54話 神話の王。
54話 神話の王。
――ただ、どうしてもイヤだ。
それだけの話。
なんとも、むちゃくちゃな、大金持ちのお嬢様らしいワガママじゃないか。
「……正直、自分でもよう分からんのや。そりゃそうやろ。あんたの事を知って、まだ数日やもん。この気持ちも、感情も、ほんまのところ、意味がわからへん。……けどな、本気で思うんや。あたし、あんたを失うくらいやったら、死ぬ方がマシやって、ホンマのホンマに思うねん。おかしいよな。うん。おかしいよ。けど、どうでもええ。自分の心が分からへん。だからなんやねん。――あたしは、あんたが死ぬ所を見たくない。結局のところ、そんだけのこっちゃ。簡単やな。はっはー」
ほがらかに笑う。
混じり気がなくて、どこか清々しい、そんな笑顔。
「――せやから……悪いけど、守らせてな」
砦は、彼女の覚悟を理解する。
「はは」
つい、反射的に頬が緩んだ。
そして
「……笑わせんじゃねぇ」
砦は、魔力を絞り出して、虚空に、
「……《動くな》……」
呪縛系統の魔法陣を描く。
「無駄やて。今のあたしやったら、呪縛に抵抗するくらい余裕……って、えっ」
動かない。
ピクリとも。
どれだけレジストしても、凶悪な圧で無効化される。
「……はっ?! なっ、なんで呪縛程度の魔法が、解けっ――」
理解はできないが、しかし、トコは確かに感じた。
『複数』の『干渉』。
強力な魔力のインターフェースゾーン。
――まるで、『世界』が、彼女に、『動くんじゃねぇ』と命じているよう――
トコが動けなくなったのを確認してから、
彼女の額に手を当て、ゆっくりと、
「オング、ダクタ、リンカ。ネブトッド、ヂン。フングルイ、ムグルウナフ。ヨグ=ソトース、ンガァ・グア、ナ・フルタグン。
イア・イア、ヨグ=ソトース、フタグン。
イア・イア、ヨグ=ソトース、フタグン」
呼び出しに応じ、爆発的な衝撃が空間を占めた。
この時空の全てが、一瞬だけ虹色になった。
膨大な魔力の奔流。
光の翼が全てを埋め尽くしていく。
霊験あらたかに泡立つ。
無が弾けたような神気。
そして、顕現する、神話の王。
――出現したヨグは、砦を見下ろし、
「……望みを聞こう。砦才悟。命の特異点に辿り着いた者よ。貴様は、神の王に、何を望む?」
砦は気合いを入れる。
ここは神の御前。
よれた態度は許されない。
「今の俺は、絶望している。200『億』年を積んできた神を前にして、深く絶望している。200億年を生きてきた者が背負っている業を前にして、この上なく絶望している。その深き業を背負った神ニャルラトホテプが、薬宮トコの死を望んでいる。これを覆すには、ニャルを上回る力が必要だが、今の俺にはその力がない。その絶望は、筆舌に尽くしがたい」
「ふむ。それは大変じゃないか。困ったな。……で?」
「この絶望を糧として、俺は異形になる事を望む。封印されていながら、いと深き魔力を行使できるほどの絶対者である神話の王ならば、認知の領域内に在る俺を異形へと転生させる事も容易なはず。……そうだろう? というか、今の自分でも、そのくらいは可能だと、俺に伝えるために、今まで、色々とやってきたんだろう?」
ニッと笑うヨグの顔を確認してから、
砦は深く頭を下げて、
「伏してお願い申し上げる。どうか、このわたくしめに、偉大なりし絶対神の叡智、その一部をどうか、どうか与えたもう――」
「この期に及んで飾った言葉は不要。私の問いに答えよ。汝は、真に、人ならざる者になる事を望むか? 心を失い、世界を支える柱の一つになる事を認めるか?」
「……認めます」




