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第33項 地区大会首位通過の熱狂。スポットライトの当たらない日陰で、少女は今日も黙々と綻びを縫う

第5節 結果より大切なもの。裏方として仲間と舞台を作り上げる純粋な喜び


第33項 地区大会首位通過の熱狂。スポットライトの当たらない日陰で、少女は今日も黙々と綻びを縫う


地区大会の翌日。

星華芸術学園の校内は、圧倒的な実力で首位通過(一位)を果たした歓喜の余韻に、すっぽりと包み込まれていた。


「昨日の結城くんの第一声、鳥肌立ったよね!」

「うん! 星野瑠璃さんも流石だったし、他のキャストもノーミスだったって!」

「このまま十一月の東京都大会も絶対いけるよ!」


廊下や教室では、演劇部の生徒たちが昨日の自分たちのパフォーマンスを興奮気味に語り合っている。

まだ見ぬ十一月の東京都大会への期待感で、学園全体の空気がフワフワと浮き足立っていた。


そんな、熱狂的な喧騒から遠く離れた場所。

旧校舎の最も奥にある、静寂に包まれた保健室。


「…………」


窓から差し込む秋の柔らかい日差しの中、日向陽和はいつものワーク・ウェア(白衣)姿で丸椅子にちょこんと座り、静かに作業をしていた。


「……ふわぁ」


保健室の奥のベッドから、養護教諭の東雲が大きな欠伸をしながらカーテンを開けて顔を出す。


「お前、朝っぱらからなんでそんな地味なことしてんだ」

「あ、東雲先生。おはようございます」


陽和は、ふにゃりと柔らかく笑って挨拶を返した。


彼女の膝の上には、何着もの衣装の束が置かれている。

昨日の本番で、役者たちが極限の集中力(フロー状態)で激しく動いたために、少しだけ糸がほつれてしまったものだ。

陽和は慣れた手つきで針に糸を通し、デリケートな生地を傷めないように、一針一針、丁寧に綻びを縫い合わせていく。


「外の連中、お祭り騒ぎだぞ。圧倒的一位通過なんだとよ」


東雲は、白衣のポケットに手を突っ込み、陽和の手元を見下ろしながら呆れたように言った。


「お前が暗転のたびに走り回って、あいつらのパニックを鎮めてやったおかげでな。……少しは自分も喜んだらどうだ?」

「ふふっ。もちろん、嬉しいですよ」


陽和は、手を止めることなく、チクチクと一定のリズムで針を進める。


しかし、陽和の表情に、「一位を獲った」という特有の高揚感や奢りは一切ない。

彼女にとって、大会の順位や審査員の評価といったものは、所詮『他人が決めた結果』に過ぎない。

自分の裏方としての仕事の本質とは、全く無関係なのだ。


(あぁ……よかった。昨日は誰一人、大きな怪我をしなかったし)


陽和の心の中にあるのは、純粋で静かな安堵感だけだった。


(時間オーバーで幕を下ろされることもなく、みんなが六十分間、魔法を信じたまま舞台の上で輝き切ることができた。……それだけで、十分)


彼女の心は、ただその事実だけで、コップから溢れんばかりに満たされていたのだ。


「……お前さ」


東雲は、そんな陽和の横顔を見つめ、深々とため息をついた。


「自分が昨日、どれだけ非常識な神業をやらかしたか、本当に自覚ないんだな」


過覚醒状態の生徒たちを、高度な心理療法と成分計算されたハーブティーで鎮静化させ。

暗闇の中で、数十人の動線と空間をミリ単位で完璧にハッキングした。

あの狂気じみた『裏方の暗躍』の張本人が、今はただの大人しい女子高生の顔をして、黙々と衣装の綻びを縫っている。


「え? 神業って……昨日、私、何か変なことしましたか?」

「…………いや、もういい。お前は一生そのまま、底辺裏方のフリをしておけ」


東雲は、頭を掻きながら、自分のデスクへと戻っていった。


「?」


陽和は不思議そうに首を傾げたが、すぐにまた、膝の上の衣装へと視線を落とす。


チク、チク、チク。


スポットライトの当たらない、静かで薄暗い日陰の場所。

しかし、この小さな丸椅子の上こそが、陽和にとっての世界の中心であり、彼女が最も輝く場所だった。


(さて。十一月の東京都大会に向けて、もっと丈夫に縫い直しておかないとね)


少女は今日も一人、誰にも知られることなく、狂った演劇部の綻びを優しく縫い合わせ続けていた。

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