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 この命終わるその瞬間まで笑って過ごしたいと思った。

 それが、王女として生まれた私のプライドだ。

 



「オリビア王女を死刑とする!!」


 立派な城に響き渡ったその言葉を私は黙って受け止めた。

 王座の隣に立っている小さな角の生えた宰相が私に向かって強い口調で話を続けた。

 短髪の黒髪に色白の肌を持ち、爽やかな顔つきの男性だが、口から発している内容はちっとも爽やかではない。

 処刑法についての話をつらつらと述べている。

 ……そう、私は魔界にちょっとしたミスで入り込んでしまったのだ。

 未知なものには興味はあったが、まさか命を奪われるところまで来てしまうとは想像もしていなかった。

 目の前にいるのは魔王だ。数段ある階段の上で、煌めく黒い石で造られた背の高い椅子に君臨している。

 魔王は仮面を被っており、どんな表情をしているのか全く分からない。ただならぬオーラを醸し出している。

 この私が怖気づくほどの威圧を私へと向けている。彼の前に立った瞬間から、鳥肌が収まらない。魔王の前まで歩くのに、震えが止まらないかと思ったが、虚勢でもいいから必死に余裕のある態度を取っていた。

 表情も決して恐怖に覆われぬように、心に分厚い鎧を着せている。

 今は両膝をついているが、この凄まじい圧にまた立ち上がれるか分からない。

  

 魔族には心がない。

 本ではそう書いてあった。人間との相性は最悪だ。

 共存は出来ない。更に、魔族はいつでも人間界を侵略しようと企んでいる。

 悲しいことに、人間界と魔界は協定や条約など一切結んでいない。

 私たちの世界に魔法というものがあるから、ギリギリ耐えている。人間界に張っている結界を破く者はあまりいない。

 その大切な結界の亀裂を少し覗いて、そのまま魔界へと来てしまったのなど、私ぐらいだろう。

 ……というか、流石に処刑はやりすぎじゃない?

 奴隷として労働させられるんだろうな、ぐらいの軽い気持ちでいた。


「おい、何をぼんやりとしている」


 眼鏡を光らせながら、書類を読み上げていた宰相が私を睨む。

 紫色の鋭い瞳と目が合う。

 …………魔族は皆、綺麗な顔をしている。

 美形しかいないのは、容姿で人間を欺くためだ。完全な悪だと分かっているが、これほどまでの美男美女しかいない世界にいたら、ほだされてしまいそうになるのも分かる。

 ……魔王は一体どれほどの美形なのかしら。


「何か言いたいことはあるか」


 何も答えない私に、冷たい口調で宰相がそう言う。

 王女という立場上、誰かにそんな乱暴な言い方をされたことがなかったからか、新鮮な気持ちになってしまう。

 エルヴィア国の王女、これにて魔界で処刑されてしまうのね。


「残り短い命、楽しんで生きようと思います」


 膝を地面についたままだが、姿勢を伸ばし、微笑んだ。

 処刑することは、私の力では変えられない。それならば、時間を無駄にできない。


「魔王様、どうかお慈悲を」

 

 私は魔王の方へと視線を向けた。

 私のその言葉に宰相は鼻で笑う。私を抑えていた魔族の衛兵も「惨めな人間だな」と呟く。


「ここにきて命乞いか?」

「まさか」

 

 宰相の言葉に私も鼻で笑い返した。

 私がいくら「助けてほしい」と言ったところで、相手は魔族よ?

 聞き入ってもらえるわけがない。そんなこと百も承知だ。

 

「じゃあ、何だ?」

「処刑されるまでに、やりたいことリストの中のことを全部したいんです」

「は?」


 眉間に皺を寄せていた宰相の額に更に皺が入る。魔王は仮面を被っているから、表情は分からないが、微動だにしないから、私の言葉など全く届いていないのかもしれない。


「ご存知の通り、私は王女です。なので、『したいことをする!』という人生をあまり歩めなかったのです」

「なにを馬鹿なことを……。お前は処刑日までずっと牢獄生活だ!」

 

 私の発言に気分を害したのか、宰相は眼鏡を光らせながら声を上げた。


「私は魔王に聞いているのよ」

「お前……、こいつを今すぐ牢屋にぶち込め!」


 当たり前だけど、人間界と魔界では境遇が天と地の差ね。

 隣に立っている二人の衛兵に私は腕を掴まれ、そのままベルベットの赤いカーペットを引きずられる。王宮の何倍の高さのある規則性のない模様が彫刻された扉がギギギッと音を立てながら開く。

 ……部屋から出される。

 それでも、私は魔王に向かって叫んだ。往生際が悪いかもしれないが、止められなかった。


「無慈悲に命を奪うのは簡単でしょう? いつもしていることでしょう?」

「こいつ……、まだ話を止めぬか」

「それならば、いつもと違うことをした方が面白みがあるとは思わない?」

「見苦しい」


 卑しいものを見るかのような視線を私へと向ける宰相に私は思わず身震いした。

 魔族という存在は脅威だ。今、彼が私を本気で排除しようと思えば、数秒もかからないだろう。

 ……けど、ここで引きさがれない。


「最高に輝いた状態で命を奪う方が楽しいでしょ?」


 私はそう言い放った。だが、きっと、魔王には少しも響いていない。

 …………処刑されるまで牢獄でただ時間を待っているなんて絶対にごめんだわ。

 必死に抵抗していたが、扉の近くまで力づくで衛兵によって引きずられた。もう、魔王に会えるチャンスはない。

 私は部屋を出される前に何か言わねばと必死に考える。

 ただ死を何もせずに待つだけ? そんなの無理よ。このまま死ねない。だって、私は………………。


「私はまだ生を全うできていない!!」

 

 そう叫んだ瞬間、扉が閉まった。

 けれど、私は見た。微かに魔王の指が動いたところを……。

 初めて私の言葉に反応した。僅かではあったが、指先がピクリと動いたのだ。

 私はそのまま衛兵によって、城の地下にある牢屋へと入れられた。

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