第一章序節「業火の中で」
木が焼ける、すえたような匂いが肺の奥まで染み込んでいた。
轟々と音を立てて燃え盛る炎が、あざ笑うように視界を揺らめかせる。
息を吸うたびに熱を帯びた灰が喉を引っかき、炎の熱気にさらされた肌がじりじりと痛んだ。
崩れ落ちた壁、ひしゃげた梁、積み重なった瓦礫――それらすべてが業火に呑まれ、音もなく崩れていく。
リアムはただ、立ち尽くしていた。
何をすべきか、どこに向かえばいいのか、それすら思い出せない。
焦り、激しい悲しみ、そして圧倒的な無力感が胸を締めつけていた。
どこかで、鈴のような音が鳴った。
視線の先に、少女がひとり。
使い古された粗末な服を身にまとい、木くずと瓦礫のあいだにしゃがみこんでいる。その小さな背中が、小刻みに震えていた。
大切にしていた赤いリボンはほどけかけ、灼熱の空気のなかでふわりと揺れている。
その手には、焦げついた見覚えのない羊皮紙が握られていた。
(ティナ……!)
心のなかで叫んだはずの言葉は、声にならなかった。
焦る気持ちとは裏腹に、身体はまるで他人のもののように動かない。
だが、まるでその声が届いたかのように、少女が不意に立ち上がり、背中越しにこちらを振り返った。
涙の跡とすすにまみれた頬が炎に照らされ、その瞳は恐怖か、動揺か――揺れていた。
跳ねがちだったボブカットの髪が、熱風にあおられて揺れている。
「……リアム……」
新たに一筋、少女の目元から涙がつうっと流れた。
その涙も、頬を伝いきる前に熱気にさらされ、蒸発してゆく。
頭上で、歪んだ木材のきしむ音が鳴った。
「置いてかないで……」
次の瞬間、瓦礫が崩れ――小さな声とともに、彼女の姿ががれきの中にのみ込まれた。
崩落した建物の破片を、業火が容赦なく包み込んでいく。
叫ぼうとした言葉は、やはり声にならなかった。