第41話 ユーディス
月経秤が崩壊を始めたのは、宙の天球を発射したときだった。
すでに幾度もの爆発で月経秤はボロボロになっていたのだろう。そこに発射時の衝撃が加わったことで完全に崩壊を開始し、そのままガラガラと崩れて行く。
四つに分かれたタームの狭間から黄金色の光が溢れ出したのは、そのときだった。
その光は徐々に光量を増すと、崩れ落ちて行く月経秤を包み込んでいく。やがて眩い光輝をまとったそれは上空へと浮上する。月経秤を呑み込むように黄金色に輝く球体が姿を現し、紫色の闇を切り裂くように『帝冠クラウン』全体を照らし出していく。
「おお、あれが我が故郷――ユーディスの姿か!」
呟いたのは地上にいた一体のダースロウだった。今や『帝冠クラウン』中のダースロウがそれぞれのタームの縁に集まり、上空へと昇ってくるユーディスの姿を眺めている。
「別れのときだ。さあ、我らの故郷へと還ろう――」
どこかのダースロウがそう呟いたときだった。すべての黒装束がユーディスと同じ光りをまといだし、確かにそこに存在していたはずの肉体を光へと変化させていく。
やがて光りとなったダースロウは吸い込まれるようにユーディスに吸収されていくと、一体、また一体と黒装束ごと姿を消していった。
突如として地上を照らし出した輝きに、『帝冠クラウン』に住まうすべての住民が外に出て、あるいは窓から上空を眺めて初めて見る輝きに目を奪われる。ターム全体に光りの塊と化したダースロウが次々とユーディスに吸収されていく様子に、住民たちはただただ立ち尽くして眺めているだけだった。
すべてのダースロウを吸収すると、光りの塊、もといユーディスはさらに上昇を始めた。
ユーディスはそのまま上空にまで登っていくと、やがて緩やかなスピードで大気圏を超え、眩しい点となって『帝冠クラウン』を永遠に去って行った。
地上にはエネルギー源を失った空っぽの入れ物――『帝冠クラウン』だけが残された。
◇
次々とユーディスに吸収されて姿を消していくダースロウたちを横目に、ジルは空に打ち上げられた宙の天球を見て、一人絶句していた。
「アライン、ユウちゃん……っ」
事前の話で、宙の天球が打ち上げられることイコールユウも一緒に宇宙に飛ばされると聞いていたジルは、今目の前で繰り広げられている光景を見て愕然とする。
「……そうだ、アラインは! アラインはどうしたんだ!?」
ジルは周りの仲間たちに聞きながら自分たちのリーダーのことを聞いた。しかし仲間たちはみな首をかしげるばかりで、語れそうな者は誰もいない。
「まさか、違うよな……?」
ジルは嫌な予感を覚えると、上空へと消えていく宙の天球を見ながら呟いた。想像したくはなかったが、もしかしてアラインはユウと一緒に――
「いや、まだわからない」
ジルは首を振ると、仲間たちを置いて一人飛び出した。
行き先は月経秤があった場所。ジルはすぐ目の前に広がる奈落を目指して走ると、縁ギリギリのところまで来て、そこで足を止めた。
ジルは土に立って真下を見る。そこには断崖絶壁と闇が広がっているだけで、その先はなにも見えない。まさに深淵そのものだった。
下から吹き上げてくる風にジルは思わず足踏みする。しかしジルはどうにか踏ん張ると、どこかにいるかもしれない仲間の姿を探して周囲一帯を見渡した。
だが当然見当たらなかった。今目の前にあるのはそこに見えない空っぽの穴だけで、そこに人の気配はまったくなかった。
「ジル、どうする?」
しばらくジルが沈黙していると、背後から他の仲間たちがやってきて今後の動向を聞いた。ジルは後ろ髪を引かれる思いで仲間たちに振り返る。
「……作戦は終了だ。みんな『セシリア』に戻ってアラインの帰りを待つぞ」
その場にいる全員に伝えたあと、ジルは先陣を切って『セシリア』へと帰って行く。
そのとき上空で爆発が起きた。何事かと一同はそちらを見る。
視線の先では、空に打ち上げられていた宙の天球の一つが爆発して花火のような火花を散らしていた。その光景に仲間たちも目を奪われ、呆然と空を見上げる。
(いや、この間だって戻ってきたんだ。心配になるほどボロボロだったけど……帰ってきた。だから今回だって、きっと――)
未だに爆発している空を見ながら、ジルは空に向かって一人呟く。
「戻ってくるんだよな、アライン……?」
自分たちの住処へ戻る途中、ジルは最後にもう一度だけ空を見上げた。
見上げながらもしものときを思って考える。もしアラインたちが帰って来なかったら、仲間たちに今度はどんな言い訳をしようかと。そして一つ思いつく。
アラインはまた旅に出るから、帰りは遅くなりそうだ――と。




