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第35項 歓喜の裏に潜むドロドロの不協和音。出番の少なさと未来への焦りに苛立つトップ候補の取り巻き

第35項 歓喜の裏に潜むドロドロの不協和音。出番の少なさと未来への焦りに苛立つトップ候補の取り巻き


チク、チク、という心地よい響きと、アイロンのシューッという温かい音。

そんな陽和の静かな癒しの時間を、まるで無遠慮なナイフで切り裂くように、保健室の前の廊下から、コツ、コツ、とヒールの高いローファーが床を強く叩きつける音が近づいてきた。


その足音には、明らかな苛立ちと、ドロドロとした不協和音が混じっていた。


「……ねえ、聞いた? 都大会に向けて、また配役の微調整が入るかもしれないって噂」

「聞いたわよ。……ふざけんじゃないわよ、なんで私たちがこんな端役のままなの!?」


足音の主は、ヒロイン候補である星野瑠璃の取り巻き、俳優科二年の赤城と青山だった。


昨日、星華芸術学園の演劇部全体は、地区大会を圧倒的な一位で通過した歓喜に沸き返っていた。

しかし、その勝者の演劇部の中にあって、彼女たちの顔は、嫉妬と不満で醜く歪んでいた。


無理もない。

彼女たちは今回の劇で、いわゆる『モブ(その他大勢)』に近い、セリフが二、三行しかない端役しか与えられていなかったのだ。

スポットライトの中央で拍手喝采を浴びていた瑠璃や結城たちと違い、彼女たちには、本番での見せ場などほとんど存在しなかった。


「私の方が、瑠璃より上手く泣けるのに! あの子、昨日の本番でも一瞬セリフのトーン間違えてたじゃない!」

「そうよ! それに、なんであんな一年生のガキが、私より良い立ち位置バミリをもらってんのよ! 黒田先生、絶対おかしいわ!」


実力至上主義の星華芸術学園において、舞台上で目立てないことは、『無価値』と同義である。

どれだけヒロイン候補の取り巻きとして威張っていても、結果を残せなければ、待っているのは卒業までの飼い殺しだ。


(このままじゃ、私の高校生活が終わっちゃう……!)


秋の都大会に向けて配役の微調整が入るかもしれないという噂が、彼女たちの飢えた承認欲求と焦燥感を、さらにチリチリと焼き焦がすように煽り立てていた。


「ああもう、ムカつく! イライラするわね!」


赤城が、廊下の壁をドンッと蹴り飛ばした。


自分たちの実力不足を、決して認めたくない。

しかし、演出家の黒田や、トップの瑠璃に直接文句を言う度胸もない。


二人は、このどうしようもないドロドロとした苛立ちとストレスを、ただ一方的にぶつけるための『サンドバッグ』――自分たちより明らかに立場の低い存在を、本能的に探し求めていた。


「……そういえば」


青山が、ふと薄ら笑いを浮かべて足を止めた。


「昨日の本番で、あの『才能のない裏方』、偉そうに私たちに指図してきたわよね」

「あぁ、あの日向って奴? 仕込みの時にメガホンも持たずに喚いてたわね。裏方の分際で、俳優科の私たちに向かって」


赤城の目にも、冷たい嗜虐の光が宿る。


学園で最も見下されている裏方専攻。

その中でも、いつもヘラヘラと笑っていて、自分たちがどれだけ理不尽なパシリや雑用を押し付けても、絶対に逆らってこない都合の良いサンドバッグ。


「ちょっと、あいつのところに行きましょうか。昨日の『態度』について、先輩としてちゃんと指導してあげないと」

「いいわね。どうせ保健室でサボってるんでしょ」


二人の足音は、迷うことなく、陽和が静かに衣装の綻びを直している『保健室』へと真っ直ぐに向かっていった。

ドロドロとした嫉妬と悪意を、その高いヒールの音にたっぷりと乗せて。

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