案件09:二人組聖女転生希望者 セレナ・カリスとリリス・ヴァルケン
天界庁舎の朝は、やわらかな光に包まれて始まった。書類の山を静かに照らす鐘の音が、今日も転生課の机を揺らす。アルフレッドは、山積みの申請書を前にため息をつく。
「……今日も転生業務か」
神様と思われる立場ではあるが、実際の仕事はただの公務員業務そのもの。書類確認、能力調整、転生希望者の安全確保、異世界への影響の検討。すべてをこなす毎日は、想像以上に神経を消耗する。
午前九時、転生課の扉が開いた。二人組の女性が入ってきた。身長の高い金髪の女性と、小柄なボブカットの女性。二人は同じ制服を着ており、まるで正反対のオーラを放っていた。
「転生課ですか? 私、セレナ・カリス。私は心優しい聖女として生きたいのです」
金髪の女性は穏やかに微笑み、アルフレッドの胸の緊張を一瞬だけ和らげる。その微笑みは、まるで光そのもののように柔らかく、温かい。
「そしてこちらは、リリス・ヴァルケン。私は……正義のためなら手段を選びません」
小柄なボブカットの女性は、鋭い目で周囲を見渡す。柔らかい微笑みも見せるが、その眼差しには確かな殺意のような力強さが宿っている。
アルフレッドは申請書を受け取り、眉をひそめた。
――希望職業:聖女。能力は二人とも一流。しかし、性格は正反対。セレナは虫も殺せぬほど優しく、リリスは何かあるとすぐ暴力に訴えるタイプ。
「……二人同時に転生希望ですか?」
アルフレッドの声は静かだったが、心中は戦々恐々としていた。二人を同時に異世界に送り出すことは、想像以上に危険が伴う。
アルフレッドは内部連絡用ホログラムを起動した。
『二人組聖女転生希望者、能力制御・安全確認担当、至急』
セレナは柔らかく微笑み、リリスは軽く頷く。アルフレッドは書類に目を通し、能力の制御範囲と社会への影響を確認する。
「セレナ・カリス。リリス・ヴァルケン。君たちの転生は条件付きで認める。能力は十分だが、異世界の秩序を乱さないように行動すること」
「承知しました」
セレナは穏やかに答える。
「了解です。正義を守るために全力を尽くします」
リリスは少し笑みを浮かべ、拳を握る。
「やるからには本気で行きます。多少の混乱なら構いません」
アルフレッドは深く息をつく。二人の性格差が、転生後にどれほどの影響を及ぼすか予測がつかない。
転生手続きが始まる。光の粒が部屋を満たし、書類とホログラムが交錯する。アルフレッドは一つひとつ確認しながら、手続きが正確に行われることを祈る。
光がさらに強まり、転生門がゆっくりと開く。黄金色の光が二人を包み込む。
「セレナ・カリス、リリス・ヴァルケン。君たちは聖女として、新たな世界で歩み始める」
二人は光の中に歩を進める。セレナは穏やかに微笑み、光そのものの優しさを帯びる。リリスは鋭い目で周囲を見渡すが、恐ろしいほどの威圧感を感じさせる微笑みだ。
転生後、セレナは最初の村で、病気や怪我を負った人々の治療にあたる。彼女の手が触れるだけで、傷や病は瞬く間に癒される。人々は感謝と敬意のまなざしを向け、セレナの柔らかな笑みは村全体を包む。
一方、リリスは村の治安維持に奔走する。盗賊や暴徒に遭遇すると、即座に圧倒的な力で制圧する。複数の男が束になってかかっても、リリスには歯が立たない。攻撃の速度と精度は、誰もが目を見張るほどだ。暴力は行使するが、その目的はあくまで秩序維持であり、力は正義のために振るわれる。
アルフレッドのデスクには、二人の行動報告がホログラムで届く。
『セレナ・カリス、村Aで治癒活動中。住民の満足度極めて高い』
『リリス・ヴァルケン、村Aで盗賊討伐。複数被害者なし。制圧力優秀』
アルフレッドは苦笑する。性格の正反対さが、転生後の行動に鮮やかに反映されている。だが、両者とも聖女としての能力は一流であり、世界への貢献は間違いなく大きい。
日が暮れ、庁舎に戻ると、机の片隅に淡い光を帯びた紙片が現れた。未来からの便りだ。
『セレナ・カリスは村の人々に慕われ、治癒・浄化の力を存分に発揮しています。リリス・ヴァルケンも圧倒的な能力で秩序を守り、村人の安全を確保しました。二人とも正反対の性格ですが、聖女としての能力は完璧です』
セレナは良いとしてリリスは完璧に聖女じゃないな。ああ、凄女だったかまあだったら良いのか。
アルフレッドは手紙を胸に当て、深く息をつく。
「……やはり、この仕事はやめられない」
窓の外に広がる夜空の光が庁舎内の書類と机を柔らかく照らす。今日もまた、転生課では二つの魂が未来へ送り出されたのだった。
机の上には、まだ次の希望者の書類が山積みだ。アルフレッドは背筋を伸ばし、再び眼前の仕事に集中する。神様公務員の一日は、今日もまた書類と未来を守る戦いで満たされていく。