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第2話

「うっ、わあぁ!? なんだこれ! 体から糸がっ……!?」


 たちまち男は錯乱しながら糸を引っ張った。しかしすでに編み込まれた分を取り戻すことはできず、それどころか力の方向を間違うと、自身から余分に糸が抜けていった。その度に体内から自分が解けていく感覚が伝わる。


 後方にいた他のダースロウたちは、違反者に制裁が下される様子を静かに見守った。まるでそれが咎人への慈悲であるかのように、清らかな心で沈黙を守る。


 騒ぎに気づいて振り返った観衆は、目前で行われる迷惑極まりない戯れに、侮蔑に満ちた冷たい視線を向けた。そして巻き添えを食らいたくないと距離を取っていたが故に、ダースロウが操る因果も、男から放出する細い糸も見えなかった。


 実情を知らない者たちは、全身から関わり合いになりたくないという雰囲気を漂わせると、そそくさとその場から去って行く。


 儀式はいよいよ大詰めを迎えようとしていた。醜悪なパフォーマンスはさらに往来を行き交う人々の関心を惹き始めると、ようやくただ事ではないことを住民たちに自覚させ、奇異の目が蒼一点に注目する。


 徴集された糸の量に比例して、男の手足は縮み、皮膚の一部も分解され、それこそ本当に糸を解くようにして全身が萎んでいく。恐らく内臓からも奪われているに違いない。


 痛みはなかった。その代わり、少しずつ自分が綻んでいく感覚が鮮明に伝わるので、執拗以上に恐怖も倍増し、男の理性をも削り取っていく。


 その一方で、生成されていた編み物は徐々に大きくなると、やがて手のひらサイズの不格好なフェルト人形へと形作られていった。


 満遍なく編んだり縫われたりしていくので、人形のところどころ断面が露わになっている。そして驚くべきはその中身だった。丁寧にも内部には臓腑らしきものまで細かに配置されており、もはや人形とは思えぬ精密さで、丹念に作り込まれている。


「えう、おぅうぐ、ふう、ぇえ、あぁああぁあああぁああぁぁあぁ――」


 男は絶叫ではなく、まるで溶解したように奇妙な呻きを漏らすと、少しずつ形を崩しながら、紙風船のように萎み切ってしまった。


 干し柿のように干からびた男の残りカスは、ベチャリと生々しい音を立てながら地面に落ちる。もうそこに人間であったころの痕跡はない。それでもまだ男の息はあった。

 同時にフェルト人形の方も完成する。それも糸に吊られたまま、小さく身動ぎして。


 ダースロウは手首をくるりと回転させると、鋭利な爪で器用にすべての糸を絶った。

 生まれて間もない傀儡は、ようやく囚われの身から解放されると、地面に叩きつけられるや哀れに身を捩り、放虫さながらに素早くどこかへと逃げてしまう。


「うわああぁああああああ!」


 男の身に起きた悲惨、そして意思を持ったフェルト人形に、連れは悲鳴を上げて逃走した。それを皮切りに一部始終を見ていた民衆たちも、恐怖に怯えた声で喚きながら、蜘蛛の子散らすように四方へと散らばっていく。


 金切り声に交じり、ガシャガシャと鉄のぶつかる複数の足音が近づいてきた。

 聞き間違えようのない忙しない金属音に、それまで手元を動かしながら聴覚を研ぎ澄ませていたアラインは、ついに作業を中断して漠然と街全体を見渡す。


「お前たち、なにをしている! そこを動くな!」


 予想通り『帝冠クラウン』自慢の警備隊が駆け足で騒ぎの中心へと向かっていた。行政庁ということもあり、建物に待機していた警備隊が続々と湧いて出る。


 警備隊は鋼鉄の鎧に身を包んだ者たちで編成されていた。薄くて軽い、それでいて頑丈な甲冑の隙間からはライダースーツが覗いており、頭にはマニア受けしそうなメットを被っている。いかにも近未来の警察官といった装備だった。


 さすがにロボットもののアニメで見るようなゴリゴリの鎧ではなかったが、それでも走る度に大きな音が響く程度には、SFチックな機械であしらわれた様相である。


(今日の作業はここまでか……)


 徐々に緊迫感の増していく光景を尻目に、アラインは平静にドライバーを回しながら最後のネジを締めると、一人静かに吐息を漏らす。


 これだけ人が集まれば見つかるのも時間の問題。これ以上の滞在はリスキーだ。そう考えながら身支度を整えていると、足元でコツンとなにかが当たる。


 仲間からの合図だ。無意識にそう直感するとアラインは顔を上げる。

 向かいの建物の屋上から、アラインと近しい年恰好の青年が、こちらに向かってなにかを投げるモーションを取っていた。その手には小石が握られており、腕の中にもいくつか抱えている。


 やがてアラインの視線が自身を捉えたことに気づくと、今度は慌ただしい身振り手振りで、口をパクパクさせながら必死に警備隊を指差した。


(わかってる。お前は先に戻っててくれ)


 全力の注意喚起にジェスチャーで答えて、先に行くよう手を振る。

 突然横殴りの風が頬を撫でた。衣服が必死に羽根を動かすようにはためく。

 

 突風は建物の間を吹き抜けながら、国全体に分布する大小様々な風力発電機や風見鶏を直撃すると、慌ただしくプロペラを回転させた。至る場所から鉄の接合部から響く軋みと、装飾として取りつけられた風車のカラカラと回る音が、国中を支配する。


 想定外の気流にアラインは身を竦めた。建物の端から身を乗り出していた青年も、これにはおっかなびっくりし、思わず萎縮して急いで内側に避難する。

 その拍子に腕の中の小石をすべて落としてしまった。


 丁度真下を通過していた警備隊の甲冑に礫の雨が猛打する。幾度もカーンと鈍い金属音が鳴ると、騒々しい音の嵐が、先を急ぐ警備隊の全身と鼓膜を満遍なく襲った。


 青年はようやくヘマをやらかしたことに気づくと、みるみる顔を青くさせ、動揺のあまり地団太を踏んだ。やがて下にいた者たちは揃って頭上を見上げる。


 アラインは勢いよく振り被ると、持っていた工具を思いっきりぶん投げた。

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