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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

機動特殊部隊ソルブスシリーズ

魔都の死神

作者: 日比野晋作

 明けまして、おめでとうございます。


 二〇二三年は「機動特殊部隊ソルブス」シリーズの短編一話からスタートですが、お正月に似つかわしくない、物騒な話です。


 ですが、二〇二三年が年が皆様にも個人的にも良い一年になるようにド派手にスタートを切りたいと思い、またもやこんな感じの警察小説で幕を開けさせて頂きます!


 ご拝読をお願い致します!


 ハロウィン当日の午後六時の横浜の百貨店は幸せそうな連中でいっぱいだった。


 渋谷のハロウィンの浮かれた連中も嫌いだが、横浜の幸福を絵にかいた、金持ちの大人たちを見るのも、嫌いなのだと、田宮銀二は感じていた。


 幸せそうな奴。


 僕の敵・・・・・・


 僕はもう二度と、人間には戻れなくなったのに、こいつらは堂々と人間であり、幸せの時間帯を謳歌している。


 これが不公平で無くて、何だと言うのだ。


 そもそも論として、奴らが悪い。


 僕をイジメ続けて、何事もなかったかのように社会でのうのうと生きていて、幸せを得ている奴らが!


 僕は奴らに復讐するんだ。


 その為の段取りとして、最後の晩餐を行なった後に僕は復讐に動く。


 百貨店の窓の見える、高級レストランで食事をたらふく食べた後に僕は叫んだ。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 周りの客は驚いた表情でこちらを眺める。


「お客様・・・・・・他のお客様のご迷惑ですのでーー」


 店員がそう言った瞬間に僕は呪われた力をを使うことにした。


「えっ?」


 僕はキノコと人間が合わさったような状態の『キメラ』と呼ばれる、怪人になると胞子を飛ばした。


 そして、店員と客たちは倒れ始めて、痙攣を起こし、口からは泡を吹いていた。


「さぁ、ここからだ・・・・・・ここから、復讐が始まる!」


 銀二の長い復讐が始まろうとしていた。



(今年も来れないの?)


 海原千世は高校時代の友人だった、加奈と会話していて、苛立ちを覚えていた。


「土日が休みだと思っている時点で、警察を舐めている」


(あんた、何で、そんなとこに就職したのよ?)


 腹が立つ。


 自分が警視庁で冷遇された、根源である、若い頃の青臭かった自分を思い出すから、電話を切りたかった。


 大体、今の世の中において、電話で事を済ませようなどとは、図々しいにも程がある。


「同窓会、私抜きでやりなよ?」


(何で? 翔一も来るけど、来ないの?)


 高校時代に私が憧れていた、男子だっけ?


 今となっては、何で好きになったかが分からない、中身のない、ただの田舎者。


「今となっては過去の私を恥じている。あいつ、中身無いし?」


(なんか、千世って、東京に行ってから冷たくなったんだけど?)


「切るよ!」


(ちょっと! 私たちを置いていくの!)


「忙しいの、じゃあね?」


 そう言って、加奈の電話を無理やりに切った。


 長崎の高校生原爆平和大使時代の友人達と言えば、聞こえがいいが、これを決める組織の中に社会主義や共産主義を掲げる、団体がいたことと就職の役に立つと思って、軽々しく、受けた私の無知のせいで、警視庁入庁時に散々な塩漬け対応を食らったのだ。


 今となっては、大事にする友人としては見られない、連中だ。


 そう思った、海原は動画配信サービスで韓国ドラマを見始めることにした。


 これすらも、ウチの会社の偉い人からすれば、忌むべき行為か・・・・・・


 そうぼんやりと考えながら、動画を見ている時だった。


 メールが来た。


ー件名 緊急招集ー


 仕事だ。


 これで、同窓会になんか、行かなくて済む。


ーISAT全小隊は至急、大手町の庁舎に集合せよ、事態は緊急であるー


 警視庁警備部、独立特殊機甲部隊。


 通称、ISAT(Independent special Armored Teem 独立特殊機甲部隊)と呼ばれる、場所が私の職場だ。


 私はそこで特殊部隊の隊員を行っている。


 階級は巡査だ。


 仕事に出ろと言われた、海原は大きく、息を吸い込むと、簡単にシャワーを浴びて、髪をセットしたら、すぐに出るつもりだった。


 そう言えば、今日はハロウィンだったな?


 まぁ、浮ついた形でコスプレするのは性に合わないが?


 海原は風呂場へと向かって行った。



 一場亜門は恋人である、久光瑠奈のマンションで一緒に食事をしていた。


「亜門君は私のリクエスト通りにカボチャ尽くしのメニューにしてくれるから、良い彼氏だよ」


 今日のメニューはパンプキンカレーとカボチャのグラタンにカボチャペーストのスパゲッティにカボチャピザにデザートでカボチャプリンという、どれだけ、食うんだよ、この女はカボチャをという、チルドレン舌の瑠奈を象徴した献立だ。


 何故、こんなにカボチャ尽くしかと言うと、今日はハロウィンだからだ。


 世間一般が渋谷などで仮装をして、盛り上がっている中で、瑠奈も魔女の格好をしていた。


「何気にハロウィンをエンジョイする気満々じゃん?」


 亜門は何故か、学生服しか用意させてもらえなかった。


「何で、僕が詰襟の学生服なの? 実際、高校時代はそうだったけど?」


「魔女の館に無垢なる、高校生が紛れ込んだというストーリーが出来上がっているんだよ」


「瑠奈、子どもの時、おままごととかごっこ遊びが好きだったでしょう?」


「そういう風にいちいち、人の心を読んでこないの!」


 瑠奈は「ふふっ」と笑いながら、ワインを片手にピザを食べ始める。


 それ、作るの大変だったんだよなぁ・・・・・・


「亜門君、後で魔女の部屋に来るんだよ?」


「・・・・・・うん」


 よっしゃあ!


 今日はハッスル確定じゃないかぁ!


 コスプレの立場的には主従関係がはっきりとしているけど、そこはどうにかこうにかして見せる。


 今日は自分が持っている、メシアドライブと呼ばれる、スマートフォンとスマートウォッチに搭載されている、人格を持った自立志向型AIのメシアも空気を読んで、沈黙をしている。


 チャンスだ。


 ここ最近はお互いが忙しかったから、お相手する機会が無かったが、今日こそは・・・・・・


 その時に普段使っている、メシアドライブ越しにメールの着信音が聞こえてきた。


「メール来たね?」


「・・・・・・うん」


 嘘だろう?


 これから、ハッスルするつもりだったのに、魔女の部屋で!


 恐る恐る、メシアドライブを見てみると、出動要請が来ている為、非番だが、庁舎へ戻れとのメールだった。


「メシア・・・・・・嘘だろう?」


「亜門、現実だ」


 メシアがそう言う中で肩を落とす、亜門に対して、瑠奈は肩を叩く。


 亜門が振り返ると、瑠奈は亜門の唇を見事に奪った。


「仕事でしょう? 行きなよ? 私も急患とかある時があるから、気持ちは分かるから?」


 瑠奈は東大卒の若手研修医なので、その業務は過酷であり、急患があれば、すぐに出るという勤務体系なので、警察官である亜門の仕事にもある程度の理解は示してくれるのだ。


 もっとも、その分は瑠奈の家に泊まった時に炊事洗濯に家事掃除からゴミ出しまで、全ての家の業務を丸投げされるのだが・・・・・・


 それは置いといて、言えることはただ一つ。


 瑠奈は確実に僕に対する愛情があるのだ。


 思わず、笑みがこぼれる。


「・・・・・・」


「キモイ感じで笑って、のろけてんじゃない! すぐ、行く!」


「瑠奈、ありがとう・・・・・・」


「おう、魔女の部屋はハロウィンが終わっても、亜門君が帰ってくるまでは現世に存在するぞ! 死ぬなよ!」


 そう言った後に急いで、亜門は学生服から私服へと着替え始めた。


「仕事に理解ある、彼女を貰って、良かったな?」


「マジで、助かるよ、こういう時は?」


 時刻は午後八時過ぎ。


 長い、ハロウィンの夜の作戦が始まろうとしていた。



 海原は自宅のある、武蔵境からJR中央線で、東京駅まで向かった後に東京メトロ丸の内線で大手町へと降りた。


 そこから歩いて五分程で警視庁ISAT庁舎へと入ろうとした。


 すると、そこに一場亜門巡査がバイクに乗って、現れた。


 種類は分からない・・・・・・


「ちゃんと、駐車場に停めるんだよ? 亜門君?」


「海原・・・・・・みんな、来ている?」


「多分、今頃、来るんじゃないかな? 状況が分からないし? ブリーフィングしてからでしょう、現場行くの?」


 そう言って、亜門がバイクを駐車場に持っていくところに付いていく。


「何で、付いてくるんだよ」


「亜門君がまた、非常識なバイクの止め方して、稲城から理不尽に怒られないかが心配なんだよ。嫌でしょう?」


 ISAT副隊長の稲城は東大卒だが四浪、二留を繰り返しての卒業だ。


 そのくせ、勉強が出来るだけの坊やで、常識を振りかざす感覚が隊員たちには不人気な上司だった。


 まだ、隊長の小野澄子特務警視長ともう一人の副隊長の夏目美鈴警視の方が理解ある上司なので、隊員からは人気があった。


 その分、小野は厳しい要求もしてくるのだが・・・・・・


「それは嫌だな? でも、海原、何か、やっていることがお姉ちゃんか、お母さん臭いぞ?」


 それを言われた瞬間に海原は胸が高まる鼓動を覚えていた。


 お姉ちゃんかお母さん・・・・・・


 亜門君の?


 何となく、それはそれで、光栄な気分だが・・・・・・


「バカな事を言っていないで、さっさとバイク停めなよ?」


「先に行けば、良いだろう?」


「保護者的な役割を期待しているならば、それに応えるまでよ」


 そう二人でやり取りをしていると、そこに同僚の津上スバル巡査や岩月大輔巡査が現れた。


「俺ら、お邪魔?」


「いや? たまたま、一緒だっただけだよ」


 正直に言えば、邪魔。


 亜門君と二人きりになれることはあまり、無いからなぁ・・・・・・


「それよか、聞いたか? 今回のヤマ? 横浜らしいぜ、現場」


「マジかよ、それだと、神奈川県警ISATが管轄じゃん?」


 亜門がバイクを停めて、四人でエレベーターに乗っていると、仕事の会話になっていた。


「それが、向こうの井辺隊長が早々に警視庁に支援を求めてきたらしい」


「井辺隊長って、東大卒で将来の総監、長官候補と言われている、キレ者だけどさ? 俺たちに支援を頼むなんて、そんなにヤバいの? というか、立て籠りなのに、何で、準軍事組織の俺たちにお鉢が回るのよ?」


 岩月が面倒くさそうに「キメラだってさ? なんか、毒物まき散らすから、遠距離で狙撃するつもりらしいよ? あんまりにもその毒が凄すぎて、突入が出来ないんだって?」と答える。


 キメラとはかつて、神格教と呼ばれた、新興宗教団体且つテロ組織が作り上げた、生物兵器で単純に言えば、人間を改造手術して、動物なり植物と合体をさせるという非人道的な存在だ。


 亜門が学生時代に警視庁に協力した時期に神格教が絡んだ、一連の神格教動乱と血のクリスマス事件と呼ばれる、二つの連鎖したテロ事件が勃発して、亜門とISATの前身にあたる、警視庁ソルブスユニットが事件を解決し、神格教が崩壊を始めたと言うのが、五年前の年末の出来事だ。


 しかし、その後に一連の技術とノウハウを持った信者が世界各国に流出。


 今では世界各国のテロ組織がキメラを使った、テロ行為を行っている。


 しかし、実態としては組織的な犯行もあれば、ローンウルフと呼ばれる、単独犯による、テロ行為も行われているのが現状だ。


 警視庁も改造手術を行う業者の摘発を急いでいるが、地下組織化が進んでいる為にハム(公安部の通称)などを投入しないと難しいのではないかと言われている、始末である。


 そんな、控えめに言ってもヤバい存在である、キメラが横浜で立てこもりを行なったのだ。


 自衛隊が現行法制化では治安維持出動をする際に大きなハードルがある中で、準軍事組織を警察内に置くという形で存在するISATに出動要請が来るのは分かるが、横浜の事件は神奈川県警の管轄になる。


 神奈川県警にもISATがあるはずなのに、何故、今さら、警視庁ISATに支援を依頼するのだろうか?


 海原は疑念を抱くが、三人の男達は一斉に同人を眺め始めた。


「何?」


「海原の出番じゃん?」


「えっ?」


「毒物で近づけないなら、隊長の考える事として、何かヤバい兵器を使って、狙撃しろとか言い出すよ」


「今頃、警視庁上層部とすったもんだしながら、米軍辺りに『兵器を貸しなさい!』とか言い出しているだろうなぁ? そして・・・・・・」


 津上が一拍を置いた後に言い放った


「海原は魔都の死神とか言われる、特A級のスナイパーだからな?」


 そう言われて、自分が魔都の死神と呼ばれる、警視庁のスナイパーであることを改めて、知覚した。



(はっきりと言えば、突入は困難です)


 画面の奥の神奈川県警ISATの井辺智樹隊長は五〇代でありながら、知的で整った顔付きの中で眼鏡を直しながら、そう答える。


「スナイパーはそちらにもいるでしょう?」


 事の発端としては横浜の百貨店の高級レストランでキメラが出現。


 窓が見える、レストランなので、神奈川県警地域課に所属する川崎製BK117C-2型のおおやまと呼ばれるヘリコプターから現場の様子を写真撮影すると、キノコのような形をしたそれがそこにいて、周囲は泡を吹いて、倒れている事から、毒物を保有するタイプと思われる次第だそうだ。


 その上で実際に百貨店内の民間人が撮った動画がSNSにすでに出回っていて、毒物で痙攣する映像や逃げ惑う姿が見られたのだが・・・・・・


(警視庁の海原千世巡査の腕にお任せした方がベターかと? 何せ、魔都の死神と称されるほどの腕前ですからね?)


「・・・・・・稲城君、夏目? 米軍が対キメラ用の兵器を開発していなかったっけ?」


「えっ・・・・・・まさか、借りるんですか?」


「まぁ、向こうからしたら、良いデータが取れるだろうから、時間かかるけど、私の方から根回しして、調達してもらうわ?」


「いや、しかし・・・・・・人質が!」


 稲城がそうヒステリックに叫ぶと、井辺は(いえ、この場合はもうすでに人質は全員死亡しているでしょう。故にキメラ単体の殲滅だけを考えれば良いかと?)とだけ言った。


「井辺隊長、根拠はあるんですか?」


 そう言うと、井辺はふっと笑った。


(私の悪いところは直感に頼りすぎるところなのですがね? だが、外れた事が無い。学生時代から、今に至るまで、直感を頼って、生きてきた。今回の突入を控えての狙撃主体のオペレーションの支援を求めたのはそれ故です)


「そんな、無責任な理由でーー」


「良いでしょう。上の了解が取れ次第、横浜へ向かいます。ただし、条件があります」


「小野隊長!」


 稲城がヒステリックに喚く中で、井辺は(条件とは?)とだけ聞いてきた。


「米軍の対キメラ兵器の調達の完了と海原巡査の零点規制(狙撃における、照準の調整のこと、主に作戦に応じて、ライフルの照準を合わせる)が終わるまでの間、何とか、持ちこたえること。これは立てこもり犯の説得が担当のSIS(Special Tactical Squad 神奈川県警刑事部に置かれている、特殊部隊で交渉と突入を担当する。警視庁はSIT【Special Investigation Teem】という名称で刑事部内に同様の役割の部隊が存在する)の仕事ですが、指揮権はあなたにあるのではないかと?」


 井辺はふっと笑い始めた。


(あなたはやはり、話が早いようだ。支援を直接、頼んで良かった。お願いします)


「えぇ、幸い、私の上司たちは頭が柔らかいですからね? 持ちこたえて」


(横浜駅西口の対策室でお待ちしております。よろしく)


 そう言って、井辺との通話は終わった。


「隊長・・・・・・あんな無茶苦茶な奴の言いなりになって、良いんですか!」


 小野はわざとらしく、ため息を吐く。


「稲城君、あなたは守旧派の爺どもじゃあないんだから、スピード感と突破力があって、良いでしょう? 上には私が話を通すから」


「私は納得できませんよ! 何です、直感とか!」


 まぁ、稲城は井辺と同じ東大卒だが、あまりにも質が違い過ぎるからか?


 そう言った後に小野は内線に手を取った。


「本田警備部長。お時間よろしいですか?」


(井辺君から、話は直接、聞いている。海原を派遣するのか?)


「一応は突入用に小隊全てを持って行った方が良いでしょうね? 県警には話は伝わっていますか?」


(井辺君の機動力に翻弄されて、右往左往しているよ。今、瀬戸総監がサッチョウ(警察庁の隠語)の跡部長官のところに行って、トップダウンで井辺案を承認するように迫っているよ。GOサインが出次第、出動してくれ)


 本田が早口でそう言うと小野は間髪入れずに「それと、海原巡査に米軍が開発した対キメラ兵器を使わせたいのですが、米軍に申請をお願いできますか?」と言い放った。


(お前は無理を承知で言っているのか?)


「可能でしょう? NSSの久光局長に頼めば?」


 NSS (National Security Secretariat 国家安全保障局)局長の久光秀雄は警視庁警視総監時代に陸上自衛隊を追われた、自分を警視庁でソルブスに特化した実験部隊を作るという名目で当時特務警視正として、ISATの前身にあたる警視庁ソルブスユニットの隊長に迎え入れた人物だ。


 いわば、この部隊の生みの親だが、五年前の年末に神格教動乱や血のクリスマス事件を防げなかった責任を取って、警視総監を辞職した後に民間の警備会社で役員の席に就いていたのだが、そこから政府により、NSS局長の職を与えられたという経緯がある人物で、小野の最大の後ろ盾だ。


 そして、隊員である一場亜門巡査の交際相手である、久光瑠奈の実の父親でもある。


 その久光はアメリカともパイプがあるので、その権限をフルに使って、事件を解決しようと言うのが、小野の魂胆だが、本田は「お前なぁ・・・・・・」とため息交じりの声音を上げる。



(そういう権力に笠を着た、やり方は敵を作るぞ? まぁ、必要ならば、致し方ないがな? だがなぁ、私は危惧している事がある)


「守旧派ですか?」


(神奈川県警の宝田本部長は井辺君のスタンドプレーを疎んでいる。神奈川県警の本部長クラスという重厚なポストには珍しく、功名心が強い奴でね? 政治家になりたいとかほざいている奴だ。指揮権の権利を巡って、争いになる可能性がある。どうする?)


「内容によりますね? 第一、ISATには独立した権限がーー」


(決まりに杓子定規な古い人間に超法規的活動というのが分かれば、争いは起きんさ? それが分からない奴だと、私は知っているから、危惧している)


 小野は苦笑いをせざるを得なかった。


「困りますねぇ? そういう無能な人には退場してもらわないと?」


(暴れすぎるなよ? 火消しで私たちを呼ぶのは良いが、無駄な労力を使いたくない。大人な対応を望むよ)


「分かりました」


 小野はそう言うが、本田はため息を吐く。


(そちらの要望は通す。宝田には注意しろ。良いな?)


 そう言って、本田との通話は切れた。


「さっ、みんな、準備するわよ」


「相変わらず、機動力が早いですねぇ?」


 稲城は冷や汗を滲ませていた。


 夏目は早急に準備に取り掛かっていた。


「あなた、いい加減、スピードに慣れなさいよ?」


「それは・・・・・・」


「いいから、行くわよ」


 稲城にそう言うと、同人は「まだ、上からの命令がーー」と言うが、小野は「準備が先、命令を待つのは後!」と言い放った。


 時刻は午後10時過ぎ。


 大手町のISAT庁舎は出動態勢に入っていた。



 神奈川県警本部捜査一課の滝本洋一警部補は神奈川県警大船署の本宮紗枝巡査長と一緒にある家の前に立っていた。


 横浜の百貨店で立てこもり事件を起こした、マル被(容疑者の隠語)の田宮銀二の家の前だ。


 鎌倉市に属する大船という小さな町では東京から多くのマスコミが溢れて、マル被の母親が崩れ落ちる光景を見た。


「こんな小さな町で大騒動起きて、あの家族、大丈夫ですかね?」


 本宮がそう言うと「さぁなぁ? 俺らはあの家族の護衛だろう?」とだけ言った。


「こんな時にですけど、滝本主任、大船の出身らしいですね?」


「鎌倉と言わないだけ、お前は善良な人間。大体、本部と東京の連中に大船が鎌倉じゃないと訴えても、理解不能だ」


「でしょうねぇ? 大船署勤務になって、分かりますけど、結構、鎌倉市中心部とか、観光客からも観光地らしくない、しょぼい町と思われているのに対して、歯がゆい思いを抱いていますよ」


「おおよそ、その通りだよ。大船ってのはなぁ? 東京とか横浜に向かう、戦う企業戦士の生活を支える、良心的な町なんだよ。それをなぁ、鎌倉市中心部の絵とか詩とか、文学とかの不要不急という存在が大好きな連中はそういう商売、経済、行政という存在を大して金が無いくせに見下す。俺はそういう大して、世の中の役に立たない事で、マンセーする、文化人が嫌いだから、実用的で社会に無いと困る、警察官になった」


 確かに大船は住所的には鎌倉市の一部になっている。


 だが、実態としてはディズニーランドのようなテーマパーク化された、鎌倉市中心部とは違う。


 そしてそこに住む、文化人共は大船が闇市から発展した町というだけで、蔑み、東京などから来る、観光客も鎌倉というテーマパークの趣旨から、外れた、ただの田舎町とバカにする。


 そういう奴は一人ずつ、ぶん殴りたいというのが子どもの頃からの怒りだった。


 大船は東京や横浜で仕事をする人間においてはとても住みやすい、町なのだ。


 商店街の物価はいつまでも、爆安で、コンビニは多くあり、飯屋や居酒屋から整体に美容院まで揃っていて、工場まで誘致している。


 そして、深夜まで遊べる。


 メーカー系の企業に勤めている人間は大体が、大船という町の価値を理解している。


 それが理解出来ないのは経済を知らない奴だ。


 そして、何よりも大船駅は鉄道の要所で、ハブ駅なのだ。


 英語表記は分からないが、マンセーする連中の住む場所の最寄り駅の鎌倉駅はローカルステーションと言われているのに対して、大船駅はターミナルと言われている。


 どちらが実用的な場所かは一目瞭然のはずなのだ。


 滝本はそんな生活感に溢れた、地元を誇りに思っていた。


 だが、その誇りを鎌倉市中心部の世の中には不要な文化人共と実情を知らない、東京や他の地域から来た、人間は踏みにじる。


 差別というほどでは無いが、余程、バカにされる事に慣れ切った、従属体制の人間でなければ、耐えられない、屈辱だ。


「まぁ、大半の大船の人は割り切っていますけどねぇ? もしくは無関心かですけど? ちなみに聞くところによると、マル被は大船の古株の家庭出身で、父親はメーカー系のエリートサラリーマンで本人も大学出て、東京の会社で、働いているという、経済を小ばかにする不要な人たちからしたら、異端な存在でしょうね?」


「変な正義感があるからなぁ? 鎌倉の文化人とか市議会議員は? 奴らにとって、東京は冷たい街であってサラリーマンになると、そこに魂売ったとか言うんだよ? 文化人と市議会議員は。確か、弟は学生だろう?」


 滝本はそう言うが、本宮は「中には入れますかねぇ?」とだけ言った。


 滝本は気が付けば、本宮と共にマル被の家へと、入り、その弟である、哲郎と話をし始めた。


「母は錯乱を起こしているので、すみません。僕が応対します」


「えぇ、心中お察しいたします」


 そう相対した、哲郎は中々に整った顔立ちだった。


 こういう子はモテるだろうなぁ?


 もっとも、犯罪者の親族というのは厳しいものがあるが?


「一応、もう聞かれたことをもう一回、聞きますがーー」


「良いですよ」


「じゃあ、聞きますね。お兄さんがこんな大花火を打ち上げる理由って分かります?」


 それを聞いた、哲郎は「婚約者を地元の不良共に強姦された事を全国規模で晒すことが目的ですよ」とだけ言った。


 相当、ヘビーな事情だなぁ?


 だったら、警察に言えばいいじゃねぇかよ?


「事情を聞きましょうか?」


「兄が東京でバリバリ仕事していた時に出会った、職場の先輩と結婚を報告する夜のことですよ」


 哲郎は淡々と話していた。


「兄を小学校の時からイジメていた、不良どもが喧嘩の弱い、兄を袋叩きにして、義姉さんをワゴン車に詰めて、強姦。そして、義姉さんはそいつらの子どもを身ごもって、ショックで自殺。兄さんはその時に義姉さんを守れなかった事から、精神を病んで、気が付けば、秋葉原か新宿にある、キメラになれる、裏クリニックとかに行って、手術受けたとか、言っていましたけどね?」


 何で、こいつは平然としていられるんだ?


 こんな事態になっているのに?


 実の兄貴がたった今、犯罪行為を堂々と行っている中で、この冷静さは何なんだ?


 滝本は哲郎に対して、底知れない人間としての欠落を感じざるを得なかった。


「あなたはそれを知っていて、止めなかったのですか? 警察にも通報すれば、逮捕は可能だったはずですが?」


「別に? 興味ないもの? むしろ、エリートコースなんか歩いている親父と兄が転落して、滑稽だと思うぐらいですよ? それと後、その不良連中もまとめて、全国に晒し者になるのは良い見ものですね。普通の不同意性交じゃあ、よっぽど、マスコミが暇じゃあ無い限りは埋もれるし? そういう人の不幸って、笑えるんですよね?」


「・・・・・・」


「何? おかしいと思ってんの?」


 本宮も沈黙を保つが、滝本は「君はこの町が嫌いか?」とだけ聞いた。


「はぁ?」


「ちょっと、聞いてみたくてね? どうかな?」


 大して、意味は無かったが聞いてみたかった。


 すると、哲郎は少しばかり、黙る。


「僕はこの町しか知らなくて、誰も友達もいなければ、愛する人も出来なかったですからね? 兄は自分の力で幸せを得た。そういうのを疎むと言う点では、僕は不良どもと変わらないんじゃないですか? 一番はその不良どもは市議会議員の息子とその友達ですから? 古都だ、古都だと言って、大船をバカにして、商人や経済も敵視する元凶ですよ」


 滝本はタバコを吸いたい気分になったが堪えた。


「まるで、あなたが復讐を考えているように見えるよ」


「そうでしょうね? そういう鬱屈した精神を抱えている人はこの町にどのぐらい、いるかは知らないけど、もうほとんど、みんな、従属を選ぶんじゃないかな? だから、余計に壊したくなるよね?」


 俺の考えていることと同じか?


 だが、こいつらは犯罪に走ってしまった。


 健全な勤め人になった、俺とは根本的に違う。


 そして、こいつの兄である、マル被は決定的に間違えている。


 何故、婚約者を守らなかった。


 大事な人ならば、喧嘩が弱くても戦うのが筋だろう。


 そして、マル被は彼女が自殺した時に十分に寄り添ったのか?


 もし、強姦をされたと言う事実で、拒否感を示したとしたら?


 邪推ではあるが、そういう事は考えられる。


「とりあえず、その不良どもも豚箱にぶち込む、君の思い通りにはなるが、人生はそうは甘くないぞ?」


「さあねぇ? 仕事選ばなければ、ありつけるんじゃない?」


 それを聞いた後に滝本は席を外した。


 後ろに本宮が付いてくる。


「タバコあるか?」


 警察というストレスまみれの仕事において、タバコは重要な精神安定剤だ。


 だが、本宮は怪訝そうな顔をする。


「私、吸わないんですよね」


「胸糞悪りぃなぁ? 本部には報告するが、マスコミ通しちゃあ不味いよなぁ?」


 滝本はこれから、この小さな町に降りかかる大騒動を考えるだけでも、頭が痛かった。


 ましてや、自分の愛した地元なのだから?



 警視庁ISATの面々はトラックで、首都高で横浜へと急行していた。


 トラックから赤色灯の赤い光とヒステリックなサイレンの音が響く。


 恐らく、今の段階で生麦ジャンクションだから、すぐに着くだろう。


 そんな中で、車内で全小隊のブリーフィングが行われていた。


 この様子は各員のドライブと呼ばれる、スマートフォンとスマートウォッチを通して、行われる。


(海原巡査と岩月巡査は零点規制とアメリカ軍の新兵器の受領が済み次第、合流。井辺隊長によると、あの二人が狙撃手とスポッターで、百貨店のレストランの窓が見える、Kアリーナから遠距離狙撃を行う。米軍から借りたM110SASSを使い、通常の弾薬でまず、ガラスを割って、その後に新兵器をぶち込む。それでお陀仏という計算よ)


 狙撃地点のKアリーナは横浜みなとみらい地区にある、大規模な野外コンサート場だ。


 その頂上部分に待機して、狙撃するのは強風の影響や姿勢制御の関係で、生身で狙撃をするという点においては困難だが、ソルブスを着用すれば、難しくないという判断だろう。


 ただ、狙撃ライフルは米軍から借りるのか?


 軍用ライフルじゃないと、届かない距離からの狙撃ではあるが・・・・・・


 ナイツ・アーマーメント社製のゴリゴリの軍用ライフルじゃん?


 米軍から警視庁が借りたとなると、また騒がれるな?


 亜門がそう思ったのは知らないであろう、隊長である小野が画面越しにそう言うと、亜門は「それ、上手くいくんですか? かなり、都合の良い計算だけど?」と問いかけた。


(井辺隊長も頭が良いのに直感に頼ることに固執しているからね・・・・・・不安要素はあるけど、マル被もここまでの行動見る限りは衝動犯的な要素が強いから、勝算あるかもしれないけど、どう思う?)


「ちなみにその新兵器って何なんですか? 対キメラ用とか言っているけど?」


 津上がそう口をはさむ。


(キルコロナと呼ばれる代物らしいわ。キメラ限定でコロナウィルスを瞬間的に致死量に達する形で感染させて、ワクチンや飲み薬を使っても、肺炎で悶え苦しむという地獄のような兵器よ。キメラになった人間には人権は無いという世界のメッセージね)


「僕ら、世代的には知らないですけど、コロナウィルスとかを兵器に転用するのって、何か・・・・・・」


 そこでメシアは不敵な笑い声を上げる。


「中国がこのウィルスを広げた元凶で兵器化に及び腰なのを逆手にとって、アメリカは兵器への転用を進めたのさ? 先進的な軍隊は好奇心から、非人道的な兵器を作り出すのがお得意でね?」


「軍事大国の理屈か・・・・・・」


 出口が眉間にしわを寄せて、そう言う。


 立てこもり犯相手に射殺だけではなくて、そんなバイオ兵器まで投入して、殺すと言うのは各方面から非難が来そうなものだが、生物兵器であるキメラとなったマル被を捕まえるというのはとても困難であるというのが現状だ。


 人権派や左翼は世界中の警察機関の一貫した民間人を守る為にキメラを殺害するという措置を非難するが、単純に逮捕しても、手錠などでの拘束を驚異的な能力で解く可能性があるから、殺害という形の手段を取るのだ。


『それ以外に罪の無い民間人を救う方法があるというならば、示しなさいよ!』


 小野は年中、警察のキメラ対策を批判する報道を見る度にそう言い放つのだ。


 僕はその命令に従うだけの一兵卒の警察官。


 そう思っていると、オペレーターの浮田と中道の両巡査部長が(まもなく、金港ジャンクションK7出口に到達! 各員は臨場に備えよ!)と言い放った。


「着くぞぉ。楽しい、楽しい、百貨店前だ」


「今の時代はネット通販だよ」


 メシアと出口がそのようなやり取りをする中で、トラックから、警視庁ISAT第一小隊、第二小隊、第三小隊の面々が横浜駅西口のバスターミナル近くの一般市民には目の届かない、隠されたエリアへと下りる。


 現在、神奈川県警は横浜駅西口に大規模な対策室を置いている。


 周辺には野次馬が多くいるであろう中で、県警機動隊の警護の下、横浜駅西口のバスターミナルに中継車を停めて、対策室とやらを立てているそうだ。


 そのぐらいに現場の百貨店が駅と密接した作りになっているので、致し方ないのだが?


 もっとも、特殊部隊は周囲が目の届かない、絶妙な隠れ場所に待機するので、自分達は制服が微妙に違うと言う点を考慮しても、一般市民には機動隊員や地域課の警察官と大差ないように思われるかもしれない。


 マニアでなければ、自分たちと一般警察官との違いに気が付くのは不可能だとも、亜門には思えた。


 周囲の目が自分達を一般の警察官程度に思っているであろう、中で亜門は外の空気を吸っていた。


 秋の夜長ってね?


 上空では神奈川県警の警察用ヘリコプターである、川崎製のBK117C-2型のおおやまが旋回していて、奥では多くの報道ヘリが飛んでいた。


 そして、やじ馬が多くいる位置の近くではテレビ局各局や新聞社の報道陣がリポートを行なっていた。


 相変わらずだけど、僕らが動く事件って大ごとだよね?


 亜門がそう思う一方で小野は確かな歩調で、インテリ風の知的な眼鏡の男の下へと向かって行った。


「お初にお目にかかり、光栄です。警視庁ISATのーー」


「存じております。こうして、対面するのは初めてですが、作戦概要に移りましょう」


 そう言った、二人は中継車の中に消えた。


「あれが、キレ者隊長殿か?」


「うちの隊長とどっちが頭キレるかな?」


 隊員達がそう言うが、そこに神奈川県警ISATの面々が現れる。


「神奈川県警ISAT第一小隊長の御堂柚木警部補です。よろしく」


「警視庁ISAT第一小隊長の出口勝警部補です。初めまして」


 警視庁と神奈川県警は仲が悪いと言うのはよく、ドラマで言われる事だが、実際には管轄という管轄がパラレルワールド並みに違うということもあるが、捜査部門は別として、キャリア間では無いらしい。


 ましてや、ビと呼ばれる警備警察は全国一体が原則なので、そんなつまらない喧嘩をするのは上から、怒られるのがオチだ。


 対立に値する問題があるとすれば、多摩川で水死体が発見された場合にお互いが事件を扱うのが嫌だから、水死体を東京側と神奈川側に押し返すなどの小細工をする程度だ。


 だから、この出口と御堂のやり取りは決して、不自然ではない。


 これが不自然だと思う奴はドラマの見過ぎか、警察の実態を知らない人間だ。


 亜門はそう思いながら、二人の握手を眺めていると、隣にISAT特有の制服を来た、ショートカットの可愛い女の子がいた。


 年下かな・・・・・・


 彼女がいる身だけど、ちょっと心惹かれるな?


「一場亜門巡査ですね?」


「えっ・・・・・・えぇ?」


「神格教動乱と一連の事件から成る、血のクリスマス事件を学生ながら解決に導いた、警視庁の英雄に会えて、光栄です! 写真よろしいですか?」


 えぇ・・・・・・


 その英雄扱い嫌なんだよなぁ。


 特に大した才能無いのに、巻き込まれるだけ、巻き込まれて、最終的に大学を中退して、警察官になったのであって、自分は警察官としてはそれ程、有能ではないのだ。


 昔の事件で、そういう評価を受けるのは正直言って、嫌いだ。


「栗原有住巡査です。一場巡査の愛機である、メシアの簡易量産型のメシア・ストライカーを扱っているんです! 良ければ、お話をーー」


「栗原。お前が一場巡査のファンなのは分かるけど、一場巡査が英雄扱いを嫌うという話もあるぞ。ちょっと、落ち着け」


 そう言って、若い県警ISATの隊員が仲裁に入る。


「栗原さんだっけ?」


「はい、一場先輩!」


 先輩って・・・・・・


 僕、そういう風に追われる側の立場になるのは嫌なんだよね?


 亜門はそう思いながら、口を開いた。


「基本的に僕はソルブス扱えるだけで警察官としては何も出来ないんだよ。地域課でも怒られてばかりだったし、そういう評価はーー」


「でも、専門性を持っているんですよ! 大半の警察官が羨ましがる、専門性を! そして、自立志向型AI搭載型のソルブスを扱う事の出来るスキルに私は憧れを抱いているんです!」


「僕は英雄じゃないよ。それ以上は言わないけど」


「先輩・・・・・・あのーー」


 そう栗原が狼狽すると、若い隊員が「お前が無神経すぎるんだよ、申し訳ありません、一場巡査」と言って、謝罪して来た。


「まぁ・・・・・・ファンがいる分にはありがたいですけど、公務員ですからね?」


 そうして、気まずい時間が流れる。


「それより、マル被の状況は?」


「今、交渉を呼びかけているところですがね? 何か、婚約者が地元の不良どもに殺されたから、そいつらを呼び出して、同じ目に合わせるとか言っているらしいのですよ」


「それ、警察に言えば、逮捕できるじゃないですか? 頭、おかしいんじゃないですか?」


「まともな思考を持った奴が犯罪すると思うか?」


 メシアがそう口を開くと「あぁー! 生メシアだぁ!」と栗原がはしゃぎだす。


「お嬢さん、亜門はそういう憧れの目線で見られるのが嫌いという、器の小さな奴だが、俺で良ければ、武勇伝を話すぜ?」


「聞かせてください!」


「メシア・・・・・・栗原巡査が好みじゃないだろうね?」


「可愛い子じゃないか? Sっ気の強い、瑠奈と違う、タイプだ。お前は一途過ぎるからなぁ?」


「どうとでも言えよ」


 すると、その瞬間だった。


「何で!」


 小野の怒鳴り声が聞こえる。


「また、一波乱起きそうだよ、メシア」


「多分、上層部にいる守旧派が何か、文句言ったんだろうなぁ? あの二人はスタンドプレーが大好きな似た者同士だ。守旧派がまとめて、潰しにかかる可能性があるな?」


「事件が起きている時に味方同士でパワーゲームなんて・・・・・・それでも、警察官かよ?」


「そういうことする奴は警察官というよりはプロの官僚なんだよ。だから、人の命よりも政治を優先させる。そういう人種だ。無駄だよ」


 そう言って、亜門は「栗原巡査、今回は待機時間が長いから、話しをしないか?」とだけ言った。


「はい、ご教授お願い致します!」


 そう言って、栗原は天真爛漫を絵にかいた表情を浮かべる。


 嫌いではないけど、この子は苦手だな?


 今頃、瑠奈はどうしているだろうか?


 亜門は時計を見て、焦燥感を覚え始めていた。



「何なんです! その理屈は!」


 小野はリモート越しに神奈川県警本部長の宝田に怒りをぶつける。


(階級を考えろ、小野特務警視長。私が言っている事が分かるか?)


「分かりますが、理解はしません。狙撃で収めると言っていたのに突入をしろとはどういう事ですか!」


 井辺はひたすら、黙って、二人のやり取りを聞いている。


(前総理大臣の大須が神奈川県知事に苦言を呈したらしい。今すぐ、突入して、事件を終わらせろとな? ソルブスの装甲越しならば、毒物の影響は受けないとの判断だ)


「それは確証がありません。第一、犯人がブービートラップを仕掛けている可能性がーー」


(前総理まで関与している時点で、君らの独立的な権限は消え去ったよ。突入しろ!)


「分かりました。早急に突入の準備を進めます」


 井辺がそうあっさりと言い放つと小野は「井辺隊長!」と怒鳴りつける。


 しかし、井辺は小野を意味ありげな目で見つめる。


 小野は瞬間的に考えがあるのだと理解したが、宝田の高笑いが聞こえる。


(井辺君、今日は大人しいじゃないか?)


「前総理の指示とあれば、従わざるを得ないかと?」


(ということだ。突入を前提にプランを立ててくれ。小野隊長?)


「了解しました」


 宝田はにんまりと笑うと、通話を切った。


「あなた、何を考えているの?」


「政治家云々は問わず、本部長が突入を指示するのは予測済みです。それ相応のプランは考えてありますがーー」


 井辺のスマホに着信が入る。


「スマホ切っときなさいよ」


「失礼、井辺です・・・・・・滝本警部補ですか?」


 そう言って、井辺はスマホをスピーカーモードにする。


(あぁ、隊長? スピーカーにしています?)


「必要な措置です。話を続けてください」


(まぁ、それならば? マル被の地元の大船にいるんですけどね? 奴は不良どもに婚約者を犯されたから、連れてこいと言っているそうですね?)


「今、前総理の大須が県知事を通して、本部長に突入を前提とした作戦に変更しろと言ったのです。いい迷惑ですよ」


 滝本はそれを聞くと(ビンゴです。マル被の復讐対象は鎌倉市議の息子とそのお友達らしいそうで、しかも、自明党所属です)と言ってきた。


「鎌倉は国政では衆院においては野党の民人党が強い地域ですからね? そこで比例復活から、防衛政務官になった佐山は大須の勉強会に参加していて、大須は神奈川県連の元会長と来ている。自身の子飼いの議員を守る為と考えてもいいかもしれないですね? ましてや、ただでさえ、参院は浅岡貢という代議士が大きな力を持っていますが、野党の強い地域の貴重な議席ですから?」


(市議会議員ごときを守ります? 前総理が?)


「滝本警部補は政治を知らないわけではないと思いたいですがね。市議会議員は地元しか見ていないし、知らない、考えられない、偏狭で哀れな人間がなる職業ですが、国政選挙においては票の実働部隊になる存在だから、国会議員も無下には出来ないのですよ。ましてや子飼いの議員が比例復活のくせに政務官になるという、歪な状況ですからねぇ? そこの実働部隊にスキャンダルが生じるのはマズい。大須としては佐山を何としても受からせたいからこそ、そこまでするのではないでしょうかね?」


(大須って、そんなに情に厚い人間でしたっけ? どうせ、隊長の直感でしょう?)


 井辺は少しだけ笑った。


「私は直感を信じすぎる傾向がありますからね?」


(まぁ、お互い仕事しましょう? ところで、大船軒の弁当買いますが、鯵の押寿しとサンドイッチどっちがいいですか?)


「・・・・・・どちらも捨てがたい」


「両方ですね。あなたは大体、そう言います。それじゃあ」


 そう言って、滝本警部補の通話は切れた。


「誰?」


「本部の捜査一課の刑事さんですね? あなたの部隊で言うところの兵頭警部補のような存在です」


 個人的には腐れ縁である警視庁本部刑事部捜査一課の兵頭隆警部補の熊のような大柄な体型を思い出した、小野は気分が悪くなった。


「よくご存じね?」


 そう、井辺に言うが、同人は眼鏡を直すだけだった。


「・・・・・・話は聞いたけど、政治家にはありそうな話ね?」


「えぇ、ですが、隊員の命を軽視した、命令ですね?」


 小野が「どうでもいいけど、鯵の押寿しって、何?」とだけ聞いた。


「滝本警部補の地元の名物ですよ。全国区ではないが、こよなく美味い。そこの弁当屋のサンドイッチも捨てがたいが、それよりーー」


 井辺は不敵な笑みを浮かべる。


「突入は出来ますね?」


「あなた、何をするつもり?」


 小野は井辺が不敵な笑みを浮かべるのを見て、不安気な心境になった。



 銃声が広い、殺風景な射撃場に響く。


 海原は東京の大手町にある、ISAT庁舎の射撃訓練室で大石重工製の量産型ソルブスであるガーディアンサードを着た状態で、零点規制を行なっていた。


 そして、米軍から借りた上でソルブス用にアップデートされているナイツアーマーメント社製のM110SASSは状態が仕上がっていた。


 照準は合わさっている。


 もう、ここまででいいだろう。


 後は庶務の富永楓主任が横田に取りに向かっている、米軍の対キメラ兵器のキルコロナを貰い、横浜へ向かう。


 その後には狙撃体制に入って、延々と隣にいる、岩月と共に待機し続けて、チャンスを伺い、撃つ。


 そうすれば、家に帰って寝られるのだ。


「海原・・・・・・終わったなら、出ようぜ?」


 そう言った後に海原はM110SASSを片付け始め、ソルブスの装着を解いた。


「後は富永主任待ちか?」


 そう言って、岩月もソルブスの装着を解いて、スポーツドリンクを飲み始める。


「海原さぁ、唐突で悪いけどーー」


「何だよ? 答えられない奴聞いたら、射殺するよ?」


 岩月はそれを聞くと「うぅぅぅ! じゃあ、いいよ!」とだけ言った。


「いや、そこは聞けよ。逆にもやもやするじゃん?」


「・・・・・・海原、何で、長崎で高校生原爆平和大使やっていたの?」


「リアルに射殺しても良いような質問だよ」


「ごめん! 本当にごめん!」


 海原は岩月の慌てた様子を見ながら、スポーツドリンクを飲み始める。


「あの頃は本当に世界平和を願っていたんだよ。ただ、勉強は出来ても世界が複雑で、そんな簡単に争いが止まるならば、警察や軍隊が必要ないと言う事を理解出来なかった。そのくせ、人の役に立ちたいとか言って、警察官を志したけど、警視庁入ったら、冷遇されちゃってさ?」


「何で、警視庁が冷遇するんだよ? 平和を願うことがそんなに悪いのかよ?」


「高校生原爆平和大使を決める団体に社会主義を掲げる団体がいたからだよ」


 それを聞いた、岩月は沈黙を始める。


「主義主張を問わず、平和を訴える。聞こえは良いけど、それは警察と敵対する組織と人間たちも含めての理想的な正義だから、現実的な正義を訴える警察とは相容れない。その理想主義者が警視庁に入庁した上で敵対勢力と通じていたという発想を上はしたんだよ。試験は良かったから、入庁自体は出来たけど、警察学校時代から、教官に昇進出来ないと言われていたからね?」


「・・・・・・それ、ひどくないか?」


「それが現実よ。かと言って、田舎に帰るのは嫌だし、反体制派の弁護士に泣きついたら、本格的に警察の敵になるしね? そういうことを考えながら、三鷹署の地域課にいたら、ジンイチ(警務部人事第一課の略称。ヒトイチとも言う)の進藤係長がこの部隊に引っ張ってくれてね。昇進には程遠いけど、やりがいを感じる、死と隣り合わせの仕事が出来て、嬉しいと思うよ」


 ジンイチ所属のノンキャリアの出世株である進藤千奈美警部は警部補時代、公総(公安部総務課の通称。主に反政府組織の監視と犯行前の逮捕が守備範囲だが、上層部の指令によっては遊撃隊的な動きをする部署)の捜査官だった。


 しかし、神格教動乱時に現在は津上スバルの愛機である、レイザを奪い取るように装着したことと何かしら、上層部と揉めたことから畑違いの特殊部隊に飛ばされたという異色の経歴を辿る事となった人物だ。


 最後は大学の大先輩である私大卒のキャリア組の幹部とやらの配慮で、警視庁の品行方正な警察官しかなれないと言われる、警務部人事一課監察係に異動になったのは数年前の出来事だったそうだ。


 進藤は自分の穴を埋めるために監察係長になった、職権を使って、三鷹署で埋もれていた、自分をスカウトしたそうだ。


 理由は最後まで明かされなかったし、自分も聞く暇が無かった。


 それだけ、仕事に一生懸命だった。


 しかし、久々に生きている実感を得たのがISATでの勤務だった。


 昇進は出来ないが、そういう環境を与えてくれた、あの人には感謝しかないのだ。


 そう思っていたが、岩月に話して、理解できるだろうか?


 その岩月は依然として唖然とした表情を浮かべる。


「何? あんたが聞いてきたんでしょう?」


「いや、死と隣り合わせの仕事とか嫌じゃない?」


「別に? どれだけ長く生きたかじゃなくて、どれだけ自分らしく生きたかが大事だと、私は思うから?」


 岩月は頭を掻くと「海原は・・・・・・何か、格好良いよ」とだけ言った。


「言っとくけどさ? 岩月?」


「何だよ?」


「褒め殺ししても、あんたとはヤらないよ?」


 それを言うと、岩月は顔面を真っ赤にして「俺はそんなやましい事を考えていない! 第一、お前、一場が好きじゃん!」と言い出した。


 その瞬間に海原は激しい動揺を覚えていた。


 バレているの?


 恥ずかしさが込み上げてきた。


「はぁ? 何で、あんなモブキャラが好きなのよ? 私が?」


「いや、俺が聞きたいぐらいだよ」


 その瞬間だった。


 庶務の藤田美幸巡査部長がやって来た。


「二人共、すぐに装備を持って、横浜へ」


「富永主任は?」


「米軍製の兵器を軍人共と一緒に、横浜に運んでいる。ただ、気になることがあるのよ」


「何です?」


「現場が突入に動くらしいの」


 それを聞いた瞬間に海原の心を不安感が襲っていた。



 横浜の百貨店に繋がる、地下通路の中で亜門が警視庁ISAT第一小隊と第二小隊、第三小隊と神奈川県警ISATの同規模の各小隊が突入の準備を進めていた。


「政治家さんの言い分で狙撃作戦から突入作戦ですか? 毒物で広重分隊長が去勢されれば万々歳ですがね?」


 それを聞いた、出口や警視庁ISATの面々は笑いを堪えられなかった。


 分隊長の広重道則巡査部長は超が付くほどの女たらしで、年中、下ネタを話すので、部隊と庶務の女子からは不人気極まりない、人物だ。


 はっきり言って、男子からもその手腕を疑う人物である。


「・・・・・・そんなに俺が嫌いか?」


「はっきり言って、嫌です」


 亜門がそう言うと、津上も「同感です」と口を揃える。


「てめぇら! 俺に対する、リスペクト無しか!」


「何だ、何だ! 第一小隊の分隊長殿は人望ねぇのかよ!」


「広重分隊長! 死ぬ前に食いたい物あるぅ!」


 第二小隊と第三小隊の隊員から笑い声が漏れる。


「お前ら! 作戦終わったら、殺す!」


 そう、談笑をしていると、神奈川県警ISATの栗原巡査が「男子校の会話ですね?」と幻滅したと言わんばかりの表情を見せる。


「これが特殊部隊の現実だよ。栗原巡査」


 その時だった。


(総員! 準備は良いか!)


「クリア!」


「クリア!」


(隊長、よろしいですね?)


 副隊長の夏目がそう言うと、隊長の小野が(みんな、プロだからね? 心配は無いわ)とだけ言った。


 隊長のその一言を聞いたと同時に隊員が全員、百貨店のある方向を向いた。


「装着!」


 野太い声が響く中で、亜門と栗原の体に赤い閃光が走り、津上には青い閃光。


 他の隊員達は濃紺の光に包まれて、全員がソルブスを装備していた。


 亜門がメシア、津上がレイザ、栗原がメシア・ストライカーで、警視庁の多くがガーディアンサードを装着して、神奈川県警側がガーディアンセカンドを装備していた。


「メシア・ストライカーか? 外見は格好いいんだけどなぁ?」


「自立志向型AIを装備していないから、その分の意味を込めての簡易量産型なんですよ?」


 そう言う最中で亜門達は小野と井辺の指示を待つ。


(各員、突入準備が出来次第、対象への突入を開始せよ)


「ISATアルファワン了解」


「ISATブラボーワン了解」


「ISATチャーリーワン了解」


 そのように各小隊長が合図すると、小野が(作戦開始!)と号令をかける。


(作戦開始! 目標! 敵キメラの殲滅!)


 指示がオペレーターの中道と浮田から隊員達に伝わる。


 小隊各員は百貨店に通ずる、地下通路を飛行機能のホバリング状態にして、移動していた。


「クリア!」


「クリア!」


 神奈川県警ISATのガーディアンセカンドがヘケラー&コッホ社製のMP5を片手に周辺を警戒する。


(各員、突入準備はよろしいか?)


「了解、突入を開始する」


 そう言って、警視庁ISAT第一小隊の出口小隊長が百貨店内の内部を確認する。


「ブービートラップは仕掛けてありますかね?」


「それを防ぐためにホバリングを使いたいが、結構、機器が摩耗するからな? 地に足を付けて、行かざるを得ないな」


 出口と広重がそう言うと、広重が「結論は?」とだけ聞く。


「突入開始」


 そう言って、第一小隊の面々が百貨店内のデパ地下に入った。


 すると、出口が何かを踏みつけた。


「小隊長!」


 よく見てみると、それは水たまりだった。


「水たまり・・・・・・」


 何か、嫌な予感しかしないなぁ・・・・・・


 そう思った瞬間だった。


 出口の足が右足がいきなり燃え始めた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


「出口小隊長!」


「大丈夫ですか! 何があったんですか!」


 これがあのキノコ野郎のキメラが仕掛けた、ブービートラップなのか?


 だとしても、原因は何だ?


 亜門は知恵を働かせたが、出口の足が燃えているのは確かなことだった。


「亜門、フリーズガンを使用しろ!」


 メシアから一応、どのようなブービートラップがあるか分からないので、冷却銃、いわゆるフリーズガンを通常装備と並行して装備していたが、まさか、ここで役に立つとは?


 出口の右足に取りだした、フリーズガンを向けて、撃つ。


「うぅぅぅぅぅぅ!」


「出口小隊長の負傷癖が始まったよ・・・・・・」


 津上が頭を抱えて、そう言う。


 出口は優秀だが、毎回、負傷する癖があるのだ。


 しかし、毎回、殉職せずに帰還するので「不死身の出口」というあだ名でも呼ばれていた。


 だが、そんな出口の武勇伝はとにかく問題はこの水たまりに毒が入っているかどうかだな?


 見たところ、地下フロアの各地に水たまりがあった。


「隊長! ISATアクチュアル!(司令部の意) 小野隊長!」 


(ウェアラブルカメラ上の映像では見ているわ。一応、報告して)


「ブービートラップです! アルファワン、出口小隊長が右足を火傷する負傷を負いました!」


(フリーズガンを使用したそうね?)


「アルファスリー、一場が使いました。しかし、百貨店の各地に似たようなトラップが仕掛けられています」


(この調子だと、突入作戦はもう使えませんね?)


 井辺が冷静な声音を見せる。


(こういう時の為にドローンを使えれば・・・・・・まさかだと思うけど、井辺隊長?)


(はい?)


(こうなることを予期していたんじゃないの? そして、私たち、警視庁を身代わりにして、自身の作戦プランを承認させる為にーー)


(撤収を推奨します、海原巡査の狙撃に全てを賭けるべきだと?)


(あなたは大した戦略家よ。総員、撤収! 出口警部補も抱えて、戻って来て! 中道君! 浮田君! 消防に連絡!)


 確かにドローンで偵察が出来れば、防げたアクシデントかもしれないが、偵察用のドローンには手足は無い。


 故に毒物対策で閉じられた、百貨店の扉をこじ開ける事は不可能だ。


 神奈川県警のNBC(Nuclear Biological Chemical 核兵器、生物兵器、化学兵器の総称)テロ対策部隊を使うにも自ら、毒物の充満している建物の扉を開ける程に無茶なことはさせられない。


 自衛隊のNBC部隊まで投入される可能性があるな?


 もっとも、小野隊長がそれを飛び越して、米軍に装備のレンタルを頼んでいる事実があるが?


「一場巡査・・・・・・撤収しませんか?」


 栗原巡査の着る、メシア・ストライカーが駆け寄る。


 亜門は仲間が負傷した事と何もできないという無力感に苛まれていた。


「・・・・・・分かった」


 海原の狙撃を待つしかないか?


 しかし、懸念事項はある。


 海原は間に合うのか?


 秋だから、夜明けは遅いぞ?


 まさか、夜明けと同時に撃つのか?


 亜門はそれまでに犯人の交渉が持つかを不安に感じていた。


 時刻は午前二時一二分を超えようとしていた。


10


「はははははは! ざまぁ見やがれ!」


 銀二はタブレットで警察の特殊部隊員が負傷したというニュースを見て、ブービートラップを念の為に張っていた事が功を奏した事に狂喜した。


 あれはキメラになった効能として、自在に毒物を生成できる特殊能力を得たので、生石灰を事前に用意したのだ。


 生石灰は水と反応すると発熱をするので高温になると周りにある物に発火する可能性がある。


 それをソルブス装着時でも燃える程の熱さを伴う程に強度を上げて、連中が上層部とすったもんだをしているであろう、時間帯を狙って、事前に入り口付近にセッティングしたのだ。


 入り口付近にしかセッティングしなかったが、結果論として大打撃を与えたのは大成功だ。


 大体、あいつらは立て籠もり犯相手に時間を与える程に時間軸がノロマだ。


 一人対組織において、前者で有利な点は機動力の違いだ。


 僕が百貨店全体を乗っ取っているという事実と毒物を保有していることに尻込みして、会議という会議でお茶を濁している!


 さすがに物量で攻め込まれたら、僕も困るが、連中にそんな器量があるかな?


 奴らは恐らく、強硬手段には打って出られない。


 狙撃という作戦も考えられるが、奴らにはそんな度胸は無い。


 百貨店全体が自分の手中に収まっている中で、未だに交渉をするという愚行を起こしている時点で、連中は無能で慎重な官僚組織でしかない。


 笑いが止まらない、銀二は警察の交渉担当官に電話をかける。


「あいつらはまだなのか?」


 キメラ体になった状態の銀二はスマホのスピーカーモード越しに交渉担当の警察官の表情を思い浮かべると笑いが込み上げてきた。


(すまない・・・・・・)


「本格的に僕を舐めているようだな? 雑魚の市議会議員の息子やその友達たちをここまで、連れて行くことも出来ないなんてなぁ?」


(申し訳ない)


 それを聞いた、銀二は「あぁぁぁぁぁぁぁ!」と叫び始めた。


 特権意識か!


 田舎の市議会議員がそんなに偉いか!


 あいつらの息子達は勉強せずに、田舎で宙ぶらりんの生活をしているくせに!


 小学校の時に奴隷のような扱いを受けただけで、未だにそうだ!


 あいつらは常に僕を見下している!


 イジメを受けていたのは小学生時代の話なのに、いつまでも、支配者面して、僕が東京で幸せを掴もうとしたら、それを奪う!


 何の権利があるんだ!


 あんな田舎者どもに僕の大事な奈々さんは弄ばれて、自害した。


 こんなことが許されるのか?


 自分が東京で努力して、掴んだ、幸せを小学生の時にイジメられていたという理由で奪う。


 だから、田舎は嫌いなんだ!


 どんなに努力しても階級が固定化されているのだ。


 そこではどんなに努力しても、現状は変えられない。


 東京はそう考えれば、天国だった。


 頑張れば、頑張るほどに認められて、何を買ったかも地元の人間の噂話に上がることも無い、人に無関心な街。


 その中で奈々さんは自分に優しく、接してくれたのだ。


 気が付けば、奈々さんを好きになっていた、自分は交際を申し込んで、結婚までもうすぐだったんだ。


 それをあの、田舎のサルどもは・・・・・・


 僕がいけないんだ。


 奈々さんを田舎なんかに招待したのが!


 根本的にはそれが一番の原因だが、奴らが一番、悪い。


 だから、ただの不同意性交事件では市議会議員が手を回して、目立たない形になるが、ここまでの大花火を打ち上げて、全国にあいつらの名を知らしめる。


 このネット社会ならば、奴らの実名も簡単に公表され、市議会議員も追及されて、一生の重い十字架を背負うことになる。


 だが、まだ、来ない。


 何故だ?


 政治家だからなのか?


 だとしても、このまま、逃げることなどは許さない。


 銀二がそう思っていた時だった。


(田宮君? お腹が空かないかい?)


「あいにく、空腹時に頭が回るんでね? 大体、すでに僕はキメラだから、腹は減らない。そもそも論として突入の口実になるじゃないか?」


(しかし、君の身体も心配でね?)


 警察の常套手段だ。


 そうやって、交渉で信頼を勝ち取って、確保するのが狙いだ。


 だが、僕の目的は達せられていない。


 何もだ。


 まだ、何も果たせずに奴らへの復讐は終わっていない。


 奴らさえ、いなければ、彼女を失わずに僕もキメラになることは無かった。


 全ての代償を払わせる。


 だからこそ、全国に奴らを晒すのにふさわしい、動画やテレビで目立つであろう、この都会の高級レストランを選んだのだ。


 あいつらには生まれてきたことを公開するほどの重い十字架を背負わせる。


 そう思った、銀二はキメラ体になった体でネックレス状にした婚約指輪に触れる。


 奈々さん、必ず、成し遂げるよ。


「奴らを連れてこい! 僕はそうしないと退かないぞぉ!」


 時刻は午前二時三〇分。


 銀二が窓ガラスから見る、横浜の街には闇夜が広がっていた。



11


(あれはわざとか?)


 画面の向こうの宝田は苛立ちを顔に表していた。


「リサーチ不足ですね? 偵察を怠っていた事と不用意に突入指示をしなければ防げた事態です」


「貴様、上官批判か?」


 宝田がそう井辺を睨みつける中で、小野は忸怩たる思いで井辺を眺めていた。


 全てはこの男の計画通りか?


 確かに狙撃ならば、犠牲は最小限で済むが、それを達成する為の最小限の犠牲で私の大事な隊員が無駄に傷ついた。


 隊員の負傷という事案があれば、チキンどもの集まりの上層部が狙撃作戦に考えを傾けるのは理解できるが、自分の部下が負傷したという事実が、先ほどまで抱いていた、井辺に対する好印象を消し去っていた。


 そして、自分たちの手を汚さずに警視庁に全てを任せる。


 失敗したら、神奈川県警ISATの手柄として、自前のスナイパー部隊を出す。


 それが井辺の魂胆だ


「このままでは陸自の中央特殊武器防護隊(埼玉県の大宮駐屯地に拠点を置く、陸上自衛隊のNBCテロ対策部隊)が投入されますね? それは警察としては主導権を渡したくないから、避けたいと思われますが? 本部長、どうされます?」


 一瞬、井辺が笑うのを小野は見逃さなかった。


 こいつ、楽しんでやがる。


(再度、突入のプランを立てろ!)


「効率が悪すぎます。突入に拘るよりは残り時間帯的に夜明けの時間帯と同時に警視庁の海原巡査の狙撃で仕留める。無理に突入を行なって、犯人が自棄を起こすよりは安全です」


 宝田は井辺を睨み据える。


「米軍の新装備の調達に武器のレンタルまで頼んでいるんです。警察側がアメリカのメンツを潰す形になるのではないかと?」


(それは貴様らが勝手にやったことだろう!)


 井辺はため息を吐く。


(貴様ぁ! 何だ! その態度は!)


「本部長、東京の理屈を理解出来ないわけではないでしょう? 自身が手柄を挙げたいからと言って、ここまでのおぜん立てを無視すると、本格的に更迭されますよ?」


(黙れぇ! 階級を考えろ!)


 その時だった。


 本部長のデスクに電話が鳴り響く。


「お出にならないのですか?」


 宝田の表情が強張り始める。


(私です・・・・・・)


 宝田は青ざめた表情で(はい・・・・・・はい・・・・・・承知致しました)と力なく言わざるを得なかった。


 そして、受話器を静かに置く。


(NSSの久光局長が大須に狙撃による、マル被殲滅と報道統制を敷くことを提案したらしい。あいつは精神障害を持っていて、小学校時代にイジメられたという妄想を抱いて、その架空の恨みを晴らす為に善良な市議会議員の息子たちにテロ行為を働いた形にするとのことだよ)


 宝田も小野も井辺に対する怒りでどうにかなりそうなのは確かな事だった。


 その意味では嫌いだが、この本部長殿とは気が合うかもしれないな?


(狙撃で片付けるのか?)


「交渉を粘らせて、奴に真実を語らせない。奴が精神を病んでいるという筋書きは良いですね?」


(・・・・・・君たちに任せる。ただし、失敗した時は責任を取ってもらう)


「はっ!」


 そう言って、宝田の通信は途絶えた。


「あなた、許さないわよ?」


「あなたの根回しのおかげも功を奏して、狙撃のオペレーションを実行に移せそうですよ? 結果論として?」


「あなたは自分の部隊の隊員が負傷したとしたとしたら、どう思うの?」


 小野は井辺を怒りのままに睨みつけた。


「出口小隊長も保険には入っているでしょう?」


「何なの? その言い方!」


 小野がそう言って、井辺に平手打ちをしようとすると、稲城が小野の手を取って、抑えた。


「この場でこんな奴に手を挙げたら、全ての主導権が持っていかれます!」


 それもこいつは計算に入れているのか?


 そう考えれば、井辺の人の感情という感情を利用し尽くす、その手法には共感は出来ないが、指揮官としては大きな武器だ。


 潜在的に心理学の活用に長けているのだ。


 直感しか信じないと、井辺が言っていたのは人の心を読んで、操作が出来るからか?


 それならば、人生が相当面白いだろうな?


 小野は脳内で皮肉を呟くしかなかった。


「とりあえず、大須は押さえました。後はあなたたちに任せます」


 すると、そこに庶務の土井巡査部長がやって来た。


「隊長、海原巡査と岩月巡査に富永主任や藤田巡査長が到着したそうです」


「後で、正式に抗議させてもらいます」


「証拠はありますかね? サッチョウや霞が関も貴方ばかりを見ていると思わないことが賢明ですよ」


 この場が不穏な空気に包まれる中で、土井は四人を呼び寄せる為にその場を辞去する。


「魔都の死神。その実力が見られるのは感無量ですね?」


「悠長なことを言っていられないけど?」


「私はね、感じる事があるんですよ?」


「つまらない事を言ったら、ひっぱたく」


「・・・・・・結局はただの感情に任せた犯罪であるのに、我々のような準軍事組織が出張るこの環境。この国は時代と共に殺伐とした空気になると思いませんか?」


「哲学ね? つまらない」


 そう言う、小野は時計の時間を眺める。


 まだ、夜明けは先か?


「ひっぱたかないのですか?」


 いちいち、腹が立つ男だ。


「時間が無い」


(現在、横浜で起きている、キメラによる立てこもり事件は警察側と犯人側との間で睨み合いが続き、膠着状態を迎えております! 現場では多くのーー)


 現場にある小さなテレビでは国営放送の記者が横浜の現場の様子をリポートしている様子が流れていた。


「民放は深夜番組を流していますね? 昭和ぐらいだったら、特番の一つは流すと思いますけど、もう、時代は令和ですからね? 立て籠り程度の犯罪で番組表を崩したくないという現れですね?」


 井辺は外の様子とテレビで流れている様子を交互に見ながら、そう言う。


 テレビはこんな調子だが、実態としてはマスコミも騒ぎ始めている。


 早くに事件を終結させないと、前総理にとっては都合の悪い展開になるのは確実だ。


 個人的にはそういう展開は見たいが、警察官としてはそれを阻止しなければならない。


 SISも限界に近いまで、交渉で粘っている。


 あと、もう少しだけ、何とか持たせてくれないだろうか?


 小野は手に汗が滲む感覚を覚えていた。


 上空はおおやまと報道のヘリでごった返し、事件現場近くの規制線の外では、やじ馬と国営放送と民放キー局各局の取材班に新聞、週刊誌のマスコミ各社、各紙が事件の様子をリポートしていた。


 失敗は許されないか?


 これだけの具合だと?


 小野は気分転換にネクタイを直さざるを得なかった。


12


 海原と岩月横浜駅西口の規制線内の目立たない区域で藤田の付き添いがある中、目の前にいる、富永と米軍関係者の説明を聞いていた。


 ここにいる、全員が英語は出来る為、説明は通訳不要だった。


「これが、対キメラ兵器のキルコロナを弾薬に詰め込んだ物です」


 その対キメラ兵器が詰められた弾薬は何の変哲も無い、7.62ミリメートルNATO弾その物であり、特に変わった兵器であるという印象は覚えなかった。


「付与するのはこの一発です。コロナウィルスを兵器化する性質上、あまり、他国に弾発を与えたくないというのが、我々の見解です」


「一発だけ・・・・・・」


 海原は拳を握りしめていた。


 そこに小野と神奈川県警ISATの井辺隊長がやって来る。


「作戦通りで行くわよ。まず、Kアリーナで狙撃地点を確保後に百貨店のレストランの窓ガラスに狙いを定める。次に通常の弾発でガラスを割る。これは防弾じゃないから簡単にできる。そして、そこからーー」


「マル被を撃つ」


 海原は静かに言い放った。


「簡単な事のように思える。あなたが魔都の死神と称される程の実力を持っているから、私は大丈夫だと思っている。でも、プレッシャーを与えるわけではないけどーー」


「失敗は許されないという事ですね?」


 そう言った、海原と小野は苦笑いを浮かべるが、井辺は無表情でその他は困惑の表情を浮かべていた。


「狙撃のタイミングはあなたに任せる。ただし、交渉はそんなに持たないわよ?」


「ライフルは整備できています。準備が出来次第、狙撃体制に入って、待機。そして、タイミングが整い次第、撃ちます」


 海原は手元にある、スマートウォッチに指をかける。


「岩月、スポッターのあんたも寝られないよ?」


「お前が特A級のスナイパーである一端を見た気がするよ」


 岩月は不安を表情に露わにしていた。


「あなたたちに神のご加護を」


 米軍関係者がそう言うと、海原は「私、仏教徒なんですよね?」とだけ言った。


 米軍関係者は苦笑いを浮かべていた。


 二人は狙撃地点へと前にスマートウォッチに触れた後に中継車の中へ入った。


「装着!」


 二人がそう叫ぶと、濃紺の閃光が走り、海原と岩月はガーディアンサードを着た。


 そして、二人は外に出た。


 その後に、海原はソルブス用に強化された、M110SASSを担ぎ、ソルブス特有の飛行機能で上空を飛行した。


 同時にマスコミにバレない為に警視庁ISAT最大のスポンサーの一つである、アメリカ最大の軍需産業大手のレインズ社が試験用に寄こしてきた、最新鋭ギリースーツ(主に狙撃手やハンターが身を隠す為に着る、迷彩服の一種)を着込んでいた。


 これは市街地戦闘用に敵から身を隠せるように着用するだけで目視では透明になれると言う画期的な代物だが、暗視ゴーグルを使うと一発でバレるというのが欠点なので、実証実験先として、アメリカ軍では無くて、日本の警視庁が選ばれたという次第だ。


 要するに体の良い実験体だが、ローンオフェンダーの立て籠り犯相手には残虐過ぎるほどに効果的な装備だ。


 二人はそれを羽織って、飛行しながら、狙撃地点のKアリーナへと向かって行った。


 時刻は午前三時二〇分。


 夜明けまではまだ、時間がある。


13


 まだなのか?


 一向に僕の要求が通されない。


 警察は僕を舐めているのか?


 銀二はスマートフォンを取り出した。


 そして、スピーカーモードにする。


 通話のコール音すらも苛立つ心境に銀二は陥っていた。


 気が付けば、もう、朝で夜明けが近い。


 このまま、長期戦で行くと、さすがに分が悪い。


 突入という手段はブービートラップを撒いているから、難しいだろうが、警察はどうするつもりだろうか?


 まさか、狙撃?


 そんな強硬手段を警察が行える度胸があるだろうか?


 しかし、奴らに残された、選択肢はそれしかない。


 確かにキメラになった人物を殺すという事の正統性の是非は世論を二分する問題だが、仮に自分が殺されると考えると、銀二は複雑な心境になった。


 結果的に自分が死んだら、奴らが苦しむところが見られないじゃないか?


 奴らが泣いて謝り、それを足蹴にして、世界中の晒し者になるところが見たい。


 それを見れば、残りの一生を刑務所で終えて、死刑になっても構わないのだが・・・・・・


 それすらも叶わないとなると、話は別だ。


 だが、それは無いはずだ?


 無能で臆病な官僚組織の集合体にそんな事が出来るわけがない。


 銀二が焦燥感を募らせる中でコール音が鳴り響く。


 何で、交渉担当官は出ないんだ。


 苛立ちを覚えた、その瞬間に銀二は外を見た。


 気が付けば、夜明けを迎えていた。


 その時だった。


 大きな銃声が聞こえると同時にレストランの窓ガラスが大破した。


 そして、高層ビルにあるレストランには大きな風が舞う。


 狙撃だ・・・・・・


 あいつら!


 僕を殺すつもりだ!


 そう思った、銀二は外に背を向けて、逃げ出そうとした。


 しかし、二発目の銃声が鳴り響くと、銀二は背中を撃たれた。


「あぁぁぁぁぁ!」


 痛い!


 痛い!


 銃弾で撃たれるという初めての経験を覚えた、銀二だが、苦しみはここからだった。


 喉の痛みを覚えたかと思えば、すぐに発熱を起こし、肺炎の症状が極端に異常な程に現れて、悶え苦しむことになった。


「何だこれぇぇぇぇ! 嫌だ! 何で、こんな目に! 僕は・・・・・・僕はただ! ただ、幸せになりたかっただけなのに!」


 そう言い続けている中でも、発熱と肺炎の症状と咳は収まらず、銀二は地獄と言うべき苦しみに悶え苦しみ続けていた。


 死ぬのか?


 僕は?


 銀二はそう思い至ると「嫌だぁぁぁぁぁ!」と叫ぶしかなかった。


 時刻は午前四時五〇分。


 一人の犯罪者に刻々と死という存在が近寄り、作戦が終わりを迎えようとしていた。


14


 おおやまに乗り込んでいる観測班の映す、マル被のキメラがキルコロナを撃たれて、悶え苦しむ姿を見て、サッチョウの面々はようやく事態が終わったという感覚を覚えた。


「ひとまず、事件は解決だな?」


 サッチョウ警備局長の木村がそう言うと、刑事局長は「まだ、死んでいませんよ?」とだけ言った。


「極めて、グロテスクな兵器だが、報道統制は出来ているのだろうな?」


 サッチョウナンバーツーの諸星次長がそう言うと、長官官房官房長の松谷が「すでにマスコミ各社には手を打っています。精神疾患を持った犯人が市議会議員の息子たちに小学生の時にイジメられたという妄想を抱いて、一方的な犯行をしたという筋書きではありますが? キメラ化した為に警察は射殺に動いたという筋書きも用意しています」と未明から早朝にかけての時間帯だというのに毅然とした口調で答えた。


「一部の人権派と左翼は騒ぐだろうがな? だが、あの町は当面、騒がしくなるだろうな?」


「鎌倉市の事ですか?」


「あの、大船とかいう町だよ。あそこは別にどうなってもいい。鎌倉という町の評判を東京にいる我々としては落としたくないのだよ?」


 跡部がため息を吐く。


「寺に行って、茶を飲むという贅沢な空間を守る為ならば、一人の犯罪者の命などは喜んで捨てるというのがあの町に夢中になる、東京にいる人間の心境だ。我々が事態を大きくして、鎌倉を出禁になるのは我慢ならん」


 跡部のその一言を聞いた、面々からは笑い声が漏れた。


「小京都と呼ばれているぐらいですからね? 寺と茶を飲める空間が東京都民にとってはあそこの存在価値であって、そのような贅沢な時間帯を守る為ならば、多少の人権侵害を許容するというのが、マル被には理解出来なかったようですね?」


「あそこの市議会議員自体はどうでもいいが、大須総理のご意向があるからなぁ? 東京にいる、我々に茶を安くしてくれるならば、犯罪者の命一つなどはあの町に差し出すよ」


 そう言った後に跡部は「小野隊長の報告を待つよ」とだけ言って、笑みをこぼした。


 ここにいる面々にマル被の人間性などを考慮する者はいなかった。


 それでいい。


 あのマル被の復讐心に対する返答としては、鎌倉という観光都市を渦巻く、政治的スキルと東京の寺と茶を味わいたいという欲望が重なった結果として、奴は精神異常者として処理される。


 結果論として、この事件はその他大勢の忘れ去られる事件として処理されるのだ。


 後始末が面倒くさいが、それが現実だ。


 跡部は事件が終わった後に家族で鎌倉観光に行こうと思ったが、それはほとぼりが冷めてからだろうなと自分に自重心を働かせた。


 時刻は午前五時一三分。


 復讐者という名の犯罪者が鎌倉とそれに結託した、大組織に敗北を喫した瞬間でもあった。


15


 事件は十二月になった段階で大きく報じられることは無くなった。


 ただ、単純に精神疾患を持った犯人が市議会議員の家族に一方的な妄想を抱いて、事件を起こして、その彼女が自殺したのも市議会議員家族とその友人とは無関係。


 マル被の父親と母親は徹底抗戦の構えを見せたが、最終的には村八分になって、あの一家は小さな町でどうなるかは分からないという状況だった。


 ネットニュースでそのような経過を見ていた、海原千世は一場亜門、津上スバルに岩月大輔の面々と東京メトロ丸の内線の大手町駅から同線の銀座で日比谷線に乗り換える形で六本木を目指して、地下鉄に乗っていた。


 ふと、スマートフォンを見ると、加奈からの着信が異常なほどに多数、来ていた。


 そんなに田舎に戻って欲しいか?


 とりあえず、無視することにした。


「結局、事件こうなったね?」


 海原は加奈に対する態度とは打って変わって、亜門にそう問いかける。


「誰も何も言わないか・・・・・・隊長は井辺に出し抜かれて、機嫌が悪いし?」


「あの人は相当極悪だよね? 頭が良いんだろうけど?」


 海原も思わず、亜門に同意する。


 あんな男に付いていく隊員たちの心境とは何なのだろうか?

 

 聞いてみたら「俺らからしたら、警視庁の小野隊長も同じ人ですよ」という回答が返ってきたが、あまり理解は出来ない話だった。


 情があるというのか?


 あの井辺に?


 小野も無茶苦茶な命令をしたり、非情な側面はあるが・・・・・・


 それでも、部下を犠牲にした作戦なんか・・・・・・


 結果的には警視庁ISATの面々と神奈川県警ISATの隊員間同士では困難を共有した結束のようなものは育まれたが、小野と井辺の両隊長の間にはしこりが残る形となった。


「前々から、思っていた疑問に答えてくれるかな? メシア?」


「俺に応えられればな?」


 メシアがスマートウォッチ上でそう言うが、日比谷線の車内では誰も気に留めなかった。


 それだけ、東京という街は人に無関心なのだ。


「古都って言われる町って、京都とか鎌倉にしても、マスコミでは悪い側面を報じないのが、凄く、気持ち悪いんだけど? 何で?」


「京都において言えることは食通を気取る、東京都民が異常に地元以上に京都を持ち上げて、京都府民の洛内と呼ばれる地域にいる富裕層はそれに対して得意気で増長をするそうだ。マスコミに至ってはネタに困れば、古都特集を組むが、寺や町に都合の悪い、報じ方なんかしたら、特集は組めないし、茶店や寺、ひいては町の取材許可が下りにくくなる。総合的に言えば、東京の利益が掛かっているんだよ。古都と呼ばれる場所は大体、東京側のそういう足元を見ているという現実もある。故に政治的に強かなんだよ。事なかれ主義の東京のマスコミも弱い存在だがな?」


「町はキレイだけど、人が卑しくて子汚い姑息な人間たちが支配者気取りなのが古都の嫌な側面だと、僕は思うよ」


 亜門が苦々しい顔つきになる。


「鎌倉も小京都と呼ばれているがな? 俺の浅い知識で言えば、その論理が通るだろう。そこに正義感などは無いよ。マル被は正義感で復讐が成されると思っただろうが、そういう、ドロドロとした寝技の世界で生きられない、感情的な奴だったというだけだ。俺達には関係無い」


 亜門と海原の間で沈黙が走る。


「政治はこれだから、嫌なんだ」


「だから、俺たちは最前線で特殊部隊員をやっている。腐敗した政治屋を相手にするよりも目の前の犯罪者どもと戦うのが正義と信じているからな?」


 そういう、亜門はふっと笑う。


 海原は胸が高鳴る感覚を覚えた。


「だろうね? 僕はそういう世界観が嫌いだから、一兵卒でいるんだろうな?」


「そんな高等な話は良いが? 瑠奈はどうしている?」


 今日は非番の日でこの四人の面々が六本木でビリヤードをする日なのだが、そこに亜門の彼女の久光瑠奈が合流すると言うのだ。


 隊員の面々も電車で向かいながら、それぞれ、思い思いの時間を過ごしている。


 自分はたまたま、亜門の隣に座っただけ。


(間もなく、六本木、六本木。ご乗車有難うございます)


 都営地下鉄のアナウンスが聞こえた後にドアが開いて、第一小隊の面々は六本木へと降りる。


「さぁて、一場の彼女がどれだけの美人か見ものだなぁ?」


「女医さんで凄い、べっぴんさんだろう? 何科?」


「まだ、研修医だよ」


 そのような会話を亜門と津上に岩月が行っていた。


 ちなみに今回は分隊長の広重は呼んでいない。


 亜門の彼女を口説く真似をしたら、四人総出でぼこぼこにするつもりだからだ。


「お~い!」


 声のする方向へと無くとポニーテールの目鼻顔立ちの整った、堀の深い、目の大きな女が手を振っていた。


「マジでべっぴんさんじゃん!」


「よく分かるね? あんな遠いのに?」


「スタイルもマジで良いなぁ・・・・・・」


 そして、亜門の彼女である、久光瑠奈はゆっくりとこちらに歩いてくる。


「よう! 若い衆ども!」


「瑠奈、失礼だよ。初対面なんだから?」


 津上と岩月が瑠奈の美貌に面を食らっている中で「初めまして! 津上スバルと申します!」や「岩月大輔です!」とぐいぐいと瑠奈に近づいてくる、エテコウ二人がそこにいた。


「どうも、亜門君の彼女の久光瑠奈です」


 明らかに二人に対する牽制でそう言っていた。


「えぇと・・・・・・」


「下心丸見えだよ、お巡りさん? 楽しくビリヤードはするけど、私、亜門君以外とはヤらないよ? 亜門君、凄いもの?」


 そう言った瞬間に津上と岩月が唖然としていた。


 亜門君・・・・・・凄いの?


 大きさ?


 それとも技術が?


 体力とか・・・・・・


 海原も動揺をしていると、瑠奈が近づいてきて「それと一言」と言ってきた。


「はい?」


「渡さないよ?」


「はぁ?」


 もしかして、私の考えていることが見透かされている?


 海原は思わず、瑠奈を睨み据えてしまった。


「瑠奈、みんなと仲良く」


「そう? この子・・・・・・癪に障るな?」


 瑠奈がそう言うと、亜門は「ごめん、みんな! 瑠奈は悪気があるわけじゃあないから! 非常識だけど!」と必死でフォローする。


「何か・・・・・・お前が大変なのがよく分かったわ?」


「同感。というか凄いリスペクトに値する」


 津上と岩月は亜門に対する同情を始めていた。


 だが、海原は自分の感情を見透かした、瑠奈を許す気にはなれなかった。


 何、この女?


 こんな女に亜門君はご執心なの?


 そう思った、海原は居ても立っても居られなかった。


「久光さん?」


「なぁにぃ?」


 意を決して、海原は言い放った。


「ビリヤードで勝負しませんか?」


「ふふっ?」


 瑠奈は自身の髪に手を当てる。


「初対面でグイグイと来るけど、いいよ? 何を賭ける?」


 彼女は笑っていた。


 その余裕めいた表情に対して海原は余計に腹が立ってしょうがなかった。


 終わり。








 ご拝読、ありがとうございました。


 次回作は春か夏に投稿したいですが、個人的に夏までダラダラしたい気分があるので、分からずですが、活動報告は続けるので、次回作の構想を練っていきたいと思います。


 今年が皆様や私にとっても良い一年になりますように!

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