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罪の街(仮題)  作者: 宵﨑ひよ
第二章「開幕」
5/5

第二章序節

ほぼほぼ企画段階でまだどう変わるかわかりません。

構成上、本章の前に前日譚を入れる必要があったので、今後差し込んでからの本編スタートになります。第一章は目下執筆中です。

 夜の都市は、ひとたび陽が落ちれば、まるで別の顔を見せる。

 ミアは息を切らしながら、闇に沈んだ路地裏を駆け抜けていた。胸が痛む。肺が焼ける。耳の奥で鼓動が鳴り響く。だが、足を止めればそれで終わりだと分かっていた。

 思考がはっきりしない。体は限界に近い。それでもミアは、わずかに残った力を振り絞って前へ進んだ。逃げなければならない──自分に言い聞かせるように、そう意識を繋ぎ止める。ただの恐怖ではなかった。もっと深い、取り返しのつかないものを感じていた。

 背後から迫るのは、もはや何人いるかも分からない無数の足音。最初は一つ、二つだった音が、今やぞろぞろと増殖し、周囲の壁に反響してまるで耳元で囁くかのようだ。ざわめきが聞こえる。それは言葉のようでありながら、何を語っているのか分からない。意味を成さない音が、ミアの背筋を冷たく撫でた。

 路地の角を曲がったとき、何かが頭からずり落ちた。お気に入りのキャスケット帽──弟分のルカが拾い物を直してくれたものだった。それに気づいて足を止めかけたが、追手の気配がすぐそこにある。振り返ることも、拾いに戻ることも許されなかった。ミアは悔しさを噛み締めながら、帽子を闇に置き去りにして走り続けた。

 脳裏を、残してきた仲間たちの顔がかすめる。


 (……ルカ、ティミー、ナナ……)


 彼らの幼い瞳が浮かび、心を締め付ける。


 (私が……いなくなったら、どうなる?)


 それは恐怖よりも深い感情だった。彼らを守ると誓った自分が、こんな形で消えるわけにはいかない。ミアは、リーダーとしての責任に突き動かされるようにして、走る速度を少しだけ上げた。


 だが、逃げ場は少なかった。高く積まれた廃棄物、崩れかけた建物の壁、そして通りを覆うように張り巡らされた鉄柵が、まるで彼女の進路を塞ぐ罠のように立ちふさがる。


「……!」


 路地の角を曲がった瞬間、ミアは息を飲んだ。影だ。


 路地の先、わずかな街灯の明かりに人影がこちらに向かっている。大声で意思疎通をする声。こっちだと言っているのが聞こえる。背後からは足音、気配、揺れる空気の圧。見えないはずの恐怖が、確かな形を持って迫っていた。


 ――回り込まれてる。


 そう思うと、もう逃げ場はないと思えてきた。

 なぜ狙われたのかはわからない。

 思い当たる節がないとは言わないけど、たったそれだけのことで、とも思う。

 捕まってたまるものか――。

 そう考えながら別の角を曲がる。

 しかし、その瞬間、希望は潰えた。


 目の前に、立ちふさがるような闇が広がっていた。行き止まり――袋小路だった。

 ミアは足を止めた。背後に伸びる長い影。息を整える間もなく、闇の中から複数の気配が押し寄せてくる。彼女は最後の力を振り絞って壁をよじ登ろうとしたが、冷たい手が足首を掴み、引きずり下ろした。


「―――!!」


 硬い地面に叩きつけられた衝撃と共に、肺から息が抜ける。頬に伝わるのは、湿った土と砕けた石の感触。そして次の瞬間、口元に押し込まれた硬い布。声にならない叫びが喉の奥で潰れた。

 視界が、黒い布で完全に覆われる。音も、光も、空気さえも遮断されるような感覚。何かに全身を拘束され、身じろぎすらできない。そこにあるのは、ただ、闇と沈黙。


 そのとき、心の底から湧き上がった一つの名が、彼女の中でこだました。


 ――ノア……!


 叫んでも届かない。けれど、その名だけが、彼女の意識の最後の灯だった。


 そして、都市の闇は何事もなかったかのように、再び静けさを取り戻した。

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