案件12:怪盗転生希望者 斎藤蓮
転生課の白い執務室。天井の光が静かに机を照らす中、ひとりの青年が呼ばれるのを待っていた。細身の体に鋭い目、そしてどこか悪戯っぽい雰囲気を漂わせるその青年は、斎藤蓮。日本で平凡な会社員だったが、幼い頃からアニメで観た華麗な怪盗たちに心を奪われ続けてきた。屋根から屋根へ跳び移り、誰も盗めない宝を手際よく奪う――そんな姿に憧れ、いつしか自分もあの舞台に立ちたいと願うようになった。死後、運命に導かれ訪れたこの転生課で、ついにその夢を現実にできるチャンスが訪れたのだ。
「次の方、どうぞ」
窓口の声に従い、蓮はゆっくりと歩み出た。応対するのは黒縁眼鏡の職員、アルフレッド。机の上には分厚い書類の山。淡々とした雰囲気だが、その奥には職務への誇りと、少しの興味が混ざっている。
「斎藤蓮さん……希望職業は“怪盗”ですね?」
「はい! ただの泥棒じゃなくて、王宮や神殿に忍び込み、人々を驚かせ喝采を浴びる、華麗な怪盗になりたいんです!」
青年は立ち上がり、両手を大きく広げた。まるでアニメの舞台で華麗に飛び跳ねる怪盗を再現しているかのようだ。
「なるほど……具体的にはどのような怪盗を目指すのですか?」
アルフレッドは静かに尋ねる。
「僕が目指すのは、ただ物を盗むのではなく“芸術としての盗み”です」
蓮の目は輝き、手で空中にルートを描く。「屋根から屋根へ跳び移り、誰も見えない隙間を抜けて、王宮の宝物庫に忍び込みます。道中は影の中をすり抜け、床を歩く音も消す。盗んだら、元の場所に何事もなかったかのように戻すんです。もちろん、返すのはレプリカです。まるで魔法のように。観客には僕の存在をほのめかすだけ――夜明け前の街に、さりげなく印だけを残す。それが僕の理想の怪盗です」
アルフレッドは眉をわずかに上げる。「……観客を意識した義賊的な美学ですね」
「そうです! ただ盗むだけじゃつまらないんです。観客を魅了して、夢中にさせて、そして心に残る――それが本当の怪盗の仕事だと思うんです」
青年の声には熱がこもり、少し汗ばむ手を机に置きながら続けた。「そして、盗んだ宝はレプリカを戻して置くことで盗まれたことにも気付かれません。その過程の端から見た華麗さ、そして見せない努力の積み重ねそれらを全て備えた怪盗を目指して頑張ります。」
「なるほど……総合的な潜入技能、演出、逃走術、そして心理戦まで計算しているわけですね」
アルフレッドはメモを取りながら頷いた。
「欲しい能力も具体的です」
蓮は目を輝かせ、さらに手を広げた。「まず、影の中を自由にすり抜ける『シャドウステップ』。音を消す『サイレントムーブ』。高所移動や壁走りの『ルーフランニング』、煙幕を自在に生成する『フォグカーテン』、危険察知のための『予知感覚』、お宝を複製するための『完全コピー』これで警備や罠を事前に回避できます」
「それだけですか?」
アルフレッドは書類に判を押す前に尋ねる。
「もちろん道具も必要です!」
蓮は声を張る。「屋根間を移動するためのワイヤーとフック、鍵を開ける万能ツール、光学迷彩装置。場合によっては小型の飛行装置や、暗視装置も使います。そして何より、細かい仕掛けを操る器用さ――これらすべてで観客の心を掴むんです」
アルフレッドは軽くため息をつきながらも、少し笑みを浮かべた。「非常に綿密で、現実的な危険回避まで考慮している。驚きました」
青年は小さく胸を張る。「ありがとうございます。僕の夢は、ただ華麗に盗むだけじゃなく、観客の心に残る存在になることです」
その目には少年の頃から変わらない憧れと、大人になった今の冷静な計画性が混ざっていた。
「では、転生先を決定します」
アルフレッドは机の端にある魔法端末に手をかざす。光が渦巻き、候補世界が浮かび上がる。「あなたの転生先は中世ヨーロッパ風の王国。王宮も神殿も警備が厳重です。あなたには希望通り、『シャドウステップ』。音を消す『サイレントムーブ』。高所移動や壁走りの『ルーフランニング』、煙幕を自在に生成する『フォグカーテン』、危険察知のための『予知感覚』、お宝を複製するための『完全コピー』を付与します」
蓮は胸を張り、瞳を輝かせた。「ありがとうございます! 必ず華麗な怪盗になります!」
「ただし注意点があります」
アルフレッドは真剣な眼差しで言った。「怪盗行為は言いますが実際はただの泥棒です。現地の法律では犯罪です。庶民の喝采と引き換えに、追われる立場になるでしょう。それでも覚悟はありますか?」
「もちろんです! それが醍醐味です!」
青年の声には揺るぎない自信があった。
ふと、蓮が小声で尋ねた。「アルフレッドさん、毎日こんなに変わった希望を聞いてて疲れませんか?」
アルフレッドは机に肘をつき、微笑む。「いえ……むしろ、やっぱりこの仕事は辞められませんね」
白い執務室に、怪盗志望者の熱意と職員の小さな微笑が重なった。今日もまた、転生課という舞台でひとつの夢が未来へと送り出されるのだった。




