中堅冒険者の冒険しない日々
「おい、来たぞ」
外を窺っていた小柄な男が小走りで寄ってきながら報せてくる。
「ふぅ、やっとか。もうちょっとでベロベロに酔っちまうとこだったぜ」
エールの入ったジョッキをテーブルに置いたモヒカン男が、テーブルに立て掛けてあった剣を腰に佩く。その動作は昼間から飲んだくれている奴からは想像出来ない程に堂に入ったものだ。
「とりあえずアンタらは、俺の後ろに立っていてくれればいい。細かいことはこちらに任せてくれ」
俺はそう言うと、入口から今しがた入ってきた二つの人影を背中越しに盗み見る。
小さな人影だ。齢は12、3ってところだろう。一人は少年でもう一人は少女だ。二人は共に粗末な服装で、少年の方はどこで手に入れたのか剣を背負っていて、少女の方は何も持っていない。
二人はこちらにも聞こえるぐらいの大きさで会話をしながら、キョロキョロと辺りを見回している。曰く、すごい。だの、でかい。だの、おのぼりさん丸出しだ。おそらく近隣の村から出てきたばかりの少年少女だろう。
そして、少女に促されるかたちで意を決した少年が受付に向かう。
どうやら仕事の時間だ。
俺は二人の男に目で合図をして席を立つと、受付嬢と冒険者になる、なれないやらなんやら揉めている少年少女の後ろに位置取る。二人の男はしっかりと俺の後ろについてきている。
「よぉよぉ、いつからここはガキの遊び場になったんだぁ?」
出来るだけ馬鹿にしているように、俺は少年少女に声をかける。
二人とも驚いたように振り返ると、少年の顔はみるみる青ざめていく。一方、少女の方はだんだんと目が鋭くなっていき、一歩こちらに近付きつつ口を開く。
「ちょっと何よ? オジサン達」
気の強そうな声音に、堂々とした態度。
キッキッ、と俺の後ろに立つ二人も睨み付ける。
後ろでナイフを弄びながら舌を出して嗤っていた小柄な男は、その目力の強さに手元が狂ってナイフを床に落としてしまった。まったく何やってんだ。
「しつけのなっちゃいねぇガキだな。ここはオメェラみたいなのが来るとこじゃねえ。さっさと帰りな。これは親切で言ってやってるんだぜ?」
ニヤニヤと見下してるのをあらわにしながら捲し立てる。
少年の方はすっかり怖じ気づいて、少女の肩を引いて宥めようとするが、少女は尚もこちらを睨み付けている。
「やってみなきゃ分からないじゃない!!」
「やってみてダメだったら取り返しがつかないんだぜ?」
「それも覚悟の上よ!!」
買い言葉に売り言葉って感じだが、まぁその心意気は買おう。あとは実力だが、まぁそれはどうにかなる。
「なら、やってみるか?」
俺は背中に吊ってある大剣を鞘から抜く。
それを見た少年は、少女を置いて走って逃げ出してしまった。呆気にとられたが、なんとか顔には出さずに済んだと思う。
「おいおい、相棒は逃げ出しちまったぜ? ま、賢い選択だわな。嬢ちゃん、今ならオメェも見逃してやるが?」
「結構よ!!」
と言って、拳を構える少女。
「やる気か?」
「なに? ビビってんの?」
声が少し震えている。構えている拳も震えている。それでも引く気は無いようだ。目は死んでいない。
「ビビってんのは、オメェの方だろ?」
侮蔑するように、大剣の切っ先を少女の目の前に突きつける。
動けなかっただけかもしれない。それでも少女は構えを解かず、目力も強くこちらを睨み返す。
構えながらも手は出してこない。激昂しながらも頭の片隅は冷静なのだろう。少女は俺だけではなく、その後ろの二人にも気を配っている。油断はないようだ。
「よし。合格だ」
俺がそう言いながら大剣を仕舞うと、少女はぽかんとした顔になった。
「と言うわけだ、レイネ。手続きを始めてやってくれ」
少女の後ろでどうなる事かと心配そうにしてた受付のレイネ嬢に、声をかける。
「ど、どういうこと?」
まだ頭が追い付いていない少女が、当然の疑問を投げ掛けてくる。
「ま、なんていうかお約束というか様式美というか? 昔から冒険者になろうとする新人への通過儀礼みてぇなモンだな。なんでかまでは知らねぇけどよ」
「へ? なら突っ掛かってきたのは?」
「演技だよ演技。あ、これも一応正式なクエストなんだぜ?」
俺達は中堅ということもあり、そこそこギルドからも信頼されている。その為、こんなクエストが発注されることもある。
冒険者は命懸けである。故にまずは試験を受ける前から試験が始まるのだ。先輩冒険者からの絡みとして。