てんぱる
「どう考えても逆だよな」
康太がぶつくさいっている。「きあらが白雪姫、漣が王子。それならおかしくなかったのに」
「いいじゃないですか? 目付きの悪い白雪姫も、小柄で可愛い王子さまも」
「でもなあ」
「あのね康太くん、白雪姫は女王の実の子どもなんですよ? ちょっと悪役っぽい顔をしてるほうが、もしかしたら原作に忠実かもしれません」
「そうなのかあ? へえー」
弥生と康太は頷き合っている。康太は小人の衣装、弥生は狩人の衣装になっていた。
亮平がせかせか歩いてくる。
「みんな、準備はいい?」
「おう!」
複数の声が重なった。きあらはどきどきする胸をおさえている。
あの後、巧用の衣装ではどう考えてもきあらに合わないので、康太と弥生が近くの衣料品店でカッターシャツやズボンを買ってきて、夏彦や美冬も一緒に、それらしく改造してくれた。シャツには刺繍っぽく見えるテープを縫い付けて、肩部分をふくらませ、ズボンも刺繍のようなテープやなにかでかざる。
マントは巧用のものを流用した。ひきずる丈だが、おもちゃの宝石を貼り付けたり、凝った模様を描いたりしていたし、布地も予算も底をついてしまって、かえを用意する余裕はなかった。
上履きを履いた足に、暗幕の残りをまきつけて、黒いブーツに見せかけている。きあらは緊張で吐きそうだった。深月もこれで具合を悪くしたのかしら、と思う。
舞台にはすでに、漣が立っていた。狩人が呼ばれ、弥生が飛びだしていく。観客は静かに芝居に聴きいっている。深月も巧も、アクシデントでぬけてしまったが、ふたり以外の演技だってなかなかのものなのだ。
わたしがそれをだめにしちゃったらどうしよう……。
小人の数は減ってしまったが、芝居は滞りなくすすんだ。王子の出番はもっとずっと後なので、きあらはまだ舞台袖でじっとしている。
女王役から白雪姫役になった漣は、やわらかくて可愛らしい声をたてて笑っていた。最前列の男子生徒が魅了されたように漣を見詰めている。漣はとても綺麗だ。見蕩れるのもわかる。
毒りんごは、緊急で脚本が書きかえられ、女王に命じられた狩人が持っていくことになっていた。白雪姫と女王がどちらも漣なので、同時に舞台上に出す訳にいかないのだ。
弥生は頭を振って、低声でなにか云い、おもちゃのりんごいりのかごを持った。ふーっと息を吐いてから舞台へ上がる。
白雪姫は自分を逃がしてくれた狩人がくれたものなので、疑わずにりんごをかじり、その場に倒れる。
一旦、ライトが落とされ、小人役が急いで棺を運び込んだ。漣がそこへはいる。段ボールでつくったもので、もともと大きめなので、漣でもすっぽりおさまった。
ライトが舞台上を明るく照らす。死んでしまった白雪姫を、小人達が悼んでいる。きあらは深呼吸して、小人達のせりふが途切れたところで舞台に出ていった。
小人達がなにかいうのだが、きあらは頭が真っ白でなにも聴こえていなかった。
ただ、康太が喋った後が王子の番、と覚えていたので、康太が喋り、間が開いたところで、声を出した。
「僕にこのひとを譲ってください」
声は震えている。「一生大事にします」
小人達が協議している。きあらの頭のなかでは、王子役のせりふがぐるぐるとまわっていた。
「こいつならまかせても」
「なんて美しいひとなんだ!」
緊張はきあらの冷静さを失わせたし、脚本も彼女の頭のなかから出て行ってしまった。えっ、と小人役が一斉にきあらを見たが、きあらはもうそれどころではない。
段ボール箱製の棺に、ぎくしゃくと近付いていった。漣が胸の上で手を組んで横になっている。やっぱり可愛い……。
「ちょっと、きあら」
「可愛いひと、僕の気持ちをうけとってください!」
きあらは進行を無視して、その場にひざまずき、漣にキスした。