案件02:ドラゴン転生希望者 ヴァルガン・レヴァナス
天界庁舎の朝は、澄んだ鐘の音で始まる。
「……今日も転生業務か」
アルフレッドは机に山積みの書類を前に、小さくため息をついた。
神様と思われることもあるが、実際はただの公務員。書類、ホログラム、電話と三刀流で転生希望者たちの要望をさばく日々だ。
午前九時。転生課の扉が音を立てて開いた。
「……こちら、転生課ですか?」
声の主は青年、鈴木健太。普通の現代人の姿をしているが、その瞳には決意が宿っていた。
アルフレッドは書類を手に取り、申請書を確認する。
――希望職業:ドラゴン王国の王、かつドラゴンに転生。
「……ドラゴン転生ですか」
「はい。普通の人間ではなく、強大な力を持つドラゴンとして生まれ変わり、異世界で王となりたいのです」
書類には赤文字で「優先対応」と大きく書かれている。魔法防護と安全面の確認が必須だ。
「……安全面をどう保障するつもりですか?」
アルフレッドは眉をひそめ、内部連絡用ホログラムを起動する。
『ドラゴン転生の安全確認、魔法防護担当に急行せよ』
健太は真剣な面持ちで答えた。
「ドラゴンに変身する能力は、意思で制御可能です。周囲の被害を最小限に抑える訓練も行います」
だがアルフレッドは深くため息をついた。
「……いや、君の意思だけで安全が保証できるとは限らない。火を吹く、飛行する、巨大化する……全てが危険です」
健太は一歩前に出て、目を輝かせた。
「わかっています。それでも、俺は挑戦したい。前世では平凡な人生しか送れませんでした。今度こそ、強くなり、人々を守れる存在になりたい」
アルフレッドは頭を抱える。書類をめくる手が止まらない。
これほどリスクが高く、管理が難しい転生希望者は稀だ。だが、青年の決意は揺るぎない。
「……わかった。ただし条件付きだ。君の変身能力は、まず訓練施設内で完全に制御できるか確認すること。周囲への影響は最小限に抑えること。承諾できるか?」
「承諾します」
ホログラムが光り、天界の承認が下りる。
転生門がゆっくりと開き、金色の光が部屋を満たした。
「これで、君は異世界へ――ドラゴンとして生まれ変わる」
アルフレッドの声が静かに響く。
健太は深く一礼し、光の中へ歩みを進めた。
その背中に、彼の覚悟がはっきりと刻まれていた。
光が消えると、部屋には静寂だけが残る。
アルフレッドは椅子に深く腰を下ろし、疲れた肩を揉む。
「……今日も無事に終わった、か」
だが、転生課の仕事は終わらない。机の上にはまだ、次の希望者の書類が山積みだ。
ドラゴンの青年がどんな未来を切り開くのか、アルフレッドには知る由もない。
ただ一つわかっているのは、今日もまた、神様公務員の一日は書類とトラブルに埋もれながら終わろうとしているということだった。
夕暮れの窓から差し込む光を受け、アルフレッドは小さく笑った。
「……やっぱり、この仕事はやめられないな」