12
「…………今なんて?」
リノは眉間に皺を寄せて、私の方を見た。さっきまで暴言を吐いて殴り合いをしていた人たちも動きを止めて、私の方を見ている。
私はしっかりとリノの方を見て、もう一度声を発した。
「こんな生活に慣れたくない」
「…………オリビア、貴女は早死にするタイプね。生活水準が高かった人間はもう落とせないもの」
「そうじゃない」
「贅沢な人間様だもの。魔界の囚人生活なんて耐えられないでしょう?」
急にリノの態度が一変した。彼女の藍色の瞳が光るが、すぐに何かに抑えつけられたように消えた。
……魔法が使えないようにされている?
「耐えることと慣れることは違うわ」
私の言葉にリノが一瞬固まった。そしてすぐに哀れみと軽蔑の目を私に向けた。
「慣れる方が賢い判断なのに、馬鹿で可哀想な子」
「慣れる方が馬鹿だと思うけど?」
「あら、言ってくれるじゃない。泥水さえ浴びることのできない精神状態でこの牢獄で1日ももつかしら?」
リノは怒りを抑えながら穏やかに話している、けれど、さっきとは違って、明らかに私に敵意を向けているのは分かった。
私は地面に落ちているボロボロの服をもう一度着た。……不快さはあるけど、耐えられる。
魔族は人間よりも裸な状態に対して抵抗がないのだろう。リノは仁王立ちのまま私を睨んでいる。私はそのまま天井から降ってくる泥水をかぶりに行った。
唐突のその私の行動にリノは驚いた表情を浮かべた。
この匂い、この感触、絶対に忘れない。この感情を脳に刻み込む。
「私はこの生活を歯を食いしばって耐えるの。耐えて、耐えて、耐えて、絶対に生きてここから出るの」
私はリノの圧に臆さず、むしろはねのける勢いで彼女を見つめた。
「死刑囚なのに?」
「処刑されるその瞬間まで、私はこの命を最大に燃やし続けてやるのよ」
泥水を浴びるような生活をもう二度とするものか、と反骨精神で生き残る。
こんな感情を持ったのは生まれて初めてだ。もしかしたら、人はこうやって強くなるのかもしれない。
「そんな希望を持っていられるなんて幸せね」
リノは皮肉の笑みを浮かべた。ここにいる者たち、みんなリノの意見に賛成なのだろう。
私は地獄のシャワールームで一気に孤立してしまった。
……けど、それでいい。群れなくていい。
私は必死にそう言い聞かせて、服を着たままシャワーを浴びた。もちろん、湯には浸からなかった。この日はこれ以上誰も私に話しかけてこなかった。
また殺し合いが起きていたようだけど、女の方では死人は出なかった。ただ、地面が血の海になり、泥の匂いと血の匂いが混ざって最悪だった。
リノと対立をしてしまったせいで、次のターゲットは私になっているかもしれない。
……嫌だなぁ。死刑囚同士で殺し合いなんて馬鹿みたい。




