6.私を呼ぶ、遠い声
※少し性的で下品な描写があります。ご注意ください。
魔王の動きが完全に止まったのを確認すると、オガミは踵を返してこちらに歩いてくる。
わざとらしく額の汗を拭う素振りをしながら。
「いや〜、苦しい戦いだった……!」
(嘘こけ。全然楽々だったでしょうが……)
そして黄色い声を上げて駆け寄り、その周りを囲む仲間達。
「素敵ですわ、勇者様!」
「よくやった!さすが勇者だ!」
「勇者さん!すごいです!」
なんだこれ。喜び組?
三人とも満面の笑みでひたすら褒めまくる。
すごい。さすが。
素晴らしい。抱いて。
強い。最強の勇者だ。
カッコいい。イケメンだ。抱いて。
私だけじゃなく、世界までも救ってしまうなんて。
惚れない女なんていない。抱いて。
優しいだけじゃなく、強さまでも合わせ持っているなんて。
抱いて。
……などなど。
途中から飽きてきてぼーっとしてたから聞き逃しとかありそうだけど、ざっとこんな感じ。
なんか同じフレーズがちょくちょく入っている気もするけど、いちいち突っ込む気力はなかった。
よくもまぁ、そこまで色んな褒め言葉を思いつくもんだ。
ある意味感心。
……ってやってる場合じゃない。
姫様は?姫様さっさと助けて、帰らなきゃ。
私、急いでるんで。そろそろ帰るんで。
喜ぶのはいいけど、そろそろ姫様助けに行きたいんですけど。
「あの!ところで、姫様はどちらに……?」
オガミ達はバッと一斉にこちらを向いた。
しかし、何も見なかったかのように向きを戻し話を続ける。
「さすが私が惚れたお方ですわ!さぁ国に帰りましょう!そして私と盛大な結婚式を……!」
「その、これから……どうする?ずっとアタシと一緒にいてくれないか?」
「あの……ボクと番になってくれますか?」
「あの〜。お〜い……姫様は……」
誰も聞いてない。お〜い。
「ちょっと、私の婚約の邪魔をしないでくださる!」
「それはアタシのセリフだ!」
「オガミさんは私のです〜!」
彼女達は必死にオガミの腕や服を何度も何度も引っ張り、どうにか自分の方へ連れて行こうとする。
「痛てててて……!」
オガミはそう悲鳴を上げながらもニヤニヤしながらこちらを見てくる。
鼻の下はまた伸び伸びで、なんとも情けない顔。
お前もやらないのか?と言いたげな視線に、あんなん誰がやるか!と喉元まで込み上げてきたのを飲み込み、私は小さく頭を振って苦笑いしてみせた。
いえいえ、そんなそんな!出しゃばるなんてとんでもない!私は遠慮しておきますわ……な感じを演出。
あくまで控えめな女のフリは続行中。
(なんなんだ、これ……何のイベント?)
いきなり始まってしまった求婚大会。
唐突すぎてまるで意味が分からない。
なんだこれ。なんだこの展開。
「はははっ。みんな、そう想ってくれて嬉しいよ」
いやらしい目つきでニヤニヤと喜ぶオガミ。
その『みんな』の中に私も入っているようで内心ムッとしたけど、目の前の男には何を言っても無駄だと思いやめた。諦めた。
「でも……ごめん。僕には大切な人がいてね」
「そんな!」「嘘だろ!」「え〜っ!」
ここまで言っておいて、オガミはふと黙り込んだ。
目を伏せて、申し訳なさそうな感じを精一杯装って。
いや、そんなわざわざ溜めんでも。
他に大切な人がいる……他の誰か、なんていったらもう該当人物は姫様一人しかいない。
姫様が一番なんだ、とかどうせそんな内容なんだろう。
そして、長々溜めに溜めてようやく口を開くと……
「僕が愛しているのは……姫様、ただ一人なんだ。皆、すまない……」
やっぱりそうか〜なんて納得する私とは反対に、まるでギャグ漫画のように分かりやすくがっくりと項垂れる三人。
彼女達に謝罪をしたオガミは、私を見てまたすまなそうな顔。
「君も……すまない……」
「いえ、お気になさらず」
いえ、(あなたに何の魅力も感じてないので)お気になさらず。
「……ところでオガミさん、姫様はどちらでしょう?そろそろ早く助けないとですよね?」
イライラした口調。
早く終わらせたい気持ちが出てしまったけど、今更もういいや。隠す気もない。
もうすぐ帰れそうだし。
なんでもいいから、とっとと早く帰りたい。
「ああ、『アイラ姫』かい?」
今の状況をもう少し堪能したいのにと顔に書いてあったけど、無視。
「……アイラ姫!戦いは終わった、もう隠れてる必要はない!だから、どうかここに姿を見せてくれ!」
言い終わるなり、目の前に人の背丈ぐらいの高さの縦に細長いモヤの塊が浮かび上がり、キラキラと輝き始めた。
その中にうっすら見え始めた人影。
モヤが段々薄れていくにつれ、影はじわりじわりと濃くなっていき、やがてドレスを着た一人の女性の姿が見えてきた。
(こ、この人が……『アイラ姫』……!)
オガミの仲間達とは違って、姫だけまともな造形なのが逆に衝撃だった。
セミロングで暗めの茶髪を緩く巻いていて、赤やらピンクやらの派手な髪の人達と違って落ち着いた雰囲気。目にも優しい。
胸は常識的な大きさで……といっても決して小さくはなかったけど、風船ではなくあくまでちゃんと体の一部としてしっかりと収まっていた。
なんていうか、普通にその辺にいそうな人。
ドレスをTシャツなりスカートなり現実の服装に変えてしまえば、全く違和感ゼロだ。
しかし現実として違和感がないその姿は、かえってこの変な世界では強烈な違和感を生み出していた。
「……?ここは……?」
不思議そうに辺りを見回す姫。
どこか暗いところに捕らえられていたのか、しきりに瞬きをしてなんだか眩しそうだ。
「アイラ!僕だよ!」
「あなたは……勇者オガミ様!嬉しい!助けてくれたのね!」
しかし、その態度はやっぱりあの三人と同じ。
この世界で唯一まともな人間かもしれない、っていう私の期待は……見事に裏切られてしまった。
頬を染めて嬉しそうにオガミに駆け寄る。
「アイラ!そんな、自分から姿を見せてくれるなんて……!ああ、会いたかった……!」
あなたがさっき呼んだんでしょうが!といちいちツッコミを入れる気力はもうなかった。
早く帰りたい、今の私はただそれだけだった。
オガミの目の前まで来たアイラ姫は勢いをつけて思いっきり彼の胸に飛び込む。
「オガミ様……!私……!」
「おいおい……皆が見てるよアイラ……」
「そんなの、私は構いませんわ!」
(いやいや、構いませんわじゃないって!皆ばっちり見てるよ!見られちゃってるよ!)
謎の超展開。
なんだか演劇を見せられてる気分。
そんなのはいいから、いつここから解放されるんだろうと思っていたら。
「ああっ……オガミ様、オガミ様っ……!」
「アイラ……!」
「オガミ様……!んっ……」
そのまま妖しいムードに。
(いやいや、待て待て!人前でディープキスすんなって!ナチュラルに股間触るな!まさぐるな!そしていそいそと服脱ぐな!)
「オガミ様……ああっ!」
「ああ、いいよ……アイラ……」
何がいいよだよ。全然よくねぇわ。
突然勝手に始まった18禁に、目を逸らそうと必死なんだよこっちは。耳栓が欲しいくらいだ。
(アイラ姫……って言ったっけ?一見普通に見えたのに、実はこの人が一番やばいんじゃ……痴女選手権ダントツ優勝じゃん……)
とうとう全裸でプロレスが始まった。
もちろん婉曲表現。詳細は……聞かないで。
本当にやばいところは、ちゃっかり謎の光でガードしてるけど……って、いやいやいやいや!
待て待て待て!ほんとに待って!
まさか、ここで始めちゃう?!
いや、だってみんな見てるし!目の前で!
そもそもまだ日は落ちてないし!
夜って言うにはまだ早いぞ!
それに……そう生々しいの見せられると、なんだか気持ち悪く……うっぷ……
周りを見ると、仲間三人ともまるで微笑ましい光景を見ているかのようにニコニコしている。
えっ、みんなメンタル強すぎない?
(嘘でしょ!あんなの見てて楽しいの?!何も気にならないっていうの?!あれが?!)
なんだか辺りには穏やかなオーラが広がって、円満エンドっぽい雰囲気になっていた。
雰囲気だけは。
二人の喘ぎ声とかは除いて。
「オガミ様……!」
「アイラ……っ!」
とりあえず魔王は倒され、姫は助かり、世界は平和に戻りましたとさ。
ハッピーエンド、めでたしめでたし……
……んな訳、あるか!
どこがハッピーエンドだ!
なんだよこれ。
たいしてなんの障害を乗り越えたわけでもなく、何か大変な事があった訳でもなく。
ただとことこ歩いていって、アイラ姫に会いに行って……で、終わり?
ただオガミが美女達と戯れて、最後に本命とイチャコラして喜んでるだけじゃん。
これってハッピー?
っていうかそもそも、エンド?
ちゃんと終われてる?話締まってる?
内容がひどすぎてまるで下手な同人作品みたいだ。
これが18禁だったら、そういうシーンをがっつり増やせば売れる……いや、それでも売れないかも。
それくらいひどい。
えっなにこれ。まるで意味が分からない。
なんていうか、私だけ置いてけぼりみたいだ。
私がおかしい?
自分の事、それなりには常識人だと思ってたけど……
(なによ、これ……)
『……ナ……』
「えっ?!」
どこかから声が聞こえて辺りを見回す。
でも、誰も言葉を発した感じはなく。
仲間三人はやる事なくなったのか電池切れのように笑顔のまま固まっちゃってるし、オガミとアイラ姫はまだ真っ最中。
「だ、誰……?」
『……ナ、リナ……』
また聞こえた。
落ち着いた低い声。男の人の声?
「誰?!誰なの……?!」
『……リナ……!リナ……!』
よく分からないけど、誰かがどこかから私を呼んでいる。
(聞いたことない声だな……誰なんだろう……)
『……リナ……!』
また声に答えようと口を開いた瞬間、ふっと視界が真っ暗になって。
「うわっ……!」
私の意識はそこでいきなりプッツリと途切れてしまった。