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第32項 圧倒的首位通過の歓喜。誰にも知られない裏方の暗躍と、次なる戦いへの予感

第32項 圧倒的首位通過の歓喜。誰にも知られない裏方の暗躍と、次なる戦いへの予感


「……俺は……あの日のことを、絶対に忘れない!」


舞台中央で、スポットライトを一身に浴びた結城が、張りのある、そして感情の乗った素晴らしい第一声を放った。

客席からは、水を打ったような静寂と、時折漏れる感嘆のため息が聞こえてくる。


星華芸術学園の劇は、その後も一切のトラブルなく、完璧なペースで進行していった。


舞台袖では、陽和が暗転のたびに音もなく飛び出し、ミリ単位の計算で小道具の出し引きによる動線のショートカットを行っていた。

彼女の無言の空間支配によって、劇は一秒の無駄もなく、そして制限時間ぴったりの『五十九分五十秒』で、美しい暗転とともに幕を下ろした。


客席からは、六十分間の息を呑むような熱演に対する、割れんばかりの拍手が巻き起こる。


「……はぁっ」


陽和は、真っ暗な舞台袖で、ようやく全身の力を抜いて、小さく安堵の息を吐き出した。


そして、夕方の結果発表。

全校の上演が終わり、市民ホールのロビーに張り出された結果の前に、生徒たちの歓喜の叫び声が響き渡った。


「やったぁぁぁっ! 星華、一位通過だ!」

「しかも審査員からの講評、『高校生離れした演劇部の一体感と、無駄のない舞台設営』だって! やったぁっ!」


星華芸術学園は、周囲からの強烈なプレッシャーを跳ね除け、見事に地区大会を『圧倒的首位』で突破したのだ。

プレッシャーから解放され、歓喜に沸き、抱き合ってボロボロと泣く一、二年生のキャストたち。

そして、まるで自分がその全てを一人でやったかのように、自慢げに胸を張り、カメラに向かってポーズをとるヒロイン候補の星野瑠璃と、その取り巻きである赤城、青山たち。


しかし。

その華やかな歓喜の輪から、遠く離れたホールの裏口。

搬入口に停められた巨大なトラックの荷台で。


「よいしょ、っと……」


陽和は一人、ワーク・ウェアを泥だらけにし、汗を拭いながら、重い舞台セットの搬出バラシ作業を黙々と行っていた。


「……あいつら、本当に何も分かってないね」


結果発表など聞かず、ホールの隅の自販機コーナーで温かい缶コーヒーを飲んでいた東雲が、プルタブに口をつけ、ふうっと白い息を吐き出しながら、トラックの荷台で働く小さな背中を見つめた。


「……審査員どもは、演劇部の一体感だと絶賛してるみたいだけど。……笑わせるよ」


東雲は、陽和が暗転のたびにミリ単位で小道具を動かし、過覚醒の生徒たちをハーブと心理療法で強制的に鎮静化させた光景を思い出して、引きつった笑いを漏らした。


「一体感じゃない。たった一人のバケモノが、裏から全員の脳味噌と空間を完全にハッキングして、ただの操り人形にしてただけだ」


彼女の計算し尽くされた空間支配とメンタルケアがなければ、星華の演劇部は、開演前の控え室の時点で間違いなく崩壊していた。

その事実に気づいているのは、この会場で、いや、この世界で東雲ただ一人だ。


「……はあ、疲れた」


陽和は、最後の重い平台をトラックに積み終えると、秋の夕暮れの空を見上げて、小さく「んーっ」と背伸びをした。

心地よい疲労感と、裏方としての仕事を完璧にやり遂げたという、静かで確かな充実感。


「次は、十一月の東京都大会か。……もっと寒くなるし、乾燥対策、もっと気をつけなきゃ。また新しいブレンド、考えないとね」


陽和は、自分が成し遂げた、精神科医をも凌駕するメンタルケアや、プロの舞台監督顔負けの空間把握という神業に、一切の自覚を持たないまま。

ただの『世話焼きな裏方』として、さらに過酷な次なる戦いへと、マイペースに歩みを進めていくのだった。

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