第38項 怒りを丸ごと包み込む二つの特効薬。疲労を癒やす『かりん湯』と苛立ちを溶かす『カモミール』の調合
第38項 怒りを丸ごと包み込む二つの特効薬。疲労を癒やす『かりん湯』と苛立ちを溶かす『カモミール』の調合
赤城さんと青山さんが息を切らして怒鳴り終えるのを見計らい、私は深く、静かに頭を下げた。
「そうでしたか。私の配慮が足りず、本当に申し訳ありませんでした」
一切の反論も、言い訳もしない。
ただ、真っ直ぐに彼女たちの言葉を受け止める。
「次の都大会では、お二人がもっと動きやすいように、必ずバミリ(立ち位置の印)の位置を調整しておきますね」
感情的にならず、具体的な改善策を提示する。
それが、裏方として現場を支えるプロの流儀だ。
「えっ……あ……」
「…………」
あまりにも素直で淀みない謝罪に、赤城さんと青山さんは目を白黒させた。
さっきまで振り上げていた拳の行き場を失い、完全に拍子抜けしている。
「あ、うん……分かればいいのよ、分かれば……」
「そ、そうよ。次から気をつけてよね」
毒気を抜かれたように、二人の声からトゲが消えた。
怒りの炎は、燃料である『反発』がなければ、これ以上燃え続けることはできないのだ。
「ありがとうございます。それでは、少しお待ちください」
私はクルリと背を向け、そのまま部屋の隅にある給湯室へと足を踏み入れた。
(よし。二人のコンディションは完全に把握した。あとは、処方箋を出すだけ)
私は棚を開け、それぞれの症状に合わせた『二種類の特効薬』の調合をマッハで開始した。
まずは、残暑で胃が疲れ、唇と喉が乾燥してしまっている赤城さんへの一杯。
小瓶から取り出したのは、黄金色に輝くシロップだ。
(これには『ハチミツかりん湯』がベストね)
かりんに含まれる豊富なビタミンCとクエン酸が、夏の疲れが溜まった胃腸の疲労を回復させる。
さらに、ハチミツの強力な粘膜保護作用が、荒れた口内と乾燥した喉を優しくコーティングしてくれるはずだ。
(弱っている胃を驚かせないように、お湯の温度は少しぬるめの40度に設定、と)
ポットのお湯を素早く適温に調整し、カップの中でシロップを丁寧に溶かしていく。
次に、自律神経が乱れ、交感神経が異常に昂っている青山さんへの一杯。
取り出した茶葉は、小さく可愛らしいドライハーブ。
(極度のストレスには、やっぱり『カモミールティー』)
お湯を注いだ瞬間、リンゴのような甘く優しい香りがふわりと立ち昇る。
この香りが、過緊張を起こしている脳を直接解きほぐし、強張った首の筋肉を緩めてくれるのだ。
(香りが最も立つ80度のお湯で抽出して……彼女の口に運ばれる頃に、ちょうど飲み頃の60度になるように計算して……)
頭の中で完璧なタイムテーブルを組みながら、私の手は一切の無駄なく動く。
カチャカチャという食器の音一つ、給湯室からは漏らさない。
無音の職人技。
静寂を守ることもまた、高ぶった神経を落ち着かせるための重要なプロセスなのだ。
「……何、してるの?」
「なんか、すごくいい匂いしない?」
給湯室の外から、戸惑うような二人のひそひそ声が聞こえてきた。
調合の音は無音。
しかし、ハチミツの甘さとカモミールの優しい香りが、すでに部屋の空気を満たし始めていた。
その香りは、まるで見えない毛布のように、二人の尖った神経を無意識のうちに優しく撫で下ろしているはずだ。
(よし、完成)
私は湯気の立つ二つのカップをお盆に乗せ、ゆっくりと給湯室から出た。




