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第27項 足の裏から地球と繋がれ。舞台袖の暗がりで行われる「グラウンディング」の誘導

第27項 足の裏から地球と繋がれ。舞台袖の暗がりで行われる「グラウンディング」の誘導


(あーあ。これはマズいわね)


誰もがパニックに飲み込まれ、自我を失いかけている狂乱の控え室の片隅で、陽和はワーク・ウェアのポケットに両手を突っ込み、困ったようにふにゃりと眉を下げていた。


このままでは、舞台に上がる前に演劇部が完全に崩壊する。

それは、演出家の黒田でさえ気づいていない破滅の予兆だ。


「……ちょっと、皆さん」


陽和は、静かに、しかし不思議なほど通る声で控え室の中央へと歩み出た。

彼女の纏う、この殺気立った空間には似つかわしくないほど落ち着き払った空気が、パニック状態でヒステリックになっていた生徒たちの視線を、まるで磁石のように自然と集める。


「なによ、あんた……裏方のくせに」


赤城が何か言いかけるが、陽和はそれを完全に無視した。


「落ち着いてください」とも、「緊張しないでください」とも、彼女は決して口にしない。

過覚醒状態にある脳にとって、そんな抽象的な言葉は、現状の否定にしか聞こえず、一切の効力を持たないからだ。


「みなさん、一度立ち上がって、少しだけ足を開いてください」


陽和は、代わりに、具体的で単純な『身体の動作』を指示した。


「は……? 何を……」

「いいから、やってみてください」


陽和の静かな、しかし確固たる命令を含んだ声に、生徒たちは何かに導かれるようにフラフラと立ち上がり、足を肩幅に開いた。


「そのまま、目を閉じて」


それは、トラウマケアや極度のパニック障害の治療でも用いられる、高度な心理療法『グラウンディング(地に足をつける)』の技術。

陽和が、祖父の現場で無意識のうちに習得し、神谷のケアでも用いたその技術を、今度は演劇部全体に向けて展開していく。


「自分の『足の裏』に、全神経を集中させてください」


陽和の穏やかで、しかし芯のある声が、静まり返った控え室に響き渡る。


「靴の底が、今、床の硬い木の板にピタッと触れているのを感じてください。あなたの体重が、重力に従って、足の裏から、地球の中心へと真っ直ぐに引っ張られているのを想像してください」


生徒たちは、目を閉じたまま、陽和の声に従って自分の足の裏へと意識を向ける。


(床の硬さ……? 地球の……)


「もし本番でセリフが飛んだらどうしよう」「転んだらどうしよう」という、まだ起きていない『未来の恐怖』へと完全に飛んでしまっていた生徒たちの意識が。

『足の裏の感覚』という、今、この瞬間の確かな物理的現実へと、強制的にアンカー(錨)を下ろされたのだ。


「フワフワと浮ついている頭の重心を、ストン、と、おへその下――丹田たんでんへと落とします。地球の重力が、あなたをしっかりと支えています」


陽和の静かで温かい声が、パニックを起こしていた生徒たちの脳の扁桃体のアラートを、まるで魔法のように鎮めていく。

フワフワとしていた重心が、ストンと下腹部へと落ちていく、確かな感覚。


「ヒューッ……」


過呼吸気味だった彼らの息が、自然と深く、ゆっくりとした腹式呼吸へと変わっていく。

それは、陽和の無自覚な神業が、また一つ、星華の演劇部全体を破滅の淵から救い上げた瞬間だった。

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