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斜め後ろの杏さん  作者: あさぎ
II.絶対にここを出るんだ
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7.再び世界は回り出す

 


 じわじわと戻ってくる意識。

 どこかにぷかぷか浮かんで、流されているような感覚が徐々に弱まってくる。


 瞼が二、三度震え目を開けようとすると、ヒュン!と体のすぐ側を何かが駆けていく。




(……っ!なんだよもう、危ないなぁ……)


 そう思いながら今度こそ本当に目を開けると、そこは……







(えっ?)


 そこは、だだっ広い草原だった。

 さっきまでいた、城の中ではなくて。







(……えっ?ここは……最初の……)


 見覚えのある光景に驚いていると、ふいに何かが目の前に。




「……!」


 これ、前も見たやつだ。


 私を襲ってきた魔物。

 人間くらいの身長で、全身緑色の人の形をした何か。

 オーク?オーガ?鬼?未だに名前分かんないけど。


 化け物は、握りしめた棍棒を振り上げたままじっと私を睨んでいる。


 自分の手を見ると、やっぱりあの杖がしっかり握りしめられていて。




(またこれ……またあの状況……?)


 悩んでいる暇がないというところまできっちり前回と同じ。




(ええいっ!今度こそ!)


「ファイヤー!」


 今度も適当に唱えてみるけど、案の定何も起きない。


「サンダー!」


「ブリザード!……ええっ、やっぱり駄目?!」


(あの時は助けてもらえたからいいけど、今度は……急がないと、このままじゃやられちゃう……!)


 焦りながら記憶を探る。

 オガミに助けられ、仲間達に会って……一緒に城まで歩いて行って……それで……


(何が効くんだろう……聖書なら効く?いや、斧ならいける?あるいはナイフ?)


 選択肢は色々出てくるけど、でもあの三人は一度も戦ってなかった。つまり使っていない。


(じゃあ、どうやって……)




 ここでふと、オガミの言葉を思い出す。


『……誰でも助けられる訳じゃない。魔王やその配下の魔物達は強い闇の力を持っているから、いくら屈強な戦士であっても太刀打ちできない』

『でも、たった一人だけ戦える人間がいる……それが僕。選ばれし勇者となった僕だけが闇と戦い、魔王を討つ事ができる……』


 そして魔王と対峙した時の映像が頭に浮かび上がり……




「……つまり、勇者に気づいてもらえないと駄目って事?」


 辺りを見回しても彼の姿は見当たらない。

 そもそも今のこの世界に彼がいるかも分からない。


(どうしよう、また助けてもらえる確証なんてない……やっぱり私、ここで……死ぬ運命なの?)




 そうこうしている間に、またあの時のように私目がけて振り下ろされる棍棒。


(た、助けて……!助けて勇者さん!)


 両手をメガホンのように口に当てて、大声で叫ぶ。


「勇者っ!勇者さ〜んっ……!」




 もう駄目だと思い身を強張らせたその瞬間。


 頭上で響く、何かを弾くような甲高い音。


 そして、また大きく悲鳴をあげると地響きを立ててその場に倒れた。

 辺りにはじわじわと緑色の血が溢れて、浅い水溜りとなっていた。




「君!大丈夫かい?」


 差し出される、黒いグローブを嵌めた手。


(……!これは……)


 見上げると、勇者らしき人物がこちらを見ていた。


 気を失う前まで見てたあの顔、間違いない。

 名乗るまでもなく、この男は……彼、オガミだ。


「よかった、怪我は無さそうだね。この辺りの魔物は全部僕が倒した……だから安心して。もう何も出てこない、安全だよ」




 また、この感じ。

 あの時と同じ話の流れ。


 気を失う前のあの変な世界とそっくりな世界が目の前に広がっていた。


 あのオガミまでいる。

 そっくりなまた別の人かとも思ったけど、こんなぷらぷらでジャラジャラな格好の厨二病の男はそうそういないはずだから。




 私は差し出された手を取り立ち上がる。

 ふらふらだったけど、あの時よりは早く立てた。


「……ところで、君の名前は?」

「私は『矢川 里奈』……あっいや、『リナ』です」

「矢川、里奈……」


 一瞬曇る男の顔。


(しまった!また本名言っちゃった……!この世界では『魔法使いのリナ』だった)


「あの……」

「ああ、いや……不安がらせてすまない。名前が決まらなくって……」


(あれ、まただ。また『決まらない』って……)


 理由を聞こうか迷ったけど、またやっぱり今回もスルーを決めた。


「えっと、私……確か『魔法使いのリナ』って呼ばれてまして……」

「……!ああ、そうだったそうだった。有名なあの『魔法使いのリナ』だね」




「いた!見つけた!やっと追いついたわ!」


 鼓膜をぶち抜いていく、シャーロットの甲高い声。


 そうしてまた仲間の三人が駆け寄ってきて、自己紹介して……また同じ流れで魔王の城に向かう事になった。


(やっぱり全部同じだ!前回と同じこの流れ……なにこれ、どうなっちゃってんのこの世界……!)




 シャーロットも、オリヴィアも、リネットも、また同じ格好で。

 みんな、また同じセリフ。




 試しに助けてくれてありがとうと言ったら、また仲間になってくれと言われ。


 また、オガミの長ったらしい説明が始まり。


 シャーロットの胸が揺れて、オリヴィアがデレて、取り合いが始まって。


 また、同じ流れ。




 まるで映画を繰り返し見ているような感覚。

 しかし、自分の頬をつねってみると……痛かった。


(なにこれ、またこの流れ?一体どうなっちゃってるの……?)








 混乱する頭のまま、そうしてまた姫のいる城へ向かって草原を歩いていくと、ふと遠くに人影を見つけた。


 魔物も何もいないこの景色に、黒いそれはやけに目立って見えて。


「……?あれは……人?」

「リナ、どうしたんだい?」

「オガミさん!あれ!」

「うん?」

「あれですあれ!向こうに人がいます!」


 焦る私とは反対に、オガミはなんだか鈍い反応。

 なんだ、あいつか……と小さく呟き、のろのろと剣を抜く。


「お、オガミさん待って!ストップ!あれ、人ですよ!魔物じゃなくって人!」

「ああ、人だね。まぁ、おそらくアイツだろうけど」


 ずいぶんと適当で乱暴な言い方だ。


「アイツ?それは、誰か知り合いの方ですか?」

「いや」

「じゃあ、助けに行きましょう。どなたか分からないけど、あんなところにいちゃ危ないし……」

「いや、その必要はないよ。これから僕が倒すんだから」

「え?」

「丸腰だから簡単にプチっと潰せるんだ……なかなか面白いよ。ほら、せっかくだからちょっとここで見てなよ」


 そう明るく言い放つ。笑顔でワクワクしながら。

 なんだかまるでそういう遊びのような言い草だけど、もちろん対象はあくまでさっきの人で。


(えっ?でも、あれは人なんだよね?)


「潰すって事は……それじゃあやっぱり、あれは魔物……?」

「いや、人間だよ」


 オガミは再びはっきりと言い切る。

 どうやら聞き間違いではないようだ。


「ええっ?!なら、やっぱり助けないと……」

「だから、いいんだって。必要ない」

「そんな、どうして……!」

「『的』だからさ」


 何度も言うけど、あれは人。

 オガミだってさっきそう言った訳だし。


(それがただの『的』だって?そんな言い方……)


 まるで物のような乱暴な言い方に、なんだか心がざわつく。




 そうこうしてる間に、人影はこちらからだいぶ離れたところに移動していた。


 足をもつれさせながら必死に走って走って……どうやら私達から必死に逃げているように見える。


 オガミは剣の柄を逆手持ちし親指と他の指で掴み何度か持ち直してバランスを取ると、先端を人影に向けてじっと構えた。

 まるで剣じゃなくて短いナイフかのような、軽々とした動き。


「よっ……と!」

「えっ?!ちょ、ちょっと!待っ……!」


 慌てて止めようとする私を適当にあしらい、彼は紙飛行機でも飛ばすかのようにひゅっと投げた。


 剣は重力を無視してスーッと真っ直ぐ飛んでいき、勢いそのままで人影を貫く。

 派手に飛び散る赤色が遠くにいる私の目でもはっきり見えた。


 倒れたその人影はやがてざわざわと大きく揺れる周りの草に隠され、やがてその姿は見えなくなった。




 本当に殺してしまったようだ。

 言葉通り、ただの的のようにあっさりと。


「……っ!」


 思わず駆け寄ろうとする私をオガミは腕で制止する。

 振り切ろうとするも彼の力の方が強く、完全に止められてしまった。




 誰か分からないそれを、オガミは物のように扱い、そして殺した。

 まるで小さな虫でも潰すかのように。


「……そんな!どうして……こんな事!」

「だから大丈夫だって。いいんだよ、あれは『殺していい奴』だから」


 彼はへらへらと笑っている。




(『殺していい奴』……?!なによ、それ?!)



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