表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/44

第11話 カタストロフィー

 スチュワードが通った跡には、まさに巨大トルネードにでも遭遇したかのような痛々しい爪痕が、街中の至るところでその惨状を見せつけていた。

 悲劇の連鎖が巻き起こる中、唯一無傷だったスチュワードが威風堂々と闊歩していく姿を、好奇の目で見る者は誰もいない。みんな他人に構っていられるほどの余裕もなく、どこまでも広がっていく被害と降りかかるカタストロフィーに狂乱していたのだ。

 そんな他方で、この災害の元凶であるスチュワードもまた、周囲のことなど一切目もくれず、たった一つの目的を遂行するためにユウの軌跡を辿り続ける。


 反応が乱れたのはそのときだった。それまで確かに存在していたはずの、ユウを中心とした吹き溜まりの気配が不意に薄れる。奇妙な違和感にスチュワードは足を止めた。

 すぐに形跡を掴もうとスチュワードは首を巡らせるが、気配はどんどん乱雑になるばかりで、一向に安定しない。位置が悪いのかと数歩場所をずれるも、まるで妨害電波でも発信されているかのように、ユウの発する果報の兆しは搔き乱されていった。


 それもそのはず。今スチュワードを中心とした周囲、半径数百メートルごとに離れた位置から、ジルを筆頭に数人の仲間たちがいくつかのグループに分かれ、俊敏に円状に動き回りながら、各『因果歪曲計(ウェザー)』を一斉に操作していたのだから。

 次々とランダムに自身とユウを遮っていく因果の妨害に、スチュワードは対応し切れずたたらを踏んだ。別々の方角から出鱈目な順番で経路が塞がれたり、はたまた切り開かれたりするため、まったく傾向を掴めず、困惑したようにしばらくの間その場に佇む。


 まさかスチュワードは、不特定多数の者たちが一斉に駆け巡り、自分を足止めしようと周囲に罠を張って待ち受けていようなどとは微塵も思わなかった。そして仲間たちもまた、この行為がスチュワードを撹乱するためのものとは知らず、ひたすらに走り続ける。

 もちろん、双方ともお互いの存在には気づいていなかった。スチュワードは未だしも、仲間たちまで相手の素性を知らないのには、アラインの説明の仕方に理由があった。

 それは遡ること数分前。地面に広げた地図に書き込みをしながら、アラインが今後の動向についての作戦会議をしたときのことである。


『時間がないから概要だけ説明する。今ここら一帯の因果は、大型の台風みたいに渦巻きながら、一直線にこっち方面へと移動している。みんなにはこの吹き溜まりを中心に、外側から円形に何重にも囲うよう、街中の『因果歪曲計(ウェザー)』を最高出力で稼働させてほしい』

『なるほど……周りから少しずつ威力を弱めながら、内側に狭めていくってことか。そのくらいなら俺たちにもできるが……でも、いいのか? こんな、機械が狂うほどの暴風雨の中でフル稼働させたら、この辺の『|因果歪曲計ウェザー』全部ぶっ壊れちまうんじゃ……』

『わかってる。でもなりふり構っていられない状況なんだ。その後の吉凶に関しては、この騒動が全部丸く収まってから考えるつもりでいる。だからこの際『因果歪曲計(ウェザー)』の安否は問わない。今は目標を殲滅することだけを考えてくれ。向こうもすぐには収まらないだろうから、細かな調整はお前たちで随時『因果歪曲計(ウェザー)』を確認しながらで頼む』


 それから間もなくして、ジルたちはアラインに頼まれたよう注意深く立ち回り、現在に至るまで従順に作戦を遂行してくれている。

 その甲斐あって、見事スチュワードの足止めに成功したというわけだ。


「この辺はだいたい終わった。そっちは順調か?」

「問題ない。向こうが手薄になってるから、あっちを手伝ってくれ」

「わかった」


 ジルたちは、通りかかったついでに短い問答だけすると、都度お互いの状況を報告し合いながら、隙間や抜け穴を作らぬよう常に巧妙に立ち回った。

 何個目かの『因果歪曲計(ウェザー)』の出力を最大にすると、機器はエンジンにも似た駆動音で空気を振るわせながら稼働した。ジルは今にもオーバーヒートを起こして火を噴きそうなほど熱くなった歪曲装置から目を離すと、アラインのいるはずの方角を見つめる。


(今のところこっちは順調だぞ。上手くやってくれよ、アライン)


 祈るような思いで友人に気持ちを馳せると、ジルはすぐに己の役目に戻った。


       ◇


 仲間たちが懸命に『因果歪曲計(ウェザー)』と格闘していたとき。現場をジルたちに委ねたアラインとユウは一度自分たちの店に戻ると、店内の倉庫でとある準備を進めていた。


「狭いだろうけど少しの辛抱だ。しばらくここで待機しててくれ」

「それはいいけど……みんなに任せてよかったの?」


 薄暗闇の中。大きな木箱に、店頭商品のアクセサリー類を片っ端から詰め込みながらアラインがユウを覗き込むと、狭い空間に押し込められていたユウは、窮屈そうに膝を抱えながら、他の仲間たちのことを危惧してアラインを見上げる。アラインは笑いかけた。


「伊達に何年も街中を暗躍しながら走り回ってないんだ。今さら心配はいらない。あいつらなら絶対に大丈夫だ。ほら、頭にもいくぞ」


 まるでお湯でもかけるように、アラインはユウの頭頂部から、ありったけの装飾品を浴びせかけた。防熱シートに身を包んでいたユウは、頭上から降る美々しい宝石類に埋もれながら、小さな子どものように目を瞑って顔を下に向ける。

 それらアクセサリーを模倣した小型『因果歪曲計(ウェザー)』からは、駆動音が唸っていた。

 防熱シートは、ユウの特異体質で『因果歪曲計(ウェザー)』がオーバーヒートを起こした際に、ユウが火傷をしないために巻かれたものである。


 仕上げとばかりにアラインは『(ホルス)』でユウを取り巻く吉凶の具合を確かめる。

 在庫にあったすべての『因果歪曲計(ウェザー)』を一ヵ所に集結しても、ユウのまとう凄まじい果報を完全に封じることはできなかった。それでも最初と比べたら薄まった方である。


「……まあ、これだけ抑えられてたら支障はないか。それじゃあ閉めるぞ」

「うん」


 及第点を出したアラインに神妙に返事をすると、暗闇に一人取り残されたユウは、アラインの手によって蓋が閉じられ徐々に光りが失われていくのを静かに見守った。

 すべての準備が整うと、アラインは倉庫の外で待機していた仲間を呼ぶ。


「運び出してくれ」


 力仕事を得意とする筋肉質な男たちは頷くと、アラインがアクセサリーを詰めていた箱を持ち上げて、慎重に外に停めてあった自動車の荷台に乗せる。横にはすでに他の装飾品を仕舞った箱がいくつか並べられており、たった今運んだ分も隣に積んだ。

 支度が終わると、アラインたちは自動車に乗り込んで出発する。ユウは外から響いてきたエンジン音を聞き取ると、アラインたちが目的地に向けて移動を開始したことを悟った。


       ◇


 ジルが違和感を覚えたのは、滑車で回るハムスターさながらに同じところを巡回し続けてから、数分が経ったときだった。


(狂い方が……変わった?)


 いつまで続くのか知れない作業を黙々とこなしていると、やがてジルは、元々反応がおかしかった『因果歪曲計(ウェザー)』に新たな変化が表れたことに気づく。

 しかし初めから調子の悪かった機械に不調があるのは当たり前のことだ。ただいつの間にか感覚的に染み付いた名状しがたい不快な予感に首を傾げつつも、誰かにそのことを告げることもないまま、ジルは自分に課せられた任務を続行する。

 まさか仲間たちも同じ違和感を抱えており、戸惑いの中でそのことを言い出せずにいるとも知らぬまま。そしてその号砲はスチュワードの方で発生した。


 ジルたちは言わずもがな、スチュワードすらも気づいていなかった、執事服の背中側のボタンに引っかかっていたペンダント。

 それがついに活動限界を迎え、火花を散らして息絶えた。

 そのリミッターが解除されるや、制御を失った凶の嵐は抑えが効かなくなり、それまで抑止されていた分が一気に爆ぜる。解放と同時にセーブを失った禍難は不可視のエネルギー波を広げると、無数の『因果歪曲計(ウェザー)』を高密度の因果の奔流に晒した。途端に『因果歪曲計(ウェザー)』は強力な電磁波攻撃を受けたように、一斉に電気を弾かせて破壊されていく。

 なんの前触れもなく動作不良を起こした機器類を前に、ジルたちは成す術もなく、火を噴きながらひとりでに次々と爆発する風見鶏から距離を取った。


「活動限界だ! 離れろ!」


 ジルが叫ぶと、仲間たちは手筈していた通りに避難を開始する。近くにいなかった者たちも『因果歪曲計(ウェザー)』の暴発を合図に即座に退散した。

 宿命を宿した覇気は街中に蔓延すると、バタフライ効果によって、再び周辺に惨禍をばら撒き始めた。スチュワードは因果の糸で人々が操り人形のように悲鳴を上げながら翻弄される中を闊歩すると、磁石のように引き合うもう一つの反応を目指した。

 どうにか被害の及ばない範囲まで退却したジルたちは、永遠と思われたシャトルランからようやく自由の身になると、息を荒げながら厄災に見舞われる街並みを眺める。


「ハァ、ハァ……押さえ込めるのもここまでか。あとは頼んだぞアライン」


 遺憾と疲労で顔をしかめると、ジルは友人に希望を託した。


       ◇


 爆発的に膨れ上がった不祥の波動を捉えると、アラインはスチュワードにつけていた小型『因果歪曲計(ウェザー)』が力尽きたことを悟った。『(ホルス)』を介して遠ざかっていく風景を睨むと、因果だけは引き離せないどころか、徐々に近づいていることを確認する。


「堤防が突破された。急いでくれ」


 急速に荒ぶる因果の流れを横目に、装飾品に扮した大量の小型『因果歪曲計(ウェザー)』を首からぶら下げたアラインは、ジャラジャラ音を鳴らしながら運転手に指示した。


 荷物を気遣っていた運転はすぐに乱暴になると、それに合わせて速度も上がる。丁度そのとき、道に置いてあった立ち入り禁止の看板を通過した。

 間もなくして舗装された道から外れると、タイヤは舌を噛みそうなガタガタの砂利道を踏み鳴らす。山道に入ってしばし斜面を登ると、なだらかな岩山が先頭に見えた。

 辿り着いたのは鉱山跡地だった。

 間もなくして入口に自動車を止めると、アラインたちは迅速に作業を開始する。あらかじめ目星をつけていた放置されたトロッコを見つけると、自動車で運んできた荷台の積み荷をトロッコに移し、トンネル内に運び入れた。それを何度か繰り返す。


 仕事柄ジュエリー関係の石を扱うということで、以前アラインは鉱山の中を何度か見学させてもらったことがあり、内部の様子は覚えていた。そのためスムーズに事を運ぶことができ、なんとかタイムリミットまでにすべての作業を終わらせることができた。

 息を着く暇はなかった、一行は急いで入口に戻る。アラインは高いところに上って街の方を臨み、陰のエネルギーの現在地を確認する。すでに鉱山跡地の周辺は凶を孕んだ気運に見舞われており、もはや『(ホルス)』が意味を成さないほどに充満していた。


「この辺りはもう不運に取り囲まれた。逃げ道の方はまだギリギリ開けてあるから、少し遠回りになるけど迂回してくれ。くれぐれも気をつけるように」


 アラインはここまで一緒に作業をしてくれた仲間たちの安全を気にかけつつ、次の任務を与えた。手筈通り配置に着くように告げると、男たちは素早く行動に移る。

 遠くの木々の間に黒い服装を見つけたのはそのときだった。

 スチュワードは相変わらず規格外の因果を身にまといながら、陰湿なカルマをぶちまけている。動向を探らずとも、愚直なまでに真っ直ぐな足取りを見るだけで、目的地がこの先であることが窺えた。

 程なくしてスチュワードは近くのトンネルへと消える。ここは鉱山跡地、必ずしも出入口が一つというわけではない。


 姿が見えなくなった以上、ここにいても意味がなかった。アラインは空気中に漂い始めた厄運の気配を薙ぐと、先回りのため別の入口から鉱山内に戻る。

 これが大変骨の折れる作業だった。内部では毒ガスを送り始めたように不吉の気流がトンネルの床を這い、行く先々で通路の壁をゆっくりと舐めていく。一度袋小路に突き当たったら最後、起こりうるすべての厄災の可能性の餌食となるだろう。


(ホルス)』がなければこの中を切り抜けることは不可能だった。アラインは何度も同じ場所を行ったり来たりし、直前で別のルートに切り替えてを、狭い空間でいくどとなく繰り返す。

 結局目的地に着いたのはスチュワードよりもあとだった。アラインは暗い通路の先から差す光明に駆け寄ると、人工的に切り抜かれたドーム型の空間へと出る。

 アラインが姿を現したのは、ドーム上方の壁に沿って作られた足場の一つ。目下には広大な作業場が広がっており、そこで先に着いていたスチュワードを発見した。


 寸分の狂いもない足音が、岩に囲まれた無音の空間に木霊する。その音の主は、着実な歩調でドームの中心へ向かうと、不自然に置かれた箱の山を目指した。

 上がった息を整えながらアラインは忌々しげにスチュワードを睨みつける。だが今さらなにをどう考えようと無意味だった。アラインは成り行きを見守ることしかできない。

 ついにスチュワードは箱の山に辿り着くと、一番反応の強い一つに手を伸ばした。


       ◇


 静まり返った暗闇に身を潜めていたユウは、外の足音にビクリとした。

 周囲に誰もいなかった分、軽快な足取りは執拗以上に鼓膜を叩き、遠くにいた人物が確実な歩調で自分の方へと進んで来ていることがわかる。

 あまりにも迷いのない歩みに、ユウは一瞬、相手が自分の横を通り過ぎて行く未来を想像した。しかしそのイメージは即座に破られる。

 一定のテンポを刻みながら大きくなっていった足音は、自分の前で止まると、ゾッとするほどの静寂で空気が張り詰めた。ユウは緊張で硬直しながら、狭い空間でわずかに身を捩って、全身や周りに散乱しているアクセサリー類をジャラリと鳴らす。


 ユウは息を殺すと、板一枚隔てた向こうにいる人物はアラインか仲間たちで、無事円満にすべてが終わったことを報告に来ただけであるようにと願った。あわよくば心地のいい闇の中に、厳しい外の世界の光りが差し込まないことを切望する。

 願いは聞き届けられなかった。ユウの祈りも空しく、辛く厳しい現実を照らす光量が闇の中を満たす。暗闇に慣れたばかりの視界の先では、影がこちらを見下ろしていた。

 なおもユウが眩しげに目を瞬かせていると、不意に影がこちらに迫る。

 肩を叩かれた瞬間、ユウはハッとして顔を上げた。


「ユウちゃんお疲れ。もう出て来て大丈夫だぞ」


 いつもと変わらない軽快な口調でそう言われると、ユウはようやく、帰ってきたジルが自分に対して言っていることに気づいた。

 ユウが閉じ込められていたのは、お店にある一番奥の倉庫の中だった。

 思わず緊張が解けると、それまで包まっていた防熱シートが落ちる。

 ユウは体の半分をアクセサリーの山に埋もらせたまま、きょとんとした。それらの装飾品は全身の至るところにも乱雑にぶら下げられており、傍から見れば、一国の王女を彷彿とさせるほどに煌びやかに着飾られていた。

 それらはすべて小型『因果歪曲計(ウェザー)』であり、高出力で稼働している。


「ん? ユウちゃん、それって――」


 言いかけてすぐ、ユウが防熱シートに身を包んでいたのは、火傷防止のためであることに気がついた。

 次いで、なぜユウがそこまでしているのかを考察し、ある程度事態を把握する。


       ◇


 スチュワードが開けた箱の中身は、高出力で稼働している大量の小型『因果歪曲計(ウェザー)』だった。

 しかし傍目からはただのジュエリーの在庫にしか見えない。また、なぜそれらが因果を制御しているのか、スチュワードにはわからなかった。

 ただの小さな装飾品。その一つ一つが、素晴らしい正確さで運気を操作している。


「お目当てのものはそこにはないぞ!」


 じっと箱の中を見つめていると怒声を浴びせられた。スチュワードは採石場に跳ね返った残響を追うと、上方の足場から敵意を剥き出すアラインへと行き着く。

 即座にスチュワードの記憶の回路から、同じ顔立ちの少年が想起された。過去の植物園に映るのは、呆然とするユウと、そんな彼女に凶器を突きつけるアラインの姿。

 以前と変わらず害意に歪んだ目元に、スチュワードは箱のアクセサリー類もアラインの仕業であることを認めると、早速その場で屈み込んで戦闘態勢に入った。

 まさか跳躍でアラインの元まで飛ぶつもりなのか、目測を立てるように構えを取る。


「させるか!」


 攻撃を予期したアラインは躊躇なく手元スイッチを押す。あらかじめターゲットを囲うように仕掛けられていた爆弾は、熱と衝撃の飛沫を上げた。

 たちまち足元が崩れると浅いクレーター型に陥没し、スチュワードはひっくり返った箱から散らばった装飾品や瓦礫の中に埋もれて、身動きが取れなくなる。

 それでもスチュワードが慌てた様子を見せることはなかった。なおも顔はアラインの方を向いたまま、対象を始末するために邪魔な岩塊を退けにかかる。

 ところが思うように力が入らず、やがて自身の不調に気づくと一旦動きを止めた。


 スチュワードは探るように半分瓦礫に隠れた己の体を見下ろすと、アラインの『(ホルス)』とは違う、スチュワード自身に備わった機能を駆使して因果を測定する。

 調べたところ、全身のどこかが破損したわけではないらしい。エネルギー源である因縁の流動も絶たれておらず、正常に媒介されている。


 外部に異常を確認したのは、自身を見下ろしたときに、装飾品の一つを視界の端に収めたときだった。足場の爆発時に散らばったアクセサリー類こと小型『因果歪曲計(ウェザー)』が、スチュワードの吉凶を操る能力を相殺し、力を半減させている。

 確かめるように、スチュワードは手元に落ちていた一つを拾う。観察しようと顔を近づけると、距離に比例してわずかに己の力が抑制されたことを自覚した。


「今までみたいには力が出せないだろ。お前の能力は封じさせてもらった」


 スチュワードがからくりに気づいたところで、アラインは答え合わせとばかりに叫んで王手をかける。アラインは抑えきれない怒りで、手中のスイッチを握り締めた。


「よくも俺たちの街をめちゃくちゃにしてくれたな。荷物はまとめといてやったぞ」


 冥途の土産とばかりに呟いたとき、鉱山の各地に設置していた『因果歪曲計(ウェザー)』が、一斉に狂い始める。至るところから警告を発するように、限界まで金属が軋んで擦れるキュルキュルという不快音が、ドーム全体に響き渡った。

 なにか途轍もなく強大なものが接近していることに気づくと、アラインは『(ホルス)』で、スチュワードはあらかじめ備えていた機能で、凄まじい気配の方を振り返る。

 惨禍の洪水が、濁流の如くドーム内に押し寄せた。


 第一波が満遍なく空間に散らされたときに、第二波が飛沫を上げてスチュワードに覆い被さる。するとたちまちのうちにアラインのいる高所を除いた、あらゆる出入り口から立て続けにスチュワードに向かって因果が濁流の如く流れ込んで来た

 その正体は、ジルたちが『因果歪曲計(ウェザー)』で収束した凶の気流だった。

 今頃街では陰の気も一掃され、ようやく落ち着きを取り戻している頃合いだろう。そして鉱山の外では、先ほどの仲間たちが各『因果歪曲計(ウェザー)』を操作して、運気の流れを補助してくれているはずだ。


 流入の勢いは留まるところを知らなかった。引き寄せられた高濃度の薄倖は、怒涛の勢いでフル稼働していた大量のアクセサリーの下へ集まると、スチュワードを中心に飽和状態になる。途端に装飾品類は莫大な数奇に耐え切れなくなり、次々に火花を散らして限界を迎えようとした。

 スチュワードの手中に収まっていた品物も例外ではなかった。急速に熱を孕んだかと思うと、すぐに煙を上げ、バチバチと電気が弾ける。


「これでお前が街で振り撒いた分全部だ。自分の因果に呑まれて破滅しやがれ!」


 とどめとばかりに叫ぶと、アラインは手元のスイッチをスチュワードに投げつけた。

 薄幸の蔓延した空間に投じられたきっかけは、因果の導きにより一つの運命へと誘われていくと、偶然という形でスチュワードの持っていたアクセサリーに命中する。

 瞬間、衝撃を受けた小型『因果歪曲計(ウェザー)』は発火して、木っ端微塵に弾け飛んだ。

 因果を押さえていた一つが破壊されると、今度はその負荷が別の機器へとかかり、限界を迎えたものから順に火花を散らして、連鎖的に壊れていく。


 ダムは決壊した。装飾品の中には爆発するものもあり、その余波は先の爆発ですでにダメージを受けていた地盤に追撃を与え、入っていたひび割れを刺激する。

 底が抜けたのは一瞬だった。瓦解音とともにクレーターが凹んだ刹那、スチュワードは瓦礫や砕けちった装飾品もろとも、自身の凶が原因で裂け目と滑り落ちていく。

 因果による清算はまだ終わらない。スチュワードへの報いという名の置き土産は、すでにアラインのいる場所へもはびこっており、陥没による振動という体で壁や天井にまで亀裂を走らせると、岸壁までもが一斉に崩れ始めた。


 アラインはスチュワードが因果応報と言える己の宿業により、奈落の底に引きずり込まれていくのを見届けた瞬間から走り出していた。前もって確保していたルートから即座に避難すると、『(ホルス)』と道中に設置してあった無数の『因果歪曲計(ウェザー)』を駆使して、確実に外へと繋がる経路を慎重かつ足早に通り抜けていく。


 無事に地上へ脱出すると、自動車で待機していた仲間たちが、鉱山の騒動を目の当たりにして戦慄していた。さながら地殻変動を思わせるほどの地響きにたじろぎながら、酷く青ざめている。アラインが待機を命じていなければ、とっくにこの場から逃げ出していたことだろう。

 忠実なる勇敢な男たちに心から感謝しつつ、アラインはすぐに駆け寄った。すると向こうもこちらに気づいて、身振り手振り叫んだりして自分たちの居場所を伝える。


「崩落でここら一帯も凶に侵食される、早く出してくれ!」


 車内に乗り込みながらアラインががなると、すでにエンジンを温めていた自動車は、ほとんど急発進で街の方へと駆け下りた。途端に鉱山が崩れ始めると、ついさっきまでアラインたちがいた場所は落ち窪み、引きずり込まれるように岩と砂利の中へと呑み込まれて行く。

 鉱山が崩れたことにより内部の空間が圧縮されると、不幸を司る数奇は逃げ場を失い、瓦礫の隙間という隙間から火山のように噴出した。そのまま地を舐めるように山を下って鉱山一帯を汚染していく。


 やがて地震や蝗害や爆発に土砂崩れと、もはやなにがどう作用して生起したのかわからない数多の厄災の手腕が、アラインたちを追いかけるように後方で次々と起こった。運転手以外の者たちは砂埃や逃げてきた虫の群れにまみれながらも、アラインが大量に身につけていた小型『因果歪曲計(ウェザー)』を操作して、少しでも背後の厄災を躱そうと必死に手元を弄る。


 その甲斐があってか、アラインたちはどうにか無事厄災の魔の手から逃げ切り、最悪を乗り切った。一行は場所を移すと、因果の影響の届かない高所にまで移動して、鉱山のあった方を眺めた。

 山脈の形跡すらなくなった陥没地帯を見つめる。『(ホルス)』を介した視界では、大穴の中から悍ましい触手を伸ばした薄倖が、地獄のマグマのように煮え滾っていた。


「ダメだアライン。これだけ離れてんのに『因果歪曲計(ウェザー)』はずっと狂ったまんまだぜ。ここが境界か。一ヵ所に凝縮してるってのに、なんて影響力だ」

「これ以上は近づけそうにないな。鉱山はどうするんだ?」


 アラインが観察していると、男たちも自分たちにできる範囲で状況を調べながら指示を仰ぐ。だがさすがのアラインも、この惨状には打つ手がなかった。


「この有様じゃ、俺にもどうすることもできない。長い年月をかけて、自然に浄化されるのを待つしかないな。これじゃあまるで汚染地帯だ……」

「はん、よく言う。それを見越した上で誰も来ない場所を選んだんだろが」

「なんにしろ、これで一件落着か。一時はどうなるかと思ったぜ」


 とにかくこれ以上脅威がないことがわかると、仲間たちはそれぞれ伸びをしたり肩や首を回して緊張を解した。けれどアラインは、なおも危惧の念を緩めない。


(確かに執事を生き埋めにはしたけど、仕留めた瞬間を見たわけじゃない。普通なら岩の下敷きになれば、まず助かることはないだろう)

(相手が人間であれば……な)

「にしてもよアライン、なんでこんな突発的にめちゃくちゃな災難が起こったんだ? 街中にある『因果歪曲計(ウェザー)』は昨日調節したばかりだろ」

「それともちょっと弄り過ぎたか? おいどうすんだよ、もしそうなら街で出た被害の原因って全部俺たちが原因で――」

「早とちりするなって。まだそうと決まったわけじゃない」


 仲間内で思い違いの加害者意識が芽生えかけると、アラインは即座に彼らにマイナス思考の停止を呼びかけた。実際、今回はイレギュラーが過ぎる。

 彼らの罪悪感が見当違いであることはもちろん、もう一人の黒幕が誰であるかもある程度予想は着いている。そのためアラインは強く主張できた。その後押しで仲間たちは少しだけ落ち着きを取り戻す。

 しかし、依然として懸念すべきことは山積みだった。だがそれらは今すぐどうこうできる類のものではないと、アラインも重々承知している。とにかく当面の課題は一つ。


「店に戻ろう。どうにか片がついたことを、みんなに知らせないと」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ