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第38話 叛逆

 ユウが目を覚ましたのは、遠くから響く爆音と地響きに揺られたときだった。次いで部屋が暗いことと、自分が拘束具で身動きが取れない状態になっていることに気づく。


「あれ……? 私、いつの間に眠って……」


 覚えのない場所と状況にユウは記憶を探る。確かスチュワードに支度があると言われて歩き出したところまでは覚えている。しかしそれ以降の記憶がなかった。

 それは初めて月経秤を抜け出したときの感覚に似ていた。フラフラと廊下を歩いていたら、いつの間にか外に出ていて、途中の記憶が飛んでいたときのような。

 いつぞやのことを思い出しながら、ユウは拘束具が外れないか身動ぎして見る。しかし視界が暗い中で自分の状態を確かめることもできなければ、自由の身になることもできなかった。拘束具はしっかりとユウを固定しており、少しも緩む気配がない。


 そんな中でも確認できたことは、この部屋の外から響く爆音と地響きだった。それも尋常じゃないほど頻繁に起こっており、どんどんこちらに近づいているように感じる。

 一瞬ユウは、このままでは外の騒動に巻き込まれるかもしれないと思ったが、その想像は即座に消えた。なぜなら自分は幸運体質で、今までどんな不運も遠ざけてきたからだ。ゆえに自分の身に危険が迫っているという考えは消え、その点では冷静でいられた。


 とはいったものの、外で起きている騒動が気にならないわけではなかった。そして今自分が置かれている状況もだ。自分は幸運体質にもかかわらず、なぜ拘束されているのかがわからない。いつもであればそもそもこんな状況に置かれることもないのだ。

 にもかかわらず、自分は今何者かに捕まっていて、身動きが取れない状態にある。それに途中から記憶が途絶えているため、ここが月経秤の中なのかどうかも怪しかった。

 とにかく助けを呼ばなければ。そう思い声を出しかけたときだった。


「っ……」


 救いを求めようとして、誰の名を呼べばいいのかわからず口を閉ざす。当然のことながらアラインはもういない。岸壁地帯で自ら別れを告げたのだから。

 ではスチュワードを呼ぶべきか。それも憚られた。

 アラインたちの街を破壊し、大勢の人を巻き込んで殺し、アラインを瀕死にまで追い詰めた相手を、もう心の底からは信頼できなくなっていたからだ。

 ユウの幼いころの記憶には、ユウが寂しいときや泣いてしまったときに、いつも傍に寄り添ってくれた優しい執事の面影がある。それは確かに本当の記憶だった。だが今はそれを塗り潰すほど残虐で恐ろしいもう一つの影が、ユウの思い出を真っ黒に染めていく。


「ど……してなの……?」


 己の中で変わった価値観に、自分の信頼を自ら損なわせた唯一の肉親に、ユウは込み合上げてくる涙を止めることもできずに弱々しく漏らす。


「どう、して……あんな酷いことを、するようになっちゃったの?」


 孤独なときに優しく頭を撫でてくれた思い出や、わがままを言って肩車をしてくれたときの追想がユウの脳裏を過ぎる。暖かかった時間が悲しんでいる心に染み渡る。

 その一方で火の海を闊歩する恐ろしい姿や、アラインの腹を貫いた瞬間のゾッとする記憶が、それらを覆うように思い起こされた。


「私、もう……どっちを信じていいかわからないよ、スチュワード……」


 今さらながら、どうしてこんなことになってしまったのだろうという思いがユウの中に生まれた。いったいなにがスチュワードを変貌させてしまったのだろうかと惟みる。

 いろいろ可能性を考えた。自分がわがままを言い過ぎたから。怒らせてしまったから。誰かがスチュワードをそそのかしたから。だがどれもしっくりこない。

 そんな中で、この状況を生み出した一番当て嵌まりそうなことが一つだけあった。

 ユウが月経秤から抜け出してしまったから。


「あ……そ、か」


 今までの可能性の中で、一番違和感のない答えにユウはハッとして顔を上げた。その拍子に瞼に溜まっていた涙が零れ、一筋の水滴がユウの顔を流れる。


「全部、私のせいだったんだ――」


 ようやく納得できる答えに辿り着くと、ユウはこれまでの悲劇を思い出す。それはアラインの街のことは当然のこと、不幸地帯で起きた出来事も含めて回顧する。


「そもそも私が月経秤から出なければ、全部起こらなかったことだったんだ……」

(そうすればスチュワードもあんな暴走はしなかった。誰かの命が奪われることも、周りの人たちが苦しむことも、アラインたちが悲しい思いをする必要もなかったのに――)


 どんどん爆音が近づいてくる。地響きもさっきよりも強くなり、振動が伝わってくる。程なくしてここも火の海に呑まれるかもしれない。

 それでもユウは、きっと傷一つ負わず無事で、絶対に助かるのだろう。

 裏を返せばそれは、誰にもユウを裁くことができないということであり、つまりはたとえそれがユウの望んでいることであったとしても、叶えられない願いということだ。


「――殺、して……――」


 それは無意識の呟きであり、心の解放を求めた結果に出た言葉だった。


「殺、してよ……誰か私を消して……っ」


 だが二度目の独言は違うものだった。それは願望に変わり、一種の希望となる。


「私が原因であんな悲劇が起きるなら……もう私、生きていたくない。月経秤の中にいれば誰も傷つかないかな、いつまでもずっとその中にいるから……っ」


 誰もいない暗闇に向かって静かに願う。気づけば爆発もすぐそこで起こっており、地響きで拘束具がわずかに締め付けてきた。そんな中で自戒の念を込めて叫ぶ。


「もうなにも望まないから――私を普通の女の子にしてよおぉ!」


 破壊音と同時に室内が光りで満たされたのはそのときだった。それまで重苦しい暗闇に包まれていた空間を、眩いオレンジの閃光が照らし出す。

 次いで凄まじい爆発と熱風がユウの前髪を揺らした。いきなり差し込んできた光りにユウは反射的に目を瞑ると、全身に吹きつける熱風に顔を逸らした。それも束の間、ユウはすぐに状況の確認のために顔を前に戻し、そして目を見開く。

 通常の人間よりも一回り以上巨大な化け物が、破壊した隔壁の前に佇んでいた。

 その姿は逆光によりちゃんと見えない。長い間暗闇の中にいて強い光りに慣れていなかったユウの目は、すぐには相手の全貌を捉えることはできなかった。

 そんなユウの心境など関係なく、その巨体はユウに向かって一直線に歩き始めた。見たこともない化け物を前にユウは、怯えるよりも先に安心感や解放感を覚える。


(誰だろう? 人……じゃない。いや、なんでもいいや。だってこれで――)

(やっと私を終わらせてくれそうな状況になったから)


 どれほど待ち侘びていたか知れない、アラインと旅の途中何度望んだかもしれない状況に、ユウは安堵の息を吐く。ああ、もう自分のせいで傷つく人を見なくて済むと。

 怪け物はユウを目で捕えると、確かな足取りでこちらへと歩いてくる。そこには確固たる意思があり、一つの衝動に突き動かされていることがわかった。

 ユウは目を瞑る。なぜこの事態になったのかはわからない。確かなのは、今目の前にいる相手が自分の運命を変えてくれる存在だということ。それだけで十分だった。


(――さあ、早く私を解放して)


 ようやく訪れた安寧の瞬間に、ユウは思わず胸中で望んだ。その間に怪け物はユウの前に辿り着くと、禍々しい両手を伸ばして、拘束具ごとユウの体を掴む。


(もう誰も傷つかない、私の休むことができる場所に連れてって――)


 すべてが終わる前に、どうにか心中で全部の願いを述べ終わった瞬間だった。

 化け物はユウの体を掴んだ手に力を入れると、拘束具を引き千切ってユウを解放した。


「――え」


 思っていたものとは別の形での解放に、ユウは戸惑いを覚えた。それから目の前の怪け物の姿を見る。それは悲しいほど醜くて、見る者を震え上がらせる恐ろしい姿だった。

 なのにその瞳は優しげで慈しみの心が窺える。その目は発狂と恐怖と嫌悪に満ちていて今にも暴れ出しそうな色をしていたが、強い意志でそれらを抑えていることがわかった。

 名前も知らない化け物。当然ユウには助けられる覚えはない。しかしユウはすぐに、どうしてこの化け物が自分を助けたのか知ることとなる。そのきっかけは化け物の首元。

 どこかで見覚えのあるペンデュラムが、化け物の首にかけられていた。

 途端にユウはその化け物の正体に気づくと、恐る恐るその名を口にする。


「もし、かして……アラ、イン……? ……アライン、なの――」


 問いかけるユウ。だが返事はなかった。代わりに「グルル」と喉を震わす音が聞こえる。

 そのときユウは悟った。答えないのではなく喋れないのだと。ここまで大きく変貌してしまっては口や舌や口内の形も変わり、人語を話せなくなっても仕方ないと。

 もう一つ気づいたことがある。それは自分の着ている服のことだ。

 いつの間にか普段着とは違う、別の服に着替えさせられている。暗闇の中ではわからなかったが、光源が生まれた今なら自分の服装を確認することができた。

 ユウが今来ているのは特徴的な巫女服だった。それもユウのサイズには合っておらず、少し大きめである。当然、誰が着せたのかはわからない。


 ユウが思考できたのはそこまでだった。

 次にユウが瞬きをした瞬間、アラインの後方から迫ったスチュワードが、跳躍しながらこちら側へと向かってきた。そして仕掛けていたワイヤーに触れた直後、爆発が起こる。

 途端にユウの視界は爆炎に包まれると、アラインはユウを抱えてその場を離れた。

 それでも爆発からは逃げきれず、アラインは咄嗟にユウを庇うように抱き締める。すると爆発が思ったより近かったのだろう、アラインを通して爆撃がユウにも伝わった。

 その際、炎がアラインの背を軽く焼いたのだろうか。首にかけられていたペンデュラムの紐はあっという間に燃え切れると、ペンデュラムは床に落ちて粉々に砕け散った。それはペンデュラムがオーバーヒートしてすでに限界を超えていたことを示唆していた。


 しかしアラインは構わずユウを庇うことに専念した。それから翼をはためかせると爆炎から逃れるようにその場で宙がえりをし、元の出入り口に戻る。

 この部屋に留まることはスチュワードに追い詰められたことを指しており、八方塞がりになりかねなかった。アラインはすぐに部屋の外へと避難する。当然出入り口である破壊した隔壁のところに強力なワイヤートラップを何重にも仕掛けることも忘れずに。

 先程までユウといた部屋で爆発が起きたのはすぐのことだった。わざと多く仕掛けたワイヤートラップに引っかかり、スチュワードは大爆発に巻き込まれる。出入口がそこしかなかったこともあり、それは必然的なことであった。


 アラインはユウを爆発から遠ざけることも含めて、スチュワードがいるだろう爆炎から距離を取る。そして待つこと数秒後、燃え上がる炎の中から執事の影が浮かび上がる。

 現れたのは、強力な爆発によりところどころ破壊されたスチュワードだった。余程の威力だったのか、その体は今まで見たこともないほどボロボロであり、全身に細かなひびが入っている。それでも動いて敵意を向けてくるのだから信じられない。

 だがこれはチャンスだった。見たところスチュワードは今までにないくらい肢体を破壊されており、覚束ない足取りから活動限界が近いことが窺える。

 と思ったのも束の間。スチュワードは胸を開くと多幸を吸い込む動作をする。あれをされたら再び傷が塞がり、どうにかしてここまで与えたダメージも帳消しになってしまう。


 アラインはすぐにユウを床に下ろした。それから跳躍してスチュワードに渾身のタックルを食らわせる。だがスチュワードもまったく警戒していなかったわけではなかった。スチュワードはすぐに回復動作をやめると、突っ込んできたアラインを迎え撃つ。

 その戦いは、もはや常人にはなにが起こっているのかわからない戦闘だった。

 双方がぶつかり合ったかと思えば周囲で爆発が起き、殴り合いの肉弾戦になったかと思えばバタフライ効果による影響で思わぬ事故が発生して戦いが中断され、必ずどちらかにダメージが入るという、まったく予測不能な戦いぶりだった。


 加えてアラインの『(ホルス)』を使った『流気(ルーク)』の先読みや因果の糸を使った攻撃法、スチュワードのコードと筋肉質の肉塊を伸ばす攻撃と言い、常軌を逸した戦闘ぶりに、ただの女の子であるユウが付け入る隙などなかった。ユウにできたことは、アラインの戦いの邪魔にならぬよう、安全な場所に避難することだった。

 だが各地で断続的に謎の爆発が起こっている中、安全な場所など限られていた。まずユウは全体を見渡し、今自分がいる場所がどういったところなのかを把握する。

 そこは月経秤の中とは思えぬ、なにかの研究施設のような場所だった。周囲には機器類が置かれており、ユウが入っていたのと同じ球状の部屋が乱立していた。


 取り敢えずユウは、アラインとスチュワードから一番離れた球状の部屋を目指して避難する。そこで背中を向けたのがいけなかった。

 それまでアラインと戦っていたスチュワードは、ユウが移動を開始したのを見ると、アラインとの戦闘を中断してユウの下へとすっ飛んで行った。

 これにはアラインも意表を突かれた。まさか自分を目の敵にしていたスチュワードが、今まで守ってきたユウにターゲットを変えて動くなどとは思わなかったからだ。

 そして当然ユウもそんなことはちっとも考えていなかった。

まさか自分に従順なスチュワードが、自分に飛びかかるやそのまま首を締め上げ、球状の部屋の一つに思いっきり投げつけるとは。


「ヴオオオォ!」


 ユウと叫ぼうとしてアラインは咆哮を上げる。もはや人語を喋れなかったアラインは野太い雄叫びを上げることしかできなかった。それでもすぐにユウのもとへと馳せ参じる。

 一方で部屋に投げつけられたユウは床に倒れると、いきなり首を絞められたことで咳き込んでいた。その間にスチュワードはユウとの距離を詰めて近づいてくる。


「スチュ、ワード……ゲホッ。どうし、て……」


 喉の調子を整えながら顔を上げると、ザンッと音を立てながらなにかが目の前で通り過ぎていった。次いで下半身に違和感を覚えると、ユウは自分の体を見下ろす。

 両足が切断され、くるぶしから下が床に転がっていた。

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