表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/31

Ep21.「占部カナ6」





母に好かれたことなんてなかった。

私を置いて何日も帰ってこないこともあった。

家中のゴミ袋を開いて食べ物を探した。

体中が痛かった。

もう動く気力もなくなった時、知らない大人が玄関を開けた。

それ以来、母の姿は見ていない。

顔も忘れてしまった。




アヤ「大丈夫ですか?」


捜査室でアヤが電話をかけている。


松宮『よくはないわね。罵詈雑言ばかりで、SNSも閉鎖したわ。でもね、これは私が受けるべき罰なの』


アヤ「抱え込まないでください。私でよければ、いつでも相談に乗りますから」


松宮『ありがとう。大丈夫よ。一区切りするまでを見届けないと終われないから。あなたも忙しい身でしょうし、私に気を回さなくてもいいわ。それより、あの女のことは何か掴めた?』


アヤ「申し訳ありません……。捜査のことはお伝えできないことになっていまして……」


松宮『そう。ありがとうね』


受話器を置く。


中川「松宮ノリコはどうだ?」


アヤ「かなり焦燥していると思います。おかしな方向にならなければいいんですけど」


中川「もうすぐさ、占部は予想通り、被害者の会で突拍子もない提案をしてきた」


アヤ「ええ。先輩の言う通りに張っていて正解でした。松宮さんが被害者の会代表に支援を願い出ていたこともあって、こちらのリアルタイムIP追跡の話しも協力的に進みましたしね」


中川「協力的だったのは、桐山が松宮の申し出を、会の代表に仲介したからさ」


アヤ「そんなことは……」


中川「そろそろ時間だな」


アヤ「ええ、タワーレジデンス、マークス・ザ・スカイ、3501号室」




占部「パイトン。衣笠さんからの折り返しの連絡は?」


占部の自室。

リビングのテーブルの上にいた白蛇のパイトンが目をそらしてゆっくりと消える。


占部「そう、ないのね。早川君?いるかしら?いたら部屋に入って来て頂戴」


扉を見るが反応はない。


占部「いないの……?どうして?」


遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。

窓から下を見下ろす。

大勢の機動隊がこのビルを取り囲むように並んでいる。


占部「まさか」


占部が裸足のまま部屋から飛び出す。

エレベーターホールには数名の機動隊が盾を構えているのが見える。


占部「チッ!」


エレベーターホールの手前、

廊下から非常階段へ続くドアの鍵カバーを叩いて壊す。

ゆっくりと迫る機動隊を横目で捉えつつ、

焦るように非常階段へ駆け込む。


占部「早川君!どこよ!?はあ、はあ、パイトン!衣笠さんに連絡を取って!」


視界の端に“この番号は使われておりません”の文字。


占部「くそ!見捨てられたってわけ!?」


窓のない薄暗い非常階段。

35階から地上階へと長い階段を裸足で駆け下りていく。


占部「はあ、はあ」


10階は降りたかと思ったとき、下の方で大勢の足音が聞こえる。


「いたぞ!」


何階にいるかもわからないが、逃げるように扉を開けて非常階段を出る。

扉を出たエレベーターホールにも機動隊が盾を構えて取り囲んでいる。


占部「くそ!」


非常階段に戻り、また駆け下りる。

下からも、上からも近づく何人もの足音。

早足で駆け下りていくと、階段のすぐ下に機動隊が見える。

また扉を開いて非常階段を出る。

そこにも機動隊が取り囲んでいる。

階段へ戻ろうとしたが、すぐ上も下も機動隊がひしめき合っている。


占部「はあ、はあ」


ポーン。

目の前のエレベーターが開く。

刑事課の岩崎課長がおりてくる。


岩崎「署まで同行願おうか。占部カナ」


占部「はあ、はあ、……どうして?私が何かしたかしら?」


岩崎「犯罪教唆、自殺ほう助、婦警への暴行、あげたらきりがない。余罪もいくつかあるが、全て読み上げようか?」


占部が頬の汗を手の甲でぬぐう。


占部「ふう……。もういいわ」


岩崎が占部の手を取り、手錠をかける。


占部「はあ……。また一人になっちゃったな」


手錠をした両手で髪をかき上げる。




取り調べ室。

アヤと占部が向かい合う。

アヤの後ろには中川が立っている。


アヤ「占部さん。あなたには黙秘をする権利があります」


占部「あらそう。なにも隠す気はないけどね」


アヤ「あなたの住んでいた部屋を調べました。この部屋はあなたの名義ではないですよね?」


占部「それが?」


アヤ「誰の名義かわかりますか?」


占部「衣笠さんじゃない?」


アヤ「いいえ。この部屋は以前、暴行犯として逮捕された男性の名義になっています」


占部「え?」


アヤ「ご存じではありませんでしたか?この人です」


占部「……」


アヤ「この人は占部さんをご存じのようでしたよ。恨みのある人物への仕返しを、あなたが手伝ってくれた、とも言っています。夜の公園にターゲットの人物が現れるのを教えてくれた、とも」


占部「そんなこともしたかもね。それがなにか?」


アヤ「この人は高級住宅の部屋など買ったことはないと言っています」


占部「そうでしょうね。彼の収入は多くないだろうし」


アヤ「占部さん。衣笠さんとは、どなたです?」


占部「親切な優しい資産家よ」


アヤ「優しい資産家?」


占部「……多分ね。本当の所は知らないわ」


占部は宙を見る。


アヤ「連続した事件の動機……。あなたは何故こんな事をしてきたのですか?」


占部「あなたのような人に話してもわからないでしょうね。孤独感の中で生きてきた人間の悲しさが。その孤独に誰かが手を差し伸べた時の高揚感も。私の想いを認めてくれる人がいて、手助けをしてくれたのよ。その人も、それを望んでいるようだったしね」


アヤ「衣笠さんですね……。あなたの想いに力を貸す人がいて犯行に及んだ。それが人の命を奪うことになったということですか?それほどの想いとはなんです?」


占部「多くの人は誰かと繋がっていて当たり前だと思っている。絆なんて言ってね。そんな軽い考えは許せないの。私は自分と似たような悲しい人たちの気持ちに寄り添っただけよ。彼らが望む結果に導いただけ。命を奪ったりなんかしていないわ。私が手を下したわけじゃないから」


アヤ「法はそのように解釈していませんよ」


占部「それはあなた達の論理でしょう?気持ちというものはね、法が縛ろうと止められるものじゃないの。人に寄り添うことが、そんなにいけないことかしら?想いは人を動かす原動力そのものよ?あなたにはそういう気持ちはないのかしら?」


占部が見下すようにアヤを睨む。


アヤ「感情を律し、自分を制す。それが私の教わってきたことですから」




帰り道。

肩に乗るマトンが通話中と書かれたパネルを持ち上げる。


アヤ「お変わりはありませんか?」


松宮『かなり変わってしまったわ。仕事もなくなってね』


アヤ「心中……、お察しします。働き口が必要でしたら、市の職員に掛け合ってみます」


松宮『いいえ、大丈夫よ。今度NPOを立ち上げることにしたの。事故や事件で子供を亡くした家族を支援する団体よ。国に掛け合っているところなの。遺族への補償もあるし、お金も必要だしね』


アヤ「そうでしたか」


松宮『あなたにもお世話になったわね』


アヤ「そんな……。また、お電話をください。私でよければ、お話を聞きますから」


松宮『ありがとう。でも私ね、個人の拠点を海外に移すことにしたの』


アヤ「え?」


松宮『国内にいると、どうしても周りがうるさくてね。息子のしたこともゆっくりと考える時間が欲しいの。大事な仕事の時にだけ戻ってくるわ。だから、あなたも私を気にしなくていいわよ』


アヤ「松宮さん……。これからのご活躍を願っております」


松宮『ありがとう』




実家横の柔道場の明かりついている。


アヤ「今日の稽古、遅くまでやってるね」


マトン『本日、夜間の部はお休みです』


アヤ「そうだっけ……」


そっと柔道場を覗くとリナが正座して黙想している。


アヤ「……」


そっと近づく。

リナがゆっくりと目を開けてアヤを見る。


リナ「あ、アヤちゃん」


アヤは黙ったまま、

リナと袖が触れ合うほどに並んで正座する。


静かに目を閉じる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ