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門番の声で私は目をパチッと開けて、彼の方へと視線を向ける。その瞬間、不衛生そうな大きなバッグに詰め込まれた大量のパンが目に入る。
そして、気付けば、鉄格子の隙間から乱暴に小さなパンが投げられた。
私はそれを落とさまいと必死になんとかキャッチをした。食べ物はそれだけだった。飲み物はどうやら今は配られないらしい。
品質が良さそうなパンには決して見えないが、貴重な食べ物だ。しっかり食べておかないと……。
私はパンを小さく齧った。
…………まずい。ぱさぱさだし、香ばしさも少しもない。今まで食べたパンの中で最も美味しくない。
だけど、文句は言ってられない。
それにしても、あの量のパンの人間がこの地下牢にいるのよね……。
順番に処刑されるのか、ランダムなのか、それとも一斉?
私はそんなことを考えながら、モグモグとパンを食べていると、丁度全員にパンを配り終えた者が階段の方へと戻って来た。
フード付きのマント被っていて、顔は分からなかったが、確かに目が合った。
神秘的な黄色の瞳に私は「あの!」と思わず声をかけてしまった。私の人生、後は死ぬだけ。もう、怖いものなどない。
私の声に門番は強い目で私を睨むが、私は彼を構わずにマントを被っている彼に話を続けた。
「ありがとう!」
私は笑った。ちゃんと心からの感謝だった。
魔界で餓死する可能性もあると考えていたから、食料が配られるのは想定外だった。
「何が?」
少し間が相手、嫌悪のこもった声が聞こえてきた。
あら、ちゃんと返答はしてくれるのね。
私はそのことに少し驚いた。この世界では人間にヘイトを向けられていることは当たり前だ。だから、無視されるのかと思っていた。
もうすぐ失う命、そう思うと、何もかもが有難く思えてきた。私の今までの生活がいかに恵まれていて、幸せだったのか……。
けれど、戻りたいとは思わない。
自分でもそれが驚きだった。
やはり、王宮での生活はつまらなかった。贅沢三昧や悠々自適な生活はあまり興味がない。
「パンのお礼よ」
私を嘲笑する声があちこちから聞こえてきた。
きっと、ここにいる皆、私のことを馬鹿にしているのだろう。
「あんた、人間界のお姫様だろう? 魔族に感謝するなんてどうかしてるぜ?」
改めて聞くと、少年のような声だな、と思った。
背もそこまで高くなさそうだし、私よりも年下なのかもしれない。……いや、魔族は年を取らない。
「けど、貴方たちの大嫌いな人間に食べ物を分け与えてくれているんでしょ?」
彼は私の言葉を無視して、階段を上り始めた。
門番は「とっとと黙れ!」と私に声を荒げる。どうやら、私はこの門番とは相性が悪いようだ。
「私がいつ処刑されるのか、魔王様に聞いておいて!」
最後にそう叫んだ。
実際に聞くか聞かまいかはどうであれ、言わないより言ったほうがいい。もしかしたら、何か少しでも変わるかもしれない。
残された時間は短いのだから、出来る限り有効に使わなければならない。
「うるせえよ!」
「人間が一番早く殺されるのさ」
「処刑日なんて教えてくれるわけないだろ! 身の程を知れ!」
「この地下牢に入れられた時点で終わりなんだよっ」
「まだ希望があるって信じてるのかよ、この人間」
「馬鹿もいるもんだな」
周りから私に対するヘイトが沢山飛んでくる。
声だけで私に対しての敵意がよく分かる。……人間を下等生物だと認識しているのだろう。
私は何も言い返さずに堪えた。ここで言い返せば、彼らと同じ土俵に立つことになる。私は罵声を浴びせてくるようなものたちと同類にはならないわ。
真の強き者は罵ったりしないもの。