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第22項 悪役の亡霊を振り落とせ。全身の細胞に「今は安全な現実だ」と刻み込むシェイキング

第22項 悪役の亡霊を振り落とせ。全身の細胞に「今は安全な現実だ」と刻み込むシェイキング


陽和は、震えが少し収まった神谷に手を差し伸べ、ゆっくりと立ち上がらせた。


「カップを机に置いて、全身の力を抜いてください。今から、体にべったりと張り付いた役の感情を、物理的に外へと振り落とします」


神谷は、まだ顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながらも、陽和の静かで命令を含んだ声に素直に従った。

白湯の入ったマグカップを机に置き、陽和の前に立つ。


「……振り、落とす……?」


神谷は、放心状態のまま、言葉の意味を理解しようと瞬きをした。

陽和は、コクリと頷く。


「犬が水浴びの後に、ブルブルッと全身を震わせて水を弾き飛ばしますよね? あのイメージです。手首、足首、肩、首……全身の関節の力を抜いて、デタラメに、バタバタと振ってください」


それは、トラウマ治療(TRE=トラウマ解放エクササイズ)や、プロの演劇の現場でも用いられる、体に蓄積された過剰なアドレナリンや緊張を強制的にリセットする手法。


『シェイキング(震戦)』の指導だった。


神谷は言われるがままに、最初はぎこちなく手首をプラプラと振った。

しかし、陽和が「もっと、首も、肩も、何も考えずに」と声をかけると、やがて彼は、全身を激しく震わせ始めた。


「ハァッ……ハァッ……」


激しく体を振るたびに、役のドロドロとした怒りや悲しみが、体の内側でザワザワと蠢き、外に出たがっているような錯覚を覚えた。


「その場で、強く足踏みをしてください!」


さらに、陽和の静かで力強い指示が飛ぶ。


「足の裏が、硬い床に『バンッ』とぶつかる感触を意識して。役の抱えていた、重くて苦しい過去を、悪役の亡霊を、床の下へ踏み潰すように!」


神谷は、陽和の言葉に呼応するように、バンッ、バンッと床を強く踏み鳴らした。


(俺は……違う。俺はあいつを殺したいなんて、これっぽっちも思ってない……!)


神谷が全身を激しく震わせ、足を踏み鳴らすたびに。

彼の肩にのしかかっていた、重苦しい黒いオーラのようなもの――数週間、彼を蝕み続けていた役の怒りや悲しみの残滓が、物理的な振動によって、ボロボロと崩れ落ちていく。


「あぁぁっ……!」


バンッ、バンッ、バンッ!


神谷は、無我夢中で体を振り、足を踏み鳴らした。

床を蹴るたびに、足の裏から「ここは現実だ」という硬い感触が脳に直接伝わってくる。


(もう、俺は、俺でいいんだ……っ!)


それは、まるで憑き物が剥がれ落ちていくような、圧倒的なカタルシスを伴う剥離作業だった。


神谷の顔から、狂気に満ちた悪役の凄みが抜け落ち、本来の、真面目で心優しい青年の顔へと、少しずつ、しかし確実に、本来の輪郭を取り戻していく。

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