第21話 子どもたち
「そういえばまだ自己紹介がまだだったね。私はロト。よろしく!」
なにがなんだかわからずユウが困惑していると、年長者の少女がそう名乗った。年齢はアラインと同じくらいだろうか。それでもアラインよりは年下に見える。
ロトの服装は、少女にもかかわらず男性用の衣服を着ていた。まるでそれしか着るものがなかったかのようにアンバランスで、ロトの佇まいには似合っていない。
またその服はまるで何年間もずっと着続けてきたようによれており、近くで見なくともわかるほどところどころ解れが目立った。何回も洗濯したせいか繊維もズタズタでくたびれており、もはや洗っただけでは取りきれない汚れや染みなども見られる。
そんな彼女の身体には、あちこちに打撲のような痣があった。痣のある肌は赤黒く充血しており、それ以上に数の多い切り傷やカサブタもかなり目立つ。
「こっちの二人はアイとリラ、双子なんだ。ほら、二人ともちゃんと挨拶して」
ユウがどうしたらいいか戸惑っていると、ロトと名乗った少女は続けてすぐ横にいた二人の男の子を紹介した。その姿を見る屋、ユウは目を見開く。
二人の男の子の体はぴったりとくっついていた。互いの肩辺りから腹にかけて糸で縫い付けられており、右側の子には左腕がなく、左腕がある子には右腕がなかった。足だけは縫い付けられておらず、全部で4本ある。その様はまさに一心同体で、二人で一人の人間だった。体が縫い付けられて一つになっている都合上、二人は服を着ておらず、しかしズボンだけ履いていた。そしてロト同様に衣服はボロボロで、長年の間に染み付いたと思われる汚れが目立っている。
二人の体の結合部からは縫い合わされた糸が見える。それを見た瞬間、ユウはなぜ二人がそんな姿をしているのかを察した。こんな芸当ができるのは糸人形だけだろう。きっとこの双子は以前、糸人形に襲われたに違いない。
指名された二人はロトにポンと背中を押されると、同じタイミングで同じ表情をして、阿吽の呼吸でそれぞれ名乗る。
「アイです。よろしくお願いします」
「リラです。よろしくお願いします」
若干動きにくそうに身動ぎし、二人は同時に頭を下げる。
似たように拙い感じの自己紹介に、いやそれ以前に、まったく瓜二つの顔の二人にユウは自分の目を疑った。双子という存在を知らなかったユウは、目の前に名前以外に姿形がまったく同じ人間がいることに驚いて、思わず息を呑む。
こちらの二人はユウよりも幼かった。観察するまでもなくまだ幼児で、最近になって人前で上手く喋れるようになったような印象がある。
そしてロトと同じく痣やカサブタだらけで、ガリガリで皮と骨しかなかった。
「ん~二人ともちゃんと挨拶ができて偉いねぇ~よしよし」
そんな二人の頭を撫でると、ロトは心から双子を愛おしむようにギュッと後ろから抱き締めた。と、やにわにロトはユウの方を向く。
「それで、あなたはなんていうの? 名前は?」
双子を可愛がっていたかと思えば突然振られると、ユウは一瞬硬直してどうしたらいいかわからなくなった。それでも聞かれたことには答えなければと、しどろもどろで言う。
「わ、私はユウ……です。は、初めまして」
今さっき双子が丁寧に挨拶をしたので、こちらもそれに倣った方がいいのかと、ユウは思わず敬語で話してしまう。そんなユウの様子を見てロトは笑った。
「あっはっは。いいってそんな敬語で話さなくても。それじゃあ堅っ苦しくてなかなか距離縮まんないじゃん。普通にため口でいいって」
「え? あ、でもそこの二人は丁寧な言葉だったから……」
と言ってユウは先ほど礼儀正しく挨拶をしてくれたアイとリラを見やる。ロトはああなるほどと頷くと、二人の頭を撫でながら説明してくれた。
「この子たちは挨拶の練習をしてるだけだからいいんだよ。普段はため口だしね。そうだよね、二人とも?」
「「うん」」
ロトが聞くと、まるで意思疎通でもしているかのような見事なタイミングで二人の返事が見事にハモった。もはや芸と言っても過言ではないほどの絶妙なシンクロ具合に、ユウは思わず拍手しそうになる。
だが今はそのことに感動している場合ではなかった。ユウはすぐにハッとすると、すぐに頭を切り替えて自分の置かれた現状を思い出す。
厳密には、もう一人いるはずの人物が見当たらなくて、そのことを尋ねる。
「あの、私を見つけたときアライン……じゃなくて。もう一人いませ、……いなかった?」
まだ慣れないため口でユウは聞く。するとロトを筆頭に三人は顔を合わせた。
「うーんどうだったかなぁ。私が見たときにはユウ一人だけだったけど……二人はどう?」
「「見てないよ」」
「だってさ」
再びアイとリラが見事なハモリを見せたあと、ロトが答える。その様子に嘘をついている素振りはなく、本当にユウ以外に誰も見なかったということがわかった。
「そんな……」
芳しくない返事に、ユウは言い知れぬ不安を覚えてぼそりと呟く。
そのとき頭の中に、脱線したときの爆音が響いた。列車の車輪がレールから外れたときの突き上げるような衝撃と、大きく傾いて点滅する車内が脳裏に蘇った。
ユウはすぐにハッとして立ち上がると、目の前の三人を見つめて叫んだ。
「そうだ、列車! ねえ、私を見つけたとき倒れた列車を見なかった⁉」
「列車もなにも……最初にユウを見つけたのがそこだったから、見たっちゃ見たけど。外で凄い音がして見に行ったら、脱線した列車の中でユウが倒れてるのを発見して――」
「お願い案内して!」
藁にも縋る思いでユウはロトに勢いよく接近した。そんなユウの鬼気迫った様子にロトは「うわっ」と声を上げながら一歩後退ると、どうどうと手で制する。
「別に連れて行くのはいいけど……ユウの方は大丈夫なの? 私が見つけたときは頭から血を流してる状態だったし、どこか怪我もしてるんじゃない……?」
「え?」
言われてユウは自分の頭を触る。そして初めて包帯が巻かれていることに気づいた。
「あれ? 私、いつの間に……」
たった今知った新事実にユウは混乱すると、何度もペタペタと包帯を確かめた。その様子を見ていたロトはおかしくなったのか、「ぷっ」と噴き出すと小さく笑った。
「ふふ。その様子だと、他には怪我してそうにないな。よしわかった、そこまで言うなら私が列車のところまで案内してあげるよ」
「本当⁉」
ロトの提案にユウが喰いつく。ロトは任せろと言うように自分の胸を叩いた。
そんな彼女の姉後肌なところは『セシリア』で一緒に働いたカンナをどことなく彷彿とさせ、ユウは親しみを覚えるとともに、少しだけ懐かしい気持ちになる。
「うん。この辺りの土地のことは詳しいんだ。ついでに案内してあげるよ。よし、そうと決まったら行くよ。アイとリラも一緒においで」
ロトが先陣を切って歩き出すと、そのあとをアイとリラが着いて行き、それを追いかけるようにユウもあとを追った。
◇
「そうそう、外は結構汚れてるから、これで髪の毛まとめといた方がいいよ」
外へと続く道を歩いて行く途中、そう言ってロトはユウの髪を短く結ぶと、さらにその上から頭巾をかぶせてくれた。それから建物内のぐねぐねとした道を行く道すがら、ロトは軽く説明をしてくれる。
「この城砦にはグループって言うのがあってね、ここでのルールで、子どもたちが一人だといろいろと危ないから、一塊になって共同生活を送るように決められてるんだ。人数はそのグループによってまちまちだけどね。私たちのところは多い方かなぁ」
「ロトたちはどうやって決められたの?」
「うーん。私たちの場合、決められたって言うか。こういうところに住んでるとさ、自然とくっついたり離れたりして、グループ分けされていくものなんだよ。そんな中で私たちもなんとなく一緒にいたら、勝手に番号つけられちゃってさ。そんだけだよ」
話をしているとやがて外に出る。そこには地面と言える足場が存在しなかった。
足元は、元はいったいなんだったのかわからないゴミとクズ塗れで、そこら中から異臭が漂っていた。ゴミの掃き溜めとはまさにこのことで、平面な場所が存在しない。そこかしこにゴミの山ができており、見渡す限りのゴミの大地がどこまでも広がっていた。
ユウは耐え難い異臭に鼻を摘まみながら、今しがた自分が出て来た背後を振り返る。
そこには廃墟と化した城砦が建てられていた。
その正体は背の高い建物の寄せ集めであり、一つ一つの建築物が隙間のないくらいにぎゅうぎゅうに密集しており、隙間風も吹かないほど密着していた。
超高層と思われた建築物の正体は、家の上に家を建てるという荒業で建造されたものであり、空を突き抜かんと何段にもなって積み重なっている。しかもそれら家の一つ一つがザビや黒ずみで汚れており、一部がひしゃげ、ところどころガラスも割れている。
こんな雑な作りで、もし地震が起きようものならすぐにでも倒壊するのではないかと危惧するほどに危ない作りだった。過去、地震があった際この城砦がどのようにして耐え抜いたかを想像するが、どう考えても崩れる未来しか頭に浮かばない。
それでも崩れていないところを見ると、案外丈夫な作りなのだろう。ざっと見たところロトたち以外にも出入りしている人もおり、他にも住人がいることが窺える。
その住人もロトたち同様、ちぐはぐな格好をしていた。上半身裸の中年がいれば、上下下着姿でうろついている女性も見受けられる。どうやらこの場所ではその服装が基本らしい。この場でまともな格好をしているのはユウだけだった。
「列車が脱線してたのは確か向こうの方だよ」
ユウが周囲の異様な雰囲気に目を奪われていると、ロトが前方を指差しながら言った。と言ってもすぐ目の前をゴミの山が遮っているため、それらしきものは見えないのだが。
それでもユウはロトに着き従うしかなかった。
この場所が初めて来た場所である以上、この土地に詳しい者の言葉を素直に聞いた方がいい。それはユウが月桂秤から出て以来身につけた術であり、旅立つ前に何度も迷子になってアラインに怒られたという境遇がユウにそう学習させていた。
ロトのあとを着いて行くこと数分。初めこそゴミだらけで凸凹しており歩きにくい足場だったが、慣れてくるとどこに足を置けばいいのか次第にわかってきた。
加えて周囲がゴミ山ばかりで遠くが見渡せなかったことから、一時はかなり遠い距離を移動しなくてはいけないのだろうかと危惧していたが、案外すぐにレールを見つけることができ、列車探しは短時間ですみそうなことにユウは安堵の息を吐く。
レールが見えてくるとさすがにゴミは散らかっておらず、ユウはしばらくぶりにまともな地面を見た。と、そうこうしているうちに横倒しになった列車が視界に入る。
ようやく目的地に辿り着くと、そこには豪快に横倒しになった列車があった。
いったいどう脱線すればこうなるのか。列車は正面衝突したかのように全体がめちゃくちゃに歪んでおり、すべての窓ガラスが粉砕していた。先頭車両を筆頭に後ろの車両はレールを外れてジグザグに脱線しており、一部が潰れたりひしゃげている。
よくこれで生きていたものだと、ユウは自分のことながらゾッとした。
目的地に着いてすぐ、ロトがきょろきょろしだした。どうやらなにかを探しているらしい。しばらく見ていると、ロトは不意に手を上げてどこかに呼びかけた。
「あ、いた。おーいルン、ブラウ! こっちこっち!」
目的の人物を見つけたのか、ロトは大声を張り上げると、列車の近くにいる小さな人影に向かって手を振った。そこにいた二人組は名前を呼ばれるとこちらに向く。
ロトが人影の方に向かったので、アイとリラ、そしてユウも同じ方に進んだ。距離があって見えずぼやけていた相手の顔は徐々に輪郭がはっきりすると、ユウはその二人が女の子であることに気づく。
一分とかからず列車の前に着くと、二人の少女はユウを見て首を傾げた。
「あれ、そのさっきの……」
二人のうち、まだ背の高い方が聞く。と言ってもユウよりは身長が低いのだが。
ロトは改めてユウを紹介した。
「そう、さっき私が背負っていった子だよ。この子はユウ。さっき目が覚めたんだ」
ロトが二人に引き合わせると、背の高い方の女の子がお辞儀をする。
「初めまして、私はルンと言います。こっちはブラウ。この子は糸人形に舌を解かれたせいで喋れないんです」
ルンと名乗った少女は丁寧に挨拶をすると、傍らにいたもう一人の女の子のことも紹介した。するとブラウと呼ばれた少女が頭を下げる代わりに口を開く。そこには確かに舌が存在しておらず、確かに話せないことが窺えた。
礼節を持ってお辞儀をしたルンとは対照に、ブラウと呼ばれた子はそれ以降口を一文字に閉じると、じっとユウを見つめていた。その背丈はアイやリラよりも小さく、二人と比べずとも物静かな感じの子だった。その手には紙と鉛筆が握られており、紙には脱線した列車が上手に描かれている。
そんな二人の服装は先の三人と同じく、言わずもがなファッションという言葉からは程遠い恰好だった。サイズの合ったものを取り敢えず着ているという印象である。そしてやはり清潔感がない。ロトたちと同じように打撲の跡も見られ、酷く痩せ細っている。
懇切丁寧なルンに当てられてユウもお辞儀をしていると、ロトが二人に聞いた。
「どう、他に誰か人はいたりした?」
「今のところユウさん以外は見てないよ。まだガリブが探してる途中だけど……」
喋らないブラウに代わってルンが答えると、ロトは横転した列車の中を覗き込んだ。
「ガリブー、どーおー? 他に誰かいたーぁ?」
名前を呼びながらそのままロトが列車の中に入っていったので、ユウもあとに続く。相変わらず車内は繭だらけで、そこら中が蜘蛛の巣だらけだった。
と、ロトが呼びかけると突然体格のいい人影がぬっと現れた。何者かとユウが一歩後退さると、立ち上がった少年がロトの質問に答える。
「いや、誰もいないな。一通り列車の中は覗いてみたけど、人っ子一人いねぇ。どこもかしこもこの不気味な繭ばかりだ。まあいたとしてもこの有様じゃ、生きてるかどうかもわからないけど……」
ガリブと呼ばれて返事をした丸刈りの少年は感想を述べると、額に掻いた汗を拭った。
その服装は肩の部分で袖が千切れており、元は白かったシャツは泥で汚れてしまっていた。それでも動きやすいズボンを履いていることで均整が取れ、ロトたちと比べれば幾分かまともには見えた。そしてやはりガリガリに痩せ細っていた。
だがまともに見えたのはそこまでだった。なぜならこの少年の身体は、ロトたち以上に打撲の跡があり、口元もついさっき殴られたばかりのように、唇が切れて血が固まっていた。目元も青く充血して、瞼が半分塞がってしまっている。
違っていたのはそれだけではない。ガリブは呼ばれてこちらに来ると、膝から下が鉄の棒となった左足をカツンと鳴らしながらこちらに歩いてきた。
言わずもがな、その足もやはり縫い付けられていた。きっと糸人形にやられたのだろう。しかしガリブは慣れた様子で歩行し、スムーズな動作でこちらに来る。
「ごめんユウ、あなたの連れはここにはいないみたい」
「そっ、か……」
いないと言われて見るからにユウは落ち込む。そんなユウの肩をロトが叩いた。
「そんな落ち込むなって。いないってことは、まだどこかで生きてる可能栄があるってことでしょ。死んでたらガリブが今ごろ死体を見つけてるはずだし」
「……うん……。そう、だよね……」
希望を持たせてくれるロトに、しかしユウはそれでも心配の方が大きくなり、元気のない返事を返す。そんなユウの心情など露知らず、ガリブは自分の心情を吐露する。
「それより早く出ようぜ。さっきから気味悪ぃんだよここ。繭ばかりで人なんて全然いないし。さっさと外に出て――」
「待って! この中!」
ガリブがそそくさと外にでようとすると、ユウはその背中に声をかけた。呼ばれたガリブは「あん?」と振り返ると、繭を指差すユウを鋭く見る。ユウは自らズンズン繭に近づくと、何度も繭をポンポンと叩きながらロトたちに向かって告げる。
「これ! この繭の中に人が入ってるんだけど」
「え……」
ユウの言葉にその場にいる全員が硬直する。そして一様に繭の方を見て、
「なんじゃそりゃー⁉」
誰よりもガリブが声を上げると、ロトたちは衝撃の事実に卒倒しそうになった。
◇
「うわ、本当だ! 中に人が入ってる!」
みんなに信じてもらうためにユウが試しにもう慣れた仕草で繭の一つを解体すると、ロトは驚きの声を上げた。そしてユウ以外の全員が興味津々で出てきた老人の男を覗き込む。
「生きてるんだよね、これ……」
「こんな頑丈な蜘蛛の糸、今まで見たことない」
「おいおい、マジでどうなってんだよこれ? 化け物じゃねぇだろうなあ⁉」
ロトがまじまじと繭から出てきた人物を見ると、ルンとガリブがそれぞれ感想を漏らした。それからガリブは列車全体にズラリと並んだ繭を見て顔を顰める。
「ってことはよぉ。まさかこれ全部の中に人が入ってるってことじゃ……」
ガリブがみるみる青ざめながら呟いたときだった。
「はあああああああぁ!」
突然目覚めた老人が奇声を発しながら目を覚ます。
「うぎゃああああああああ⁉」
一番近くで老人を見ていたガリブは突然のことに悲鳴を上げた。丸刈りの短い毛を逆立てると、一気に退いて老人から距離を取る。
そんなガリブを無視して老人は辺りを見回すと、こてんと首を傾げた。
「はて、わしはなんでこんなとこに? 電車に乗ったところまでは覚えてるんじゃが……」
「あのね、お爺さん」
老人の疑問に答えたのはユウだった。
それからユウは、自分たちの身に起きたことをすべて話した。列車に乗ったら自らをパリィと名乗る巨大な蜘蛛がいたこと。その化け物が乗客全員を繭に閉じ込めていたこと。
一頻り説明が終わると、誰もが信じられなさそうな面持ちでユウを見た。しかし現状を考えると他に納得のいく話もなく、半信半疑ながらも一同は頷く。
「なるほど。それでその化け蜘蛛のせいで、この列車は脱線にまで至ったと……」
「それじゃあみんなを助けないと! 乗客の人たちは、まだこの繭の中で生きてるってことだよね⁉」
ガリブが話を要約するとロトが勇ましい声量で宣言した。それからユウに確かめる。ユウはロトの勢いに気圧されつつも、そうだと首肯した。
「う、うん。このお爺さんが大丈夫だったってことは、多分他の人たちも平気だとは思う、けど……」
「だよね。じゃあ早く助けてあげないと。お爺さん、悪いけど手伝ってくれる? 私たちだけだとどれくらい時間がかかるかわからないんだ。だから――」
「当然じゃ。助けてもらった恩はきちんと返さねばな。それに今目の前で助けを待っている人たちを、見て見ぬふりはできん」
ロトの頼みを老人は快く引き受けてくれた。
それからこの場にいる全員での繭解きが始まった。ロトとガリブとユウと老人は一人で、アイとリラ、ルンとブラウは二人一組で繭を解く作業をする。
一度繭から解放してあげると、人々はたちまち目を覚まして現状を把握した。それから事情を説明すると、誰もが快く手を貸してくれ、まだ他に繭に囚われていた人の救助をしてくれた。お陰で人手も増え、順調に開放作業が続いて行く。
すべての繭を解放し終えたのは、それから数時間後のことだった。幸運にも怪我を負った乗客は誰一人としておらず、みんな五体満足で救出できた。
一部、パリィにより皮膚が向かれて肌が薄くなっている者もいたが、たいした怪我ではなかったので、そこも恵まれていたことだ。
「ありがとう。君たちのお陰で無事家に帰れそうだ。些細なものだがこれをあげよう」
すべての作業が終わると、初めに助けた老人が干し芋をくれた。するとそれを筆頭に「俺も」「私も」と、ユウたちが助けた乗客たちが食べ物や金品をくれる。
しかしそれらはどれもが微々たるもので、とてもじゃないが腹が膨れる量じゃない。ユウの幸福体質が発揮していれば、もっと豪華な品だったのだろう。お腹がいっぱいになるほどの食べ物だってあったはずだ。
にもかかわらず、ユウ以外の者たちはというと、
「うわすっげぇ。マジかよこれ……っ」
「食べ物がこんなにいっぱい」
「お金になりそうなものもたくさんある」
お礼の品々を前にガリブが驚愕の声を上げると、アイとリラが揃って食べ物と金品を手に持ち、全身で嬉しさを示すように小躍りした。
「あの……本当にこんなに、いいんですか?」
目前の品々を前に、ロトが顔色を窺うように老人たちに問いかける。
「いいんじゃ、いいんじゃ。むしろこんなものしかお礼ができなくてすまんのぉ。家に帰れば、もっとまともなものがたくさんあるのに……」
言って老人は、ロトを筆頭に子どもたちを見やる。そして表情を暗くした。
その目には同情の影が見えた。視線の先に映るのは体がくっついてしまったアイとリラに、それから片足が鉄の棒と一体化したブラウ。
「いえ、これだけでも十分ですって! あの、みなさん本当にありがとうございます!」
老人たちの振る舞いにロトは恐縮すると、丁寧なお辞儀とともに大きな声でお礼を述べた。それに対して老人たちはいやいやと手を振り、それから背を向ける。
「それじゃあわしらは家に帰るとするよ。ここからだとちと距離があるが、まあ歩けない距離でもない。のんびり家路に着くとするよ。それじゃあの」
人々は老人を筆頭に口々に別れの挨拶をすると、レールに沿って帰っていった。
「ありがとうユウ、これも全部あなたのお陰だよ!」
ユウがぼーっと去って行く人々を眺めていると、突然ロトが感謝を述べながら抱き着いてきた。いきなりのことにユウが「え?」と声を漏らすと、ロトは興奮気味に言った。
「私たちのモットーは人助けなんだ。いつも言われてたんだ、困った人がいたら手を差し伸べてあげなさいって。そしたら自分にも帰って来るからって。やっぱりあの人が言ってたことは本当だったんだ。やったー!」
ロトは人助けができたことを、まるで自分のことのように喜んだ。
喜んでいたのはロトだけではない。
「確かにこれだけお礼をもらえたのはお前のお陰だな。やったじゃないか」
「最初はどんな方かわかりませんでしたけど、これで信用が置けます」
「「ユウお姉ちゃん、ありがとう」」
ガリブがユウの肩を叩きながらお礼を言うと、ルンがそれに続き、最後にアイとリラが声をそろえて頭を下げてきた。どうやらユウは知らないうちに彼ら彼女たちからの信頼を得ていたらしい。
「これだけあればしばらくは食べるものに困らないね。よかったよ本当に」
ユウが一人ポカンとしているのを余所に、ロトは涙ぐむと嬉しそうに声を震わせた。
「ようし、それじゃあ早速俺たちの家に運ぶぞ! みんな持てる分だけ持て!」
ガリブがそう宣言すると、ロトたちは意気込んで地面に置かれた品々を手に持って運んで行った。それに続いてユウも、再びロトたちの住処に戻るのだった。
◇
住処に戻る途中、宙の天球からの明かりのが届かない廃墟内に戻るときのこと。外でもそこら中のゴミからから漂う異臭が凄かったが、室内はそれ以上に最悪だった。
異臭と一言で言っても様々な種類があるだろうが、帰ってきた城砦の中の臭いは、主にアンモニア臭と生ものの腐ったような直に鼻に来る刺激臭だった。
いったいどこからこんな悪臭が漂ってくるのかと思えるほど酷いもので、息を吸うだけで空気が濁ったように重く感じられる。これほど酷いと物理的にも鼻が曲がりそうで、もはや呼吸という行為そのものが一種の拷問と思えるほどに、とにかく臭かった。
それでもロトたちが平気で闊歩しているのは、すでに嗅覚がやられてしまったか、彼女たちなりの日常生活ではすでに茶飯事になってしまい慣れてしまったかのどちらかだろう。
かくいうユウも、目覚めたときからこの悪臭に塗れた廃墟にいたものだからすでに嗅覚がある程度慣れてしまい、今や匂いを感知する機能が完全に麻痺していた。今感じられるのは鼻孔を直接刺激するような感覚だけで、すでに嗅覚は機能停止している。
また、住居へ戻る道のりもとても複雑だった。まるで迷路みたいに入り組んだ道を何度も曲がり、似たような景色を横目に行ったり来たりを繰り返す。
やがて住居に戻って来るころには、ようやく視界も暗がりに慣れて周りのものがはっきりと見えるようになった。そして改めて見るロトたちの住居に圧倒される。
そこは瞬く数奇すら入らぬ、不衛生極まりない狭い密室だった。
床には砂埃と長年の汚れで茶色く染まった破れた布切れが何枚も敷かれており、それ以外の布が被せられていない床は底が抜けて、折れて突き出た木材がそのままになっていた。次いで壁の剥がれた塗装が隅っこに散らばっており、そこかしこにネズミが空けたと思われる巣の穴が開いていた。床に転がる小さく黒い塊はネズミの糞だろうか。
周囲を囲む木の壁は長い月日で水分を含んだことで内側へと曲がり、ほぼ折れかけで今にも折損して支えている天井が崩れてきそうだった。剥がれた塗装はそのまま塵となって空気中に粉を撒き散らし、咳をする要因となっている。板の隙間からは暗黒が覗き、奥の方からは隙間風が吹いて来て、乾いた空気を送って来ている。
天井は基本染みだらけで埃や切れたコードが垂れ下がっていた。そんな天上の角の方では無数の蜘蛛の巣が張り巡らされており、よく見れば虫の死骸がミイラとなって絡まって、床に何匹か落っこちている。
こんなみすぼらしい空間でも、一応備え付けのシンクや風呂釜やストーブなどはあったが、しかしどれも使えそうになかった。普段から使用していれば水で潤っているだろうそれらは完全に乾き切ってさびれており、埃まで被って一部が割れてひびが入っている。
そんななにもない空間でも、昔そこに暮らしていた住民は彩が欲しかったのか、本棚やタンスや小さなテーブル、その他食器類はある程度揃っており、完全に壊れてはいたが家具らしきものもあった。その辺に転がっている謎のおもちゃは、子どもたちが集めてきたものだろうか。それらもこの部屋と同じく薄汚れていて今にも壊れそうである。
唯一生活感があったのが、壁に吊るした紐にかかっている洗濯物だった。恐らくそれらはロトたちが普段着ているもので、今は乾かしている最中なのであろう。
と、改めてそんな不衛生な空間を眺めていると、暗がりに座る影が見えた。
「あ、お帰りランジ。もう帰ってたんだ。今日は早かったね」
何者かとユウが警戒していると、先頭にいたロトが陰に向かって元気に声をかける。するとランジと言われた影もぬっとこちらに振り返り、笑顔を見せた。
「あらロト。それにみんなも。どうしたの、みんなしてゴミ拾い?」
柔らかな声でそう言った影の正体は、ユウよりは年上で、ロトよりも年下くらいの、温かみのある雰囲気の少女だった。目元はユウと同じく垂れ目で、ユウをさらに眠たげにした印象である。発育がいいのか年上のロトよりも大人びた体つきをしていた。
ランジの服装は、他のみんなと比べて均整の取れたものを着ていた。決して質のいい衣服というわけではなかったが、人目を集めるような色っぽい恰好をしている。
そしてこちらの少女には、痣の代わりにバラ疹が目立っていた。体中にはとにかく皮膚にその痣と発疹がたくさんあり、火傷で爛れたようにも見える。そんなランジからは、ロトたちとは違う別の病気であることが窺えた。
「あ、ランジお姉ちゃんお帰りー」
「今日はもうお仕事終わったの? ねえねえ終わったの?」
ユウがランジと言われた少女を見ていると、年少組、ルンとリラとアイ、そしてブラウまでもが彼女の方へと走って行き、一斉にランジの周りを囲った。ランジは年少組で一番小さいブラウを抱き抱えると、目元を細めながらおっとりとした笑顔で答える。
「そうだよ~。今日はお客さん少なかったから、早く帰って来ちゃったんだぁ」
見た目に反さず口調までおっとりとしながらランジは言うと、母性溢れる微笑で今日の成果を報告した。不思議なことに、彼女がしゃべるだけで寒々しい空間も少しだけ温かみがあるように思えた。
「ん~? あれぇ、なんかみかけないこがいるみたいだけど、どうしたのかな?」
と、子どもたちに構っていたランジがユウに気づいて目を向けた。不意に指摘されてユウがどうしようか当惑していると、即座にロトが間に入って説明してくれる。
「この子はユウちゃん。さっきすぐそこを走ってる列車で事故があって、怪我してたから連れてきたんだ。見たところこの子も家族がいないみたいだし。いいよね?」
軽く詳細を伝えると、ロトは抽象的に許しを得るように言った。ブラウはすぐにそのほんわかした顔を綻ばせると、やはり柔和に柔らかく了承した。
「よし、それじゃあみんな集まったところで、今日の成果を報告し合おうか」
様々な表情が見え隠れする一同にユウが違和感を覚えていると、ロトがパンと手を鳴らした。その鶴の一声で、みんなは一斉にロトに向き直り順番に報告を開始する。
まず初めに口を開いたのはアイとリラだった。二人はお互いに顔を合わせると、小さく「せーの」と言って、ポケットからなにかを取り出してみせる。
「「今日、はゴミの中からお金になりそうなものを見つけました」」
そしてやはり息を合わせてハモリながら発表した。その手中にあったのはどう見てもガラクタで、なぜそれに価値を見出したのか素人目には判別がつかないものばかりだった。
しかしロトは満足げに頷くと、よしよしと二人の頭を撫でる。
「さすがアイとリラ。発掘をさせたら右に出る者はいないねぇ。偉い偉い」
ロトは褒めると双子は嬉しそうに笑みを浮かべた。ユウにはわからなかったが、どうやらロトの目からそのガラクタは、かなり価値のあるものらしい。
「はい! 次は私」
アイとリラが頭を撫でられていると、ルンが食い気味に挙手した。どうやら褒められている二人を見て嫉妬心でも覚えたらしい。
ルンは干していた洗濯物を一つ取ると、それを広げてみんなに見えるように見せた。
「私は前から穴が開いてた服の解れをブラウと直しました。ほら、ここみて。この間まで破れてたところ、きちんと縫って直したんですよ。これでまた着れます」
双子に負けじとルンは己の達成度を主張する。それにロトは驚きの表情をした。
「うわぁほんとだ、直ってる! 凄いねルン、きちんと裁縫覚えたんだねぇ」
これまた偉い偉いとルンとブラウの頭を撫でるロト。これにはルンも得意げになり、胸を張って鼻息を大きく吐き出す。余程褒められたことが嬉しいと見た。ブラウも基本的には無表情だったが、目を閉じてロトの愛撫を味わっている。
「私はこんな感じかなぁ~」
次に声を上げたのはランジだった。ポケットに手を突っ込むと、財布らしきものを取り出して、中を開いてみんなに見えるように見せる。
「あれ、今日はいつもより少ないね」
言ったのはロトだった。それにランジも頬に手を当ててため息を吐く。
「そうなのよぉ。今日は人が少なくってねぇ。売り上げこれっぽっちだったの」
ロトが感想を述べると、ランジは嘆息交じりに肩を落とした。しかしロトはそんなランジの肩を叩くと、どんまいと言いながらフォローする。
「ま、たまにはそんな日もあるさ。今日は偶然そうだっただけ。また明日頑張ればいいよ」
「ロト……。うん、そうよね。私、こんなことで挫けないわ」
励ましの言葉にランジは元気を取り戻すと、胸の前で拳を握って意気込んだ。
「んじゃ、最後は俺だな」
そう言って、床に小さなゴミ袋を置いたのはガリブだった。その袋はさっきから手に持っていたもので、なにが入っているのか、妙にぐにぐにとしていた。
だがユウ以外のみんなはそれがなんなのか知っているのか、特に子どもたちは飛びつくようにそのゴミ袋に走っていく。ユウもなんだろうと背伸びをして様子を窺った。
「今日は豪華だぞ。みんなできちんと分け合えよな!」
そう言ってガリブは、勢い込んで見せつけるようにゴミ袋の中身を開く。
中に入っていたのは、吐瀉物のように汚く混ざり合った、残飯の山だった。
「うわあ、これはまた豪勢だねぇ! ガリブこれどうしたの⁉」
「今日はたまたま生ゴミが多く捨てられてたみたいでね。それを分けてもらったんだ」
本人たち曰く豪勢な料理にロトが感心すると、ガリブが得意げにそう言った。
辛うじて食べ物と言えるそれを見てユウは顔を顰める。しかし子どもたちは目をキラキラと輝かせると、すぐに割れた食器を取りに行って、ロトたちもそれに続いた。
「俺が分けてやるから、みんな仲良く並べよ。ほら、まずはブラウからだ」
ガリブはそう言うと、この中で一番年下のブラウから分け始めた。残飯の山に素手を突っ込むと、そのまま掴んでブラウの器によそってやる。次にアイとリラ、ルンと年の若い順に配ると、不公平が出ないよう慎重に分けた。
「はい、これユウちゃんの分」
ユウが呆然とその光景を眺めていると、ロトが残飯の乗った器を寄越した。その残飯からは腐りかけのツンとした酸っぱい匂いが漂い、一度腹に入れたら食中毒を起こしそうな危機感さえ覚えた。しかし渡された以上、それを拒むこともできず受け取る。
「あ、そういえば今日はユウちゃんのお陰でこんなものもあるんだよ」
ふいにロトがユウの名を上げると、先ほど列車の人たちからもらった品々を取り出して床に並べる。その中にはお爺さんからもらった干し芋もあった。
「なんだなんだ、今日はデザートまで着いてんじゃねーか。どうしたんだよいったい⁉」
「聖儀祭だしね。たまにはこういうのがあってもいいじゃない」
「わーい腐ってない食べ物だ!」
「ねえ食べていいの? これ食べていい⁉」
「もちろんいいけど、先にこっちを食べてからね」
ペースト状ではない、固形物の食べ物を見てアイとリラが叫ぶ。するとロトが残飯の方を指差して、二人を落ち着かせた。
「みんな行き渡ったかな? はい、それじゃあ手を合わせて」
そう言ってロトは手を合わせると、いただきますの号令をかけた。それに合わせて他の者たちもいただきますと手を合わせると、食器に乗せられた残飯を手づかみで食べ始めた。
その光景はユウには見られたものでは無かった。残飯の中には骨や固形物のゴミや髪の毛が交じっており、彼ら彼女らはそれらを丁寧に取り除いて、食物の部分だけ掬って食べて、手に着いた米ともわからない粒を舐め取り、吸い付く。
その残飯の周囲にはハエが集り、ときおりとまったりもした。しかしロトたちはそれすらも一緒に口に運ぶと、重要な栄養とばかりに味わって咀嚼し、きちんと呑み込む。
「うっ……」
思わずユウは口を手で覆った。腹の底から込み上げてくる吐き気に耐えるように身体を丸める。するとそんな様子を見たロトが心配そうに顔を向けた。
「どうしたのユウちゃん、具合悪い?」
ロトが近付いて顔の前で話す。その口臭は今しがた食べていた残飯の匂いで、それがダイレクトに鼻腔まで届き、さらにユウの嘔吐感に拍車をかけた。
しかし素直に「こんなもの食べられない」という訳にも言わず、ユウは嘘を吐く。
「ちょっと具合が悪くて……」
「少しも食べられそうにない?」
「うん……だから、これはみんなで食べていいよ」
ユウは申し訳なさそうに残飯の入った器を押し戻した。それを見たロト「そう」と気の毒そうに呟いたあと、残飯をみんなの器に配っていく。
「ロトたちは……ふだんからこういうものを食べてるの?」
平気な顔で吐瀉物のようなものを口に運ぶロトたちを見て、堪らずユウは聞いた。ロトはなおも残飯を食べながら考えると、嚥下してからうんと頷く。
「これでも今日は食べ物がある方なんだよ。普段はもっと少ない。食べられない日もある。でも今日はこうしてデザートまで着いて……これも、ユウが来てくれたお陰だよ」
今にも卒倒しそうなユウを心配そうに見ながら、ロトは感謝の言葉を送った。その笑顔が眩しくて、ユウは自分がしたことが悪いことのような気がして罪悪感を覚える。
ザザッと音がしたのはそのときだった。どこからかノイズが走ると、その音は徐々に大きくなり、今度はこの建物全体へと響き渡るほど大音量になる。
『今回の、当選番号を、発表します』
響いて来たのは、ノイズ交じりの冷たい機械音声だった。
「なに? 発表……?」
「シッ! 静かに」
何事かとユウが呟くと、遮るようにロトが強く閉口を促した。
鋭い口調から、その発表とやらが彼女にとって重要なことであることを察すると、ユウは咄嗟に口を閉じた。他の者たちも一端食事を中断する。すると放送が続く。
『93番。88番。82番。76番。68番。60番――』
沈黙を守っていると、なにやら怪しい番号が流れ始めた。ロトたちはその放送を、真剣な面持ちで固唾を呑んで聞いている。
『53番。32番。29番――以上です。番号を呼ばれたグループは直ちに――』
「あぁー今回もダメだったかぁ!」
読み上げが終わると、放送がまた続いているにもかかわらず、ガリブが落胆しながらそう言った。すると他のみんなも肩を落としたように、ふうと息を吐く。
「なかなか呼ばれないねぇ」
「やっぱりまだ頑張りが足りないのかなあ?」
「今まで以上に頑張ってきたし、今日こそはいけると思ったんだけどなぁ……」
ランジを筆頭に、一同は次々に弱音を吐くと、見るからに残念そうに気落ちした。
「なに言ってるの、まだ明日があるじゃない!」
ただ一人、ユウだけがなんのことかわからず、きょろきょろとみんなを見ていると、急にロトがそんなことを言ってユウ以外の者たちを一喝した。
「みんなも教えられたじゃない! ここで腐ったら終わりだって! そりゃ今回は残念だったけど、だからって諦めたら本当に次がなくなっちゃうよ⁉ それでいいの!」
半ばお通夜ムードの空気に、彼ら彼女たちのリーダーであるロトが叱咤激励する。それを受けた者たちはお互いに顔を見交わすと、強い意志でもってうんと頷いた。
「そう……だな。まだ全部が終わったわけじゃないもんな」
「私も、もっと頑張ります。今度こそ呼ばれるように」
「それに今回はうちの番号と近かったしねぇ。かなり惜しいとこまで行ったんじゃない?」
ロトの励ましが伝わったのが、一同は光りを失いかけていた瞳を再燃焼させると、強い意志でもって立ち上がった。それを見たロトも嬉しそうに強く首肯する。
「次だよ! 次こそ呼ばれるように頑張らないとね。ここで腐ってられない。努力してれば必ず報われる。神様は乗り越えられる試練しか与えないんだから、ここで躓いてなんかいられないよ。だからみんな、明日からまた頑張ろう!」
締めの言葉とばかりにロトがそう声を上げると、一同は「おー!」とかけ声を上げて拳を突き上げた。そんな様子を、蚊帳の外にいたユウだけが呆然と眺める。
「えっと。あの……」
「ん? あーごめんごめん。そういえばユウちゃんにはまだ説明してなかったよね」
ユウが居心地悪そうに質問しようとしていると、それに気づいたロトが申し訳なさそうに頭を掻いた。それにユウはうんと頷くと、ロトは説明をしてくれた。
「あのね。ここでは私たちはグループ分けされてて、番号が付けられてるの。私たちのグループは28番。今日呼ばれたのは29番だったからかなり惜しかったけどね」
「ああ、だからあんなに悔しがってたのか」
先ほどガリブが無念とばかりに落ち込んでいた理由がわかってユウは納得する。
「選ばれたらどうなるの?」
「幸せになれるの」
自信満々に、それが堪えのすべてであるのかのようにロトは胸を張って答えた。
しかしユウは、そんな抽象的な回答に困惑した。何一つ見えてこないロトの自信たっぷりな発言に、どういう反応をしたらいいかわからず、ただ立ち尽くす。
「幸せって……具体的にどんなものなの?」
聞いていいのかわからぬまま、ユウは幸せの中身を探る。だが無駄だった。
「幸せは人それぞれだから、これっていうものはないよ。でもこれだけは言えるよ。みんなが思い描いてるものが実現するの。だから私たちは、日々規則正しい生活を送って、少しでも選ばれるように善行を働いたりして頑張ってるのよ」
残飯を素手で食べることの、どこに規則正しさがあるかユウにはわからなかったが、それは指摘しなかった。それを指摘してしまえば、この輪から一気に敵と見なされてしまう気がしたからだ。
「だからこれからユウちゃんも一緒に頑張ろう」
「えっ。私?」
突然仲間扱いされてユウは戸惑った。しかしロトはその通りと頷く。
「そうだよ。だってユウちゃんは私たちのために働いてくれたじゃない」
「私、そんなことしたっけ?」
「したよ。さっきだって、列車で繭に捕まってる人を助けたり、助けたお礼にいろんなものをもらったり。それってね、私たちが目指してる徳積なんだよ」
知らないうちに仲間に加えられユウは二の句が継げなくなる。それをいいことにロトはユウの手を取った。もちろん残飯だらけの洗っていない手で。
「私ね、ユウちゃんがいればきっと選ばれると思うんだ。だってこんな広い世界で出会えたんだよ。それってもう奇跡だよ。だからね、一緒に頑張ってほしいんだ。それにユウちゃんだって幸せになりたいでしょ? そのチャンスが目の前にあるんだよ?」
幸せと言われて、ユウにはなにが自分にとって幸せなのかわからなかった。そして対して興味もなかった。なぜならユウには夢も希望も、欲しいものもなにもなかったからだ。
しかし、ただ一つ探している者はある。それは――
「いいよ。私、みんなのために頑張るね」
「ほんと? やったぁ! ねえみんな、ユウちゃんが仲間に加わってくれるって!」
ユウの返事にロトが声を上げると、他の者たちはめでたいとばかりに拍手したり頷いたりした。どうやらここではユウは歓迎される対象らしい。
「ただ、一つ私からもお願いがあるんだ」
「お願い? 私たちにできることだったらいいけど……どんなことなの?」
お祝い気分で浮かれているロトに、ユウはすかさず条件を持ち出す。
「アライン――私のつれを探してほしいんだ。絶対に私を置いて一人でどこかに行ったりはしないから、近くにいるはずなの。もしかしたらここにいるかもしれない。だから……」
「わかった。いいよ」
ユウが言葉に詰まっていると、ロトは二つ返事で了承してくれた。まさかこんなすんなりいくとは思わず、ユウは自分でお願いしておいて呆気に取られてしまう。
「ほんと? 手伝ってくれるの?」
「当たり前でしょ。私たち、もうグループで家族なんだから。家族の悩みはみんなで解決しないとね」
そう言うとロトは自分の胸を叩いた。任せておけということらしい。
ロトの羽振りのいい返事を聞くと、ユウは途端に笑顔になって、ロトの手を取った。
「ありがとう。私もみんなが選ばれるように頑張るね」
「うん。これからよろしくね、ユウちゃん」
ユウとロトが握手を交わすと、再び拍手喝采が起こった。
こうしてユウは無事、ロトたちの仲間入りを果たしたのだった。




