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案件08:勇者転生希望者 山田太郎

天界庁舎の朝は、いつもと同じく透明な光に包まれて始まった。鐘の音が書類の山を静かに揺らす。アルフレッドは机に積まれた膨大な申請書を前に、深くため息をついた。


「……今日も転生業務か」

 神様と思われる立場だが、実際の仕事はただの公務員業務そのもの。山積みの書類を確認し、能力制御を検討し、転生希望者の安全を守る。異世界への影響も常に考慮しなければならない。


 午前九時、転生課の扉が開いた。そこに現れたのは、一人の青年だった。背筋をピンと伸ばし、胸を張って歩く。眼差しはまっすぐで、どこか自信満々なオーラを放っている。


「転生課ですか? 俺、山田太郎。次は勇者として異世界で活躍したいんだ!」

 アルフレッドは申請書を手に取り、目を細めた。


 ――希望職業:勇者。戦闘能力は優秀。だが自己中心的で、他者への気遣いはほぼ皆無。町や村に行けば、接待や特別待遇を要求する傾向あり。


「……勇者ですか」

 静かに言葉を発したが、心の中では警戒が走った。勇者の力自体は大きな支援になるが、過剰な自己評価と他者軽視は、異世界に混乱をもたらす可能性がある。


 アルフレッドは内部連絡用ホログラムを起動した。

 『勇者転生希望者、能力制御・社会影響確認担当、至急』


 山田太郎は胸を張ったまま微笑む。

「勇者なら、町や村ではみんなにチヤホヤされて当然だろ? 食事も宿も特別扱いされて当たり前だ」


 アルフレッドは眉をひそめる。

「……いや、それは異世界では通用しない可能性があります。君の力を活かすには、協力や尊重も必要です」

「必要? 俺は勇者だぞ? 必要なのは称賛だろ!」


 ため息をつきながらも、アルフレッドは書類に目を通す。転生者の性格や希望能力は申請書に記録されているが、実際にどの程度社会に適応できるかは未知数だ。

 戦闘力だけならば制御は容易だ。しかし、過剰な自己評価と接待要求は、異世界の社会秩序に悪影響を与えかねない。


「山田太郎。君の転生は条件付きで認める。能力は十分だが、初年度は監視下で行動し、異世界社会への過剰要求は慎むこと」

「え……? 監視? 俺は勇者だぞ?」

 山田の声は、少し不満そうに震えた。だがアルフレッドは毅然として書類を手に説明を続ける。

「転生課としては、異世界の秩序を守る義務があります。君が勇者として暴走しないための措置です」

 山田は眉をひそめつつも、渋々頷いた。


 転生手続きが始まる。光の粒が部屋を満たし、書類とホログラムが交錯する。アルフレッドは一つひとつ確認しながら、手続きが正確に行われることを祈る。


 光が強まり、転生門がゆっくりと開く。黄金色の光が山田を包み込む。

「山田太郎。君は勇者として、新たな世界で歩み始める」


 山田は胸を張り、光の中に歩を進める。周囲の書類や光の粒が祝福のように揺れ、彼の自信を象徴するかのようだ。


 転生後、山田は最初の町に到着するや否や、すぐに宿屋の主人に声をかける。

「おお、勇者様! 歓迎します!」

「当然だ。俺は勇者だ。特別扱いしてくれ」


 町人たちは一瞬戸惑うが、山田の態度に圧倒され、従ってしまう。アルフレッドが事前に説明していた監視の重要性が、ここで現実になる。勇者の傲慢さと、異世界社会の反応が見事に交錯しているのだ。


 その後も、山田は村や町を訪れるたび、接待や特別扱いを要求し続けた。戦闘力は確かに優秀で、怪物や盗賊から人々を守ることができる。しかし、自己中心的な態度は社会秩序に小さな波紋を生む。


 転生課のホログラムは、彼の行動を逐一報告してくる。アルフレッドはため息をつきながらも、報告書を読み進める。

『山田太郎、城下町到着。王に会う前に豪華な宿を要求。城内警備に軽い混乱』

『村落A、勇者歓迎行事を要求。町民一部反発、しかし彼の戦闘力で抑制』


 アルフレッドは苦笑する。これは予想通り、だがここまで顕著とは……。


 光が徐々に薄れ、夕暮れが町を包む頃、アルフレッドのデスクに淡い光を帯びた紙片が現れる。未来からの便りだ。

『山田太郎は勇者としての任務を開始しました。戦闘能力は十分で、町や村を守る行動も確認されています。接待要求は一部過剰ですが、暴力行為は報告されていません。』


 アルフレッドは手紙を胸に当て、深く息をつく。

「……やはり、この仕事はやめられない」


 窓の外に広がる夜空の光が、庁舎内の書類と机を柔らかく照らす。今日もまた、転生課では一つの魂が未来へ送り出されたのだった。


 机の上には、まだ次の希望者の書類が山積みだ。アルフレッドは背筋を伸ばし、再び眼前の仕事に集中する。神様公務員の一日は、今日も書類と未来を守る戦いで満たされていく。


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