26話 絶対に死なせない!
26話 絶対に死なせない!
take100
――25分が経過した時、
「はぁぁ……はぁぁ……」
砦の体は血だらけのズタズタになっていた。
不可視・事前感知無効かつ神速の多角攻撃。
当然、刀で防ぐという対処ができない場面に何度も遭遇し、その際は体を盾にしたので、全身傷だらけになり、右腕はとうの昔に切り飛ばされている。
右の眼球は潰れているし、骨も何十本という単位でへし折れている。
本来ならば、既に立つ事もできない重体だが、どうにかこうにか、魔力と気力だけで体を支えている。
左手に召喚したファルコンソードは、軽さだけが売りの武器なのだが、今は、バーベルのように感じる。
求められているのは、コンマ数秒たりとも気を抜けない最上級警戒態勢の強制――結果、砦の精神は限界まで摩耗した。
もはや、本能と反射だけが頼り。
朦朧とした意識の中で、ただ、心の中でボソっと、
(守る……)
ギリギリと、奥歯をかみしめ、血に濡れた左目で世界を睨みつけ、
(……死んでも……)
心の声もかすんでいる。
ドロドロに紅い涙を流しながら、
(ぜってぇえ! 死なせねぇえええ!!)
絶望を踏みつけて、魂魄を黙らせる。
理屈をねじ伏せた精神論に支配されるコスモの欠片。
薬宮が狙われ、砦は、ファルコンソードで防ごうとしたが、一瞬、対処が遅れた。
(ヤバっ――)
頭が叫んだ瞬間、砦はファルコンソードを手放した。
そして、必死に左手でシュブが振るった剣を掴み、左斜め下へと押し込んで斬撃の起動をズラす。
その際、シュブの刃が、砦の魔力ガードを貫いて、指のほとんどを切断してしまった。
噴き出す血が空に曲線を描く。
どうにか、シュブの剣がトコの体に届くのは阻止したが、
(もう……剣は握れない……)
頭の奥で理解が嘆く。
右腕は肘から先がなく、左手は親指と小指がかろうじて繋がっているだけ。
「終わりですね。もはや、あなたに対抗手段はありません。しかし、残り時間は、あと五分。つまり『彼女』が死ねば……残り全員が助かりますが、さて、どうします?」
砦の耳に、シュブの誘惑が届く。
これほど心が動かない悪魔の囁きも珍しいと、砦は思った。
「自殺する!」
――ふいに、悲痛に包まれたトコの叫び声が響く。
もう我慢できないという悲鳴。
懇願にも近い哀哭。
「今、ここで、この首を切るから、こいつらは助けたってくれ!」
トコの懇願を受け、シュブは、
「休憩の恩恵を得られるのは、わたくしか砦さんに殺された場合と最初に、ハッキリと説明したはずですが? 自殺するのは自由ですが、その行為は、『希少なボーナスが消失してしまうだけだ』という事をご理解ください」
「なっ、なら、砦! さっさと、あたしを殺せ! てか、何してんねん! 朦朧としすぎて、二桁の足し算すら分からんようになってんのか?! 25に5を足したら30になって、この地獄が終わんねん! ぉい、聞いとんのか!! 砦ぇえ!!」
トコの言葉を受けて、砦は、ゴフっと血を吐いてから、
「ふしゅー、ふしゅー」
必死に空気を吸い込んで吐く。
肺胞でガス交換が行われ、
肺静脈が、心臓に、多くの酸素を含んだ血液を運ぶ。
――ドクドクと、命を回している。
砦は、一度、チラっとだけトコの顔を見てから、
深い鬼気を孕んだ瞳でシュブを睨みつける。
「剣が握れない……」
かすれた声を、ひねり出す。
「……目が、かすむ……」
死にかけの声で、
それでも――
「………………意識が、毎秒遠くなる………………」
なぜ立てているのか分からない。
そんな、限界までズタボロの状態。
それでも、砦は、言う。
「……だから何だ?」
姿勢を低くする。
「つまり……なんも、終わってねぇ……」
砦は、すぅうううううっと息を吸って、
「簡易・魔皇ドライブ起動! 脚部リミッター、強制解除! SEファイル/セイレーン:セイバーサテライト‐システム発動! リリック! セーラーブルーム!!!」
残っている魔力で使えるドライブとシステムを惜しみなく発動させる。
研ぎ澄まされていく、神聖の魔力。
砦の周囲に召喚される十六本の剣。
咲き誇る、向かい風を受けてなお進む命の華。
――剣が握れないのなら、浮遊させればいいじゃない――
肉体がここまで破損している状態で、これほどの無茶と負荷を体に与え続ければ、
当然、その絶望に耐えきれず、魂魄の壁側内膜が千切れて圧死する。
そんな事は砦も理解している。
だが、それでも、砦は、迷わなかった。
迷わないどころか、砦は、さらに、その先を行く。
「十六本じゃ……ものたりねぇだろ」
砦は、心の芯で『まだ死んでやらねぇ』と叫び、
刀身三十センチほどのイマジンナイフを空中に召喚させた。
その柄に、
「はぐっ」
ガブっとかみつく。
これで、シュブに向けられた剣は十七本。
その行為は表明。
血みどろの宣誓。
極限を超えて舞う。
その明確な意思表示。
(できる事は全部やる! 歯が全てヘシ折れても、手足を全て失くしても……それでも、俺は止まらねぇ! 絶対に止まってやらねぇええ!!)
まるで、剣の翼を生やした狼。
死神を纏う幻想のキバを煌めかせ、血走った目でシュブを睨みつけている。
携帯ドラゴンの『強化機能』は複数種類あるが、
どれも例外なく、『覚悟の総量』で、発動時のスペック向上率と魔力消費量が変化する。
――それは、すなわち、
「砦さん。今のあなたは、一瞬でも、心に迷いが生じれば、灰になって死んでしまう真の極限状態にあると理解していますか?」
砦の射抜くような左目を見て、シュブは、朗らかに、ニコっと微笑んだ。
「愚問でしたか。なるほど……了解いたしましたわ。それでは、これから本気で彼女達を殺しにかかります」
追加で、黒雷を纏うフランベルジュを召喚し、二刀流になるシュブ。
シュブの存在値がグっと増した。
バチバチと、黒銀を含んだ雷龍が走る。
その絶望的な光景を見せつけられても、砦の心に迷いは生じなかった。
わずかも変わらぬ瞳で世界を睨みつけている。
その覚悟の質量には、流石の神も瞠目してしまう。
常軌を逸した、修羅の視線。
――シュブは、
「……素晴らしい」
ボソっとそう呟いてから姿を消した。
――深き死に寄り添った五分間が始まる。




