第4項 ミリ単位の調合と温度管理。極度の緊張と乾燥を撃ち抜く、朝一番の完璧なブレンドティー
第4項 ミリ単位の調合と温度管理。極度の緊張と乾燥を撃ち抜く、朝一番の完璧なブレンドティー
「それにしても、今日は一段と乾燥してるわね……」
陽和は、旧校舎の少し曇った窓から見える九月上旬の空を見上げた。
じりじりと肌を刺すような残暑はまだまだ厳しいが、肌に触れる空気の質は確実に秋へと変わり始めている。
(体温は上がりやすいけど、空気は乾燥してる。地区大会前のプレッシャーで、みんなの交感神経は優位になりすぎてるはず)
陽和の脳内で、生徒たちのコンディションと気候のデータが高速演算されていく。
(睡眠不足が重なって、喉の炎症と浅い呼吸を起こしてる人が多いんじゃないかな。……よし、これにしよう)
陽和が保健室の給湯室に持ち込んでいるのは、何十種類ものハーブ、スパイス、茶葉。
それらはすべて、湿度と温度が完璧に管理された特製のガラス瓶の中に、美しいグラデーションを描くように整然と並べられていた。
彼女の迷いのない指先が、流れるような動作で三つの瓶を選び取る。
一つ目は『ジャーマンカモミール』。
神経の昂ぶりを優しく鎮め、プレッシャーからくるストレス性の胃痛を和らげる、リンゴのような甘い香りの花。
二つ目は『ペパーミント』。
残暑のじっとりとした熱気をスーッと散らし、浅くなった呼吸器の通りを格段に良くするための清涼剤。
そして最後、隠し味として取り出したのは、地元で採れた非加熱の純粋蜂蜜だ。
強力な殺菌作用と、荒れた喉の粘膜を優しく保護するための、天然のコーティング剤。
「お湯、沸いたわね」
電気ケトルからシューッという音が立ち上る。
しかし陽和は、その沸騰したばかりの一〇〇度のお湯を、決してそのままハーブに注がない。
一度、厚手の陶器でできた別のポットにお湯を移し替え、温度計を一切見ずに、手のひらで伝わる感覚だけで正確に『八十五度』まで温度を下げる。
(カモミールの有効成分をしっかりと抽出しつつ、ミントのえぐみを出さない。そして何より、蜂蜜の酵素を熱で破壊しないギリギリの温度)
それは、陽和がこれまでの経験と膨大な知識から導き出した、完璧な温度設定だった。
「美味しくなぁれ」
八十五度のお湯を、ガラスのティーポットにゆっくりと注ぎ入れる。
乾燥していたハーブたちが、お湯の中でふわりと広がり、ゆっくりと上下に対流を始める。
砂時計を裏返し、きっちり三分間。
ティーポットの中のお湯が、次第に淡い黄金色へと染まっていく。
細かい気泡が底からゆっくりと立ち上り、給湯室にカモミールの甘さとミントの爽やかな香りが、柔らかく充満し始めた。
砂時計の最後の一粒が落ちた瞬間。
陽和は、保温性の高い大きなピッチャーに、抽出した茶液を一滴の無駄もなく注ぎ込む。
茶道のような、一切の雑音を立てない美しい所作。
最後の一滴――ゴールデンドロップと呼ばれる、最も成分が濃縮された雫を落とし切るため、ポットを少しだけ傾け、ゆっくりとピッチャーの底へと沈める。
「ふぅ……よし、完璧」
陽和はピッチャーの蓋を閉め、満足そうに微笑んだ。
彼女にとって、これはただの「朝のお茶を淹れる」という、毎日の何気ないルーティンに過ぎない。
しかし、この一杯のブレンドティーは、極限状態のプレッシャーと乾燥に晒されている星華芸術学園の生徒たちにとって、科学と経験に裏打ちされた、文字通りの『飲む劇薬(特効薬)』だった。
陽和本人は、自分の淹れたお茶が、これからどれほどの演者の魂を救うことになるのか、全くの無自覚であった。




