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掛居きあらが勇気を出すまで  作者: 刀洞 やや
8/10

てんぱる




「どう考えても逆だよな」

 康太がぶつくさいっている。「きあらが白雪姫、漣が王子。それならおかしくなかったのに」

「いいじゃないですか? 目付きの悪い白雪姫も、小柄で可愛い王子さまも」

「でもなあ」

「あのね康太くん、白雪姫は女王の実の子どもなんですよ? ちょっと悪役っぽい顔をしてるほうが、もしかしたら原作に忠実かもしれません」

「そうなのかあ? へえー」

 弥生と康太は頷き合っている。康太は小人の衣装、弥生は狩人の衣装になっていた。

 亮平がせかせか歩いてくる。

「みんな、準備はいい?」

「おう!」

 複数の声が重なった。きあらはどきどきする胸をおさえている。

 あの後、巧用の衣装ではどう考えてもきあらに合わないので、康太と弥生が近くの衣料品店でカッターシャツやズボンを買ってきて、夏彦や美冬も一緒に、それらしく改造してくれた。シャツには刺繍っぽく見えるテープを縫い付けて、肩部分をふくらませ、ズボンも刺繍のようなテープやなにかでかざる。

 マントは巧用のものを流用した。ひきずる丈だが、おもちゃの宝石を貼り付けたり、凝った模様を描いたりしていたし、布地も予算も底をついてしまって、かえを用意する余裕はなかった。

 上履きを履いた足に、暗幕の残りをまきつけて、黒いブーツに見せかけている。きあらは緊張で吐きそうだった。深月もこれで具合を悪くしたのかしら、と思う。

 舞台にはすでに、漣が立っていた。狩人が呼ばれ、弥生が飛びだしていく。観客は静かに芝居に聴きいっている。深月も巧も、アクシデントでぬけてしまったが、ふたり以外の演技だってなかなかのものなのだ。

 わたしがそれをだめにしちゃったらどうしよう……。


 小人の数は減ってしまったが、芝居は滞りなくすすんだ。王子の出番はもっとずっと後なので、きあらはまだ舞台袖でじっとしている。

 女王役から白雪姫役になった漣は、やわらかくて可愛らしい声をたてて笑っていた。最前列の男子生徒が魅了されたように漣を見詰めている。漣はとても綺麗だ。見蕩れるのもわかる。

 毒りんごは、緊急で脚本が書きかえられ、女王に命じられた狩人が持っていくことになっていた。白雪姫と女王がどちらも漣なので、同時に舞台上に出す訳にいかないのだ。

 弥生は頭を振って、低声(こごえ)でなにか云い、おもちゃのりんごいりのかごを持った。ふーっと息を吐いてから舞台へ上がる。

 白雪姫は自分を逃がしてくれた狩人がくれたものなので、疑わずにりんごをかじり、その場に倒れる。

 一旦、ライトが落とされ、小人役が急いで棺を運び込んだ。漣がそこへはいる。段ボールでつくったもので、もともと大きめなので、漣でもすっぽりおさまった。

 ライトが舞台上を明るく照らす。死んでしまった白雪姫を、小人達が悼んでいる。きあらは深呼吸して、小人達のせりふが途切れたところで舞台に出ていった。


 小人達がなにかいうのだが、きあらは頭が真っ白でなにも聴こえていなかった。

 ただ、康太が喋った後が王子の番、と覚えていたので、康太が喋り、間が開いたところで、声を出した。

「僕にこのひとを譲ってください」

 声は震えている。「一生大事にします」

 小人達が協議している。きあらの頭のなかでは、王子役のせりふがぐるぐるとまわっていた。

「こいつならまかせても」

「なんて美しいひとなんだ!」

 緊張はきあらの冷静さを失わせたし、脚本も彼女の頭のなかから出て行ってしまった。えっ、と小人役が一斉にきあらを見たが、きあらはもうそれどころではない。

 段ボール箱製の棺に、ぎくしゃくと近付いていった。漣が胸の上で手を組んで横になっている。やっぱり可愛い……。

「ちょっと、きあら」

「可愛いひと、僕の気持ちをうけとってください!」

 きあらは進行を無視して、その場にひざまずき、漣にキスした。




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