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第32話 通過儀礼

 奇妙な感覚があった。体の中をまさぐられるような感覚だ。そしてなにやら周囲でコソコソと怪しくささやき合う声が聞えてくる。

 不気味な会話と不快な感覚、そして腹の中を弄くり回されて耐えきれない激痛に、夢の中にいたアラインは強引に現実世界へと呼び戻された。


「……! 目を覚ましたか、忌み子よ」


 眉尻に力が入ってなかなか開かない目を強引に開けると、そこには黒衣の衣装を着た複数人の者たちがアラインを取り囲んでいた。アラインはすぐにその正体に気づく。


「ダース……ロウ? いったい、なにをして……?」

「喋るな。下手に動くと傷口がまた開いてしまう」


 言われずとも激痛で動けなかったアラインは、怪しみながらも身動きが取れなかった。

 やがて作業が終わったのか、アラインの腹の上でなにかをしていたダースロウの一人が払うような仕草をし、ピンと張った糸を長く伸びた爪で切る。


「治療は終わった。臓腑もすべて元の位置に戻した。あとは自然治癒力で治るだろう」


 ダースロウが言い終わると、腹の辺りにピンと張るような違和感を覚えた。アラインはまだ痛む体で身動ぎすると、顔だけを自分の腹に向ける。先刻スチュワードに開けられた腹の穴が塞がれており、内臓も腹の中に詰め直されていた。腹の表面には縫った痕と思われる痕跡があり、ダースロウが治療してくれたことが窺える。

 スチュワードに捥がれた片腕もきちんとくっつけられていた。今はまだ動かすことはできないが、アラインの治癒能力をもってすれば、数日のうちに細胞がくっついて元のように動かせるようになるだろう。

 しかし呪印の方は治っていなかった。こちらの方はセーフポイントに沿って移動しないと戻らないので、現状ではどうしようもできない。


「ど、して……? 俺を、助ける?」


 助けられる義理などなかったアラインは、ダースロウたちの謎の行動を目の当たりにして困惑した。するとダースロウはその理由を淡々と語る。


「他の仲間が言ったはずだ。『(こう)神巫(いちこ)』を連れて逃げるように、と」

「お前はその約束を果たせなかった。だからこうして我々が馳せ参じたのだ」


 一挙に話し出すダースロウに、アラインはなぜ彼らが自分を助けたのか納得した。同時に、約束を果たせなかったこの敗者に、なぜ労りをくれるのか不思議だった。


「まだわからない……俺はユウを守り切れなかったんだぞ。そんな俺にどうして慈悲をかける。俺はもうお役御免なはずだが?」

「いや、まだ方法は一つだけある。我々はそれをお前に託しに来た」


 どうやらダースロウにはまだ秘策があるようだ。で、それをアラインにやってもらいたいと……。だがアラインはダースロウから顔を逸らした。


「今の俺には無理だ。他の誰かに頼んでくれ」

「なにをそんなに打ちひしがれている。いつもの負けん気はどうした」


 いつにも増して献身的になってくれるダースロウたち。その様子に不気味なものを覚えるアラインだったが、打ちひしがれている理由も今となっては過ぎたことだし、別に話してもいいかと思いアラインは喋ることにした。


「自分の無力さを痛感した」

「無力、とは?」

「……」


 どう説明したものかとアラインは一瞬思考する。だが考えてみれば、別にそう複雑な話ではないことを悟ると、アラインはあったことをそのまま話すことにした。


「今の幸福地帯に当たる場所で昔、運気を左右するアクセサリーを売ってたんだ。でも数年たって訪れてみたら、俺のやったことが原因で街一つがめちゃくちゃな状態になってた。それだけの話だよ。ほんと、しょうもない話だ……」


 話すと少しだけ気分が楽になった気がした。例えその相手がダースロウであっても、今のアラインに愚痴を吐き出す行為は必要なことだったのだ。


「どうやらお前は、重大な勘違いをしているようだな」


 胸をすくような清々しさに身を任せていると、ダースロウが茶々を入れてきた。せっかく人が開き直って良い気になっているところを邪魔されるとアラインは睨んだ。


「勘違い? は、そうだよ。俺は勘違いをしてたんだ。人の因果を操って幸不幸の平均値を上手く操作しようだなんて、出過ぎた真似をしたのさ」

「違う、そうではない。やはりお前は根本的なところで間違っている」

「どういうことだ」

「……幸福と快楽は別物。体にいい薬が必ずしも甘くなく、苦いのと同じ。幸運な状況下に置かれているからといって、それが本人が幸せと感じる環境であるとは限らない」


 どこかで聞いたことのある話に、思わずアラインは黙り込む。しばらく考えているとユウのことを思い出した。具体的には、その幸福体質のことだ。

 確かユウは幸運体質にもかかわらず、その脳力が発揮されたときは泣いていることの方が多かったように思えた。次いで不幸地帯と幸福地帯にいた者たちを思い出す。

 みなそれぞれ苦しい状況にいたにもかかわらず、幸福そうな顔をしていた。不幸地帯の移民は自分たちに都合よく駒がいることを喜んでいたし、幸福地帯に住民たちは幸福ゲージが減るのを恐れて不幸の渦中にいた。


「……本人にとっての幸せや不幸は、本人が決めるしかなかないってことか?」


 導き出される答えにアラインは歯噛みして聞き返す。だがその意見を呑むわけにはいかなかった。なぜならそれでは、あの者と同じ意見になってしまうからだ。


「お前たちと同じことを言ってた奴を、一人知ってる」


 アラインは明確な不快感を覚えながらフロードの顔を思い出す。


「でもそれじゃダメなんだ。その考え方は、確かに幸せになるためには必要かもしれない。けど、必ず悪用しようとする奴が現れる。それがフロードという人間なんだ」


 恐らくダースロウは一個人のことになど興味がなく、フロードという名前も聞き覚えがないだろう。それでもよかった。今伝えたかったのは、なぜその考え方がダメかということを明確にすることの方が重要だったからだ。


「人の願いや希望を利用しては、自分の懐を肥やし、利用価値がなくなったら自己責任論で切り捨てて新たな傀儡を探し出す……そんな奴らにはなりたくないから、俺は独自で本当に人が幸せになれる方法を探したんだ! だから俺はお前たちの意見を認めない。認めるわけにはいかないんだよ!」


 まだ傷が回復し切っていないことも忘れて、アラインは痛みの中叫んだ。だがそれでもダースロウは身動ぎ一つせず、ただただ感情の読めない仮面をこちらに向けて問う。


「ではどうする。それとも、お前が続けていた方法が正しかったというのか?」

「あれは……失敗だった。まだ若すぎて、間違いに気づけなかっただけだ」

「ククク……あくまで資料不足だったと、失敗という経験が足りなかったということにすることか。だがそれはなんの言い訳にもならないぞ。今回はダメだったが、次回はその反省を生かして必ず成功して見せるなどという詐術は、無能な政治家がよく使う手口だ。それではお前の嫌う実業家と畑が違うだけで、やっていることはなんら変わらんぞ。それでもお前は自分がやっていることは正しいと言えるのか?」

「でも……やってみなけりゃわからねーっていうのは本当じゃねぇか! じゃあ他にどうすればいい!? どうすれば正解に近づくことができる!?」


 体が痛むことも構わずアラインは起き上がると、ダースロウたちに叫んだ。しかしダースロウなにも答えない。まるで沈黙こそがすべての答えであるかのように。

 そのかわりに、ダースロウは本件とは全く関係のないことを口走った。


「お前という奴は、とことん死んだ母親に似ているな」


 突然母のことを出されると、アラインは初めてダースロウの方に振り返った。


「お前の母もそうであった。皮剥ぎの儀式を拒んで、もっと平和的な方法で呪いを解く方法を模索していた」

「母は哀れなダースロウであった。皮剥ぎの儀式を拒み、人間である父と駆け落ちしたことでユーディスから見放された。その後父との交配でお前を出産したことで、ダースロウ本来の能力が低下し、因果を見ることができず不幸に遭って死亡したのだ」

「我らの儀式を拒んだ結果があのざまだから、救いようが――」


 話している途中、そのダースロウの首に因果の糸が巻きついた。言うまでもなく伸ばしたのはアラインだ。その目は明確な怒りと殺意で燃えている。


「黙れ。今俺の親のことは関係ない。それ以上喋ったら首を飛ばすぞ」


 冗談ではなくアラインは本気で相手を脅す。しかしダースロウは驚きや怯えを見せるどころか、不気味に「ククク」と笑うと、実に愉快そうな声を上げるだけだ。

 その様子を見て、アラインは心の底からこの連中とはわかり合えないことを悟った。おかしな話だ。同じ血が流れているはずなのに、どうしてここまで違うものなのか。それとも自分の母親が例外なだけだったのか。

いや、今はそんなことはどうでもいい。それよりも、だ。


「まだユウを助ける方法はあるって言ったな。それを教えろ」

「あの供物を助ける? 本気でそうするつもりか。生きている人間でもないのに」


 ダースロウの冷たい言い草にアラインは不快感を覚える。しかしその前に引っかかった言葉があった。アラインはダースロウを鋭く睨むと、もう一度聞き返す。


「今なんて言った? 供物だって? どういうことだ!」


 怒鳴るとアラインはダースロウに詰め寄った。一方ダースロウは淡々と説明する。


「『(こう)神巫(いちこ)』は聖儀祭最終日、宙の天球に詰め込まれて打ち上げられる供物だ。そしてそれこそが『(こう)神巫(いちこ)』としての役割であり、辿るべき運命だ」

「それ……どういうことだよ!?」


 衝撃の事実にアラインは動転すると、ハッとして空を見上げる。そして今なお『帝冠クラウン』を宇宙空間から瞬く数奇で照らし続けるいくつかの宙の天球を見た。


「まさか……あの宙の天球の一つ一つに!?」

「お前の想像通りだ。あの娘より以前の『(こう)神巫(いちこ)』が詰め込まれ、これまでも打ち上げられ――聖儀祭最終日にもろとも爆発させられている」


 淡々と告げるダースロウにアラインは絶句した。まさかユウの辿る運命がそんな過酷なものだったとは思わず、ショックで言葉に詰まる。

 だがそれはあまりの衝撃に硬直しただけに過ぎない。気持ちは変わらなかった。それどころかより強固なものとなって、ユウを助けたいという思いが強くなる。

 列車で帰りたくないと言って涙を浮かべ、不幸地帯でできた友人が死んで嘆き悲しんでいたユウ。それでもダースロウはユウを生きていない人形だと切り捨てるのか。


「そんなのは許さない。そんなの正しいはずがない」


 アラインはダースロウの首から糸を離すと冷静になって告げた。ダースロウは頷く。


「いいだろう。だがその前に、お前には我々の習わしを見る義務がある」

「習わしだって?」

 これまた怪しげな要望にアラインは眉をひそめる。するとダースロウは言った。


「安心しろ。あくまでもお前には、我々という一族がこれまでどのように暮らし、生きてきたか、その一部を見てもらうだけだ。お前も一人のダースロウとしてな」

「だが約束しろ。例えどんなものを見ても、決して邪魔立てしないと」

「それが、お前に唯一の方法を教えるための条件だ。どうだ、呑めるか?」


 初手から胡散臭い条件が提示されたが、アラインには頷く以外の選択がなかった。


「よかろう。では着いて来い。お前に我々という種族の習わしを見せる」

 返事をするとダースロウたちは一斉に背中を向け、歩き出した。着いて来いと言うことなのだろう。アラインは痛む体を無理やり持ち上げると、ダースロウたちを追いかけた。

「なあ、なんで俺がその習わしとやらを見る必要があるんだ? 邪魔立てするなというなら、わざわざ見せる必要もないじゃないか」


 背中を追う途中、アラインは彼らに疑問を投げかけた。すぐに答えが返ってくる。


「その『(こう)神巫(いちこ)』を奪還する方法が、我らのしきたりを破るものだからだ。だからお前にはその前に、我らの生きざまを見てもらいたい。我らの矜持のために」


 噛み締めるようにダースロウは語った。その意味がアラインにはよくわからなかったが、どうやら彼らなりのプライドがあるらしい。なんにしても見るだけで済むというのなら、つべこべ言わずアラインはそれに従うことにした。

 やがて辿り着いたのは岸壁地帯の開けた空間だった。すでにもう始まっているのか、灯されたいくつもの炎と、なにやら不気味な喚き声のようなものが聞こえてくる。

 ダースロウたちが炎の方に向かうので、アラインもそちらについて行った。距離が縮まるにつれて炎の中になにやら影が見えてくる。


 最初こそそれがなにかわからないアラインだったが、近距離に近づいてその正体がわかると、アラインは恐怖とともに狂信めいた不気味さを覚える。

炎の中では、磔にされた人物が、叫び声を上げながら燃やされていた。

 それも一つどころではない。まるで魔法陣でも描くように火刑にかけられた者が並べられており、炎の上がっていないところでは、ダースロウたちに取り囲まれた者が糸で手足を拘束され、皮膚を剥がされてこれまた絶叫を上げていた。

 あまりに残忍な光景を前に、アラインは思わず声を上げる。


「な、なんだ、これは……! いったいなにが起きてるんだ!?」

「皮剥ぎの儀式――我らダースロウに課せられた呪いを解くための通過儀礼だ」


 アラインが青い顔で呆然としていると、一人のダースロウが答えた。

 皮剥ぎの儀式――何度か聞いた覚えはあるが、まさかここまでカルトめいたことをやっているとは思わず、アラインは目の前の光景に絶句する。

 それと同時に、なぜ彼らが常に怪しげな仮面を被り、黒装束から覗く皮膚がダルダルなのかを悟る。こんな処刑めいたことをやっていれば、皮膚も酷い状態になりとても人に見せられたものでは無くなって当然だ。だから彼らは常に皮膚を隠しているのだと。

 さらに不気味なのは、これから皮剥ぎの儀式を行うと思われる肌の綺麗なダースロウたちが、今か今かと自分の順番を待つように列に並んでいることだった。


 皮剥ぎの儀式をする前のダースロウは人間の姿と大差なかった。少し肌の色が違うだけで、背格好や全体像は人間と言われても間違われてしまうだろう。

 これから処刑めいたことをされるというのに、その目は期待に満ちて輝いている。止めるどころか早く自分も同じ目に遭いたいと、期待の眼差しを送っていた。

 アラインはもはや見ていられず目を背けた。これ以上この光景を見ていたら、自分の中の常識まで狂わされてしまいそうで、悪寒が走ったのだ。

 だがなによりも恐ろしかったのは、自分の中に流れる血だった。

 意識レベルではなんて狂ったカルト集団なんだと思う一方で、自分の中に流れるダースロウの血が、その情景を見て喜びを覚えていることだった。

 自分の中に刻まれた忌まわしきDNAが、あの炎の中に飛び込みたがっている。それか手足を拘束され、強引に皮膚を剥かれるのを待ち侘びている。


「皮剥ぎの儀式を行っていないお前からしたら、血が疼く光景であろう。頭では意識していても体は反応しているはずだ。そして自分にかけられた呪いを忌むはず。あの汚らわしき鱗と触手――徐々に自分ではないなにかに代わろうとする恐怖が――」

「やめろ!」


 通過儀礼に参加したいという欲求と獣化する悍ましさに板挟みになったアラインは頭を抱えて拒絶した。自我が憧れと恐怖の間で揺れ動かされると、頭がどうにかなりそうで発狂しそうになる。そんなアラインの様子を、ダースロウは楽しげに見ていた。


「拒むことも、恐れを抱かぬ必要もない。それがお前の中に流れている血だ。受け入れろ」

「うるさい! 俺は……確かにダースロウの血が流れてるが……半分は人間だ! 俺は人間として生きて行くことを決めたんだ。こんなものに屈してたまるか!」


 アラインは自分の中で疼く快楽を吹き飛ばすように叫ぶ。それはアラインに残された人間の血筋の部分が強調された瞬間だった。

 そんなアラインの様子をダースロウは止めるでも受け入れるでもなく、ただ傍観した。


「お前がどちらの道を選ぼうとも我々には関係ないことだ、好きにするといい。どの道お前は忌み子。例え通過儀礼を受けたとしても、最後に待っているのは安息な死だ。むしろ皮剥ぎの儀式を受けさせた上で殺してやるのが、我らにとっての慈悲と言ってもよい。体は穢れていても魂はダースロウと同じなのだと認めてやれるのだからな」

「そんな情け……俺には必要、ない!」


 自分の中で流れる血が通過儀礼を見て喜んでいるのが嫌で、アラインはわざと腹の傷口を力強く掴んだ。途端に脳内は痛みだけに支配され、疎ましい憧れを掻き消してくれる。

 そしてアラインは痛みに叫んだ。次いで本能的な痛覚に溺れる。心まで皮剥ぎの儀式に魅せられた今、痛覚だけが自分を人間だとたらしめた。


「さあ、お前たちの習わしはもう見たぞ。今度はお前たちが俺に教える番だ!」


 どうにか精神を人間側に留めると、アラインはその間にダースロウに聞いた。

 ダースロウは答える前に一度、アラインと目を合わせる。その仮面の奥から覗く瞳をアラインの瞳と克ち合わせると、揺るぎない思いを受けてダースロウは頷いた。


「いいだろう。やり方は教える。だがやるかどうか判断するのはお前次第だ」

「どういう意味だ?」


 意味深な言葉にアラインは眉を寄せる。ダースロウは端的に答えた。


「お前に獣化に耐えうる精神があるかどうか、ということだ」


 獣化と聞いいた瞬間、アラインは思わず「は?」と声を漏らす。なにを言われているのかわからないという顔でしばし呆けた。だが次第にダースロウの言っている意味を理解すると、その提案のあまりの恐ろしさにアラインは吐き気を覚え、体をくの字に曲げた。

 耐えられたのはそこまでだった。思わず想像してしまったのだ、獣化した自分を。

 次の瞬間にはアラインは心底身震いし、動悸が早くなった。それは皮剥ぎの儀式を見たとき以上に負の感情が強まり、恐ろしさで泣き出しそうになるほどだった。


「アライン、お前の通過儀礼は終わった。あとはお前次第だ」


 アラインが酸欠になるほど荒い呼吸をしていると、ダースロウは横目で今なお行われている皮剥ぎの儀式の様子を見た。なぜ彼が横目で確認したのかわからずアラインは聞く。


「通過……儀礼だって!? あの悍ましい儀式とどう関係がある!?」

「単純なことだ。この儀式に堪えられぬほど脆い精神なら、獣化などもっての外。儀式を見せたのもこのため。そしてこれが我々がお前に与える最初で最後の関門だ。あとは自由に選ぶと言い。さあ、どうする? お前の精神は獣化に耐えられるか?」


 究極の選択を迫られアラインは卒倒しそうになった。いや、その前にそもそもの疑問がある。アラインはそれを思い出すと、失神しそうなショックを堪えて問うた。


「ま、待て……どうして獣化する必要がある? そこがわからないと答えようがない」

「本当にわからぬか? そんな酷い傷を負ったというのに」


 木の棒のように細く、長い爪の伸びた指先でダースロウは傷を示す。傷を指摘されたアラインはその意味を察すると、まさかと顔を向けた。


「スチュワードのことか……?」

「あれは我々の作った特注の機械人形で最高傑作だ。あれを止めるには普通の人間ではもちろんのこと、我々でも太刀打ちできないだろう」

「だから、そのために獣化しろっていうのか? 自分の人間性を捨ててまで……!?」


 残酷な提案を咎めるように言うと、ダースロウはバッとこちらに振り返った。


「愚か者め。何度も同じことを言わせるな。獣化に耐えられるかどうかはお前の精神次第と行ったであろう。それとも見捨てるか? 短い間とは言え、一緒に連れ添った仲間を」


 ダースロウはこちらを責めるように言ったあと、懐からペンデュラムを取り出しアラインに突きつけた。見覚えのある造形にアラインはハッと息を呑む。

 確かめるまでもなかった。それはユウに渡し、そして返されたペンデュラムだった。恐らくアラインが気を失っている間に取ったのだろう。アラインは歯を食いしばった。


「お、俺は……俺は……!」


 獣化を条件にユウを助けるよう言い寄られてアラインは萎縮した。どう答えるのが正解かわかっておきながら、しかしその一線を越えられず言い淀む。

 判断を躊躇うアラインを見て、ダースロウはあからさまに肩を落とした。


「そうか、お前たちはその程度の繋がりであったか。ならばこれはもう不要だな」


 アラインを過大評価したことが過ちであったかのように言うと、ダースロウはペンデュラムに向かって手を構えた。そのまま破壊しようと手刀を落とし――


「待て!」


 アラインが叫ぶとピタリと手刀が止まった。ダースロウはアラインを見る。


「どうした。答えはもう出たのではないのか? それともこの期に及んでまだ迷っているとでも言うのか?」

「……聞いてない……」

「なに?」


 要領を得ないアラインの返事にダースロウは耳を傾ける。するとアラインはキッとダースロウを睨みつけ、決意に満ちた目で言い放った。


「ユウがどこに連れて行かれたか、まだ聞いてないって言ってんだよ」

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