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斜め後ろの杏さん  作者: あさぎ
II.絶対にここを出るんだ
8/20

8.違和感まみれの世界

 


「なによそれ、そんな!……うわっ?!」

「オガミさ〜ん!」


 思わず気持ちのまま詰め寄ろうとしたけど、私とオガミの間をリネットが無邪気に駆けていった。


 彼女のその表情こそ明るかったけど、まるで私の行為を遮るかのような絶妙なタイミング。


(……?)


 胸がざわついている。


 (でも、これだけじゃそうとは言い切れないし。本当にたまたまリネットが走ってきただけかもしれない……)




 なんとなく浮かない顔の私の周りにパチパチと拍手の音が響き渡る。


 驚いて音の方に振り向くと、三人揃って歓声をあげ始めた。

 三人してオガミを褒めているようだ。


「素敵ですわ勇者様!」「さすがだな!」「すごいです!」




 すごいです?




 人を殺しておいて、ニコニコ笑顔で『素敵です』?『すごいです』?




 なにそれ。


 意味が分からない。

 私にはまるで宇宙人の言葉のように聞こえていて。


 道徳の問題とかそれ以前に、人として……信じられない。




「ちょっと、何言って……!あれ、人間じゃないんですか?!笑ってる場合じゃ、ないんじゃないですか?!」


 知らない世界で生きるべくなるべく彼らを刺激しないようにと思っていたけど、もう限界だった。


「どうして、平気でいられるの?!」


 怒りをあらわにする私に、オガミは参ったなあとか言いながらさらにへらへらと笑っていて。




 そんな態度に私の怒りはさらに強く燃え上がる。


 取っ組み合いの喧嘩なんてした事なかった。

 今まで割と平和にのんびりと生きてきた。


 けど、今はもう……飛びかかってその横っ面に往復ビンタでも食らわせてやろうという気持ちでいっぱいだ。


 より一層険しい顔になると、彼は頭を撫でようとしたのか私の方に手を伸ばしてきた。


 他の女ならそれで大喜びなのかもしれないけど、今の状況下で一ミリも触られたくなかった私は素早く後ろに下がり、回避。

 相手を失ったオガミの手は虚しく空を仰ぎ、戻っていった。




 沈黙が流れる。


 あの宇宙人みたいな仲間達も、さすがに私の怒りを察して静かになった。




 しばらく顔を逸らしていたけど、そろそろ分かった頃かとオガミの方を向く。


「リナ……よかった!機嫌治ったんだね!」


 ぱあっと笑顔を咲かせる彼。

 私の口から、はぁぁ〜と大きく長いため息が溢れていった。




『機嫌治ったんだね!』第一声がこれ。


 駄目だ。こいつ、何も分かっちゃいない。

 怒られたから黙ってただけってか。




「リナ、どうか落ち着いて。落ち着いて聞いてくれ。あれは、僕達の敵なんだ」

「敵?はぁ?なによそれ」


 的と言ったり、敵と言ってみたり。

 その場しのぎの曖昧な態度。


 今更言い訳か、とさらに彼を睨む。


「ちっ、違う!違うんだ!聞いてくれ、奴は……え〜っと、えっと、あれだ。実は君を襲ったあの魔物と同じで、魔王の手下なんだ」


 なんだか即興で設定を作ったかのような、変に言葉に詰まった言い方。


 それは本当?それともでっち上げ?

 彼に対して疑いの気持ちしかない私は、今ひとつ信じられないでいた。


 未だに納得がいかない。

 私の目にはどうしても普通の人に見えたから。

 何の罪もない人に。


(丸腰で逃げてったあの人、そしてオガミの『的』発言……だってそんなの、ただの快楽殺人じゃない!)


「そうなのよ。人間だし、仲間のようにも見えるけど……あれは悪魔に魂を売った悪い男なの。騙されちゃ駄目よ、油断したらこちらがやられてしまうわ」


 いや、さっき的って言いましたよね?と聞こうと口を開いた私より先に、シャーロットはそう付け加えた。

 まるで、オガミを庇うかのように。


 もちろん、相変わらず不自然な乳揺れも一緒だ。


「でも、シャーロットさん。あの人丸腰だったんですよね?」

「ええ。いつもそうなんですよ」


 そう言い切るなり、あっしまったという顔をした。


「武器も何も持ってないのに、油断したら危ないって……一体どういう意味ですか?」

「あっいえ、その……今初めて遭遇したので……はっきりした正体は……私には……」


 しらを切るつもりか。


「分からないのに、殺すんですか?」


 ますますおかしい。


「その……旅の途中に一度国王様にお会いしていて、その時に……見つけ次第殺せとの命を受けておりまして……」

「なるほど。あの人は罪人なんですね」


 それなら分かる。本当にそうなら、だけど。


「も、もういいでしょう……リナさん。実のところ私もよく分かっていないのです。だから、質問はこのくらいで……」


 でも、そんな私の質問に彼女はひどく狼狽えていて。

 まるで何かに怯えているようにも見えるくらいの、強い動揺。


(なんか怪しいな……)


 これは、もう一回鎌をかけて見る価値ありか。


「ちなみに、それは何の罪なんですか?」

「……っ!」


 微かに開きかけた口は、えっまだ聞いてくるの?!と言いたげに見えた。


「国王があなた達に命令したのなら、罪状はその時に聞いているんじゃないですか?」

「ええと、その……それは……」


 それは、と何回か小さく呟きうまい答えを探しているようだったが、やがて俯いて黙り込んでしまった。


 オリヴィアやリネットの方を見るも、彼女達もまたなんだかバツが悪そうに視線を逸らす。


 オガミはというと、とうとう私の視線から逃げるようにくるりとこちらに背中を向けてしまった。

 情けない男だ。

 女達に任せておいて、肝心の自分はどこ吹く風。




 私にはあの人影に敵意があるとは思えなかった。

 こちらを襲おうとしているようには全然見えなかった。

 むしろ逃げてたくらいなんだから。


 逆にこんな奴ら放っといて、さっさと助けてあげたかった。


 一緒に逃げたかった。

 今になってひどく後悔してる。


「どうして黙るんですか?何か、言えない事でも?」

「……黙れっ!」




 一喝。


 オリヴィアの力強く太い声に、思わず口をつぐむ。


「リナ、それは聞いてはいけない事だ。この世界でのタブー。そもそも奴の事を口に出すことすらこの世界では禁忌なのだ……慎め、新参者!」


 辺りはしーんと静まり返った。




 その後、静寂を破ったのは……リネットのか細い声だった。


「お、オリヴィアさん……怖いです……ううう」


 小さく震えながら今にも泣き出しそうな顔でオガミにしがみついている。


「む、なんだか口が勝手に……すまない、ひどい言葉を浴びせてしまって」

「いえ、こちらこそごめんなさい……タブーだって知らなくて」


 本当に禁忌だとしたら。

 ああ見えて、実は極悪人だったのかもしれない。

 残虐すぎてはっきりとその罪を口に出せないほどの。


 それでも人の死を笑うのはやっぱり論外だけど、それならまだ納得はできる。




(……ん?『口が勝手に』?)


 しかし、今度はオリヴィアの言葉になんだか変な感じを覚えて。

 どうにもまた落ち着かなくなってきた。


 今回の世界は、さっきからなんだか色々と引っかかってばかり。

 頭が休まる暇がまるでない。


(口が勝手に……なんて、わざわざ普通言う?いや、まさか誰かが操作してるとかじゃないよね?)




「まぁまぁ、二人とも。気にすんなって。リナだってこれで分かっただろうし、もうあんな事は言わないだろうから、大丈夫だ。神だって見逃してくれるだろう」

「オガミ……お前にまで気を遣わせて、すまない」

「謝る事はないって、オリヴィア。そんな事より、みんな仲良く行こう……な?」

「確かに。ここで内輪揉めしている場合じゃなかった。一刻も早く先に進まねば」

「ああ、そうだな。なぁリナ……リナ?」


「え?あ、えっと……ええ、そうね!」


 完全に上の空だった私。

 とりあえず調子を合わせる。


 私の中の彼らのイメージは今や完全に宇宙人。


 もう助けてくれた恩うんぬんなんて霞んでしまって、ただのやばい人達だった。




 そして何の苦労もなく魔王を倒し、また同じようなセリフで唐突に盛り合う姫とオガミ。




 ああ……まただ、また同じ流れ。




 でもこの違和感、本当に他の誰も何も感じていないのかな。

 二度も同じ世界繰り返すなんて、既視感というか……あれ?ってなるでしょ普通。


 聞いてみるか、宇宙人だけど。

 さすがに違和感ぐらいは分かるでしょ。


「あの、」


 ちょうど隣にいたシャーロットに聞こうとしたら、くらっと目眩。

 足が急にふらつき出し、ぐにゃりとその場にへたり込む。


「リナさん?!」


 言葉を発する暇もなく、目眩はぐわんぐわんと勢いを増す。


 地面と空が交互に頭上に現れて、激しく目の前の映像が切り替わる。


 そして、私を心配する声も段々と遠ざかっていき……違和感ばかりの二週目はここで終わった。



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