55話 だから、泣くな。
55話 だから、泣くな。
「了解した。それでは――」
「ちょっ、待てぇ!」
トコは、叫びながら、ヨグを睨みつけ、
「何いうてんの?! 異形になるって、なんや……心を失うって、それどういう――」
「言葉通りの意味だ。薬宮トコ。無上の愛を捧げられし者よ。砦才悟は、これより、深き絶望を糧にして、大いなる存在――神の一柱となる。トリデサイゴという、この世界を支える概念の一つになる。……柱に、心は必要ない」
「心がのぉなるって……具体的にはどうなんの?! まさか、サイゴが、サイゴやのぉなるんやないやろぉなぁぁ!!」
「神に『成る』という事は、コスモゾーンの『器』そのものになるという事。つまりは、多岐に渡る『生命の鎖』という支配・呪縛・抑制――すなわち、数多の『枷』から解放たれるという事。然して、高次生命としての在り方に支障をきたすであろう、様々な低次ファンクション(機能・関数)から乖離因果論上の絶想解脱を果たし、完璧な高次概念――完全なるシステムへと至る」
「ようするに、『なんもなくなる』って事か?! アホかぁ! おい、サイゴぉおお!! 絶対にあかんで! 想像するだけでもわかる! 人間が、そんなんに『為ってまう』んは、死ぬより辛い事や! 絶対にあかんからなぁ!」
トコの想いが伝わってくる。
指一本動かせない彼女の歯がゆさが、痛みが、震えるほどに理解できる。
それは、きっと、心があるから。
「今の俺が『終る』だけの事。お前を守れるのなら、大した犠牲でもない。そして、これは、とっくの昔に出来ていた覚悟。だから、何を言われても、揺るぎはしない」
トコは、どうしても動かない自分の体を呪い、喉を潰す勢いで、
「ふざけた事ぬかすなぁ! しばくぞ、サイゴォオオオオオ!!」
慟哭の花鳥風月。
命の華が萌ゆる。
『生まれた意味』に包まれた砦は、
「死んでも守ると決めたあの日から……この覚悟は、わずかも風化する事なく、弱い俺を支え続けてくれた。いつしか気付けば、お前への恋心は、より強い輝きとなって、暗闇に迷う俺を導いてくれていた。いつだって、お前を愛しているという俺の『想い』だけが俺の全てだった。その事実が……俺は、他の何よりも誇らしい」
砦は笑った。
異次元の太陽が嫉妬するほどに眩しく、まっすぐに、
「トコ……ありがとう」
満たされていく。
ポカポカとしたワガママ。
全部、伝えられた。
最後まで、伝えられたよ。
だから、
「俺は頑張って生きた。精一杯生きた。だから、泣くな、トコ」
「い……」
トコは、ついに、ボロボロと、
「……イヤやぁ……」
泣きだした。
――もう二度と泣いてやるものかと、何度誓っても、辛い事があると、涙は零れる。
それは、きっと、心があるからなんだろう。
「そんなん、イヤやぁ……」
子供のように、泣きすがってくる。
彼女の想いに触れて、砦は、心の位置を再確認した。
温かくなって、教えてくれる。
ジワっと、ホワっと……少しだけズキって音がした。
これが、なくなってしまうと考えると、やっぱり怖くなった。
恐怖心。
不安。
狂気の最果て。
コズミックホラー?
そんなんじゃねぇ。
そんな歪んだ痛みじゃねぇ。
これは、もっとまっすぐで、もっと芯に届く痛みで……
だから……恐い。
ああ、怖いさ。
苦しい。
嫌だよ。
――けれどね、
「お前を失うよりは、ずっとマシだ」
砦の体が発光する。
凝縮していく。
「イヤ! イヤや! 待っ――ほんまに、ちょっと待ってっ! イヤやぁあ!!」
トコの、すがりつくような声を意識から消して、
砦は、光の奔流に身を任す。
視界がグラっと揺れて、体がブルブルっと震える。
目の前の空間が再構築されていく。
進化のファンファーレ。
鐘が鳴っている。
「終わる――終わっていく――全部――」
人間と異形では、見えている風景が違う。
処理される速度も、その性質も、何もかもが変革する。
無慈悲な羽化。
翼が生えた気がした。
//全ての砦が沸騰する//
(――壊れていく――)
理解できる。
分かる。
確実に――人間ではなくなっていく。
だから、そして、而して、
「ぷ……はぁ……はぁ……はぁ……」
気付いた時には、間違いなく、トリデは、それまでの砦才悟ではなくなっていた。
息を吸い、吐く。
慣れたはずの行動にも新鮮味があった。
だって今は、『それ』をする必要がなかったから。
分かる。
知覚できる。
理解できる。
認識できる。
――今――
――砦才悟という『人間』は死んだ――
だから、ニャルは尋ねる。
『同族』として、ニャルは、彼に訪ねなければならない。
「君は誰かな?」
問われた彼は、ニャルの『同族』として、義務を果たす。
「私は……運命を殺す狂気の具現。永き時空を旅した敗北者。月光の龍神トリデサイゴ」
その名乗りを受けて、ヨグが宣言する。
「新たなる神の誕生。神話の始まり。さあ、最初の伝説を始めたまえ」
トリデは、自分の右手を見つめる。
「ああ、なるほど……確かに、何も感じない。間違いなく、私の心は死んだ」
一度、そう呟いた直後、
静かな瞬間移動で、ニャルとの距離をつめると、
召喚した混沌の刃をニャルの右肩に突き刺した。
あんなに堅かったニャルの体に、音もなくスっと通る。
わずかに呻き声をあげたニャルに、
トリデは、
「……嘘つき野郎。何が20分は持つ、だ。貴様の魔力、もうほとんど残っていないじゃないか」
「かなり巧く偽装したつもりだけれど、流石に『高次神眼』はごまかせないか。ははっ。でも、まだ、三分くらいは持つよ!」




