第15話 出発前夜
「え、明日から⁉ それも2週間も店開けるって……っ」
ジルを裏口に呼んですぐのことだった。
概要をすっ飛ばして先に結論を述べると、唐突な話に着いて行けず、ジルは猛烈な勢いで聞き返す。
慌てる相棒の心中を察しつつ、アラインは落ち着き払って理由を言う。
「今日の出来事でみんな不安がってるからな。もしかしたら遠くの『因果歪曲計』が故障したのかもしれないし、もしそうなら早急に修理する必要もある」
「いやまあ、言いたいことはわかるけどさ。どっちにしろ店は時短営業の予定だったからどうにかなるとして。てか待て待て、先にこの辺り一帯の『因果歪曲計』の修復だろ? 今日の厄災でほぼ全部壊れちまったんだぞ、そっちはどうすんだよっ」
「昨日から徹夜で順次大量量産してるから大丈夫だ」
「昨日からって……お前それ、丸一日寝てないんじゃないか?」
作業効率に対して睡眠時間が見合っていないことに気づくと、ジルは疑わしげにアラインの目元にあるだろうクマを覗き込んだ。アラインははぐらかすように顔の向きを変えると、しかし事実は隠すことなく、そうだと首肯する。
「今は緊急事態だし、ちょっとくらい無理しないといろいろ間に合わないからな。予備も作ってあるから、当分は不足することもないだろ。あとは風見鶏の型にはめて設置すればいいだけだ。それくらいなら俺がいなくても、みんなで分担してできるだろ?」
「……それが理由で、ユウちゃんのお別れ会に参加してないのか?」
呆れ半分、納得半分といった様子でジルは聞いた。現状が現状なだけに妥当な理由なので、消化不良な気持ちが困惑気味な声音からひしひしと伝わってくる。
「『因果歪曲計』の調整と操作方法は全部お前に教えてあるし、その辺は任せた。他の奴がわからないようだったら教えてやってくれ。それじゃあとは頼んだぞ、副リーダー」
アラインはお道化ながらそう言うと、わかってくれという意味合いを込めてジルの肩を叩いた。それで話は終わりだと店内に踵を返す。
が、そうは問屋が卸さないと、ジルは急いで待ったをかけた。
「なあ待てって。事情はわかったけど、予備まで作ったんなら、今日はもうその辺でいいんじゃないか? 明日すぐに出るんなら休んどいた方がいいし、なにより今日でユウちゃんいなくなっちゃうんだからさ。その調子じゃ、明日ユウちゃんが出て行くときも見送りとかできなさそうだし。最後くらい祝ってやろうって」
なんとか理由をつけて、せめて少しの間だけでもユウの送別会に参加してくれないかと、アラインが得心しそうな事柄をいくつも並べ立てるジル。
ジルの長所は、快活で誰にとっても取つきやすい性格をしているところだ。
中でもアラインが特に気に入っているのは、こういう仲間思いで情に熱い部分である。だからこそ副リーダーに推薦したし、これまでも重要な案件をお願いしたり、危険が伴う場合にはほとんどのケースでジルに付き添いを頼み、行動をともにしてきた。
そんな信頼の置ける相棒だからこそ、今回自分がこの場所を離れるときも、こうしてジルに引き継ぎを頼める。そして情という弱点に訴えかけることも容易かった。
「これから本格的に本腰を入れるところなんだ。だから上手く回しといてくれ。頼むよ」
半身で振り返りながら、休む暇もないと、先ほどカンナからもらった箱を見せつける。
ついにジルは見切りをつけた。相棒がこれほど説得しても折れなければ、きっと梃子でも動きはしないだろうと。長年の幼馴染だからこそ確信できた。
「はあ……。結局、全部は話してくれないってわけか」
ついさっき厄災を治めて店に戻って来たときにした話の続きを持ち出すと、送別会のことも含めて、ジルは見るからにがっかりする。
アラインの下した判断は、ジルにとって不服だった。
「言っただろ、俺も全部を把握してるわけじゃないって。その証拠に、明日から調べに行くんだからさ。しばらくは音信不通になると思う」
「都度連絡するって約束はどこ行ったぁ?」
「まだこれからだからだよ。連絡事項なんて、そんなすぐポンポン出るものじゃないし」
「それはユウちゃんのことも含めてか?」
え――と、自分が声を出したのかもわからなかった。
完全に虚を突かれた。それまで流暢にしゃべっていた言にも詰まり、アラインは大幅に反応が遅れてしまう。全身から「なぜそれを」というオーラが出まくる。
といっても、具体的になにを嗅ぎつけたのかはわからなかった。そして今になってカマをかけられたことを自覚する。ジルは実際に情報を掴んだわけではなかったのだ。アラインの挙動から見た些細な不審を、なんとなく勘で察しただけのこと。
しかし、今さら取り繕うことなどできなかった。アラインは狼狽を隠すことも忘れたまま、ジト目で見つめてくるジルに答えることもできず、譫言だけを漏らす。
「あー……送別会に出られないのは悪いとは思ってるよ? ただ、こっちも時間との勝負だからさ。まあその辺りはジルから伝えといてくれると、助かる……か?」
口元の歪んだ苦笑いを浮かべながら後頭部を掻き、すっ呆けてみる。その下手な小芝居と内容の噛み合っていない返しは、ジルを爆笑の渦に落とし込んだ。
「ブッ――ハハハハハァ! なんだよその三流芝居⁉ お前それはさすがに慌て過ぎだろ、いつものポーカーフェイスどこいった⁉」
普段のアラインからは考えられない下手糞な誤魔化しに、お腹を押さえて体を折る。
下手な論点ずらしを笑われたことと、自らバラすような態度を取ってしまった羞恥、なによりいたずら程度のカマに見事にかかった悔しさで、アラインは体の奥がカァッと熱くなるのを感じた。
けれど今は気にかけている場合じゃない。すぐに質問の応酬に備えなければ。隠し事に感づいたからには、答弁が繰り返されるはず。さて、どう申し開きしたものか。
そんなアラインの煩いは、即座に取り越し苦労へと変わった。
「やっぱ疲れてんじゃねーか。せめて仮眠くらい取ってから明日出かけろよ」
ジルはそれだけ言うと、アラインを追い越して店内へと戻った。それこそ悪ふざけの延長だったとでもいうように、こちらになにも訪ねることもなく。
「いいのか? その……お前はそれで」
安堵もそこそこに、今度は一抹の不安や疑念が胸を過ぎると、アラインは堪らず呆気なく立ち去ろうとする後ろ姿を呼び止めた。
そしてすぐ、アラインは声をかけておきながら、やはり聞かなければよかったと自分勝手な後悔をする。また、機転を利かせてくれたジルの配慮を無駄にしてしまい、二重の意味で己の判断ミスを悔いた。
だが、ジルのリアクションは朗らかだった。
「まあそうだよなぁ。なんでユウちゃんが倉庫でジュエリーまみれになってたのかとか、厄災が起こったタイミングで都合よく親戚が見つかったのかとか、わざわざユウちゃんが出て行く日に合わせてお前も出かける準備をしてるのかとか、いろいろと気になる点はないって言っちゃあ嘘になるけどよ。なんかコソコソ動き回ってるし?」
「うっ……」
図星の嵐にアラインは二の句が継げなかった。そんな様子にジルは苦笑する。
「けどそれだって、きっとお前なりの考えがあってのことだってのは、十分わかってたからな。これまで何度も似たようなことあったし、今さらだって」
「……はは、全部お見通しだったってわけか」
語らずとも広い知見でそこまで考察したジルに、アラインは舌を巻く。アラインは口元を綻ばせると、素直に畏敬の籠った眼差しでジルを見つめた。
そんなアラインの視線に、ジルはからかうように見返す。
「何年副リーダーやってきたと思ってんだ。見くびんなよ?」
右腕に見込んだだけのことはあり、ジルは見事にすべてを見透かしていた。同時に卓越した観察眼も培われていることも喜ばしく、なんとも複雑な気持ちになる。
とはいえ、これでお店やみんなのことをジルに任せられると確信ができた。アラインは降参とばかりに苦笑いをすると、改めてジルに嘆願する。
「じゃあ……改めて留守の間のことは任せたぞ、ジル」
「おうよ。その代わり、全部終わったら今度こそ話を聞かせてもらうからな」
それぞれ要望を伝えると、二人は指切りのようにお互いの拳をこつんとくっつけた。
短い挨拶も早々に双方は別れを済ますと、ジルは今なお賑わっている店内に、アラインは二階の作業室へと向かう。
まさかジルに誘導尋問されるとは思わなかった。想定外のハプニングではあったが、それもどうにか方がつき、大方上手く行ったことにアラインは人心地がつく。
そしてここからが正念場だった。持ち場に戻るなりアラインは気持ちを入れ替えると、早速作業に取りかかろうと席に着き、カンナから受け取った箱を取り出す。
中にはアラインが注文した通りの、ペンデュラムに使うフレームが入っていた。
とても短い時間で作ったとは思えぬ素晴らしい造形美に、アラインは図らずも数秒の間見惚れてしまう。それでもすぐに目を離せたのは、本来宝石や鉱石がはまっているはずの部分が空っぽだったからだ。
さながら主人を失った玉座のような虚しさを覚える空洞に、アラインは物足りなさと献身欲を刺激される。一職人として、今すぐこの空っぽのフレームをあるべき姿、完璧な形にしたいと、思いがけず職人魂がムラムラと疼いた。
袖を捲り、それでは早速作業を開始――と行きたいところだったが、その前にアラインは、気持ちを落ち着かせて集中力を上げるために、まずは瞑想した。
静に閉眼すると、心が静まるまで何度でも深呼吸。それを何回か繰り返し、意識が体の内側、深い心理の奥底に潜るのをじっと待った。
やがて魂が少しずつ海底に沈んでいく感覚を掴む。意識が外界と剥離されていくのを直感的に認識すると、アラインは普段『眸』を使うときと同じ要領で、さらに集注力を高める。もうそのときには周囲の音響は一切鼓膜に届かず、半覚醒状態のまま、眠りと目覚めの間を漂っていた。
普段ならこの瞬間に開眼すれば『眸』が発動し、いつものように因果を視認できるようになる。しかしアラインはそれを見送り、一層にバイタリティーを蓄積させた。
数秒、或いは数時間が経ったころ、皮膚の表面にチリチリと兆しを感じた。それはやがて激しい流動的な気配へと変貌していく。因果だ。魂が深い領域へと没したことで、通常では捉えることのない感覚を掴み始めたのだろう。
認知した直後にそれは始まった。それまで粛然と沈黙していた意識が、運命の片鱗を知覚した途端に、ピクリと指先が反応する。アラインは動きに抵抗せず、指が動こうとしている方へと身を任せて、指示されるままに摘まむ仕草を繰り返した。
次第に指先はクルクルと円を描くと、やがて空気中から厳選した因果の糸が、綿菓子のふわふわとした糸状のように、少しずつまとわりつき始める。
動きは他の指先にも伝達し、操り人形を動かすパペッティアのように、もしくは鍵盤を弾くように、10本の指を交互に動かしていく。そのうち無意識に軽く丸められた両手の中央の空間で糸が収束し、凝縮された因果の粒が構築されていった。
第一段階をクリアすると今度は、あやとりのような動作に移る。すると米粒にも満たなかった個体は徐々に大きくなって質量を増やし、やがて鉱物ほどの物質が錬成された。
これが『因果歪曲計』の生産であれば、ここで形を整えれば作業は終わっていた。あとは風見鶏に機械と一緒に取りつければストックの完成である。先刻までもアラインは延々とこの工程を繰り返して、同じ要領で『因果歪曲計』を大量生産していた。
つまり手繰り寄せた因果の凝縮物こそが『因果歪曲計』の正体であり、アラインはそれを磁石に見立てることで、国中の因果を曲げたり跳ね退けたり引き寄せたりして、これまでセーフポイントをいくつも開拓していったのだ。
しかし今回の作業はこれで終わりではない。最後に大変面倒な重労働が残っている。
ここまで行き着くだけでも体力・気力・精神力ともにごっそりと消耗して物凄く疲れるというのに、さらにここから加工に移らなければいけない。今後の工程のことを考えると、それだけで憂鬱になり、気持ちがなかなか乗らなかった。
「はあー……――」
弱音を含んだため息が出る。そんな折れかけた心は、集中力が途切れたタイミングで袖を捲った自身の腕が視界に入った瞬間、厭わしさとともに不気味にざわつく。
目線の先に映ったのは、先日腕に出現した鱗を剥がしたときにできた傷跡だった。
すでに塞がっている傷跡は、例え痕跡すら消えつつあったとしても、呪いの証がそこに現れたことを強烈に示唆し、アラインに底知れぬ不快感を与える。
皮肉にも、アラインの挫けかけた心に火をつけたのは、その汚点だった。
「……っ」
アラインは忌々しげに歯噛みすると、傷跡が見えぬ位置まで袖を下ろす。
次いで両手の指に絡んでいたすべての糸を力強く掴むと、自分を奮起させるようにギュッと絞って鉱物を締め上げた。すでに固まっていた鉱物は、全方位からプレスされたように限界まで凝縮されると、さらに硬度を増して強固になる。
同じく極限まで力を振り絞って糸を引っ張っていたアラインは、その状態をキープしたまま、隣に置いてあった自作の特殊な研磨機に鉱物をセットした。次いで、今なお牽引していた因果の寄り集めを、10本の指に繋いだまま所定の位置に設置する。
正念場はここからだった。一般的な研磨工であれば、このまま素材の大きさや歪みの調整にだけ集中して削って行けばいいのだろう。でもアラインの場合は違う。
研磨機で素材を削りつつ、並行して一本一本の指に絡まった因果の解れを一本ずつ細やかに動かし、ときには手を放して糸を掴み大きく引いた。その度に宝石の光度やカラットは小数点単位で変異し、輝きを失ったり変色した部分から率先して除去していく。
その方法は、アラインが独自に編み出した特殊な加工技術だった。
繰り返される繊細な作業は、増々アラインの神経を鋭く尖らせる。集中を注力する時間が長くなるにつれて、神経も蜘蛛の白糸ほどにまで細められると、やがて視界もぼやけてきた。体内では徐々に脳や意識が焼き切れていく。
気づけば額には玉のような汗が浮き出し、熱くもないのにアラインの全身は流れる汗でベトベトになっていた。息も酷く上がって、走ってもいないのに脳は酸欠状態になり眩暈がする。だが今手を放せばせっかく紡いだ糸が解け、すべてが水の泡だ。
(くっ……さすがに因果を込め過ぎたか。注ぐ量が多くなれば、それだけ強度の調整や作業時間も伸びる。そうなればあとは持久戦なんだが……)
かつてない挑戦に、アラインは思わず弱腰になった。
今でこそ、ほぼ毎日街中を駆け回っているので、体力にはそれなりに自信のあるアラインだったが、ここまでの力作を作ったことは今まで一度もない。正直体力も限界に近く、すでに疲労困憊だった。恐らく同じものは二度と作らないだろう。
だが今さら後悔しても後の祭り。すでに作業も佳境に入った今となっては、途中で投げ出すという選択肢はなかった。その事実だけで俄然やる気になる。
アラインは気合を入れ直すため、視線と意識は手元に注力したまま、自己暗示をかけた。
(クソ、ここで止めて堪るか! なんのためにバカみたいに苦しみながら、ここまで加工したと思ってるんだ。それもこれも全部、運気なんていうバカげたものを無くすためだろう⁉)
(運気の波なんてなければ、幸福地帯や不幸地帯は消えるし、幸せと苦しみの激しい落差に耐え切れず自殺する人も減るんだ。吉凶の均衡さえ保てれば、俺や店のみんなみたいに、わけのわからない理不尽で大切な人や居場所を失う人だっていなくなる。ユウだって自由の身になるかもしれない。なにより――)
ついに研磨が終わって鉱物が完璧な形に整った。型が崩れたり不要な因縁が混入しないよう、最後に今までで一番強く因果の糸を引っ張ってきつく結び、その痕跡も削る。
完成したペンデュラムを天井の明かりに掲げると、アラインは脳内で締め括った。
(吉凶システムが崩壊すれば、俺にかかった獣化の呪いも解けるはずだ)
憔悴し切り、極地に達しながらも、ペンデュラムを仕上げようと躍起になった理由。
そしてこれこそが、アラインがこれまで誰にも告げることなく、『因果歪曲計』の設置を目論んだ原初の経緯であり、最終的な目的であった。
もちろん人々のためというのも嘘ではなく、ついででもない。運命という理不尽にうんざりしていたのは本当だし、どうにか解決したいと常に思っている。
特に今回力が入っているのは、ユウという枢軸との遭遇という転機を迎え、分岐点を見出したからだ。ようやく巡って来たこの好機を逃す手はない。そしてそのためには、なんとしてもユウを失うわけにはいかなかった。
不純な動機であることは重々承知している。それでも今になって考えを改めるわけにはいかなかった。例えその結果、ユウに蔑まれることになったとしても。
「……ん?」
ペンデュラムの出来栄えを確認していたときだった。
アラインは上げた腕に不吉の兆候を見つける。以前とは反対側の腕に新たな鱗を発見した。それも前回より数枚が多く、染みのように広がりつつある。
心当たりはあった。スチュワードが振り撒いた厄災だ。
今日はその渦中を駆け巡り、さらに遠距離だったとはいえ、鉱山で諸悪の根源と直接対面したのだ。そのしわ寄せがこうして現れたのだろう。
いつもであれば、その烙印を見た瞬間に発作のように錯乱するアラインであったが、今日に限っては疲労と高揚で情調が不安定だったので、その分酷く落ち着いていた。
それでも凄まじい嫌悪感は変わらない。アラインは弾かれたように机に放置してあったペンチを掴み取ると、皮膚を引き千切る勢いで中央の鱗を強引に抓り上げた。
鋭い痛みに瞼がピクピクする。ペンチで思いっきり抓った個所は、鱗の上からでもわかるほど充血し、すでに変色していた。構わずアラインは研磨機に向き直る。
動作中の研磨機の回転しているブレードに腕を突っ込み、皮膚ごと鱗を切除した。
骨を断ったわけではないので振動はなかった。まだ侵食していない素肌の部分から切り取ったため、刃は固い鱗に接触することなく、気持ちがいいほどスムーズに皮膚ごと鱗が切り取れる。運よく血管も避けたので、血が噴出することもなかった。
あっという間に除去が終わり、傷の具合を見る。血色のいいピンクの肉と黄色い脂肪が見えたのも束の間、断面からプツプツと血が滲み出し血液が溢れてきた。
しかし静かな狂気に駆られたアラインの脳内は、そんなことは二の次だった。それよりも覆っていた鱗がきちんと断絶できたことに満足すると、ペンチで摘まんだままの切り取った皮膚を適当なぼろきれに包み、無造作にゴミ箱に捨てる。
止血に入ったのはそのあとだった。やっとのことで傷の手当に入るが、それだってガーゼを上から押し当てて、大雑把にぐるぐると包帯を巻くだけで済ませてしまう。あとは傷が癒えるまで、目立たないように上から衣服で隠せばいい。
適当な治療だったが、アラインの場合それで問題なかった。数日前に毟った鱗の傷跡でさえ、常人とは思えない驚異の回復力で、すでに痕跡ごと消えつつあったのだから。
アラインにとっては傷の手当よりも、呪印を除去することの方が、遥かに優先順位が高かった。それは今後どれほどの大怪我を負ったとしても、決して変わらないだろう。
ともあれ脅威は去り、困難を極めた加工も無事終了した。あとはワイヤーでペンデュラムを包んで、いい感じにオシャレにアレンジすればいい。
けれど今は途方もなく疲れており、その作業をするのは難儀だった。その流れで、ジルから仮眠を取るよう言われていたことを思い出す。
アラインは頭を切り替えると、今にも途切れそうな意識でフラフラと目覚まし時計をセットして、そのままベッドに倒れ込んだ。
相変わらず包帯を巻いた腕は熱を持っていたが、極度の疲労の方が上回っていたため、幸いにも痛みは半減していた。もうしばらくすれば出血も勝手に止まるだろう。
気が抜けると一気に眠気が押し寄せた。アラインは完全に眠りにつく前に、もう一度だけ机に目をやると、机上でいびつに輝く自分が創造した因果の凝縮物を一瞥する。
「システムさえ、破壊すれば――……」
ほぼ飛びかけた意識で陰謀を再確認すると、ついにアラインは机の上に倒れ込んだ。夢の扉を叩くにはだいぶ早い時間に眠りにつくと、翌日に備えて仮眠を取る。
もっとも、あまりの疲労でがなり立てていた目覚ましを寝ぼけて叩き落してしまい、翌日大慌てで最後の仕上げをしてから、ユウを追いかける羽目になるのだが。




