案件04:魔法使い転生希望者 ゼルド・アルカディア
天界庁舎の朝は、いつも通り澄んだ鐘の音で始まった。光の粒が窓から差し込み、書類の山を淡く照らす。
「……今日も転生業務か」
アルフレッドはため息をつき、机に積まれた膨大な書類を前に目を細めた。
神様公務員という立場は表向き華やかだが、実態は市役所の窓口業務と変わらない。転生希望者の申請書をチェックし、安全面や能力制御のリスクを確認し、承認し、必要なら修正を命じる。希望者の願いを無事に未来に届ける、魂の郵便屋である。
午前九時、扉が開き、一人の青年が現れた。背筋を伸ばし、真剣な瞳をアルフレッドに向ける。
「転生課ですか? 私はゼルド・アルカディア、前世では普通の学生でしたが、次は魔法使いとして生きたいのです」
アルフレッドは申請書に目を落とした。
――希望職業:大魔法使い。火・水・風・土・光など全属性の魔法を使いこなし、一人で一国の軍隊と戦える力を持つ。
「……なるほど。君の能力、管理可能ですか?」
「はい、全ての魔法を制御できます。もちろん制御の訓練も積むつもりです」
ゼルドの声には自信があるが、アルフレッドは眉をひそめる。
内部連絡用のホログラムを立ち上げ、魔法暴走時の対応チームを呼び出す。
『大魔法使い転生の安全確認、魔法制御担当急行』
アルフレッドは小声でため息をついた。
「……一人で国軍を相手にできるほどの力を、初めての世界に送り出すわけか……」
青年は机の向こう側に立ち、目を輝かせる。
「力を得て、世界のために正しいことを成したい。それが私の望みです」
アルフレッドは頭を抱えつつも書類に指を走らせた。膨大な情報が流れ込む。世界の歴史、政治状況、魔法文明の成熟度、予想される社会影響……全て計算し、転生の可否を判断する必要がある。
「ゼルド・アルカディア。君の転生は条件付きで認めよう。まず最初の一年は訓練施設内で能力制御の確認を受けること。安全面の監督下で行動すること」
「承知しました」
青年の決意は揺るがない。アルフレッドは少し安心し、転生手続きに進む。
手続きの途中、ゼルドは質問を投げかけた。
「……転生後の世界で、私の魔法の力が他者に危害を与える場合はどうなりますか?」
「それは……君自身の責任です。だから制御確認は必須なのです」
アルフレッドは優しく注意を促す。転生課の仕事は、希望者の願いを叶えるだけでなく、未来の安全も守ることなのだ。
書類と魔法端末の光が交錯し、転生門が徐々に開く。黄金色の光が室内を満たす。
「ゼルド・アルカディア。君は魔法使いとして、新たな世界で歩み始める」
青年は深く一礼し、光の中へ歩を進める。周囲の書類や光の粒が、まるで祝福のように揺らめいた。
「……ありがとう。必ず、この力で正しい未来を作ります」
光が消え、静寂が部屋を包む。アルフレッドは椅子に深く腰を下ろした。胸には安堵と共に、かすかな不安が残る。魔法使いという存在は、力が大きいほど、未来への影響も計り知れない。
デスクの片隅に、淡い光を帯びた紙片が現れた。未来からの便り。
『転生後、無事に魔法制御の訓練を終えました。世界の秩序を守るため、力を正しく使えるよう努力します。ありがとうございました』
アルフレッドは手紙を胸に当て、深く息をついた。
「……やはり、この仕事はやめられない」
窓の外に広がる夕暮れ。庁舎の光が静かに揺れ、転生課の部屋を柔らかく染める。
一人の青年の未来が、この小さな部署から確かに送り出されたのだ。
書類の山はまだ半分以上残っている。次の希望者が訪れる音が遠くから聞こえた。アルフレッドは背筋を伸ばし、再び眼前の仕事に集中する。
神様公務員の一日は、今日もまた書類と未来を守る戦いで満たされていく。