最終話 涙。
最終話 涙。
地球は、当り前のように現存している。
なんだか、壊すまでもないと言われた気分。
まるで穿ったシニシズム。
ブラックジョークにもなりゃしねぇ。
トリデは、何の気なしに、周囲を見渡しつつ、
「くくっ」
趣もへったくれもない虚しさが、なんだかおかしくて、つい薄く笑った。
なるほど。
確かに、どうやら、心がないからこそ楽しめる風雅ってのもあるらしい。
「さて……と」
とりあえず、テキトーに地球を見て回ろうかと、
飛び立とうとしたトリデの腕を、
――トコの小さな手が、ガシっと掴んだ。
「何だ、人間。私に何か願いでもあるのか? 不愉快な願いでさえなければ、叶えてやっても構わないぞ。対価は貰うが」
「……ほな、パンツやるわ。せやから、どこも行くな」
「真摯な願いならば叶えてやらんでもないと思っているが、当然、下らない命令を聞いてやる気はない。立場をわきまえよ。今すぐ、その薄汚い手を放さなければ、異次元砲で、その小さな頭を吹き飛ばす。アウターゴッドの力をナメ無い方がいい」
「ホンマに……心、なくなってもうたん?」
「私は神だ。世界を支える柱の一本。柱に心は必要ない」
「――ほな……なんで、泣いてんの?」
「泣く? はっ。何を愚かな。神は涙など――」
そこで、トリデは、零れ落ちる欠片に気付く。
右手で目を拭ってみた。
「なんだ、これは……信じられない……ありえない……あり……えない……」
ドクンと、何かが脈打つ。
トコの言葉が耳に触れるたび、トリデの全身が震える。
何かが流れていく。
気付けば、涙が溢れていて、『砦』は、膝から崩れ落ちていた。
プルプルと体を震わせて、
「ナゼだ。意味が分からない。どうでもいいはずだ……プランクトンと何が違うという。ほんの数十年で消えてしまう、塵芥のような命の破片が、いったい何だというのだ……」
ついには、嗚咽が込み上げてくる。
「うっ……うぅ……ぁあ……心を失ったはずだ……なのに、なぜ……なんで……こんなに苦しい……」
「心を失ってしもうたからやない?」
「ぁあ?」
「心を失って、でも、それがイヤやって思える何かが、まだ、サイゴの中に残っとるからやない?」
「そんなバカな話……その回路が心だろう」
「心も、器官の一つに過ぎんって事なんやと思う。ホンマに大事なもんは、心だけやなく、それ以外のどこかにも、同時にしまわれるもんなんちゃうかな。そうやないと、説明でけへんよ……だって、ほら」
ポロポロと涙をこぼしながら、
トコは、砦の手を取って、
「こうしとったら、ゆっくりと重なっていくんが……分かるもん」
トクンと、優しく跳ねた気がした。
重なっていく。
二人の想いが、ゆっくりと繋がっていく。
木漏れ日のように柔らかく、二人の想いを包み込む。
――生まれ変わって、初めて流した涙は、
神様の涙にしてはちょっと、暖かすぎるような気がした。
「あ……ぁあ……」
『それだけはイヤだ』と、心以外のどこかが叫んでいる。
どうやら、『ソコ』は、悲鳴や慟哭なんか、とうに聞き飽きているようで。
『なくしてしまいたくない』と、心を失っても、
その『どこか』さんは、
まだ、喉を嗄らして叫んでいるようで。
「……あぁ……ぅぁ」
つまずいて、けれど立ちあがって、
本当の自由を求めて、壊れて、やり直して。
「ぁあ……ぁああぁあああ」
サビついて鈍化した関節が、ゆっくりと軋んだ。
無為なはずの呼吸が、少しだけ速くなっている。
――あぁ、そうだ! まだ、『生きて』いるんだ!
重たいよ、涙。
わかんないよ、鼓動。
分からない。
ぁあ、分からないさ。
けれどね。
……ボロボロと、涙を溢れさせながら、
「………………あぁ、トコ……残ってた……」
気付いたんじゃない。
ただ、残っていた。
壊れたのに、わずかに。
「トコ……トコ……ぼくの中に……君がいるよ……」
亡くしたのは心だけだった。
だから、残っていたんだ。
とても小さな欠片。
ほんのわずかに。
でも、確かに――
「ぼくのどこかに、残っていたんだ……ぼく、トコが大事だって、確かに思えるよ……」
止まらない涙が、二人の体を濡らしても、
想いは決して冷えることなく、ゆっくりと温まっていく。
ポカポカと、ユラユラと、静かに、ただ確かに、優しく溶けて混ざっていく。
命が重なって、
だから、淡く、切なく、息が詰まって、
トクンと、確かに跳ねる音がしたんだ。
「今も間違いなく、ぼくは……あなたを愛している……」
――『『『大丈夫。それだけは消えない』』』――
声が聞こえた。
複数の。
まるで世界の喝采。
「あ、あぁ……うぁあああああああ……」
砦は、ギュゥっとトコを抱きしめた。
嬉しくなって、トコも、砦を抱きしめかえす。
「「―――――っ――」」
重なった、泣き虫の涙。
銀河みたいに、混ざり合って、
――自由になるの――
多分、それだけの事。
きっと、だからこそ辿り着いた、本当のエンディング。
……そうだ。
――神様が恋をしてはいけない理由なんてなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます<m(__)m>
何か残るものが一つでもあったなら幸いです(*^-^*)




