第36項 保健室への襲来と理不尽な言いがかり。「あんたのせいで目立てなかった!」怒鳴る加害者と凪の瞳
第36項 保健室への襲来と理不尽な言いがかり。「あんたのせいで目立てなかった!」怒鳴る加害者と凪の瞳
「――バンッ!!」
暴力的な、乱暴な音を立てて、保健室のドアが開け放たれた。
その衝撃で、窓際のカーテンがバサリと大きく揺れる。
「っ……ち」
奥のベッドでサボりの時間を満喫していた東雲が、舌打ちをしてシーツを頭から深く被った。
そんなことはお構いなしに、赤城がヒールの高いローファーでズカズカと、陽和の座る丸椅子の前まで歩み寄る。
「ちょっと、日向さん!」
赤城は、陽和が作業をしていた机を、バンッと強く両手で叩いた。
「昨日の仕込み、一体どういうことよ!」
「そうよ! あんたの段取りが悪かったせいで、私たちの立ち位置が予定より数センチ狭かったわ!」
横から、青山も加勢して怒鳴り声を上げた。
昨日、暗闇のステージ上での仕込み(舞台セットの組み立て)。
それは、完全にパニックに陥っていた赤城たちに代わり、陽和の『無自覚な空間把握の神業』と的確な指示によって、制限時間を二分も残す『八分ジャスト』で、一切のズレなく完璧に行われていたはずだ。
彼女たちが「立ち位置が狭く感じた」というのは、全くの事実無根である。
単純に、極度の緊張とプレッシャー、そして他の役者たち――結城や星野瑠璃たちの圧倒的な熱量に気圧され、彼女たち自身が無意識に萎縮して小さくなっていたからに過ぎない。
自分たちの実力不足を棚に上げた、完全で、あまりにも理不尽な『八つ当たり(言いがかり)』だった。
「そのせいで、私たちは本番で演技に全然集中できなかったのよ!」
赤城の甲高い、ヒステリックな声が保健室に響き渡る。
「私たちが昨日の舞台で目立てなかったのは、全部あんたみたいな無能な裏方が、偉そうに指示なんか出したせいだからね!」
「そうよ! あんたなんかがしゃしゃり出なきゃ、もっと広く舞台を使えたのよ!」
二人の目は、怒りと嫉妬、そして実力至上主義の学園で取り残される恐怖から、血走っていた。
そのすべてを、最も立場の弱い、言い返してこない存在である陽和にぶつけようとしていたのだ。
しかし。
「…………」
陽和の表情は、その理不尽な罵倒を真っ向から浴びても、微塵も変化しなかった。
彼女は、膝の上にあった縫いかけの衣装を、汚さないようにそっと丁寧に机の横に置いた。
そして、ゆっくりと丸椅子から立ち上がり、赤城と青山の顔を、真っ直ぐに見つめた。
「ちょっと、何か言い訳があるなら言ってみなさいよ! この、才能のない底辺裏方が!」
赤城が、陽和の肩をドンッと小突いた。
しかし、陽和はよろめくこともなく、ただ静かに二人を見据え続けている。
その琥珀色の瞳には。
怒りも、理不尽に対する怯えも、彼女たちの見苦しさに対する呆れすらも存在していなかった。
ただ、風一つ吹かない、底知れぬ深さを持った『湖面のような凪』だけが、静かに広がっていたのだ。
「……な、なによ、その目は」
その、あまりにも静かすぎる視線に、赤城と青山は、一瞬だけ気圧されたように言葉を詰まらせた。




