異世界競走馬育成牧場
「ふふっ、私がプロポーズした時のシュンさんの表情、面白かったなぁ」
アルマリンカップに向けてダルクと2人王都に向かう。
正直この時の私は浮かれていた。
けどしょうがない。ダルクの調教は順調でダルク自体の調子も良好。
街の皆からも激励で見送って貰い、私もシュンさんに逆プロポーズして返事も貰えた。
勝ったら結婚かぁ。
お父さんを戦争で失ってから全ての事に失望していた時から想像できないくらい充実した日々を送っている。
お父さんはもちろん、ジャンヌが亡くなった事はもちろん寂しかったけど、私の周りにはシュンさんや街のみんな、そして今横にいるジャンヌの仔ダルクがいる。
「ねぇダルク、ジャンヌに結婚の事話したら応援してくれるかな?」
何の反応も無くパカラッパカラッと歩くダルク
「あはは、そうだよね。ダルクには私の言葉はわからないよね。」
以前は馬と会話が出来るなんて変わった力があったのだが、ジャンヌが死んじゃってから、その声は聞こえなくなってしまい、馬にも私の言葉が届いていない様だった。
「天国のジャンヌの勝ちたかったアルマリンカップ絶対に勝たないと!」
ドクンっ、、、
いけない、ちょっと緊張してきた。
けど大丈夫!あんなにシュンさんと一生懸命頑張ったんだ!結果は後からついてくる!街のみんなも応援してくれているんだ!恥ずかしいレースは出来ない!
ドクンっ、ドクンっ
「ダルク、どうしよう、ちょっと緊張してきた。。。」
そうダルクに話しかけるが、もちろんダルクは馬だから無反応だ
ドクンっドクンっドクンっ
王都に着き宿屋に入ったがその日の晩はご飯も喉を通らずなかなか眠れなかった。
「あぁ、、、完全にやっちゃった。」
次の朝、完全に寝不足である。若干頭痛もする。後の祭りである
けどレースは待ってくれない。重い体を引きずりながら宿屋から競馬場にダルクと向かう。
しかし街頭の時計に目をやると、レース受付締切時間がかなり迫っていた。
「いけないっダルク急がなきゃ!」
身体は重いがダルクと共に足早に競馬場に向かった
「ゼッケンナンバー8番、ピッパジョッキー、ダルク入場しました。これで全馬受付完了しました」
スタッフさんがそうアナウンスすると
「ちっ、おせぇーんだよ、アマが」
ゼッケンナンバー11番のジョッキーが悪態をついてくる
感じ悪いなぁ。遅刻はしてないんだからいいじゃない。
多少イラッとしながらも、なるべく関わらない様に、馬装や身支度を整える
すると
「クソ駄馬がっ!大人しくしとけっ!馬装できねぇじゃねーかよ!」
と、さっき悪態を付いてきたジョッキーが、持ってるステッキで自分の馬を叱りつけている。
ダルクにやってる訳ではないがとてもじゃないが見ていられず、その男と馬の間に入り制止しようとする
「なんでそんな事するんですかっ!」
「うっせぇな!俺の馬に俺が何をしようと、お前には関係ないだろ!」
「馬が怖がってるじゃないですか!」
「こいつが調子乗って噛み付いてきたからシバいて何が悪いんだよ!黙ってやられ続けろってか?そもそも怖がってるなんて分かるかよ?ひょっとしたら喜んでるかも知れねぇだろ」
下劣な笑みをうかべて問い正してくる
「そんな訳、、、ない。。。」
以前の私なら胸を張ってそう言えたのだが、もう彼らの声が聞こえない以上、自信を持って言えない自分がいた。
「自信無さげじゃねぇかよ。人間に馬の事なんて分かるわけねぇんだから、外野は引っ込んでろ」
それ以上何も言えなかった。俯きダルクの首を愛撫する。
すると機嫌が悪かったのか耳を絞り、私の肩あたりをガッと噛み付いてきた
「痛っ!なんで、、、」
身体は重いし、肩は今噛まれて痛いし、ダルクの事なんかは全く分からないし。。。
そして何も言い返せなかったことがとても情けない。
ドクンっドクンっドクンっドクンっ
すると抑えていた胸の鼓動が突然低く、そして早く鳴り始める。
怖い、怖い、逃げ出したい。
何を信じていいのか、なにを頼ればいいのか。
これからレースが始まる事が怖くなってきた。
しかしレースは待ってくれる訳もなく
パドックではシュンが何やら声をかけてきたような気がするが、なにを言ってるのか耳に届かず、正直全く記憶にない。
呼吸や手の震えが収まらないまま、気づいたらゲート前に来ていた。
「ゼッケン8番早くゲートに入れて下さい」
とスタッフに言われ周りを見ると私以外の馬はもうゲートに入っていて、置かれている状況にようやく気づく
どうしよう、早くゲートに入れないとっ!
とダルクをゲートに入れようとするがこういう時に限ってダルクは入る事を拒否する
「ほらさっさと入れろよアマァ!」
ゼッケン11番のジョッキーがまた悪態を付いてくるが、こればっかりは私が悪い。
焦り持っているステッキをダルクの尻に軽く打ちつけると、今度はダルクが尻っ跳ねをして、私は大きく体勢を崩し落ちそうになるも、何とかしがみつき落馬は免れた。
でも怖い。正直今落馬して軽く怪我でもすれば出なくて済んだのになんて考えてしまう。
なかなかダルクもゲートに入らず四苦八苦していると、11番のジョッキーだけでなく他のジョッキー達も舌打ちをしたりため息を付いたりしている。
なんでレースに出たいなんて思っていたのだろう。今ではあれだけ愛おしかったダルクすら怖く、そして言う事を聞いてくれない事に苛立ちも感じていた。
もうがむしゃらにお腹を挟んで無理くりゲートの中に入れる。
「ゲート入りを嫌がっていた8番ダルクもようやくゲートに入りまして、各馬ゲート入り終わりました!さぁ、いよいよアルマリンカップスタートです!」
ガシャンッ!
大歓声と共にゲートが開かれる。
案の定と言って良いのか、ダルクはスタートで出遅れる。あんな状態でゲートに入れたのだから無理もない。
このままじゃだめだと慌てて手を動かし後続を追いかける。ダルクも反応してくれて何とか他の馬に追いつく事ができたが
「抜かせるかよ!」
言わんばかりに前の馬が進路を奪い思いっきりキックバック(砂を浴びせてくる)食らう
「痛っ」
ダルクも砂を浴びてしまいせっかくのついた勢いを無くしてしまう。
このままじゃ勝てない。。。もう嫌だ。もう負けても良いから早くレースが終わってしまえばいいのに。。。
と思った瞬間
『お~い、どうしたの?このままだと負けちゃうよ?それでもいいのー?』
と幻聴にも似た聞こえてくる。
何処か懐かしい様な、馬と会話出来ていた時に良く聞いたそんな声。
けど今の私はもう馬の声が聞こえなくなってしまった。だからきっと弱気になってしまって幻聴でも聞こえしまったのだろう
すると
『お~いピッパ、聞こえるんだろうー?』
今度は間違いない。かつて一杯耳にした優しくも力強いジャンヌとよく似た声。
「もしかして、ダルク?」
『そうだよ、ようやく届いたみたいだね。本当はもっと前から何度も話しかけていたんだけど、全然気づかんかったみたいだからちょっと寂しかったよ』
「えっと、そのごめんなさい。。。」
『まぁ今はそのことはどうでもいいや。で、どうするの?このままだと負けちゃうよ?負けてもいいの?』
走りながらも余裕そうにそんな事を聞いてきた。あたかもその気になれば勝てますよ、と言わんばかりに
「それは、もちろん勝ちたいけど、、、もう先頭のサークルオブザイヤーとはこんなに離されちゃってるし、、、」
『はぁーピッパがそんなに弱気でどうするの?とりあえず勝ちたんだろ。それじゃしばらくは黙って乗ってるだけでいいよ』
と言った瞬間、ダルクはぐっ、と重心を低くして一気に加速し始める!
「きゃっ!」
慌てて手綱を握り振り落とされない様にする
そしてさっきキックバックをしてきた馬を瞬く間に交わして、その馬の前に行き思いっきり後足で砂を蹴り上げる
「てめぇ!この野郎!やりやがったな!」
砂をかけられた馬のジョッキーからそんな声が聞こえてきたが、その声もあっという間に遠くに置き去りにして二頭三頭と交わしていく
『いい気味だって!悔しかったら抜かしてみなよってね!』
いたずら地味たその声も亡くなったジャンヌそっくり
「ふふっ」
思わず笑みがこぼれる。
『おっ、ようやくリラックスできたかな?けどまだ先は遠いかなぁーどうしようかなぁ』
「ごめん、もう大丈夫!」
手綱を再度握り直し、かつダルクの負担にならない様に柔らかくそして常に指示を送れる位に張る。
現在向こう正面なかほど、距離にしてざっと半分過ぎたあたり。先頭のサークルオブザイヤーまで後五頭!今一番近くにいる馬はコースの真ん中を走っているけど、馬自体は内ラチにモタれたそうになっているのを賢明にジョッキーが外の手綱を握り何とか維持している状態
ダルクは外から躱そうとするが、それを制御し内側を走らせる
『え?内でいいの?内から抜こうとしたら絶対抜かせない様に前塞いでくるよ?』
「うん、これは誘導!」
案の定内に進路を取ってきた前の馬を軽くダルクを再度外に向けて外からさっと躱す
『おおー!これで大外に回らずにすんだ!』
ダルクも嬉しそうに加速していく
ああ、今の私には見える。
最速で、最短ルートを取り先頭のサークルオブザイヤーに追いつく進路が。光の線の様に一筋に光って。。。
私はその線を辿る様にダルクを導くだけ!
また一頭、また一頭と最短ルートを取りながら次々と馬を躱していく。
そろそろ第4コーナーを回り、現在3番手!残り一頭かわしたらサークルオブザイヤーが見えるはず!
「さぁレースも終盤だ!スタート出遅れたダルクはものすごい勢いで上がっていき現在3番手!しかしサークルオブザイヤーは今だ脚色衰えず依然先頭のまま!その差10馬身!」
競馬場に実況が鳴り響き、大歓声が沸き起こる!
え?今なんて?10馬身!?
大歓声で聞き取りづらくはあったが、確かに10馬身と聞こえた
最後の直線は400メートル。10馬身と言うとおよそ20メートル強。正直セーフティリードである
『ピッパ、聞こえた?10馬身だって。正直ここまで来るのに脚使っちゃって少ししんどくなってきてるんだけど』
「そうだよね、ごめんね。けどね、私絶対諦める気無いし貴方の事は私が一番分かってるから!」
ちょっとしんどそうにしているダルクを2番手の馬の横にピタッと外から合わせる。
2番手の馬はそう、第1回アルマリンカップ3着馬カサブランカゴールドの子で、ダルクと同じセリに出てダルクの次に高額でセリ落とされた馬
気性は少し弱気でアクシデントとかがあるとスッと下がってしまうが、能力だけなら一級品!
その馬の外にピタッと合わせる
「先頭はサークルオブザイヤー!しかし2番手のカサブランカスマイルがいい脚で伸びて来ているぞ!それに合わせる様にダルクも猛追!どんどん差を縮めていく!」
そう、ダルクは父親のジャンヌにそっくりで根っからの『負けず嫌い』なのである
競馬ゲーム的に言うなら勝負根性がものすごい
どんなに疲れていようが近くの馬が早ければそれにおいていかれる様なマネはダルク自体が許さないのだ
『もう限界!もう限界だから!』
弱音を吐いてるクセに絶対に隣のカサブランカスマイルの豪脚にずっとついていくダルク
「残り200メール!先頭はサークルオブザイヤー!しかしカサブランカスマイルとダルクの豪脚で差はどんどん縮まっていてるがまだ残り4馬身!」
流石にカサブランカスマイルの脚も鈍り始め、サークルオブザイヤーと差が縮まらなくなっていく。
けど、絶対に諦めない!
今肉体的に限界を迎えているダルクの負担を減らす様に腰を浮かせ、足をかけているアブミの上に立ち、体を馬と平行にしつつ手綱を持っている腕をダルクの動きに合わせて大きく伸ばす!
「あれは、モンキー乗り!」
レースを見守っていたシュンが口にする
お尻を鞍から浮かせ馬に体重の負担を減らし、風の抵抗を減らす乗り方
競馬が始まったのは紀元前、明確なルールが定められ近代競馬として行われる様になったのは16世紀頃。しかしモンキー乗りが時流になったのはまだ百年ほどしか経っていない
「ピッパちゃんはこの短い時間でそこに辿り着いたのか。」
シュンはもうレース終盤だというのに驚きのあまり小さく声を漏らす
『え?なにそれ!?ピッパ背中にいる?』
困惑したダルクが聞いてくる
「いるから!大丈夫!今はレースに集中!」
ピシッとムチを入れる
『ハイっ!けどマジかー。全然走りやすくなったんだけど!本当にいるんだよね?空気みたいだよ』
「おしゃべり禁止!」
ともう一発ムチを入れる
『いてぇ!了解です!』
すると限界だったダルクがまた勢いがついてものすごい加速を見せ横にいたカサブランカスマイルを一気に置き去りにする!
「おーとっ!ここでダルクが再びものすごい脚だ!というか何だあの乗り方はー!まるで人馬一体!もの凄い勢いでサークルオブザイヤーに並びかけてきたー!かわすのか!?かわした!かわした!先頭はダルク!ダルク!2番手サークルオブザイヤー!今年のアルマリンカップを制したのは断トツの一番人気サークルオブザイヤーを負かしてダルクだぁー!」
ワッ!とスタンドから歓声が沸く!
『ハァハァ。。。ピッパ、僕たち勝ったよね?』
「ハァハァ。。。うん勝った。勝ったよー!」
労いを込めて首を優しく撫でる。
人馬共に息絶え絶えだが、大歓声、ダルクコールが疲れを吹き飛ばす!
クールダウンを終えスタンドに近づくと、シュンさんや大号泣してるミルフィアさん、滅多に見られない笑顔を見せるキッツ君が走ってくる!
「ピッパちゃんダルクおめでとう!」
「シュンさん私やりました!」
馬上からジャンプしてシュンさんに抱きつく!
シュンさんは慌てながらも抱きとめたが勢いが強すぎてコースに2人で倒れ込む
「シュンさん私たち勝ちました!念願のアルマリンカップ勝ちました!」
「うんおめでとう!本当にかっこよかったよ!」
「シュンさん、私レース前にシュンさんに言った事覚えてますか?」
「もちろん。結婚しよう!そしてこれからも2人でアルマリンカップ勝って勝って勝ちまくろう!」
「はいっ!」
「え〜プロポーズがそれですか〜愛してますとかじゃないんですかぁ〜」
やれやれと言った表情を見せるミルフィアさん
「2人らしくていいじゃないですか。あ、そうだ。今カメラ持ってますんでみんなで口取り写真撮りましょう」
シュンとピッパは起き上がり2人ダルクの横に並ぶ
「いいですか。撮りますよ」
カシャっとシャッター音が青空に鳴り響く
異世界にきて本当に色々あったけど、今生涯で一番幸せだと胸を張って言える。
これからもピッパちゃんと2人。時にはぶつかりながらもずっとこうして馬を生産し続けるのだろう。
しかし馬とピッパちゃんがいればずっとこの世界で幸せに暮らしていける。
異世界サイコー!
fin




