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掛居きあらが勇気を出すまで  作者: 刀洞 やや
5/10

はげまし




 机を端に寄せた放課後の教室で、巧が白雪姫役の深月の傍にひざまずいている。深月は並べた椅子の上に寝ていた。本番では、段ボール箱を重ねた上にやはり段ボール箱製の棺をのせ、そこに深月がはいる予定だ。「まるで生きているみたいだ」

「巧くん、緊張しないんですかね」

 弥生が低声(こごえ)で訊いてきた。彼女は誰に対しても、常に敬語をつかう。発達障害というやつで、敬語をつかわなくてもいいのか、そうでないのかの判断がつかず、安全策として常に敬語らしい。だから気にしないでください、と、自己紹介の時に云っていた。

 きあらも低声(こごえ)で返す。「凄いよね」

「はい……ううん、マント、もう少し飾ったほうがいいかもしれません」

 弥生は唸りながら、メモ帳になにかを書き付ける。彼女は数人の生徒と一緒に、衣装と小道具を担当している。クラブが出す屋台に多くの生徒をとられてしまっているので、残った生徒達は演者兼裏方がほとんどだ。舞台に上がる予定がないのは、ライトや音楽のことを常にやらないといけない亮平だけである。

 巧の声が響いた。

「美しいひと、僕の気持ちをうけとってください」

 巧が深月に顔を近付け、キスした。唇に。

 一瞬空気が凍った。

 巧が上体を起こし、深月が伸びをしながら体を起こした。ごく自然に、ふたりとも芝居を続けている。

「ストーップ!」

 亮平が慌てて、ふたりを停める。ふたりは亮平を見て、小首を傾げた。

「なに、坂下くん?」

「とちったか。アタシ? たーさん?」

「そうじゃなくて……そうじゃなくてさ……」

 亮平は赤くなっていた。「あの、君ら、ほんとにキスした?」

「え?」巧が素っ頓狂な声を出す。「あれ? 違うの? 脚本にキスって書いてるから、するんじゃないの?」

「しないとおかしいじゃん」

 深月は平然という。亮平はあうー、と唸る。雷太と咲花がくすくすしている。ほかの生徒達は、突然のことに頭が真っ白だ。

 亮平が頷いた。

「いや。うん。君らがいいならそれでいいよ」

「うん……」

「じゃあ、今のとこからやりなおしな。ねえたーさん、ハッカの味したけど」

「さっき、飴を舐めたから」

 巧がおっとりと笑い、深月がくすくすする。


「深月、凄いね」

「なにが?」

 帰り道、とぼとぼと歩きながら、きあらはいう。目を伏せていた。深月の顔を直視できない。好きなひととキスできた彼女に、嫉妬してしまいそうだから。漣とまともに話せない自分に、絶望しそうだから。

「巧くんと……」

「たーさん、ああいうの、可愛いよな。ハッカ飴だって」

 深月はくすくす笑っている。深月と巧は、随分波長が合うらしい。彼女は、キスくらいは普通の家庭で育ったのだ。巧の様子からすると、彼もそうなのだろう。

 項垂れるきあらに、深月は云う。

「なあ、芝居が終わったら、陽樹達の屋台ひやかしに行こう」

「え?」

「そこで漣と、かき氷でも分けて食べたらいいじゃん?」

 きあらは顔を上げて深月を見る。それから微笑んだ。友人がはげましてくれているのだ。とても、嬉しい。




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