第13話 別れ
店に帰宅するや、アラインは早速仲間たちにユウが街を去る旨を告げた。
筋書きはこうだ。実はユウには本人すら知らなかった遠い親戚がおり、何年も彼女を探していた。そこで今回の騒動がきっかけでユウの目撃情報が出回り、それを聞きつけた親戚が現場に駆けつけ、急遽引き取ることになった――と。
辻褄合わせとしては、こんな感じでいいだろう。
即興で考えた設定のため、突き詰めれば穴はいくつでも見つかるだろうが、この店には他人のプライバシーには首を突っ込まないという方針があるため、従業員たち相手であれば、その辺りは上手くカバーできるはずだ。
念のため、当時のユウは幼過ぎて昔のことはあまり覚えていないという設定を後付けすれば、多少話が食い違っていても変に言及されることもあるまい。
それに、もしものときはユウの体質がなんとかしてくれるだろう。
こうして綿密に筋書きを練った甲斐あってか、ユウの退職はすんなりと従業員たちに受け入れられた。
ジルたちも無事了承してくれた。正直ここが一番の難関だった。
ユウはすでに『因果歪曲計』関連に深く関わっている。そんな彼女が、仲間入りした直後に脱退するというのだから、快く思う者は当然いるはずもない。誰もが顔を曇らせ、情報漏洩を懸念してアラインとユウに再考を促した。
そんなとき、間を取り持ってくれたのがジルだった。
「別にいいじゃねーか。考え過ぎだって。それにユウちゃんの実力でそんなヘマしないことは、移転の話がチャラになったことでわかってるだろ? 協力してくれた仲間として、恩返しのつもりで、そのくらい目ぇ瞑って送り出してあげるべきじゃん?」
このジルの鶴の一声がなければ、論争は長引いていただろう。
お陰でなんとか一同は納得してくれた。リーダーに続いて副リーダーまでもがユウの脱退を容認したとなれば、異議を唱える者も出づらい。
かくしてユウが街を去る準備は整った。しかしここで当然の疑問が上がる。
「で、どうしていきなりいろんな場所で災害が起きたんだ? 『因果歪曲計』は昨日調整したばっかだろ」
やはり仲間たちはそのことが一番気にかかっていたようで、この話題が議題に挙がるなり、誰もが一斉に我らがリーダーへと視線を送った。
意図せずスポットを浴びせられた。しかし近いうちに矢面に立たされることを予期していたアラインは、あらかじめイメージしていた通りに冷静を装う。
「そのことについては俺もこれから調べるつもりだ。今はまだなにも言えない。でも安心してくれ、今のところ大きな運気の流れは収まってる。その間に原因を突き止めるつもりだから、それまではみんなには通常運転で動いてほしい」
一段落したとはいえ不安が募る中、アラインが暫定的な展望を述べると、取り敢えずの方向性が決まったこともあり、みんなは不安げながらも妥協してくれた。
差し当たり折り合いがつくと、これで残るは、アラインたちで行われるユウの形式的な送別会を済ませるだけになり、波乱万丈な一日は幕を閉じる。
そして聖儀祭二日目。早速ユウは送別会で各従業員たちに挨拶回りをした。
先日スチュワードによって誘発した災害でパレードも一時中断していたため、客足は伸びず、会場は必然的に店内となる。また突然の辞職であったため、準備をしていなかった店内の飾りつけも簡易的で、これまた急場凌ぎで用意したがために質素となった料理や飲み物が、適当に並べられた机の上に無造作に置かれる。
「まさか、こんなときにユウちゃんまでいなくなっちゃうとはなぁ……いや親戚が見つかったんだから、これは喜ばしいことなんだろうけどよ」
「昨日の今日でこう立て続けにいろいろ起こると……なあ?」
例の騒動のこともあり、従業員たちのテンションや盛り上がりは、当然のことながらいまいちなものであった。みんな表面上は笑顔を貼りつけ生気づこうとしてはいるが、ふと耳を澄ませば、そんな小声の遣り取りが聞こえてくる始末である。
そんなとき、頼りになるのがカンナだった。
「なに言ってんの、こんなときだからこそ笑顔で見送ってあげなくっちゃ!」
さすがはジルに並ぶ女性版ムードメーカー。テンションの上げ方や嫌みにならない声質が絶妙だ。そんな溢れんばかりの熱量に当てられれば、酒飲みたちも沈んではいられない。
「ああ……そうだな。こんなときだからこそ、騒いでなきゃやってらんねぇよな⁉」
「もうこれ以上暗い気持ちになるのは身が持たねぇ! 同じ身が持たねぇなら、べろんべろんに酔って訳わかんなくなった方がマシだ!」
「せめて今だけでも明るい気持ちに! あとのことは任せた明日の私!」
カンナに発破をかけられた酒豪たちは一斉に吹っ切れると、それこそなにもかもを忘れ去ろうと、瓶の酒やジョッキをグイッと傾けて一気に喉に流し込む。次の瞬間には酔人たちの喜声が店内に飛び交い、沈み気味だった空気は途端に持ち直した。
なんとか送別会が台無しになるのを阻止すると、カンナはふうと息を吐く。そして自分もこの盛り上がりに参加しようと、ユウに向き直った。
「まあ確かに、来たばかりでいきなりお別れはびっくりしたけどさ。でも、またいつでもお店に来てねユウちゃん。歓迎するよ! だから今日は一日中飲み明かそ――」
「カンナ、頼んでたものはできたか?」
まさに今バイブスを上げようと勢い込んだとき、アラインに呼ばれてカンナは出鼻を挫かれた。渇を入れる直前に横槍を入れられて、わざとらしく盛大にズッコケる。
「あーもう! アラインってたまにタイミング悪いよね⁉ せっかく私が明るいお別れ会にしようと盛り上げてるのにさぁ!」
「え? ああ、ごめん。それより俺が頼んだ――」
「はー、ごめんの一言で謝罪終わりかよ。これだから真面目ド陰キャは」
「真面目がなんだって?」
「アラインは真面目だよねって言ったの! はいっ、頼まれてたやつ」
へそを曲げながら言い放つと、カンナはポケットから取り出した小さな箱を放った。アラインは難なくそれをキャッチすると、その場で開封してブツをチェックする。
「今日中に必要だって言うから、昨日徹夜で作ったんだからね。文句は言わせないよ」
依頼者から不平が飛ぶ前にカンナは釘を刺した。だがその心配は杞憂に終わる。
箱には確かに注文した通りの商品が収められていた。急ぎで頼んだのにもかかわらず、素晴らしい仕上がりである。アラインは口角を上げると、ありがたく箱を懐に仕舞った。
「ああ、これなら間に合いそうだ。ありがとう」
心からの感謝を伝えると、アラインはすぐさま踵を返した。
あまりにも颯爽と去り行く姿に、数人の従業員たちがギョッとする。中でも一番驚いたのはカンナで、目前で遠ざかろうとする背中を慌てて呼び止めた。
「えっ? ちょ、ちょっとどこ行くのアライン?」
「急ぎの用事があってな。二階で作業してくる」
「作業って……お別れ会に参加しないの? ユウちゃん明日出て行っちゃうんだよ」
「すぐに取りかからないといけないんだ。手が離せそうにないから、送別会はみんなでやっといてくれ。それとジル、ちょっといいか?」
「んぇ? 俺?」
去り際に名指しされると、仲間内で騒いでいたジルは素っ頓狂な声を出したあと、雑談を切り上げてアラインとそのまま裏口へ回った。途端に従業員たちは頭を寄せる。
「なにかトラブルかな? わざわざジルを呼び出して裏に回るなんて……」
「そういえばアラインの奴、昨日からずっと部屋に引き籠って作業してるらしいよ」
店内はそれほど広いわけではない。誰か一人が怪しい動きをすれば、すぐに話題のターゲットになって、あることないこと噂話が飛び交う。
といってもここにはアラインが厳選した善良な人間しかいないため、風評が立つことはないのだが。しかし店長への不満となれば話は変わってくる。特にカンナの場合は。
「ったくアラインめ、別に今日くらい仕事休めばいいのに。どうせしばらくお客さん来ないんだからさ。気が利かないなぁまったく。ユウちゃんもそう思うでしょ?」
「えっと、私は……」
いきなりカンナに同意を求められると、ユウは答えに窮した。
わざと冷たくしているにしろ、本当に忙しいにしろ、どの道アラインの出入りが激しいのは高確率で自分が原因であるため、ユウは曖昧な相槌しか打てなかった。
だがカンナは生返事でも十分満足のようで、憂さ晴らしとばかりに一人意気込む。
「あーもーいいや! お忙しい店長様のことは放っておいて、今日は私たちだけで盛り上がろう! この際、辛気臭いのはなしなし。みんなカパーイ!」
微妙になりかけた空気も、カンナの采配によって強引に活気づけられると、店内はたちまち元の調子を取り戻し、音頭に合わせて各自食べ物や飲み物を掲げた。
どうにか雰囲気が保たれると、ユウは静かに胸を撫で下ろす。この様子なら心置きなく出て行けそうだ。心残りがあるとすれば、あと一つ。
ユウはちらりとアラインが出て行った方を見る。
カンナの言った通り、今日のアラインは特別慌ただしいような気がした。その理由は確実にユウ関連だろう。だからこんな日まで手を煩わせてしまって申し訳なく、なにか手伝えることはないか、面倒事に巻き込んではいないかと気になって仕方がなかった。
そして幸か不幸か、そんなユウの心配は、翌日に見事的中する。




