2話 携帯ドラゴン。
2話 携帯ドラゴン。
すでに始業ベルは鳴っている。
人気がまったくない体育館の裏はシーンと静まり返っていた。
「で、なんなん?」
トコの問いに対し、砦は、一瞬だけ間を溜めて、
「俺は」
穏やかに呼吸を整えてから滔々と、
「二年後からタイムリープしてきた」
「……ん?」
「二年後の五月から、記憶だけを、今朝に飛ばした」
(うわぁ……『携帯ドラゴン』の事を知っとるから、『委員会』関係の話やぁ思うたら……ただの電波くんやったかぁ……しんどいなぁ。おそらく、あたしらの会話、どっかで聞かれて、携帯ドラゴンのワードを、連れ出すためのダシにされた感じか……)
「今日この日、2015年の五月――『高校一年生の五月』から『三年生の五月』までの二年間を、俺はこれまでに、99回くりかえしてきた」
「あー、はいはい、分かった。OK、OK。じゃあ、先方にはそう伝えとくわ。ほな」
逃げようとするトコに、砦は、至極冷静なまま、
「薬宮トコ。お前には『呪い』がかけられている」
「――っ?!」
「その呪いを解くため、中学の時から紅院たちと『神話生物対策委員会』のメンバーとして、解呪方法を探している。そうだな?」
「……なっ、なんで……」
そこで、薬宮は、眉間にグっとシワを寄せた。
(携帯ドラゴンのワードだけならともかく、誰かに聞かれるような場所で、『呪い』について喋った事はない。委員会の関係者以外、絶対に誰も知らんはず……ナニモンや、こいつ……ただの電波やないんか?)
「お前に、『アウターゴッド召喚の呪い』をかけたのが誰か、俺は知っている」
「ふぁっ?! ほ、ホンマか?! なんで、そんな事を知っとん……いや、今は、理由なんかどうでもええ。誰や?! 術者さえ分かれば解呪は楽勝! なんせ、そいつ殺したらしまいやからなぁ!」
「お前に呪いをかけたのは……」
「タメんなや! はよ言え!」
「……茶柱罪華だ」
「あ?」
薬宮は、一瞬で沸騰する。
殺人鬼のような表情になり、砦の胸倉をつかみ上げ、
「言うてもええ冗談と、絶対に言うたらあかん暴言があることくらい、その年になって、まだわからんか? ハゲ、ごらぁ、おぉ?!」
本気でキレている彼女の顔面は、まるで金剛力士像。
「人のツレを、イカれた狂信者扱いとか……覚悟できとんのやろぉなぁ、ああ?」
これだけ轟々と詰め寄られていながら、砦は、しかし、どこまでも冷静で超然としている。
「薬宮、茶柱を恨むな」
徹底して穏やかに、淡々と、
「あいつは誤解をしているだけだ」
「……は?」
「この時点のあいつは、弟が亡くなった直接的原因が、お前だと――薬宮トコの会社が、死の薬を作ったからだと勘違いをしている」
「……弟? 二年前に亡くなった茶柱ユウキのこと? それ、どういう――」
「銀の鍵五回分――つまり十年ほどかけて、徹底的に調査した結果、茶柱祐樹が死んだ理由に、お前の会社が作った酵素阻害剤は一切関係ないと判明した。『茶柱弟の死因は、未だに解明されていない』が、少なくとも、トコテラーゼ阻害薬で、重度の『局在神経脱落症状』に陥るほどの脳炎が発症するなどありえないという事だけは証明できた」
「いったい……さっきから、何を――」
「己の過ちに気付いた茶柱は、文字通り死ぬほど後悔していた。あの、いつも飄々としていて、『神話生物』との戦闘中だろうが何だろうが構わずボケ倒す、クソサイコパスな茶柱が……溺れるほどの涙を流して、お前に土下座をしていた姿は……正直、忘れられない」
『――ごめっ……トコ……わたし……ごめん……なさい……』
「真実を知ったあいつは……お前の死を見届けた後、いつも、必ず自殺をしていた。あいつは、もう何度も何度も、その命で罪を償ってきた……だから、頼むから、あいつを恨まないでやってくれ。もう、これ以上、悲劇はいらない」
「……ぁ、あんた……ほんま、なんなん?」
「言っただろう。俺は、高一の五月から高三の五月までの二年間を99回繰り返してきた。お前の呪いを解く為に、この200年間、ずっと戦ってきた」
「……にっ……にひゃくねん、て……そんなアホな話……」
「安心しろ、薬宮。必ず救ってやる。そのための準備は完璧以上に整えてきた。200年前の俺は、『お前の背中に隠れて震えているだけの単なるカス』だったが、今の俺は違う。お前を守るために、助けるために、死ぬ気で、この命を磨いてきた」
「……」
「守ってやる……必ず……神を殺してでも……お前だけは絶対に守ってみせる!」
★
take0
――『まだ一度もタイムリープしていない砦と薬宮。2015年6月。C級GOO戦』
『く、薬宮さん……だ、大丈夫? ぁ、あいつ、とんでもなくヤバそうじゃない?』
『砦。あんた、ホンマにビビリのヘタレやのぉ。もう委員会に入って一カ月くらい経つやろ? ええ加減、神話生物に慣れぇや。ったく……情けないわぁ』
『ぃ、いや、だって、あの【グレート・オールド・ワン(GOO)】っていうバケモノ、本来、人間が何したって勝てない【神様の眷属】なんだよね? ビビる方が普通っていうか、そもそも――うわぁ、火を噴いた! ひぇっ! どひゃっ!』
『ダッサいわぁ、ほんまぁ……』
『こわいぃ……こわいぃいい……もう、ヤダぁ……ひっぐ、ふぐ、なんで、ぼくが、こんな目にぃ……ぅぇぇえん……うえっ』
『ふぐふぐ、うっさい!! ほんま、鬱陶しいのう! もう、ええから、あたしの後ろに隠れとけ。あのGOOは、あたしらだけで殺したるから』
『ひっぐ、ふぐ……ぁ、ありがとう……く、薬宮さん。いっつも守ってくれて……ぼく……ぼく……』
『あんたも【携帯ドラゴン】を召喚できるんやから、ホンマは戦ってほしいんやで? てか、普通は男が女を守るもんやろう。戦場では、流石にジェンダー平等は謳わんといてほしいんやけど。普通に守ってほしいわぁ』
『ごめんなさい、何もできなくて。ぼく、ほんと情けなくて……ほんとごめんなさい……』
『まあ、普通の男子高校生に、威勢良く化け物と戦ぇ言う方が無茶なんやろうなぁ。……はぁ。さて、ほな行ってくるから、ちゃんと、自分の身ぃ守っとくんやで』
『ぅ、うん……ありがとう、薬宮さん……ほんと……ありがとう』
★
take99
――『2015年。五月』
「淡い輝きの結晶。いと美しき、月光の携帯ドラゴン、起動。……おいで……ルナ」
砦の宣言に呼応するように、銀色の粒子が結集して、
「きゅいっ」
かわいらしい、手乗りサイズで二頭身のドラゴンが現れた。
パタパタと小さな翼をはためかせ、ゆっくりと飛び上がり、砦の頭の上にポスンと着地すると、子猫のように、クルンと小さく丸くなって、スースーと寝息をたてはじめた。
「薬宮。お前の呪いを解く方法はない。『エイボンの書』という、茶柱が隠し持っていた魔道書に書かれていたのだが、どうやらアウターゴッドの中のアウターゴッドである万能の最強神『ヨグ=ソトース』の召喚だけはキャンセルが出来ないらしい。これは運命のアリア・ギアス。お前が死ぬか、呪いを起動させるかしか、その呪いを終わらせる方法はない」
「え、ちょっ、待てぇや……ほな、結論は、あたしが死ぬしかないって事やないか!」
「そうだ。『ヨグ』は神の中の神。最強の神話生物。そして、エイボンの書によれば、ヨグは『指定された星の消滅』以外の願いを聞いてくれない。召喚されてしまえば、茶柱が指定した『地球』は確定で終わる。ゆえに、薬宮トコは、呪いが発動する前に自殺するしかない。それが、200年にも及ぶ調査の果てに辿り着いた最終解だった」
「は、はは……解呪方法、無いんや……一生懸命、頑張って探してきたのに……」
「――だが、俺は、そんな運命を拒絶する」
「……は?」
「殺してやる……『ヨグ=ソトース』を、俺がこの手で殺してやる。そうすれば、地球は終わらない。つまり、薬宮トコが死ぬ必要はない!」
「アウターゴッドに勝つなんて無理やろ。相手、神やで? あのアホみたいに強いGOOでさえ足下にも及ばん、バケモノの神様。……人間が勝てるわけ――」
「今の俺は、神に匹敵する力を持っている」
「な、なにを、ホンマもんの危ないヤツみたいな事――」
「不幸中の幸いで、記憶だけではなく、携帯ドラゴンのステータスも過去へと引き継ぐ事が出来た。俺は、200年間、徹底的にルナを鍛えた。いまや、この子の力はアウターゴッドクラスだ」
頭の上で寝ている手乗りサイズドラゴンの頭を撫でながら、そう言った砦に、
「そ、それが、もしホンマの話やったら……ぃやいや、ありえへん。200年も神話生物と戦ってきたとか……そんなん、普通に頭おかしなるやろ」
「頭なら、とっくにおかしくなっているさ。まともでいられたのは、最初の5~6年くらいだ。人間の精神ってのは酷く脆いと痛感したぜ」




