案件01:悪役令嬢と侍女 エレオノーラ・フォン・レーヴェンとセリーヌ・ヴァルト
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朝の天界庁舎には、いつもの澄んだ鐘の音が響いた。
「今日も転生業務スタート……」
書類の山を前に、若き神官アルフレッドは深いため息をつく。神々の一員でありながら、彼が担当するのは異世界への転生希望者をさばく「転生課」という地味で雑多な部署だ。日々、ひたすら膨大な書類に目を通し、希望を整理し、リスクを計算し、送り出す。神の仕事というより、まるで市役所の窓口業務である。
午前九時、光の扉が開き、二人の女性が現れた。
「わたくし、エレオノーラ・フォン・レーヴェンです」
金髪の縦ロールを揺らし、豪華なドレスに身を包んだ令嬢は、高笑いを響かせながら胸を張った。
「次の人生では、悪役令嬢として、誰もが震える存在――いや、世界一の悪役を極めたいのです!」
その後ろには侍女のセリーヌが控えていた。小柄だが引き締まった身体つきで、鋭い目を光らせる。
「……お嬢様、また無茶を……」
控えめに頭を下げながらも、その背中には、どこか戦闘態勢の気配が漂っていた。
アルフレッドは眉をひそめる。
「……また、ややこしい希望者だな」
エレオノーラは手を優雅に振り、声を弾ませる。
「転生先は魔法文明の世界でお願いします! 権謀術数を駆使し、悪役として人々を翻弄したいのです!」
セリーヌは小さくため息をつき、アルフレッドに説明する。
「お嬢様の希望は常に過激です。でも、私もお仕えする以上、全力で守り抜きます。護衛として――いや、悪役令嬢の相棒として」
アルフレッドは机上の魔法端末に手をかざす。無数の光が浮かび、候補世界のリストが現れる。魔法文明が成熟し、かつ権力争いが活発な世界――悪役令嬢を極めるには絶好の舞台が必要だ。
「この『ルミナリエ王国』が適当だろう」
彼は指を止め、説明を加える。
「君は宮廷貴族の令嬢として、政治的駆け引きや魔法の知識を磨きつつ、人々の注目を集める立場になる。侍女は護衛候補として、君を支えながら生き延びる役目だ」
エレオノーラは高笑いし、指をくるくると回す。
「ふふふ、これは面白くなりそうですわ!」
セリーヌは小さく拳を握り、真剣な眼差しでお嬢様を見つめた。
「ただし」
アルフレッドは声を引き締める。
「転生は希望通りにいくとは限らない。環境に翻弄され、計画通りに行かないこともある。それでも悪役令嬢を極める覚悟はあるか?」
二人は顔を見合わせ、同時にうなずいた。
「もちろんです。悪役として、誰よりも輝くのです」
「お嬢様を守ること、それこそ私の使命です」
手続きを終えると、光の転生門が静かに開かれる。
二人は並んで歩き、扉の向こうへと消えていった。
残されたアルフレッドは机に肘をつき、ため息をつく。
「……転生課の仕事は、やはり重い。魂の願いを、こうして次の舞台へ送る……でも、あの二人ならば間違いなく悪役令嬢道を極めるだろう」
夕暮れ時、デスクの片隅に小さな紙片が現れる。未来から届く「感謝の手紙」だ。
『おかげさまで、ルミナリエ王国で悪役令嬢としての第一歩を踏み出しました。セリーヌと共に、人々を翻弄しつつ楽しんでいます。ありがとうございます』
アルフレッドは手紙を胸に当て、じんわりと温かさを感じる。
「……やはり、この仕事はやめられないな」
天界の片隅、誰にも知られぬ転生課で、今日もまた新たな物語が未来へと送り出されていった。