の血流――コンディションを管理しているから、この狂った組織はギリギリで生きていられるんだ)


そう、彼女こそが、この学園という巨大な生き物の『心臓』なのだ。

誰もそのことに気づいていない。彼女自身でさえも。


「……あんたは本当に、底なしの善人バケモノだね」


東雲先生の口から、ボソリと小さな呟きが漏れた。


「えっ、何か言いました?」


水の音でよく聞こえず、私が振り返ると、彼女は慌てたようにそっぽを向いた。


「いや、私にもそのお茶のおかわりをよこせって言ったんだよ」

「ふふっ、はいはい。今淹れますね。先生は最近寝不足みたいですから、リラックスできるやつがいいですかね」


私は再び給湯室へと向き直り、お湯を沸かし始めた。


秋の深まりとともに、やがて東京都大会という、さらに過酷で血を洗うような戦いが迫ってくる。

プレッシャーは今の比ではないほど膨れ上がるだろう。


この時、私はまだ知る由もなかった。


私のこの『無自覚な神業』と『底なしの包容力』が、やがて学園の最高権力者である孤高のトップスター――天川彗あまかわ・すいを、完全に狂わせていくことになるということを。


ピーッというケトルの沸騰音が、保健室に平和に響き渡る。

今日もまた、私の裏方としての日常が始まろうとしていた。

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