第12話 月桂秤
街の様子は、一部地域に限って、災害を思わせるほどの被害に見舞われていた。
そのほとんどが人災から始まったもので、そこから派生した因果関係が、火事や建物の倒壊はもちろん、交通事故や落下物などの運命に弄ばれたような事故を引き起こし、大事に至った形跡が随所にあることをアラインは読み取る。
それ以外の場所、特に被災地の近くは、しわ寄せを受けた程度に小規模の打撃を受けた様子が見られた。パレードも当然中止しており、お祭りどころではない。
なにより痛ましかったのが、未だ救助を待っている怪我人たちの呻きや泣き声がそこら中から耳に入り、気を抜けば目に入って来る路上は死屍累々たる有様で、あまりにも無残な現状を正面から受け入れることができなかった。中には小さい子どもの亡骸もあり、肉親と思われる老若男女がその場に崩れて咽び泣いている。
アラインたち一行はその状況を直視できず、目を伏せて足早に通り過ぎた。
これらの悲惨な出来事が、たった一体の執事によってもたらされたなどと、誰が信じられようか。だが事実、スチュワードは直接手を下すこともなく、ただ無気力そうに適当に歩いていただけで、人々をこの惨状に陥れたのである。
店に着くころには、鉱山で一悶着起こしたときとは別の意味でアラインはげっそりしていた。唯一の救いは、経営する店舗が被災地から離れた場所にあり、こちらには魔の手が伸びた形跡はなく、従業員全員が五体満足で帰って来たことである。
ドアを開けると早速大勢の仲間たちがアラインを出迎えた。店内のそこら中で内緒話が飛び交い、耳を済ませずとも、そこかしこから街での出来事を話題とした内容が聞こえてくる。
「あっ、ほらアライン帰って来たよ!」
「よかったぁ無事で。ねえもう知ってる⁉ さっき街で物凄い事故が――」
従業員たちは店長の帰宅に気づくと、慌てて駆け寄り、開口一番に気遣わしげな言葉をかけたり、例の事件について話を振ってくる。
アラインはそれらすべてを片手で軽く制し、やんわりと断った。
「あー悪い、今ちょっと別の用事で手が離せないんだ。事故のことはだいたい知ってるから、その話はまたあとでな。それより――」
「戻ったかアライン!」
相棒の姿を探していると、こちらから呼ぶ前にジルが駆け寄ってきた。アラインも速足で近寄る。そのまま二人して裏方に回ると、ジルは歩きながら小声で報告をした。
「言われた通り限界まで粘ったぞ。あのあと、こっちはすぐに落ち着いた。そっちの方はどうなったんだ?」
「ああ、みんなが頑張ってくれたお陰でなんとか片はついた。けどまだ予断は許さない状態だ。あと、鉱山が犠牲になって丸ごと潰れて地中に沈んだ」
「沈っ⁉ ……いや。街全体を巻き込むほどの厄災だったもんな、むしろそのくらいで済んでよかったと考えるべきか……」
ありのまま起こったことを告げると、ジルは驚愕し、すぐに思い直して冷静になる。
一瞬の空白が生まれると、次はアラインが質問する番だった。
「ユウは今どうしてる? さっきから姿を見てないような……」
「まだ倉庫にいるよ。なんか外に出たくないって、ずっと引き籠ってんだ。さっきカンナたちから聞いたんだけど、事故現場にいたみたいじゃねぇか? まあ、あの騒ぎに巻き込まれたんなら、そりゃ外に出るのも怖くなるよな。ユウちゃん世間離れしてそうだし」
ジルは勝手に納得すると、気の毒そうに頷く。もちろんアラインはそれが本当の理由ではないことを知っていた。だからユウと腹を割って話すため、一対一の場を望む。
「ちょっとユウの様子を見てくる。ジルは今俺が言ったことを他の奴らにも伝えといてくれ。あとで俺からも詳しいことを説明するから」
「鉱山のことな、了解。……他に話してないことはないか?」
踵を返したとき、やけに神妙な声音で問いかけられ、アラインは思わず振り返る。
そこには厳格な風貌のジルが、真面目な顔つきでこちらの目を見据えていた。
嘘や隠し事を見透かすような瞳に、思わずアラインは気圧されそうになる。だがすぐに体裁を取り繕うと、違和感を与えないように、慎重に言葉を選んだ。
「俺も起きたこと全部を把握してるわけじゃないからな。もしかしたら見落としもあるかもしれないし、まだなんとも言えない。なにかあったら、また都度連絡する」
嘘はつかず、かといってすべてを伝えることもせず、アラインは巧妙にはぐらかす。
「ふーん。まだ、ね……。なら仕方ないか」
どこか訝しげにアラインの言ったことを咀嚼するジル。けれどすぐに頷くと、一歩引いてくれたかのようなニュアンスで快く承知してくれた。
「わかった。そんじゃあそのときが来たら、きちんと話してくれよな」
ジルは心の準備はできていると言いたげな口ぶりで返事をすると、そのまま裏口に回って、待機していた仲間たちの方へ戻って行った。早速報告をするのだろう。
あの様子だと、ジルはアラインの抱いている曖昧な懸念に勘づいているようだ。
その上でまだアライン自身結論を出せずにいることを察して、今回は見逃してくれたに違いない。どの道ジルには近々自白する機会が訪れそうだと、アラインは密かに観念する。
ならばこちらもそれに応えられるよう、胸に渦巻く猜疑心をはっきりさせておく必要がある。アラインは相棒が見えない手で背中を押してくれたことを実感すると、足早にユウのところへ向かった。
倉庫のドアを開けると、室内はアラインが去る前と何一つ変わっていなかった。
ものの位置も動かされた形跡はなく、変化があるとすれば、ユウを埋める勢いで山積みになっていたすべての小型『因果歪曲計』の動作が、完全に停止していたことくらいである。
そんな山積みになったアクセサリー類の中にいたユウも、相変わらず防熱シートに包まったまま沈黙を保ち、冬眠中の蓑虫のようにじっとしていた。
眠っているわけではないようだが、その無気力で空虚な佇まいからは、遠く離れた故郷の敗戦を知らされた兵士のように、なんとも言えぬ敗北感と哀愁が漂っている。
「なにしてるんだ?」
ただ黙っているわけにもいかず、アラインは取り敢えず声をかけた。
わずかな沈黙のあと、ユウは伐が悪そうに口をもごもごと動かす。
「……ここにいれば、自分の体質を抑えられるから……」
「なるほど、だからずっと倉庫に引き籠ってるわけか。でも、ここにいても意味ないぞ」
「っ……」
「あと、その頭から被ってるアクセサリーや足元に散らばってる分も、すでに全部動いてないな。多分、さっき大きな因果の流れがこの辺りを通ったときに磁気不良を起こして壊れたんだろ。それかユウ自身の力を抑えられなくなったか」
「私……自身の……」
意味がないと言われたところでユウは反応し、ようやく俯いていた顔を上げたが、後半に行くに従って再び視線を落とす。下地としてはこのくらいで十分だろう。
「そうだ。それにどちらかといえば、一つの場所に留まってる方が、影響はどんどん強く出てくるものだぞ。それでもまだ倉庫の中にいるか?」
問いかけはもはや質問ではなく、一方的な脅しだった。
そんなことを言われたら、ユウも倉庫に引き籠っているわけにもいかず、渋々と防熱シートから這い出る。その拍子に全身につけていたアクセサリーがジャラジャラと落ち、山になっていた分も滑るように崩れた。
しばらくぶりに倉庫から出ると、ユウは申し訳なさそうに呟く。
「ごめんなさい……私まさか、これがもう壊れてるなんて知らなくて……多分この中にあった機械も、全部ダメにしちゃったかもしれない……」
自分の体質がもたらす効果を理解しているようで、ユウは大半の『因果歪曲計』を台無しにしてしまったことを謝罪した。
アラインは床に散らばったジュエリーを見たあと、フッと破顔する。
「気にするな。元々こういうとき用に用意してたものだ。本来の機能はもうないけど、どこも傷はついてないし、商品価値は十分にある。中身だけ取り出して、純粋にアクセサリーとして欲しがってる人に売ればいい。気持ち値下げしてな」
床に落ちていたものを一つ拾い上げると、埃を払ってユウに見せた。目の前に掲げられたアクセサリーに、ユウは思わず見つめて呆然とする。誘い出すなら今だった。
「ユウ、ちょっと外につき合ってくれないか?」
「えっ? ……あ、でも私。外に出ちゃうとまた、みんなに迷惑が」
隙を突かれると、案の定ユウはたじろいだ。もちろん殺し文句は考えてある。
「なに言ってるんだ。むしろ逆だろ。ユウが街中を歩けば、引き寄せられた幸運を周囲に振り撒くことができる。そうすれば街の回復も早くなるかもしれないじゃないか。まさか自分の体質を忘れたわけじゃないだろうな?」
「もちろん覚えてるよ。だからこそ心配なんだって。私が動き回ってスチュワードが追ってくれば、その分またさっきみたいに、いろんな人を大勢巻き込んで……」
「そのことなら心配するな。あの執事ならここには来ないよ」
「どうしてそう言い切れるの⁉」
「俺が瓦礫に埋めたからだ」
事実を告げた直後、ユウは時間が止まったように凍りついた。一瞬前まで珍しく見せた切迫した表情は消え、今は目を見開いたまま呼吸すら忘れている。
双方がどういう間柄であったのかは知らない。しかしユウの肉親を失ったような喪失感にも似た反応を見た感じだと、いがみ合う関係ではなかったようだ。
「そのことについて話すためにも、一旦外に出よう。ここじゃ都合が悪いだろ」
言いながらアラインは促すように店内を見回す。つられてユウも視線を追い、店内を行き交う大勢の従業員たちの姿を見ると、観念したように眉尻を下げた。
そのまま悲しげな瞳でアラインを見ると、後生とばかりに懇請する。
「じゃあ、ついでに行きたいところがあるから、一緒に来てもらってもいい?」
◇
道中、ユウは被災地や犠牲者を、目に焼き付けるように何度も凝視した。
惨たらしい事故現場や痛々しい怪我人の姿が目に入る度にユウは青褪め、肩を震わし、ふらついて千鳥足になる。けれども一拍後には厳格な表情で大地を踏み締めると、決して足を止めることなく、被災地の真っただ中を前進していった。
積極的に苦痛へ飛び込まんとする勇敢な姿勢は、まるで自分を罰しているようで、己が原因で起こった悲劇への正当な贖罪を受け入れているようである。
それでも勇ましい足取りはいくども挫けかけ、罪悪感から来る吐き気と気が遠くなりそうな眩暈で、平衡感覚を失って倒れかける。
どんどん具合が悪くなるユウを見かねたアラインが途中何度も出直すかと聞くが、ユウは断固として首を振った。そしてまた周囲の惨状へと目を移し、猛然と苦行の道を行く。
間もなくして、いつか訪れた植物園が見えてくる。そこは二人が図らずも巡り合った運命の場所。そしてユウが会談のために提案した舞台であった。
植物園は先日の事故により半壊していた。二人は立入禁止と書かれた看板を横切ると、簡易的に巻かれたテープを潜って、堂々と中に侵入する。
植物園の上階に上がると、内部は以前天井が崩れたときの状態のまま放置されていた。
周囲では天井の破片が地面に突き刺さっており、深々と足元を抉っている。ほぼ足の踏み場もないような状態で、至るところにガラスの破片と鉄屑が散らばっていた。
こうして植物園を観察してみると、建物内の骨組みは錆だらけで、古いものから漂う独特の臭いを追えば、壁や天井にまで植物のつるが伸びているのを発見した。枯れずに残っていた植物も含めて全体的に鬱蒼としており、随分長く手入れをしていないことが窺える。
そういえば前回天井から落下したときも、ここには誰もいなかったことを思い出す。どうやらここは元から解体予定の場所で、恐らくこのまま取り壊すつもりなのだろう。
周囲に散らばった断片からそんなことを想像していると、先頭を歩いていたユウが立ち止まった。遅れて着いて来ていたアラインも足を止める。本来壁があったはずの前方にはなんの遮蔽物もなく、今は足場ごと崩れ、外が丸見えになっていた。
ユウは崩れかけた足元の端ギリギリまで前に出ると、街の方から吹いてくる風を一身に受けながら、真っ直ぐな瞳で正面を見つめる。アラインも同じ場所に立つ。
丁度前方には月桂秤が臨めた。壁が崩れていなかったら、きっと見えなかったポジションである。するとユウはおもむろに月桂秤を指差した。
「私とスチュワードが来たのは、あの天秤」
「……な」
ついと告げられ反応が遅れたアラインだったが、三秒が経つ間にユウがなにを告白したのか理解すると、ようやく現実が追いついて、そんな返事が口から漏れた。
しかし制限時間に間に合わず、漏れ出た言葉はユウに遮られてしまう。
「私この前まで、あの中以外の世界が外に広がってるなんて知らなかった。生まれたときからずっと部屋の中だったし。だから頭の上に天井がなくて、どこまでも突き抜けてることに今でも慣れない。それに人もいっぱいいて……時間はあるのに、朝と夜がない」
「な……? にを――」
「だから最初は全然感覚が掴めなくて、寝てるときと起きてるときのリズムが狂っちゃって、いつも寝不足だった。ねえ、なんでここは夜が明け始めた時間なの? それとも夜に向かっている途中なのか――」
「なにを……言ってるのか、わからない。月桂秤だって?」
ユウの疑問には答えず、アラインは質問を返しながら困惑する。
出会った当初はユウに対して猜疑心を抱く程度だったが、今回は聞いたことすべてを最初から全否定した。不気味な内容にアラインは軽く狼狽する。
「さすがに……今の話は、ちょっと信じられない。だってあの建物には入口が存在しないんだぞ? 中に空間があるなんて聞いたことがない。今まで誰も傍に近づけたことすらないんだ。俺の能力を持ってしても……敷地内に入ることすらできなかった」
すでに周知の通り、アラインは『因果歪曲計』設置のため、常日頃どんな場所も問わず国中を駆け回っている。それが危険地帯や立入禁止区域だろうと関係なく。周りから徐々に『因果歪曲計』で調節してリスクを下げれば、それらの仕事は簡単なことだった。
だがそんなアラインでも、一ヵ所だけコンプリートできなかった場所がある。それがたった今話題に出てきた月桂秤であった。
「普段からいろんな場所を駆け回ってる俺でも、あそこほど奇妙なロケーションは他に見たことがない。国の方針で義務付けられた風見鶏すら一つも設置してない、一切の法制が及ばない治外法権だ。なにより、あそこには気の流れが存在しない。吉凶の作用が及ばない完全な凪のスポットなんだ。俺も『因果歪曲計』設置のために何度か挑戦したことはあったけど、結局一度も成功しなかった。放置したところで悪い影響もないし、俺たちの目的にも特に支障がないから、それからはずっと度外視してたんだけど……」
「ああ、だからあそこだけ風見鶏がないんだね。でもアラインたちが上手く出来ないのはわかるよ。私もみんなと一緒で、中に戻れなかったから」
「戻れない⁉ ……って。なんでだ? だって自分の元いた場所なんだろ?」
口上ではユウを疑っていたアラインだったが、スチュワードの件も然り、先の厄災のことなど、この短い期間で数々の騒動を実際に見て巻き込まれた今となっては、もうほとんどユウの発言を信じ切っていた。
なによりも、今さらこれまでのことを誤魔化したところでユウにメリットがないし、むしろ今の発言は火に油を注いでまでいるのだから。
「さあ、なんでだろね。何度戻ろうとしても、どうしてか辿り着けないんだ。もしかしたら今アラインが言ったみたいに、運の影響がないからなのかもしれないし。私の体質の効果が全部跳ね返されちゃってるとか?」
お手上げとばかりに両手をヒラヒラさせると、ユウは他人事のようにそう言った。
ユウの意思、そしてその思いがもたらす強大な因果すら容易に跳ね返す月桂秤の偉大さに、アラインは深く落胆する。
それと同時にふと、ある可能性が脳裏で閃いて黙考した。
(戻れないのはユウの体質すら月桂秤には及ばないからなのか? それとも幸運体質だからこそ、戻る必要はないと運命に誘われてるのか――)
このとき、アラインの脳裏に一つの目論見が閃く。
(もしユウから月桂秤のことを聞き出せれば、あそこにも『因果歪曲計』を設置できるようになるんじゃないのか? そうなれば――)
これまで苦労してきたことや上手く行かなかったこと、そして半ば諦めていた諸々のことが、噴水のように沸き出す。遠い昔に色褪せていたそれらは、途端に彩られた。次いでこれまでに被ってきた辛い経験が記憶となって蘇り、癒えかけていた傷跡に爪を立てる。
月桂秤に運気を相殺する効果がなければ、どれだけ効率的に物事を運べるだろうかと考えない日は、今までになかった。毒であればいくらか利用価値はある。しかし薬は愚か完全なる凪となると、存在しているだけで一気に厄介な代物へと変貌した。
だがもしも月桂秤を攻略できるのなら、予定より早く目的を達成できるはずだ。或いは月桂秤の性質を利用して、運気の影響のない世界を作り出せるかもしれない。
どちらにしろ最終的な目的は同じ。目指すは運気に左右されない世界。
多面的な視点によって有益な考察が得られると、アラインは慎重に思考を巡らす。一方でしばらくアラインが黙っていると、ユウが言を継いだ。
「スチュワードは私の世話役でね、物心ついたときからずっと一緒にいたんだ。ご飯を作ってくれたり遊んでくれたり、寝るときは絵本を読んでくれて、私が泣いたときは抱っこであやしたり……身の回りのことを、いろいろやってくれたんだよ。読み書きや勉強も教えてくれたし。こういう関係って、外の世界だと家族って言うんでしょ? スチュワードがお父さんかお母さんかはわからないけど、いつも傍にいてくれて……だから、街のみんなを傷つけたのが未だに信じられない。いつもは凄く優しいのに、なんで……」
嬉しそうに身寄りを語る口調は、しかし後半になるに従って徐々に沈んでいき、ついには悲しみの色が滲んで、声も聞き取れないほどに萎んでしまった。
信じていた家族があれだけのことをしでかせば、誰だって落ち込むだろう。そして自分の中で築き上げてきた相手への信頼が根底から瓦解すれば、戸惑いを通り越して絶望の淵に叩き落され、不信感と罪悪感で押し潰されても仕方がない。
その事実は今、ユウの中の良心の呵責を酷く傷つけていた。アラインとしてもスチュワードは許せなかったが、これにはユウに同情心も湧き、複雑な気持ちになる。
「体質のことはいつ気づいたんだ?」
重苦しい空気を換えようとアラインは別の話題を出した。ユウもその意図と気遣いを察したのか、努めて昔の記憶を探ることにシフトする。
「気づいたっていうか、それもスチュワードが私が小さいころからいつも言ってたことだったから、わりと初めから知ってたかな。それから少しずつ、これかな? って感じることが増えて、自分でも試してみたりして実感していったって感じ」
「試す?」
「わざと転んだり、ぶつかってみたりとか。とにかく怪我しそうなこと全部。するとね、変に面白い偶然が重なったりして、どうしてか全然大丈夫なんだよね。あまりやり過ぎるとスチュワードに怒られるから程々にはしてたんだけど。私が外の世界を知ったのは、そんなときだったかな」
過去を見据えながらそう言うと、ユウは懐かしげに回想した。
「向こうにいたときは、スチュワードの言いつけで、ずっと決められた部屋にいてね。扉はあったけど、なんでかスチュワードしか出入りできなくて、私が近づいても反応しないし、ボタンもないから出られなかったんだ。だけどあるとき、もしかしたらこれも体質を利用すれば行けるんじゃないかと思って、いろいろ試してみたんだよね。そしたら一つだけ上手くいった方法があって」
「ああ、それで扉が開いて外に――」
「ううん、ダメだった。蹴っても叩いても、どうしても扉だけは開かなくて……だから無理に開けようとはしないで、開かざるを得ない状況を作った」
予想が外れたことと、そのやむを得ない状況とやらに興味を持ってアラインが眉をひそめると、ようやくユウはニッと口角を上げた。
「扉の前に本棚とかタンスとか、落ちてきたら危ないものを、考えられる限りいっぱい積んだあと、私がその間に入って、扉の方にしか逃げ道がないようにしたんだ。そして自分の方に倒したら、重いものや刃物とかも頭に落ちてきて――先にいろんなものが一気に扉に当たったと思ったら、そのまま開いて外に逃げられた」
話を聞くとアラインは胸の中で膝を叩く。なるほど、その手があったかと。
なぜユウが扉の外に出たいと望んだときだけ、本人の思い通りにならなかったのか疑問は残るが、考える前にユウが先を継いだ。
「それからはもう、初めて部屋から出られたことが嬉しくて、めちゃくちゃに歩き回ったから、逆にあんま覚えてないかも。よくわかんない道もいっぱい通ったし」
「よくそう無鉄砲に出歩けるな。迷子になるとか考えなかったのか? フロードに会いに行ったときだってよく逸れてただろ」
以前何度もユウが迷子になりかけたときのことを思い出すと、アラインは呆れ半分で指摘した。しかし当人は、けろっとした表情でうそぶく。
「うーん。そのときは、なんとなく大丈夫って思ってたから。それにもし迷っても、それこそ持ち前の運のよさでどうにかなるかなって」
ようやくアラインは、ユウがすぐに逸れる本質を理解した。
長年の隔離生活で世間知らずなことが原因の一つであることは理解したが、それ以外にも、ユウは自分の能力を過信しているきらいが根本にあることを知る。幸福体質であるが故に過剰な自信がつき、後先考えず行動した結果が迷子なのだろう。
なんとも身勝手な真実に、アラインは呆れて開いた口が塞がらなかった。
ユウは隣で肩を落とす保護者の心境など露知らず、依然として回想に努めるが、ここに来て滞りを見せる。
「それからはもう、目に入った道を手当たり次第に進んで行ったんだけど、そしたら途中で奥の方から光りが差してるのを見つけてね。当てもなかったし、取り敢えず光りの方に行こうと思って体を向けたら、なんか急に頭がぐわんぐわんしてきて…………」
「……どうした?」
たっぷり10秒。ユウがいつまでも黙りこくっていると、アラインは違和感を覚えつつも先を促した。なおもユウはどこか夢現のまま、ようやく続きを思い出す。
「歩こうとしたら、外に出てた」
「……は?」
唐突に訪れた話の終わりに、アラインは思わず声を出した。なおもユウは続ける。
「いつの間にか周りにはたくさんの人がいて。それまでスチュワード以外は見たことなかったから、凄いびっくりしたんだけど。いろんなお店や建物もあるし――」
一気に話が飛びアラインはぽかんとした。それから困惑気味に首を振る。
「いやいや、月桂秤から出るとこ端折っちゃダメだろ。一番大事なところじゃないか」
「違うの、本当に思い出せなくて……ほんの5、6歩くらい。歩き出して多分、3秒も経ってなかったはずなんだけど」
「じゃあ……なんだ? 実は出口はすぐそこにあって、そこから出たってことか?」
「それはないよ。だって見つけた光りは遠くにあったし、それだとすぐ目の前に出口がないと、私が覚えてることと辻褄が合わない」
ユウは自分でも困ったように眉を八の字にしてアラインを見た。
仕事柄、洞察力には長けているアラインであったが、ユウの顔を見る限り、嘘をついている感じはない。それにここまで話しておいて、今さら誤魔化しても遅いだろう。
かといって納得できるわけでもない。引っかかりがあるとすれば、ユウが沈黙する寸前に言っていた「急に頭がぐわんぐわんして」という個所だ。この部分に話が割愛された原因があるのかもしれない。なんといっても月桂秤内部での出来事なのだから。
「まあ、考えられない原因がないでもない……。例えば月桂秤の吉凶は常に凪いでるから、中がどうかは知らないけど、それが出口の近くにいたユウの体質にも影響して、そのせいで途中でふらついて……その間に外に出てた、とか」
「本当に運気の流れがないなら……多分そうかも」
確証もないので、ユウも言われるがまま便乗するしかなかった。
これ以上不確かなことで悩んでも無意味と思ったようで、ユウは後日談へと移行する。
「すぐに戻ろうとはしたんだけどね。結果はまあ、ご覧の有様で……。でもなんとなくスチュワードが迎えに来てくれそうな気もしてたし、取り敢えずじっとしてても仕方ないから適当にその辺歩いたり、ご飯食べたり寝たりして何日か過ごした。そのうちにこの場所に辿り着いて。そしたらアラインが落ちて来て、そしたらスチュワードも一緒に現れた。それからはもうアラインも知ってるよね」
「うん。まあ、あらかたどういうふうに過ごしてきたかはわかったんだけど……因みに月桂秤を出てからの食事や寝る場所は、どう確保してたんだ? 金とか持ってなかっただろ」
「お店の前を歩いてたらみんな食べ物をくれたし、声をかけられることも多かったから、事情を話したらみんなお家に泊めてくれたよ」
「くれたよって……そんな普通のことみたいに」
「?」
当たり前のように語られた秘話にアラインは愕然とした。どうやらユウは持ち前の恩恵を受けながら、放浪している身でのうのうと暮らしていたらしい。
忌々しくも当人はきょとんと首を傾げているが、ある程度予想できた結果なだけに、憎まれ口を叩く気にもなれなかった。こういうところも含めて幸運体質なのだろう。
しかし困ったことになった。今のところ月桂秤の情報が、12年に一度天秤から人工衛星が打ち上げられること以外なにもなく、しかもこれは既存のものだ。そして肝心のユウが、生まれてこの方ずっと隔離生活を送っていたと言うではないか。
(これじゃあ月桂秤を利用することも、『因果歪曲計』の設置もできない……)
増々混迷を極める秘境の情報にアラインは頭を悩ます。だがせっかく月桂秤のことを知る唯一の重要参考人が目の前にいるのだ。このまま諦めるのは非常に惜しい。
アラインはさらに一歩踏み込むため、もう一つ気になっていた重要項目――恐らくユウに直接関係するだろう事柄について本人に尋ねてみた。
「……なあ。『倖の神巫』ってなんだ?」
「っ! なんで……アラインがそのことを知ってるの?」
暢気だった顔に変化が現れる。やっと望んでいた反応を引き出せた。部外者が知るはずのない情報にユウは動揺を見せる。それはアラインの指摘が核心に迫った証拠だ。
アラインは手応えを感じると、慎重に物事を進めるため、まずはユウの疑問を晴らす。
「あの執事が言ってるのを聞いたんだ」
それは先刻、アラインがスチュワードにペンダント型の小型『因果歪曲計』をつける直前のことである。スチュワードが偶然アラインの傍を横切ったとき、確かにユウを見て『倖の神巫』と呟いたのが聞こえた。
「スチュワードが……」
あらゆる回答の中でもっとも納得できる返事であったのか、疑心暗鬼の色合いで緊張していたユウの表情筋はみるみる緩むと、小声で世話役の名を漏らす。
アラインは大物を引き当てたことを確認すると、この機を逃すまいと、どこか気の抜けた様子のユウには申し訳ないと思いながら捲し立てた。
「月桂秤は大昔からあそこにあるらしいんだけど、いつから存在してるのか誰も知らない、謎の多い場所なんだ。俺も何度か資料や歴史を調べてみたことがあるけど、一切の記述がなかった。内部はもちろん、どうして存在してるのかも知らない……。わかることは12年に一度、聖儀祭のときにあの頂上から人工衛星が排出されるってことだけ」
ユウの肩がピクリとする。アラインは同じ反応を知っていた。
それは先日、ユウと一緒にフロードのところへ向かう道すがらのこと。聖儀祭が開催される周期と日数を伝えたときも、ユウはこうして狼狽えていた。
アラインはユウの顔がわずかに曇ったのを見逃さなかった。すぐに一歩詰め寄る。
「なにか引っかかったのか?」
「……」
「どんな些細なことでもいいんだ。間違ってるかもしれない情報でもいい。もしかしたら重要なことかもしれないんだ。だから教えてくれ、ユウ」
名前を呼んで真っ直ぐ見つめると、反射的にユウもこちらと視線を交える。その瞳にはまだ迷いがあったが、ようやく意を決して話してくれた。
「前に何度か、スチュワードに教えられてたことが……私には12年に一度の巫女の役割があって、今年はその年だから、12日間の間に『倖の神巫』としての役割を果たさないといけないって、言い聞かされてた。それ以上のことはなにも……」
「……っ⁉」
(12年に一度……しかも12日間って? まんま聖儀祭と被るじゃないか!)
偶然では済まされない複数の接点にアラインは戦慄した。そして一つ納得する。
(もしそれが本当だとしたら……なるほど、だから前に月桂秤と聖儀祭の日程のことを話したとき、変に歯切れが悪かったのか)
(説明中も変なタイミングでいなくなったし。あれも今考えたら、はぐらかすためにわざと離れたのか。立ち止まってるのに迷子になるなんて、おかしいと思ったんだ)
前回のユウの不自然な態度の数々を思い返すと、アラインは腑に落ちた。
その間アラインが一人得心してしばらく黙っていると、ユウは先を促されていると受け取ったようで、さらにそのまま黙々としゃべる。
「初めはね、そのうちまたスチュワードが迎えに来るだろうから、それまでしばらくアラインのところに匿ってもらって、気長に待つつもりだったの。今までもそうしてきたから……でも、想像以上にここにいるのが心地よくて、気づいたら帰りたくないって考え始めちゃってた。だから移転の話が出たときも、この場所を守りたいと思って私も作戦に協力したんだよ」
守りたいというほんのささやかな願いごとで、あんなに酷い凄惨な禍を巻き起こすなんて考えてもみなかったと言いたげに。ユウは定まらない視点を泳がせながら、懺悔するように両手を胸の前で組み合わせた。その手が小さく震えている。
「……けど、それももう終わりかな。まさかこんな酷い形で、また一つお願いが叶っちゃうなんて」
どこか遠くを見つめるようにぽつりと言うと、ユウは不意に外へ目を向けた。
アラインも無意識に同じ行動を取って、風景を眺める――半壊した街並みを。
瞬間、アラインの中ですべてが繋がった。急いでユウを振り返る。
「まさか、今回俺があの執事を退治できたのは」
「うん。多分、私が離れたくないって思ったから……それが届いちゃったんだと思う」
恐ろしいほどに合点が行った。
つまり、スチュワードによって街に災いがもたらされたのも、ユウを連れ戻そうとする世話役を排除するために作り出された、運命の仕掛けだったのだ。
周囲に不幸が降りかかることで、必然的にアラインたちが動かざるを得ない状況を作り出し、スチュワードを撃退するよう仕向けられたのである。
結果、ユウはこうして今ここにいる。
ユウを取り巻く宿命は、ユウの体質をある程度押さえ込めたと思っていたアラインはもちろん、この国と街の住民、そして因果を操るスチュワードさえをも凌駕して、見事この結末に着地したのだ。
アラインはユウの体質を侮っていた。まさかこれほど広範囲に渡って、それこそ未来から逆算でもしない限り辿り着けないようなエンディングに驚愕する。いったいこの笑劇はいつから始まっていたのか。きっとそれは発案者のユウですら知り得ないだろう。
ユウは強い意志で顔を上げると、決意に満ちた表情をアラインに向けた。
それは、まだ幼さが残る14歳の少女が受け止めるにはあまりにも重すぎる宿命。だがその数奇な運命を受け入れると覚悟したユウの表情は健気で、アラインでさえもこの場に留めることは叶わないと悟った。
「これ以上はここにいられない。私がいたら、またみんなに迷惑をかける。どんなに些細なことでも、全部叶えられちゃうから。それがどんな手段であっても……」
運命とは数学と同じだ。それ自体に善悪という概念はなく、ただ一つの結末に帰着するために、その都度都合のいいあらゆる方程式が用いられる。
ふいにアラインは、そんな幸運に振り回されるユウを不憫に思った。なにも知らない者からしたら、ユウの幸運体質は羨ましがられる代物なのだろう。だが話を聞く限りだと、どうもそうとは思えない。
他人を犠牲にしてまで授けられた恩恵は、果たして本当に幸せなのだろうか?
一つ訂正しなければならない。ユウの体質はその性質上、便宜的に幸福体質と謳っているが、厳密には幸福であるわけではない。なぜなら幸福や不幸というものは当人が判断するものであり、立場や状況によって都度受け取り方が変わるものだからだ。
もちろん栄枯盛衰の波というのは存在する。だがそれ自体に良いも悪いもない。ただの流れだ。ユウの場合はその『栄』と『盛』の部分だったに過ぎない。
例えば永遠の若さや不老不死があったとして、それが幸福かと言えば、必ずしもそうではないだろう。死なないことに喜びを覚える者がいれば、死ぬことができないと絶望する者だっている。もちろん歓天喜地する人だっているかもしれない。それと同じだ。あらゆる悲喜はすべて受け取り手次第である。
この例えで言えば、ユウは永遠の若さを持った者か、不老不死者。それで今ユウが幸せを感じているかと言えば、やはり状況によって目まぐるしく変容している。
そして突き放した言い方をすれば、この先ユウが幸せか不幸かを判断するのも、すべては自己責任で、本人がどう受け取るかというところに着地するだろう。
だがそれでも。幸不幸を感じるのは全部自分次第だと、すべての出来事を冷たい自己責任論で論破できたとしても。周りの人が傷ついている状況を見て、悲しめる心を持ち合わせたユウの不幸が、悪いように受け取ったお前が悪いなどという歪んだ幸福論で結論付けられていい代物だとは思わない。それは人として生きる限り捨ててはならない尊厳だ。
不幸をポジティブに変換することが、すべて正しいわけではない。それは心無い人間への第一歩へとなりかねない、冷たい方程式なのだから。
「……いろいろ一方的に聞いて悪かった。それと執事のことも……。うちはいろんな過去を抱えた人が多いから、昔のことを聞かないのは暗黙のルールだ。でも、ユウのことは聞いておくべきだった。違和感は最初からあったのに。そしたら執事のことだって、もっとやりようがあったかもしれない……」
スチュワードを撃退したときは、確固たる憎悪で手を下したはずなのに。
今になってユウに申し訳ない気持ちが湧き上がり、罪悪感に胸を締め付けられる。しかしユウは毅然と首を振った。
「ううん、私こそ全部話しておくべきだった。そうすればスチュワードだって……」
アラインを擁護するように口走って、すぐに言い淀む。
しばらく空いた間にアラインが様子を窺うと、ユウは静かな声で問いかけてきた。
「スチュワードはどんな感じだった? 私、最後見てないから知りたくて」
躊躇いがちに聞いてきたユウに黙っておくわけにはいかなかった。アラインは鉱山での出来事を一通り話し、スチュワードが迎えた最期を包み隠さずすべて告げる。
「それは……凄い大変だったね。その、鉱山? っていうのが、なんなのかわからないけど……まさか、土の中に全部埋めちゃうなんて」
「あれだけの因果と執事を封じ込めるには、他に方法がなかったんだ。どうしても一ヵ所に集める必要があって……なあユウ、俺を恨んでるか?」
どう説明をしても弁解っぽくなってしまうことに気づいたアラインは、途中で話題を変えて、今のユウの正直な気持ちを問い質した。
「親代わりだったんだろ? そんな相手を葬ったんだ……。こう、なんか恨み言があれば言ってくれ。一発殴りたいなら覚悟はできてる。親や家族の大切さは……俺なら、いいや、みんなだってよく理解してる。だから――」
「……わかんない。まだ全然、気持ちの整理がついてないから」
腹を括ったアラインへの返事は戸惑いだった。次いで「でも」と先を紡ぐ。
「でも、遣り返されて仕方ないことはしたと思う。それに嫌われるのは私の方だよ。元はと言えば、全部私が招いたことだし」
「それは違う!」
ユウが自身を非難し始めると、アラインは咄嗟に叫んだ。
強い否定にユウが反射的に悲しみに染まった相貌を上げると、さらにアラインは息巻く。
「問題なのはその体質であってユウ自身じゃないだろ。論点がずれてる。むしろうちの店の移転を止めようと手を貸してくれたじゃないか! 例えそれが建前だろうと、俺は今までのユウの働きを見て、悪人じゃないと確信してる」
いきなり怒鳴られたと思いきや、今度は真面目な顔で小っ恥ずかしいことを熱弁され、ユウは呆気に取られた。愚直なほど高い熱量の訴えに、思わず破顔一笑する。
「優しいね、アラインは……これだけのことが起こったのに、まだ私に気を使ってくれるなんて。……まあでも、お陰で少しだけ気持ちが軽くなったかも」
「なら――」
「でも、やっぱりここにはいられない」
わずかな期待がアラインの目の中で光った直後、それ以上希望を膨らませまいと、ユウはぴしゃりと言い放つ。縮まったと思っていた距離が突如断絶されると、不意打ちを食らったようにアラインは硬直した。同時に、すとんと腑に落ちたように諦めもつく。
というのも、どうにかスチュワードを退けることには成功したが、正直なところ安心よりも懸念の方が大きかったからだ。
その理由はひとえにに、スチュワードの亡骸を実際にこの目で確認していないことに尽きる。
今でも同じ疑念が胸に渦巻いていた。果たしてあの因果を操る怪物を、本当にスチュワードの息の根を止めたのだろうか、と。
仮に無事打ち倒せていたとしても、また新たな刺客が送られて来ないとも限らない。ユウが知らないだけで、他にも規格外の怪物がいる可能性だって十分にある。もしそうなれば、次も今回と同じように対処できる自信はなかった。
なによりユウがそんな現実を許さないだろう。だからアラインも踏ん切りがついた。
「もう、自分で決めたんだな?」
答える代わりにユウは萎々と微笑む。所作は控えめだが意志は固かった。
であれば、もうなにも言うまい。アラインはユウの決意を汲み取ると踵を返す。
「……いきなり消えたら騒ぎになる。みんなには俺から伝えておくから、それまでに別れの挨拶を済ませておけ。理由はこっちで適当にでっち上げる」
「ありがとう。せっかく仲間に入れてくれたのに、こんなことになっちゃってごめんね」
これほど物悲しい感謝もなかなかないものだった。どう返事をしたらいいかわからず、アラインが黙って歩き出すと、ユウも無言でそのあとを着いて行く。
帰り道、早速二人は口裏を合わせるために、細かい構想を練りながら岐路に着いた。




