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斜め後ろの杏さん  作者: あさぎ
I.違和感だらけの異世界
5/20

5.魔王すら彼のかませ犬

 


 行くぞ!と言ったものの、道中は戦闘一切なし。

 緊張して身構えていたのに、なんだかとんだ肩透かしを食らってしまった。


 本当に彼は魔物を全部倒してしまったらしい。

 どこへ行っても静かで、ただ穏やかな自然が広がってるだけ。


 もはやただの異世界観光、ちょっとしたハイキング。


 まぁ周りの人間はアレだけど、景色はめちゃくちゃいいから歩いてる分には割と楽しい。

 山の方に向かい草原を歩き、山を途中まで登り、今度は大きな滝の脇を通り、少し下ると洞窟があって。

 それを抜けた先が魔王の城だそうだ。


 どれもめちゃくちゃキツいわけでもなく、程よい疲労感のいい感じのコース。

 ちょっと汗かきながらマイナスイオンたっぷり浴びれて、いい運動にもなって。


(これがこの変な世界じゃなければなぁ。普通の旅行だったら文句なしで、最高だったのに)




 今はもくもくと、そのトンネルみたいな長い洞窟の中を進行中。


 暗いけどなぜかご丁寧にランプがたくさん壁についていて、真っ暗ではない。

 なんかそういう観光スポットみたいな雰囲気。


 冬の空気のようにキーンと冷え切っていて、たまにどこか頭の上から水滴がぽたぽたと垂れてくる。




 私はマント羽織ってるし、オガミだってコート着てるからいいけど……他の三人が時々手を擦り合わせたり身震いしたりと少し寒そうだった。


「……くしゅん!」

「寒いかいリネット?……ほら」


 先頭を歩いていたオガミは立ち止まるとリネットの後ろに回り、自分のコートを優しくかける。


 彼女にとってはだいぶ大きいようで丈も幅も余りまくっている。

 袖なんて指先までその中にすっぽりと収まり、余った布がぺろんと幽霊の手のように垂れ下がってしまっていた。


「はははっ。随分ぶかぶかじゃないか……相変わらず小さくて可愛いな、リネットは」


 嫌な予感がして、私は咄嗟に視線を逸らす。


 この感じの展開は初めてなんかじゃない。

 一度や二度じゃなくて、もう嫌というほど散々見せられた光景。


(ああ、またか……)


 ナチュラルに口説くオガミに、リネットは頬を染め瞳を潤ませてモジモジしながら彼に近づいていき。

 そして、つま先立ちをしてその頬にキス。


 すぐに離れようとするリネットの顔をオガミはすかさず引き寄せ、真正面同士になるように向きを直し唇を合わせた。


「あら?なんだか、私も寒いわ」

「もう、シャーロットは甘えん坊だなぁ」


 まだその手はリネットの顎を支えているというのに、もう次の相手の話。

 本来ならこのまま修羅場になってもおかしくないけど、リネットはまだポーッとオガミに見惚れていた。


 シャーロットも……彼女も彼女で、待ちきれないといった感じで体をしきりにくねらせている。


 オガミはするりとリネットから離れつつさりげなく彼女のお尻を撫で、今度はシャーロットの元へ。


 そしてシャーロットと海外の映画ばりに互いの体を絡ませながらねっとりと唇を貪り合っていると、小さく「ア、アタシだって……」と呟くオリヴィアの声。


「ふふっ。分かってるさ……」


 唇を離すとオガミはそう言った。

 やれやれ人気者はつらいな、なんて言いそうなオーラをまといながら。


 すぐにオリヴィアの元には行かず、しばらくでかい乳に顔を埋めて尻を揉みしだいていたけど、満足したのかようやく離れていった。


 最後はオリヴィア。

 あっさりめのキスを何度も繰り返して、彼女の段々赤らんでいく顔を観察し楽しんだ後……両の手のひらは真っ直ぐその胸に。


(オガミ……ほんと、おっぱい星人なんだなぁ……)


 驚きを通り越して、なんかもう呆れてくる。




 そして一通り終わり、私の方に熱っぽい視線を送ってきたけど……無視。


「ふふふっ、そんな照れなくてもいいんだよ?」


(照れてないから!ただの拒否だから!)


 いちいち言い方が地味に腹立つ。

 カッコつけたような、芝居がかった気取った言い方。


 初めて会った時からなんとなく癖のある喋り方だなぁとは思っていたけど、段々聞くたびにイライラするようになった。


 カッコつけてる自分に酔っている、そんな奴。


 どうあがいても、この人は好きにはなれそうもない。

 もちろん、体を許すつもりも全然ない。


 愛があるかどうかとかそういう次元じゃない、目の前にいるのはただの変態だ。

 やりたい放題、遠慮も恥じらいもまるでない。




「はぁ……」


 思わず漏れるため息。


 危険な場面なんてないし、そこまで移動もつらくない。

 オガミも仲間も怪我一つないし……もちろん、私もそう。


 至ってスムーズに、平和に、話が進んでいる訳なんだけど。


 だけど……




「はぁ……」


 さっきからため息が止まらなくて……

 体はまだ疲れてなくても、心はもうとっくにへとへとだった。


 移動中ずっとこんな調子で……見せられる方の身にもなってほしい。


 シャーロットが足元の虫にビビり、オガミに突然抱きついて胸を押しつけたり。

 強い風が吹いてきて、なぜかオリヴィアのアーマーの紐が外れたり。

 リネットがつまづいて転んで、なぜかうまい具合にオガミの上に馬乗りになったり。


 そして静かになったと思ったら、今度は『私の方が好きだから』合戦……盲目的な愛を宣言し合う、なんとも気持ち悪い口論が始まって。


 あと、さっきのもそう。

 見てる側をげっそりさせるような謎のイベントのオンパレード。


(こんなの目の前で連発されりゃ、誰だって疲れるわ……)


「はぁ……」


 無意識に口から漏れ出すため息。

 もはやこれが何度目かなんて、もう分からない。




 そんな謎のキャッキャうふふやら意味不明な口論を挟みつつ、姫が囚われているらしい城までなんとか進んでいった。


(ああ、胃に穴が開きそう……元の世界に帰ったらまず、胃薬かなぁ)







 城に着くとガラガラだった。これまた誰もいなくて。


 いや、厳密に言うと……これまた違和感バリバリの美少女達がキャーキャーはしゃいでそこらじゅう走り回ってるんだけど、こちらに害はないのでノーカウント。


 声がキンキンして鼓膜が死にそうだけど。




 ひたすら五人で敷地内をとことこ歩く。

 白い石が丁寧に積み上げられた、綺麗な西洋風のお城。


 まさに、ファンタジーって感じの整った石畳、岩がいくつも積み重なった堅牢な城壁。

 綺麗な庭木に、噴水、天使や女神モチーフの白い彫刻の数々。


 扉を開けて中に入れば、ワインレッドの絨毯がずっと敷き詰められていて壁には高そうな絵画。




 長い廊下を進んで行って、ようやく中枢部らしき大きな扉の前……魔王の居室へ。




 えっ?道中の説明が随分雑じゃないかって?


 なんて言うか……何もしなさすぎて逆に説明する方が難しいので、どうかここはご勘弁を。


 敵はいない、ただ赤い絨毯の敷かれた同じような景色を長々歩いただけ。

 ほんとのほんとに、時間が経つばかりで何にもしてないんだから。


 あの三人のハーレムしてるところの描写?

 いや、これ以上はほんとに胃が持たない……




「この先の部屋、扉の向こうに魔王がいるみたいだ……皆!準備はいいかい?」

「ええ、行きましょう」「うむ!」「はいですっ!」


「……はい!」


 初めての戦い。

 しかもいきなり魔王(ラスボス)


 今までのゆるゆるだった空気がキーンと張り詰める。


 シャーロットは聖書を開き両手で抱え、オリヴィアは大きな斧を構え、リネットはナイフを何本も指に挟み姿勢を低くしている。


 私も杖をギュッと握りしめ、オガミの後ろにつく。


(私も今度こそ……魔法を撃つんだ……!)




 先頭のオガミが扉を押すとギイィィィと軋むような音を立ててゆっくりゆっくりと開いていった。


 そして、その先にいるのは……




(あれが、魔王……)


 玉座らしき大きな台に乗る、黒い大きなドラゴン。

 羽を大きく広げて犬みたいに足を畳んで座り、長い尻尾を体の前に巻き付けている。


 普通によくある形のドラゴンだ。

 魔王というからてっきり人の形をしてるかと思ってて、少しびっくり。


「魔王!姫様は返してもらうぞ!」


 そう言うなり、オガミは手にした剣で勢いよく切り掛かっていった。




(よし、今度こそ……!)


 杖を目の前に構えて目を閉じる。


 私だって手伝わないと。

 今度こそ何か一発食らわせないと。


 ファイアーでも、サンダーでもいいから。

 強い何か。魔王に効くような、何かを……



 集中していると、ふと仲間三人の声が耳に入ってきた。


「勇者様!頑張って!」

「勇者!そこだ、やれ!いけるぞ!」

「勇者さん!その調子です!」




 えっ。




 集中は一瞬で途切れた。


 と同時に、足音が一種類しか聞こえてこない事に気づく。

 彼女達が履いてるのは確か、細いヒールのブーツだ。カツカツとうるさいからすぐ分かる。


 そして、目の前ではオガミが剣を振りドタドタと走り回っていて。




 まさかと思い目を開け振り向くと、部屋の入り口に突っ立って応援する彼女たちの姿。


 さっきから一歩も、むしろ一ミリたりとも移動してない。




 えっえっ。




 ちょっと!お〜い!




 ちょっと!おいっ!あんたら戦わんのか〜い!




 三人に応援され、一人で剣を振り回し戦うオガミ。

 でも、一人に任せきりなんて……と最初こそ思ったけど。


(あっ、そうか。闇の力に対抗できるのは、オガミだけなんだっけ……そういえば)


 よくよく考えたら、他のメンバーは太刀打ちできないんだった。もちろん、私も駄目。


 そんな設定ありましたっけ、なくらい久しぶりの真面目なシーン。

 珍しくオガミが勇者らしい動きをしている、貴重なシーンでもある。


 これがあのオーク以来の初の戦闘なもんだから、すっかり忘れてた。




 しかし、彼は一人だけどずっと優勢で。


「ていっ!」

「キュウッ!」


「はあぁぁぁっ!」

「キュウウゥッ!」


 オガミの剣は避けれないわ、炎はチョロチョロしか出ないしそもそも当たらない、一撃受けたからってもう瀕死……


 魔王はとんでもなく弱かった。

 勇者の力で弱らされているとか思い込もうともしたけど、やっぱ駄目だった。


 ずっと首や羽がでろんと下がりっぱなしで、キューキュー悲鳴を上げて斬られまくり。

 襲い掛かって来るどころか、ゼェゼェヒイヒイいって魔王の方が逃げ回ってしまっている。


 幼稚園とかのお遊戯会かってくらい超弱い。


 見た目は鱗ぎっしりで牙鋭くて強そうだけど、動きがもっさりしててまるで着ぐるみのよう。


 中身、バイトの人かな?普通のおじさんだったり?


 必死に逃げ回ってるし、むしろあんまり攻撃しちゃうと逆に可哀想な気すらしてきて。


 オガミはアレだし、元の世界に帰るって使命がなければ、むしろ魔王側についてしまいそうなくらい。





 グギュウゥゥゥ……!


 ひときわ大きな悲鳴を上げて、鱗まみれの巨体はとうとう倒れた。

 オガミのワンマンステージは終わったようだ。


 一方的に斬られ続け、あれよあれよという間にあっさり倒された魔王。


 ぐったりと倒れている姿はもはやただの巨大な羽付きトカゲのようで、威厳なんてまるでない。

 魔王ってなんだっけ?ってなるレベル。



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