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短編集

初夜を拒否されたので、このクズ夫必ず〆る

作者: 蒼黒せい
掲載日:2025/11/27

「悪いが初夜はない」


 そう言うと、共有の寝室から颯爽と出ていく男がいた。今日初対面で結婚したばかりの夫の背中を、セーラは整えたはずの青い髪が崩れながら、唖然とした表情で見送った。


(はああぁぁぁぁ!?何言ってるの?こちとら元王女なのよ!この結婚は王命で、拒否権があるとでも思ってるの!?賢君なんて言われてたらしいけど、とんだクズ夫じゃない!)


 セーラは怒りのあまり、男―ルーファス―の消えた扉に向かって、今日のためにと用意されたふかふかの枕を投げつけた。しかし、枕は扉まで届かず、虚しく地面に転がる。その有様が今のみじめな自分に重なるような気がして、セーラの瞳には涙がにじんだ。


 セーラの母国インクルージオは、セーラの父が国王になってから周辺諸国を統合の名のもとに侵略を繰り返した。

 その理由は、大河を挟んで対岸に位置する隣国が急激に勢力を拡大していたため、これに対抗するための処置となっている。

 同盟ではなく、侵略・統合に走ったのは肝心な時の裏切りを避けるためだろう。


 インクルージオ王国は強大な軍事力を保有しており、周辺諸国のほとんどは無血開城となっていた。

 インシディア国もその一つで、統合後はインシディア領となり、元国王であるルーファスは辺境伯に任命された。

 そして、結びつきを強めるため、インクルージオ王国の正当な血筋である王女のセーラが嫁いだ。しかし、その初夜がさっきの結果である。


 セーラは見た目だけなら深窓の令嬢みたいな印象を与えるが、中身は意外とそうでもない。

 深い海のような鮮やかな青い髪に、トパーズを思わせる瞳。

 活発で行動力があり、そして少し執念深い。

 当然、初夜を拒否された侮辱は、セーラの心に深い楔として打ち込まれ、ちょっとやそっとで抜けそうにない。


(見てなさい…私にこんな仕打ちをしたのを必ず後悔させてやるんだから!)


 その日、セーラは広いベッドの上でふて寝した。


 それからセーラのインシディア領での生活が始まった。

 とはいえ、その生活は決して順風満帆とはいかない。

 無血開城で被害は無かったとはいえ、セーラはインシディア領の侵略国の王女だ。生活する城の中でも外でも、歓迎される雰囲気はなく、むしろ嫌悪されているといっていい。


 しかも、どこから漏れたのか、初夜を拒絶された情報まで出回っており、嫌悪の中には嘲笑まで混じっている。


 当然、そんな扱いをされて黙っているセーラではなかった。


「見てなさいよ!このインシディア領にセーラありと思い知らせてやるわ!」


 それからセーラはインシディア領の領地経営に取り掛かった。

 インシディア領は肥沃と言い難く、特に水不足に悩む土地だった。

 そこで、インクルージオ王国で発展した治水技術を導入し、水不足解決に取り組んだ。


 最初はセーラの取り組みに懐疑的で、あからさまに反対する者もいたが、それにひるむ軟弱王女ではない。理論と理屈と気合で相手を黙らせ、どんどん工事を進めていく。

 2年も経つとそれは形になり、安定した農業用水が得られ、作物の収穫量は向上した。


(ふふん、どうよ!)


 今ではすっかりインシディア領内ではセーラを悪く言う者はいない。


 一方、セーラの夫(一応)であるルーファスとは、ほとんど顔を合わせていない。

 食事は別々だし、初夜以降は寝室にも来ない。

 一応屋敷や領内にはいるようだが、奇跡ともいうべき確立で遭遇しないのだ。


 セーラとしては、ルーファスは初夜を拒否した妻の偉業に恐れおののき、土下座するほどの謝罪を期待していた。なのに、全然その気配が無くて不満だ。

 それどころか、彼は彼で別の事業を進めており、それが領内の交通網の整備だ。主に道路の整備を進め、馬車の速度・揺れともに安定し、物資の輸送量は飛躍的に向上した。


 これがセーラによる農作物の収穫量向上と合わさり、インシディア領内の食料は隅々まで行きわたるようになった。それどころか、新鮮さを保ったまま輸出できるまでに至っている。

 現状を知らない者からすれば、夫婦の共同事業だと思われてもおかしくない成果だ。


 当然セーラからすれば面白くない。

 そこでセーラは、ルーファスの何か弱みでも握り、それで彼をぎゃふんと言わせようと画策する。

 早朝や深夜など、彼の動向を観察しようと玄関を監視していると、どうも彼は夜に出掛ける事があった。

 しかも、屋敷の豪華な馬車ではなく、目立たない荷馬車で動くのだ。

 これが怪しくないわけがない。


(何をやっているのかしら?…まさか、浮気?)


 さもありなん。

 ルーファスは元国王だし、容姿も美丈夫で人目を引きつける。話しには聞いていないけど、もしかしたら婚約者もいたかもしれない。


(もし本当に浮気でもしていたら………?まぁ、別にいいか。お父様に報告はするけど)


 ルーファスに恋も何もしていないので、浮気されていたとしてもダメージは無い。まぁ脅す材料の一つにはなるだろうと思った。


 セーラはさらに観察を続け、深夜に出掛けるタイミングに一定の間隔があることに気付いた。

 そこで、早速その出掛けるタイミングに屋敷をこっそり抜け出し、荷馬車に忍び込んだ。

 予想通り、深夜にもかかわらず荷馬車は動き出し、ルーファスが乗り込んだのが分かった。


(さぁ、どこに行くつもりなのかしら?)


 弱みを握る絶好のチャンスとほくそ笑んでいたセーラ。しかし、到着したのは人気のない場所にある、小さな木造の小屋だった。

 そこにルーファスは下り、中に入っていく。


(何ここ?こんな所に浮気相手がいるのかしら…)


 なんだか予想と違う雰囲気に戸惑いつつも、セーラも荷馬車をこっそりと降りた。

 入り口には誰もおらず、静かにセーラは中をのぞく。

 しかし小屋の中には誰もいない。確かにルーファスが入っていったのを見たのにと、首をかしげる。


(一体どこに……あら?どこかから話し声が…こっち?)


 ふと耳に話し声が届いてきた。探っていくと、それは床から聞こえている。


(まさか地下室?これは、怪しいわね!)


 なるほど、人目を忍ぶために地下室とは考えている。

 いよいよ浮気現場に遭遇するかと思うと、セーラの緊張と高揚はピークに達する。


 床を見ていくと、何やらくぼみがあった。そこに指を入れ、引っ張ると床板は外れ、そこには階段が。

 ごくりと生唾をのみ、ゆっくりと階段を下りていく。だんだん話し声が大きくなり、どうも複数いる。それも男性の声ばかりのようだ。


(あら?てっきり浮気相手とだと思ったのに、男性しかいない感じね。じゃあ何なのかしら?)


 好奇心が勝り、さらに歩を進めるとそこには地下室があった。扉があり、その先にいるようだ。

 何か喋っているようだけどはっきりと聞こえない。


 そっとドアに手を掛け、中を覗く。

 中はいくつかのろうそくで照らされて、中にいる人物の顔が見えた。そこには夫であるルーファスの他、インクルージオ王国の侵略により属国となった各国のトップが揃っていた。


(えっ、こ、これは一体……)


 しかも、ドアを開けることで話している内容もはっきり聞こえる。

 その内容に、セーラは顔を青ざめさせた。


(お父様の暗殺!?反乱軍!?こ、これって反乱の集会では…)


 とんでもない現場に遭遇してしまった。

 しかも、そこにはルーファスまでいるのだ。まさか自分の夫まで反乱に参加しているとは思わず、セーラは動揺でついドアを鳴らしてしまった。


「誰だ!?」

「ひっ!」


 バレてしまい、すぐに逃げ出す。

 しかし、追手のほうが早く、階段を上り切る前に捕まってしまった。しかも、捕えたのがルーファスなのだから笑えない。

 ルーファスも目撃したのが自分の妻だと知り、目を剥いていた。


「どうして君が……」

「み、見損ないましたわルーファス様!反乱を企てるなど…!」


 ルーファスに捕まったまま、セーラはさっきの場に連れ出されてしまった。

 反乱を聞かれたトップたちの目は恐ろしかったが、それでもセーラは王女として毅然と睨み返す。


「まさかよりにもよって王女に聞かれるとは。ルーファス様、どう弁明しますか?」

「すまない。まさかここまでお転婆だとは思わなかった」

「聞かれたのなら仕方ない。始末しますか」


 始末。

 その言葉にセーラは身を震わせ、恐怖で歯が鳴る。


(う、うそ…私、ここで殺されるの?)


 だが、ここでルーファスがその提案を却下した。


「いや、それはまずい。まだ時期ではないし、万が一妻の様子を見に本国の誰かが来たとき、いなかったら怪しまれる。まだ生かしておくべきだ」

「しかし、そんな時が来て、もしその場でしゃべったら?」

「問題ない。口外禁止の魔道具がある」


 魔道具。

 それは魔法の力を込めた道具だ。

 インシディア領では魔道具も作っており、一部はインクルージオ王国にも輸出されている。


 セーラに見つかったため、その場はお開きとなった。

 セーラはルーファスに連れられ、荷馬車に乗った。


 反乱のたくらみの現場を見たこと、それに夫が加わっていること。

 そして、いつ自分が殺されてもおかしくないこと。

 その状況に、さしものセーラも声が出せずにいた。


(な、なんとかお父様に知らせないと…!)


 参加していた国の数は決して多くない。だが、インクルージオ王国はまだ外に軍事力を差し向けている状況だ。

 この状況で内乱が起きれば、かなりまずい。

 だが、知らせに動けば今度こそ殺される。


「全く、お転婆な姫君だ」


 それが自分を指すのだと遅れて気付いたセーラは、なけなしの勇気を振り絞って夫を睨みつけた。


「み、見損ないましたわ!反乱に加わっているだなんて…民がどうなってもいいのですか!」

「それを言うなら、あなたの父君に言ってくれ。侵略しておきながら民だなどと、寝言は寝てから言うんだな」

「くっ……」


 その後、ルーファスは先に言った通り、口外禁止の魔道具をセーラの指にはめさせた。

 喋ろうとすれば喉を焼く恐ろしい魔法が込められているらしい。

 つまり、禁を破れば、一生喋れなくなるものだ。

 当然、簡単には外せない。


「卑怯ですわ!」

「なんとでも」


 非難しても、ルーファスはどこ吹く風だ。


 セーラは指輪を見た。

 まさか、初めて夫からの贈り物が、口外禁止の魔道具だなどと誰が思うだろうか。

 欲しかったわけではないけど、それでもこんな物であるのに不満が無いわけではない。


 それから数か月。

 セーラはいつも通りに過ごした。

 心中は、いつ反乱がおきるか気が気でないが、喋れない以上どうしようもない。

 だが、そこで妙案が思いついた。


(…そうだわ!インクルージオ王国には優秀な魔法使いがいる。こんな指輪を解除するくらいできるはず!)


 そうと決まれば早速とばかり、セーラは屋敷を抜け出した。

 当然この状況で、セーラが本国に帰りたいと言ったところで許されるわけがない。


 とはいえ、インクルージオ王国の王宮までは馬車で15日かかる道のりだ。全て歩くわけにはいかない。

 目立たないよう外套を羽織り、セーラは早速通りすがりの荷馬車に乗せてもらおうとし。


 だが、そこに乗っていたのは、あの反乱軍の者たちだった。


「やれやれ、どこにいくつもりですか?王女様」


(し、失敗したー!?)


 逃がしてもらえるわけもなく、セーラはそのままあの例の小屋への地下室へと連行された。

 そこにはルーファスもおり、連れてこられたセーラを見て目を丸くしている。


「なぜ、セーラがここに?」

「いけませんねぇ、ルーファス殿。ちゃんと奥方は見張っておかないと。本国に逃げ出そうとしていたようですよ」

「やはり、ここで殺しておくべきではないですか?」

「……分かった」


 すると、ルーファスは腰に佩いた剣を抜き放った。

 磨き抜かれた剣は、ろうそくの光を受けて怪しく煌めいている。


「い、いや……」


 ルーファスの目は本気だ。

 その剣を持つ姿には貫禄があり、決して素人ではない。確実に、セーラの首を斬るだろう。


「ちょうどいい、王女の首でもって反撃の旗印としよう。そして、あのにっくき国王の首と並べて飾ってやる」


 なんと恐ろしい事を言うのか。

 しかし、それを止める力はセーラにはない。


「さようならだ」

「っ!!」


 剣が振り下ろされる。

 それにセーラは目を閉じ、体を丸めてこわばらせた。


 しかし、次の瞬間甲高い音が狭い地下室に響き渡った。


「な、何!?」


 誰かの驚愕の声が上がる。

 セーラはいつまでも待っても自分の身体を凶刃が貫かないのを不思議に思い、目を開けた。


「な、なにこれ…?」


 そこには、うすいヴェールの様な光が、セーラを守るように張ってあった。それが、ルーファスの振るった剣を止めている。


(なにこれ私こんなの知らない…!あ、あれ、指輪が光ってる?)


 そこでセーラは、口外禁止の魔道具として身に付けさせられた指輪が光っているのに気付いた。

 指輪が自分を守っている。

 一体どうして思いながら、ルーファスの顔を見上げる。

 彼は、なぜか安堵したような表情を浮かべていた。

 まるで、魔道具が無事に発動して安心したかのように。


(えっ、えっ、一体どういうことなの?)


 意味が分からない。

 魔道具を間違えた?いや、それならルーファスの表情の説明がつかない。

 混乱しているセーラをよそに、地下室の上が騒がしくなってきた。

 そして、唐突にドアがこじ開けられる。


「そこまでだ反乱軍の者ども!貴様ら全員、国家反逆罪の罪で捕える!」


 それはインクルージオ王国の騎士だった。


「ば、バカな!どうしてここがバレた!?」


 瞬く間に室内は制圧され、全員が捕まっていく。

 いや、枷を付けられていない者が2人いた。


 セーラと、ルーファス。


 枷がないどころか、むしろ騎士に守られているルーファスを見て、反乱軍の一人が叫んだ。


「ルーファス!貴様裏切ったのか!」

「そうだ。民を危険にさらす戦争をわざわざ起こす提案に、私が乗るわけがないだろう」


(ええっ、ルーファス様は、スパイだったの?)


 まさか夫が反乱軍のフリをしたスパイだとは思わなかった。


 そのまま彼らとセーラ、そしてルーファスは本国に連れていかれた。

 王宮に着くと早速、セーラとルーファスは謁見の間へと連れていかれる。


「此度は大義であった、インシディア辺境伯よ」

「もったいないお言葉にございます」


 セーラの父である国王に、恭しく首を垂れるルーファス。

 それを隣で見ていたセーラは、本国はすでに反乱を知っていたんだと思い知らされる。


(知らなかったのは、私だけだったのね)


 報告によれば、反乱の兆しは2年前の時点でもうあったという。

 つまり、ルーファスはインシディア領となった時点で、本国のためのスパイとして働いていたのだ。

 それを、いくら顔を合せなかったとはいえ、全く気付かなかった自分の鈍さが嫌になる。


「さて、インシディア辺境伯よ。褒美は何がいい?」

「…では、この首を刎ねていただきたい」


 ルーファスの要望に、謁見の間にいた全員がギョッとした。

 セーラも、一体この人は何を言っているんだと混乱するしかない。


「なぜだ?」

「私は、反乱軍に誘われるよう、あえて妻となったセーラ王女との不仲を演じました。そのために、初夜を断る侮辱を与えたのです。彼女とは今もって白い結婚を維持しております。このような愚かな行為をした私には、斬首こそがふさわしい褒美にございます」

「…本当か、セーラ?」


 国王の目がセーラへと向く。


(ど、どうすれば…正直に言ったら、彼の首が本当に飛んでしまうのかしら!?)


 おろおろするセーラに、国王はそれだけでルーファスの言葉が事実だと察したらしい。

 再びルーファスを見やる。


「どうやら事実のようだな。わが娘との初夜を拒否した行為は、王家に対する叛意と見なす。ならば、斬首が妥当であろうな」


 国王の言葉に再び周囲はざわついた。

 ルーファスは反乱軍を一網打尽にする立役者だ。いくら初夜を拒否したとはいえ、それで処刑にするにはあまりに厳しすぎる。


「…と言いたいところだが、セーラ。お前はどう思う?」

「えっ?」


 再び国王の目がセーラへと向いた。

 その目に、「お前が決めなさい」と言われているのを感じ取った。


(…別に、私はこの人を愛しているわけでもなんでもないけれど…)


 正直に言ってしまえば、ルーファスがどうなっても構わない。

 けど、反乱軍を捕らえた立役者だし、なにより初夜を拒否した事への、セーラの怒りは未だにくすぶっている。それは、彼が処刑されてしまっては、きっと永久に晴れないだろう。


「…国王陛下、私が彼に刑を執行したいです」

「よかろう。そうするがいい」


 まさかの親子のやり取りに、再度ざわつく周囲。

 まさか王女が刑を執行するなど前代未聞だ。


「ここで行います」


 そうセーラが言えば、ますますだ。

 まさか謁見の間を血の海にする気かと声が上がるが、もちろんセーラにそんなつもりはない。

 ルーファスはそれに異を唱えず、目を閉じ、頭を垂れて刑の執行を待っている。


「面を上げなさい」


 セーラは彼の正面に立った。

 膝まづいた彼が、目を閉じたままの頭を上げる。


 まじまじと夫の顔を見たのは、これが初めてかもしれない。

 やっぱり綺麗な顔をしているなと明後日なことを考えつつ、セーラはその右手を思いっきり振りかぶった。


 乾いた音が謁見の間に響き渡る。

 セーラは平手打ちして痛む手を抑えつつ、振り向いた。


「陛下、刑の執行、完了しました」

「うむ、よかろう」


 ルーファスの頬には、くっきりと手のひら型の赤い痣が刻まれていた。


 結局、褒賞としてインシディア領の開発費用の一部援助を貰う形で落ち着いた。


 二人はインシディア領へと帰路についた。

 ルーファスの頬に刻まれたセーラの手のひらの痕は、赤いままだ。

 彼は不機嫌を隠さず、セーラに問いかける。


「どうして私を刑に処さなかった?」

「処したじゃない。もう一発いっとく?」


 セーラが手をひらひらさせると、「遠慮しておく」と言った。


「そうじゃない。私は、あなたにとんでもない屈辱を与えた。それがこの程度で…」

「あら、この程度で終わったなんて誰が言ったかしら?」


 首を傾げたルーファスに、セーラはどや顔で言い放った。


「あなたが私に与えた屈辱は、この程度で返せるわけがないでしょう。それを、死んではい終わりだなんて許さないわ。これからも、私はあなたに屈辱を返していくの。そのほほの痕も、私がインシディア領内の事業でも、あなたより私の方が優秀で、インシディア領にセーラあり!を知らしめてやるのよ」

「…ふっ、なんだそれは」


 ようやくルーファスは笑った。

 夫の笑った顔に、セーラは初めて見たかもしれないと一瞬胸が高鳴る。


(それに、あなたはきっと私を助けてくれた。この人は言わないだろうけど、この指輪もそうだったのよね?)


 口外禁止の魔道具だと嘘をつきながら、本当はセーラを守るための魔道具だったのだ。ルーファスのこれまでの行動を省みれば、そう思うのが当然だろう。


 ―――命の借りは、命で返した。


 セーラはそれで十分。

 これからは、もうそれを気にしなくていいのだから。


「…一つ、確認させてくれ」

「何かしら?」

「あなたは、私が夫でいいのか?」


 車内に、乾いた音が響く。


「王命なのよ、バカ」

「…王女様がバカと言っていいのか?」


 ルーファスの頬は、両方に手のひら型の模様が付いていた。


(まぁ、全然好きでもなんでもないし。結婚してよかったなんて全然思ってないけど、でも、この人となら、なんとかやれそうな気がするわ)


 ちょっと正直すぎ…いや、バカ正直すぎる。

 でも、退屈はし無さそうだとセーラは思った。


「バカにはバカって言うのよ、バーカ」

「ふっ、なんだそれ」


 車内に笑い声が響く。


 結婚して2年が経ち、ようやく二人は夫婦としてのスタート地点に立ったのであった。

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