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第12項 体温と同じ三十六・五度の劇薬。すれ違いざまに手渡された、ただの「乾燥対策」の体

第12項 体温と同じ三十六・五度の劇薬。すれ違いざまに手渡された、ただの「乾燥対策」の体


「あ、あの……これ……」


結城は、陽和から手渡されたマイボトルを受け取ったまま、戸惑ったようにその小さな手を見た。


「今日、すごく乾燥してますね」


陽和は、結城が喉の痛みを抱えていることなど微塵も見抜いていないかのように、ふにゃりと、いつもの天然で柔らかい笑みを浮かべた。


「さっきお茶を淹れすぎちゃって……よかったら、喉の乾燥対策にどうぞ」


そう言って、陽和は結城の返事を待つこともなく、そのまま小走りで廊下を去っていった。

背中を向けているから、結城には見えなかっただろう。

陽和がこの一杯を完成させるために、どれほどの異常な執着と計算を巡らせたかを。


給湯室でマロウブルーとカモミール、ペパーミントに蜂蜜を溶かし込んだ後、陽和は温度計をじっと見つめながら、別のガラス容器を氷水にあてて液体を冷ましていった。


『熱すぎるお湯は、炎症を起こした喉には火に油を注ぐだけだ。かといって冷たすぎる水は、極度の緊張状態にある役者の胃腸を冷やして筋肉を硬直させる』


祖父の教えの通り、陽和は温度計の目盛りが『三十八度、三十七度……よし、三十六・五度』を指した瞬間、氷水から容器を引き上げていた。


人間の平均体温と、全く同じ温度。

それは、液体が喉の奥を通過する際、体が「熱い」「冷たい」という『異物』として認識せず、最も抵抗なく細胞や粘膜に吸収される完璧な温度設定だ。


陽和は、完成した夜明けのピンク色をした特製ブレンドを、結城が持ち歩きやすいように、あらかじめ用意してあった小さめの保温・保冷の効くマイボトルに移し替え、蓋をしっかりと締めた。


それから、結城の歩幅と歩く速度、彼が第一稽古場に向かっている動線を頭の中で計算し、自分が別の用事で廊下に出た『偶然』を装って、絶妙なタイミングで角を曲がったのだ。


「あ、結城くん」


角でちょうどすれ違う瞬間、陽和はごく自然な動作でマイボトルを結城の胸元に差し出した。


「今日、すごく乾燥してますね。さっきお茶を淹れすぎちゃって……よかったら、喉の乾燥対策にどうぞ」


陽和は、「喉が痛いんでしょ?」とは絶対に言わなかった。

実力至上主義の星華芸術学園において、プライドの高い俳優科の生徒に「体調不良を見抜かれた」「同情された」という事実を突きつけるのは、彼の精神的な逃げ場を完全に奪うことに他ならない。


だからこそ、あくまで「自分の余り物だから」という、押し付けがましくない体裁をとった。

これは、役者に余計なプレッシャーを与えないための、極限まで計算された配慮なのだ。


(これなら、結城くんも素直に飲めるはず)


陽和は振り返らずに、自分が置いた衣装の束を取りに行く。

自分のやったことが、結城にとってどれほど圧倒的な救済であるかに無自覚なまま、ただの『裏方の仕事』として処理して去っていく。


結城は、陽和の後ろ姿が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。


「……乾燥、対策……」


手の中のマイボトルは、熱くもなく冷たくもなく、まるで誰かの体温のように、じんわりと温かかった。

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