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第14項 ミリ単位で調整される舞台袖。結城の歩幅の乱れを予測した、無自覚かつ完璧な空間支配

第14項 ミリ単位で調整される舞台袖。結城の歩幅の乱れを予測した、無自覚かつ完璧な空間支配


「よし、いいぞ結城! その調子だ!」


第一稽古場に、演出家である黒田の満足げな声が響き渡った。


地区大会を想定した通し稽古は中盤を迎え、舞台中央では準主役に抜擢された結城が、先ほどまでの絶望的な声枯れが嘘のような、張りのある素晴らしい演技を披露していた。


しかし、陽和の『神業』は、彼にあのピンク色のマロウブルーのブレンドティーを手渡して終わりではなかった。


「……日向さん、次のシーンの小道具、準備いい?」

「はい、完璧です」


舞台裏バックヤード

暗転に備えて待機している裏方の生徒から声をかけられ、陽和は静かに頷き、赤城たちから理不尽に押し付けられた膨大な量の衣装と小道具の配置作業を、一つ一つ着実にこなしていた。


しかし、陽和の琥珀色の瞳は、手元の小道具ではなく、舞台上で輝く結城の姿を、まるで精密機械のように冷徹にスキャンし続けている。


(声の調子は完全に回復してるわね。蜂蜜がしっかり効いてる。……でも、問題は足元)


朝、薄暗い廊下で結城とすれ違ったわずか二秒間。

陽和は彼が、無意識のうちに『左足に重心を偏らせ』、普段より『歩幅が約三センチ狭くなっている』という肉体のSOSを、見逃していなかった。


極度のプレッシャーから解放され、今、彼は全力で演技に没頭している。

アドレナリンが大量に分泌され、痛みや疲労を麻痺させている状態だ。

しかし、陽和は知っている。そのアドレナリンが切れる――つまり、自分の出番が終わって気が抜ける瞬間こそが、最も疲労による肉体のズレが顕著に現れ、大きな怪我を引き起こす魔の瞬間だということを。


「……そろそろ、結城くんのハケ(退場)のシーンね」


結城の役は、このシーンの直後、照明がすべて消える『暗転』と同時に、舞台下手しもての袖に向かって、次の衣装替えのために猛ダッシュでハケるという、非常に危険な動線が組まれている。


陽和は手元のリストと、床に貼られた目印のテープ(バミリ)を確認した。

本来の設計図通りであれば、結城がダッシュで駆け込んでくる退場ルートのすぐ横、わずか数十センチの場所に、次のシーンで使う重たい木箱の小道具がドンと置かれている。


(……今の結城くんは、疲労で左足に重心が偏ってる。暗闇の中で、普段の歩幅と感覚で走れば、必ず軌道が数センチ左にずれる)


その数センチのズレが、猛スピードで走ってくる彼の足を、あの硬く重い木箱の角に激突させるだろう。


「ちょっと、ごめんなさい」


陽和は、他の裏方たちが舞台の転換に気を取られている隙を突き、音もなくその重たい木箱に近づいた。

そして、結城の現在の『狭い歩幅と左寄りの重心』から導き出される予測軌道を脳内で正確に弾き出し、木箱の位置を、本来のバミリから『わずか五センチ』だけ、外側にズラして配置し直した。


演出家である黒田も、他の裏方の生徒たちも、誰も気づかないほどの微小な変更。

しかし、陽和にとっては、極限状態の役者の安全を確保し、六十分という過酷な制限時間を削り出すための、絶対的な『空間の再構築(支配)』だった。

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